第12話 事情通
「あれがお兄さんの仕事なの?」
鈴ヶ丘の駅にほど近いカフェで、目の前に座るメメ子が言う。
アイスカフェラテにホイップクリームを乗せたもの、それにスティックシュガーを三袋。それらをストローが折れ曲がりそうな勢いで混ぜ合わせている。
壊れた洗濯機のような音を立ててから一口。満足気に微笑むメメ子を見ながら勇気は答える。
「なにか変か?」
「変でしょ。よく知らないけど、最初から最後まで」
はて、と自身を顧みるも特に変わったことはしていないようだ。
いつも通り仕事していただけだ、強く言われる謂れもない。
ただちょっとした好奇心が顔を出してきて、
「どこが変だと思った?」
気付いた時にはそう尋ねていた。
あの後結局、メメ子は仕事に着いて来ていた。ただし同席させる訳にはいかないのでリバースギャップの方から眺めているという形だが。
勇気からも認識出来なくなった為、好きにしろと言うしか無かった。元々何かを強制できるほど力関係は上では無いからだ。
「まずさぁ、不動産屋じゃなくてなんで闇金なの?」
「不動産屋もやってる闇金だからだろ」
存外簡単な質問に落胆しながらも勇気は答える。
しかしその答えが気に食わなかったらしく、
「闇金は闇金だけやるもんでしょ!」
鼻息荒く問い詰めるメメ子に勇気は首をかしげていた。
「んな決まりはないぞ?」
「……納得いかない」
と言われてもなぁ。
副業なんて誰でもやっていることである。それは表も裏も変わりはない。
特に寿命の短い商売である裏稼業ではいつどうなってもいいように極力現金を集めることが重要視されている。五年も危ない橋を渡り続ければ一生慎ましい暮らしも夢ではないのだ。そこまで生き残れる馬鹿がどれほどいるかは別として。
特に闇金は簡単に捕まるし、また簡単に生えてくる。それだけ実入りがいいのだから当然なのだが、本業以外に副業が豊富なところも人気の一因だ。
首が回らなくなった物件を差し押さえ、同業に貸す。今回勇気が取引したのもそういった副業をしていることを知っていたからだ。
「それに、契約書とかなかったけどなんでお金だけ置いてったの?」
「うーん、そもそも契約書がなんの役に立つんだ?」
行儀悪く質問に質問で返した勇気に、えっと言葉が詰まるメメ子の姿があった。
確かに普通とは少し違う賃貸契約をしている自覚はあった。だがそれは事情を鑑みれば当然のことで。
勇気はメメ子に見えるように鞄から白紙の契約書を一枚掲げて見せる。
「例えばだがここで俺とお前が何か契約したとするだろう?」
「うん」
「で、俺がその契約を破棄したとする」
そう言って勇気は契約書を破ってみせる。
ただのパフォーマンスに過ぎないがそれを見てメメ子は目を見開いて、
「駄目じゃん!」
「なんで?」
「契約したのに!」
半ば憤慨する彼女を見て、なんとなく納得のいかない気持ちになる。昨日の同意なしで行った試練についてはどういうつもりなのだろうか。
ただだからこそ彼女にとって契約とは重たいものなのだろうことが分かる。勇気にとっても軽々しく破っていいものではないのだが、
「勿論契約時に賠償や責任等記載されているだろう。でもな、一体誰がそれを律するんだ?」
「えーっと……警察とか?」
「そう、行政やら警察だな。そもそもそいつらに見つかったらヤバい奴同士だから頼ることが出来ないって点を除けばな」
あっ、と言ってメメ子は顔をあげる。
「そういうことだ。誰も助けちゃくれねぇからわざわざ契約書なんか書かねぇんだよ」
「でもそれじゃ、どうやっても契約出来ないよね。保証してくれるものがないんだから」
その問いに勇気は頷いて答える。
確かにメメ子の言う通り。言い分だけが通る世界なら誰も契約なんてできやしない。ただそれで困るのは自分だけでは無い。
「好き勝手やれば後で痛い目を見るのは自分だからな。お互い利益を出し合う間は無体にしないよ。不良債権抱えてても仕方ないし、もちろん金払いが悪ければ食い物にする気満々だけどな」
お互いビジネスでやっているのだから金に関してはシビアになる。が社会に出てしまえばどこもそうだろう。特別変わった話では無い。
メメ子は指に顎を置き、少し俯いた後で、
「……なんか、契約書があった方が楽じゃない?」
「気持ちは分かるが金は稼げるからな。それに必要だからな、誰にも知られてない店ってのも」
もちろんそれだけでは店は出来ない。勇気は主に仕入れを担当する表の店を作る予定もあった。
それに、
契約書がある場合もあるんだよなぁ。
今回はたまたま共通のバックが居ないので契約書をかわさなかっただけである。勇気の懇意にしているシマのヤクザがこちらにいて、闇金もそこに世話になっていれば契約書が必要になっただろう。
勇気は今回、面通しの際に後ろ盾がいることを伝えてそれで終わりにしていた。当然向こうも後ろ盾がいることは匂わせていたがそれを表立って言うことは無い。下手に両者が争うと真っ先に矢面に立つのが自分たちだとわかっているからだ。
面倒と言えばその通りで、神経すり減らして得る金としては決して多くない。それでも高卒のサラリーマンとして生きるよりは遥かに楽で大金を得ることが出来る。
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