第13話 肉

「それで、良い物件は見つかったの? 大金払ってたみたいだけど」


「いんや、調査中だ」


「……あのお金って調査費なの?」


 メメ子の質問に頷く。

 勇気が置いてきたのは束が一つ。前金で大蔵から貰っている金の何分の一以下でしかないため手痛い出費とは思っていない。

 それに、


「ま、数日置いてもう一回置きに行くけどな」


「なんでさ」


「一回で見つけたら毟れないだろ。頑張っていますが先方がゴネてとかの理由をつけて金を取るんだよ」


 メメ子はそれを聞いて眉間にシワを作る。


「悪どいよね?」


「まあな。その代わり成約したら内装工事とか仕入れとかは勉強してくれるから悪いことばかりじゃないけどな」


 勇気はなんてことないように答えていた。

 実際なんてことは無い。裏稼業をしていれば必然的に身につく考え方で、向こうからしてもどれほど場馴れしているか、また金払いがいいかのチェックをしているだけに過ぎない。まぁ紹介される工事や仕入れなどは息のかかった所になるだろうが。

 今でこそ後ろ盾と事前の調査があるから滞りなく事を運べるが、全てをなくして一から立ち上げる時は苦労しかなかった。買ってでもしろと人は言うがもう二度とやりたくは無い。

 一通り話を聞いたメメ子はしばらくうーん、と唸ってから、


「めんどくさーい」


 心底嫌そうな顔をしてテーブルに突っ伏していた。

 死ぬわけじゃないんだから楽なほうなんだけどな、と当てつけのような言葉が浮かんでくるが、勇気はコーヒーと一緒にそれを飲み込む。

 その代わり、


「さて、そろそろ次の交渉に向かうとするかね」


 思いの外ゆっくりとした時間の過ごし方に咎める意味も込めてわざとらしく声に出す。

 延々と気を張りつめる訳にはいかないが緩めすぎても締め直すのに時間がかかる。

 ひとり席を立とうとする勇気を見て、


「あ、ちょっと置いていかないでよー」


 メメ子は自分の分の飲み物を急ぎ飲み干す。見た目からは想像つかないほど品のない音を立てて完飲すると、そのまま勇気の後ろへと向かっていった。





「『麗しの君』? 知ってるよ?」


 仕事終わりの帰路、すっかりと日も落ち辺りは夜闇に包まれている。

 地方随一の繁華街だけあって昼間の人通りの少なさを忘れさせるほど熱気と喧騒に満ちていた。日中の閑静な住宅地を目指して降り立ったのなら様変わりした風景に目眩がすることだろう。


「ん、そうなのか?」


 最後まで仕事に着いてきたメメ子になんとなく振った話題に思わぬ答えが返ってきて、勇気は横を歩く彼女へと視線を向ける。

 宗教とか、興味あったんか……

 最悪私が教祖だとでも言う方だと思っていただけに驚きを隠さずに表に出す。

 しかし、続く言葉は想定とは違っていた。


「『麗しの君』ってお兄さんがつけた名前だよ」


 ……は?

 メメ子の言葉に思わず立ち止まる。

 隣を歩いていた影が消えてしまったことに気付いた彼女は数歩先で振り返り、


「そ、鈴音様のことをそう呼んでたよ」


「……そ、そうか」


 歯切れの悪い返答をしながら勇気は羞恥で顔を天に向ける。

 ……はぁ。

 子供を産ませた女性に対して『麗しの君』ときたか。惚気にしても趣味が悪い。

 そしてそれを閨での夢物語ならいざ知れず、メメ子にまで知られる程浸透しているのだ。顔が真っ赤になるほど恥ずかしくもなる。

 記憶が無いとはいえ、メメ子の口から語られる人物が知っている限りの過去の自分とどんどん乖離していくようで、本当に何があったのだろうかという悩みが尽きない。知りたいようで知りたくないような、出来ればこのまま隠されていた方が精神的に安定するのではとすら思えてくる。

 それともそんな風に呼んでしまう程いい女ということなのだろうか。そうであるならば一目見るというのも悪くは無い。

 そんな下卑た想像をしていると、


「あ」


「ん?」


 勇気とメメ子はほぼ同時に声をあげる。

 それはあの特徴的な鈴の音が響いたからで、


「急にどうした?」


 景色から色が抜かれ、音が減っていくのを見ながら勇気は声をかける。


「あー、これ私じゃないわ」


「じゃあ誰が──」


 勇気はその先の言葉を言うことは出来なかった。

 それよりも視界の中で鮮やかな肉色の物体が蠢いているのが見えてしまったからだ。

 なんだあれ、そう思って注視していると、


「げ、肉がいる」


 いつの間にか隣まで戻ってきていた包帯姿のメメ子が心底嫌そうに顔を歪ませて呟いていた。

 その視線は勇気のものと同じ方向を向いていて、

 なるほど……

 肉色の物体を見て勇気はそう感じていた。

 中途半端に生えた幾本もの手足に肥大した丸い肉体。歩くことも出来ず転がるそれは確かに生肉のようにも見える。

 端的に言って造形美としては下の下。素直に気持ち悪いと嫌悪感が湧いてくるようだ。

 それが薄暗い背景の中、異様に色付いているものだから尚のことであった。そして色があるということは、


「あれも試練なのか?」


 メメ子にそう尋ねると、上目遣いで睨む彼女がいた。


「一緒にしないでよ。あれは表の想像をしっちゃかめっちゃかに寄せ集めた屑肉なの。考えることも出来ないでただなんとなく吸収する本能だけしかないんだから」


「ぼろくそに言うのな」


「だってキモイじゃん」


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