第33話 敵本陣へ

 こちらの住人は総じて人を騙すことに長けている。だがそれは自分が絶対的に優位な立場にいることが前提での話だ。ひとたびイーブンで話を始めた時、よくわからないこだわりや常識が邪魔をして簡単に騙されてしまいそうな気がしていた。

 と、勇気はそこで一つ思い出す。


「そういや、メメ子はどうした?」


 いつも近くにいたはずの少女の姿がない。あたりを見渡しても、その存在を確認することは叶わない。

 不安、そんな気持ちはないがあるべきものがあるべきところにないため座りが悪い、そんな感じを覚える。

 明らかな致命傷を負っていたはずの彼女だが、その後紗希に事情を話す余裕があったということはわかっている。だから死んでしまったということはないだろうがそれを回避した術はわからない。

 それにだいぶ申し訳ないことをしたという自覚が勇気にはあるため、一言謝っておきたいというのも事実であった。


「メメ子なら先に屋敷へと向かったさ。事情が事情だけにな」


「事情?」


 問いに、紗希はしばらく言い淀んでから、


「……ほら、腹に大穴開けてしまっただろう? しばらくすれば治るとはいえ、固定化されないように人目のない屋敷で匿う事にしたんだ」


「はぁ……」


 急に知らない単語が出てきたせいで勇気は小さく首を傾げていた。

 それを見て紗希はため息を着く。


「本当に何も知らないんだな」


「まぁ、そうだな」


「少しは気にした方がいいと思うが……」


 そんなこと言われてもなぁ……

 勇気は困った様子で頭を搔く。元々頭の出来が良くないと認めている上に相手は常識の範疇外の存在。現状どうにか喰らいついている時点で手一杯な感じが否めない。

 そのどうにか勝負できているのですら、よく分からない縛りのせいで相手が同じ土俵まで下がってきているだけ。操作の仕方がわかる重機なら扱えるが話の通じない怪獣を相手取ることは出来ないのだ。

 そのはっきりとしない態度に業を煮やした紗希は少し体を震わせていた。


「……まぁいい。噂、想像から生まれた者だから死ぬことはないんだ。その代わりその者への印象なども噂や認識に影響される。なにがどう間違って腹に穴を開けた少女となるか分からんから大人しくしているというわけだ」


「つまり?」


「メジャー所で言うと吸血鬼だな。元々太陽や流水なんてなんの問題もなかったのに適当な噂や創作が広まった結果本当にそうなったらしい」


「でも普通の人からはメメ子は見えないだろ」


「あぁ、そのはずなんだがたまにいる素質があるやつがなぁ……」


 紗希はそこで言葉を区切ると深く肩を落とす。

 なにがあったのか、その疑問にすぐ返答があった。


「よくインスピレーションが湧いてくるとか言うだろう。そういう奴が見えていないはずなのに捉えたりするんだよ。今はネットで簡単に拡散するしで形質が変わるやつが多くてなぁ。新しい仲間が生まれたり認知によるパワーアップもあるからデメリットばかりでもないし痛し痒しなのは皆認めているんだが」


「はぁ……」


「……せめてもう少し興味を持て」


 んなこと言われても困る。





「で、でかいな」


 勇気は感嘆の声をあげる。

 鈴が丘の駅からタクシーで十分余り。繁華街から距離があるため建物もまばらになり、ビルが姿を消して久しくなった頃、内部を隠すように背の高い木が並ぶ場所があった。

 しばらく車を走らせていても果てに着かない。タクシーの運転手にここが何なのか聞いてみてもよくわからないとしか返答がなかった。

 なので案内は紗希がしている。嫌になるほど整然と並ぶ木々を見させられていた後で、急に現れた鉄門の前でタクシーが減速する。

 敷地内に内開きに開いている門は見上げるほど高く、特別意匠があるわけではない。そこから道が伸びているのだが、


「ここまででいい」


 紗希はそういうと先にタクシーから降りていた。

 支払いを済ませた勇気は、立ち去る車が消えるのを見守ってから正面を向く。

 続く道は直ぐに左に曲がり、行く末は見えない。代わりに敷地を囲っていた針葉樹とは別に様々な広葉樹が点々と植えられていた。

 近くに人の姿はなく、敷地内を紗希が歩いていた。小さい玉石で舗装された道は雑草や落ち葉は見当たらず、手が行き届いているのが分かる。

 何より、


「……神社じゃん」


「そうだが?」


 入口に掲げてある石碑に掘られている文字は鈴が丘神社。一般の人間も普通に立ち寄る場所で勇気も新年になると初詣に来る場所であった。

 思いの外近くに、そして有名な場所に目的地があったことに勇気は肩を落とす。知ってさえ入れば試練などひとつも必要なく、電話で神主にアポを取るだけで済んだ話だった。

 というか、それならメメ子も言えっての。

 ふつふつと湧いてくる怒りに似た感情に顔が歪む。それを先に行っていた紗希が振り返った時ちょうどみつかり、


「……何故そんな顔をする?」


「取り越し苦労だったからだよ」


 紗希はしばらく言葉の意味を考え、それを嚥下すると笑みを作る。


「あぁ、表から普通に会いに来ても応対しなかったと思うぞ」


「なんでだよ」


「忙しい人なんだ。それ相応の理由がなければ門前払いされる」


 呼ばれて来てんだけど…… 


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