第54話 ラスボス

「……死ぬ気?」


 メメ子が聞く。

 始末という言葉から推測したのだろう。この地獄を終わらせるためにはまず元凶を倒さなければならないからだ。

 しかし、咲夜は勢い良く首を振ると、


「ないない。少なくとも百年くらいは負けてあげないつもりだよ」


 笑みを浮かべながらそれを否定する。

 そしてゆっくりと天を仰ぎ、


「これも一つの始末の付け方……というよりは新時代の幕開けって感じかな」


 新時代。その芝居がかった台詞に勇気は共感も賛同もしない。


「物騒な世の中だな」


「なんだって変化する時は不安定になるもんだよ」


 それもまた真理とでも言いたげに、自信を胸に咲夜は答えていた。

 それに勝手にやってろと悪態をつく勇気は自由の効かない身体を再度見ると、


「……百年このままってことは無いよな?」


 まさかなという目で咲夜を睨みつける。

 見られた方はくすりと小さく笑うと、


「私はそれでもいいけど、流石にね。もうお兄さんでもどうしようもないって判断したら拘束を解くつもりだよ」


 そもそも何もする気のなかった勇気にとってただの迷惑な話であった。

 その時、風を切る鋭い音が響いて、勇気は視線をそれに向ける。

 咲夜の首筋に一本の枝が添えてあった。それは先端を咲夜の二本の指に挟まれていた微動だにしない。

 いつの間にか起き上がった紗希が、両手で枝を握りしめながら問う。


「ではなぜ母さんを斬った?」


 その質問にあきれ顔の咲夜は、


「ちょっと考えれば分かるでしょ。鈴音様を超えるオドなんだからマナ増やす為には仕方なかったの」


「他に方法があっただろう」


「ないよ。それとも何か思いつくの?」


 逆に問われ、紗希は言葉を失っていた。

 真剣な紗希とは対照的に余裕すら感じる咲夜はゆっくりと手を下げる。それに引っ張られるように紗希の手も下がっていく。


「やめてよね。一応私の体なんだから傷つけさせないでよ」


「今は私の体だ」


「……別に今更欲しくもないけどさ。粗末に扱われるのはむかつくから、それだけはわかってよね」


 言い終わると同時に咲夜は指に込めていた力を抜いていた。

 急に負荷が無くなり、たたらを踏む紗希はすぐに姿勢を整えて枝を構える。その切っ先は細かく震え、狙いが定まっていなかった。

 力の差がありすぎる。そのせいでどう攻めていいのかわからない。それが手を伝わって武器にまで現れてる。

 紗希の動揺に咲夜は気付いても笑うこともせず、興味すらないといった表情を浮かべていた。


「やめとけ」


 張り詰めた空気の中、勇気は声を投げかける。

 意味がない。勝機はそこにないことがわかっていたからむやみに命を散らすような真似をさせたくなかった。

 それに、


「咲夜」


 名前を呼ばれ、彼女は勇気に目を向ける。


「聞いてて思ったんだが、今やってることはすべて善意での行動に思えてならないんだがそれで合っているか?」


「もちろん。そもそも悪意があるなんて一言も言ってないしね。そりゃ過程で死んじゃった人には悪いなとは思うけど、こうでもしないともっと制御不能な状態になっちゃってただろうし、そうなったら……」


 そうなったらもっと犠牲者が出てしまう。

 咲夜はそれ以上言うのを辞めていた。その代わりとでも言うつもりなのか、軽く息を吸うと、


「これは私からの試練ってところかな。ぶっちゃけ簡単すぎるくらいだけど、たまにはね」


「……もうどうにもならんか?」


「ならないよ」


 即答だった。

 少しだけ冷えた声で咲夜は言葉を続ける。


「これが最善。そう思ってお兄さんが立てた作戦だもの。今私を倒したとしても表と裏の境界は薄くなったまま。もう世界中がそう認知してしまったからね」


「それでも――」


「でもも何もない。それにお兄さんに何か不都合でもあるの?」


 不都合、か……

 勇気は軽く目を閉じて考える。現在は混沌の極みだが咲夜の言う通りならばいずれは解決する。そこから先がどういった世界になるかは未知数だが、それなりに適応してやっていくしかない。

 覆水盆に返らず、賽は投げられた。時間を戻しでもしない限り、結末は変えられない。

 勇気は困ったように周りを見る。

 まず目に入ったのはメメ子だった。彼女はようやくちゃんと立ち上がると、


「……ごめんね。どっちかって言うとリバースギャップの体で表に出られるほうが楽だから、私としてはこのままのほうがいいかなぁ」


 表の体も取られたし、とメメ子は咲夜を見ていた。


「私も……基本的にはリバースギャップが主だしな。特に表に思い入れがあるわけでもないし……何も問題がないぞ」


 同じく紗希も賛同してしまう。

 それも当然のことであった。何も知らない一般人がいたならば必死に状況改善に勤しんだだろうが、この場には無気力な人間と裏の関係者しか居ない。どう決を取ったとしても今が良いという意見の方が強くなるに決まっていた。

 つまり、


「このまま、話は終わり?」


「そりゃそうだよ。問題は解決に向かって反対意見もないんだもん。もしかしてわかりやすいラスボスでもいるかと思った? 世の中そんな簡単なわけないじゃん」


 小馬鹿にしたような台詞を勇気は聞いていなかった。

 腑に落ちないという訳では無い。呆気なく終わるということは策が上手くいったというだけだ。最上の結果と言っていいだろう。

 問題は咲夜が何となく胡散臭いということだけを除けばだが。それでも彼女の言葉を信じるだけの行動は見てきているわけで、上手く答えが出せないのだ。

 それがただの疑心暗鬼だということを証言してくれる人もいない。最後に大きなどんでん返しがあるという予兆もない。

 全身がむず痒い気持ちでいると、


「全部を全部信じる訳では無いが、今の所はそれで良しとしよう。じゃあ私は母さんの蘇生と神社の再建しなきゃだから帰る」


「まてっ!」


「……なんだ?」


 引き止めた言葉に酷く嫌そうな顔で紗希は振り返っていた。

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