第43話 気を使ったのか
方針が決まれば行動は早かった。
噂の源流は掴むことはできなかったが別の噂で上書きすることはできる。
そのためにまずやることとして、
「よし、ここでいいか」
勇気はそう言って、背中に担いでいた少女を地面に置く。
人通りの激しい駅前。それも夕方間際だが、周囲を通る人は誰も関心を示さない。
勇気は少女の体を丁寧に揃え手を胸の前で組ませると、その中に一枚の便箋を握らせる。
「本当にこれでいいのか?」
「多分な」
勇気の足元で訝しげな声を出す黒猫は横たわる少女を見つめていた。
勇気はそのまま踵を返すと、その後ろを黒猫がついて行く。十分な程距離を取ったところで灰色だった世界に色が戻り、喧騒に混じって悲鳴が空を裂く。
ある程度は報道されるだろうな、と勇気は背中で急に現れた非日常を感じながら思う。
終末思想の肝は前兆なく世界が滅びるというところだ。その理由付けは一切されていないというのに思想に染まった人間はそれを馬鹿正直に信じてしまっている。
ならばつけ入る隙はそこにあると勇気は踏んでいた。
少しでも納得できる理由付けを。勇気が考えたのは鬱屈した少女の闇が世界を覆うというものだった。
その少女は誰かなんてことはどうでもいい。とにかく悲劇的でちょっと不思議な力を使えればそれだけで十分。
後は何か有名な話の流れに沿う形であれば最良だ。
「で、考えたのはキリストの再来か」
紗希が並々と注がれたドリンクに口をつけながら問う。
駅近くのファミレスで待ち合わせをしていたため、勇気が後から合流来た形だ。やることをやった猫は既に帰っている。
勇気は席に着くと、同時におしぼりとお冷のグラスを置く店員にドリンクバーの利用だけを頼む。
一言二言告げて離れていく店員とは逆のほうを眺める。大きな一枚ガラスは外の景色が良く見え、人だかりとそこへ近づいてくる赤いサイレンの光を見て勇気はつまらなそうに顔を顰める。
「そこまでがっちり考えてるわけではないけどな。イメージのしやすさから考えても設定を真似たほうがセンセーショナルだろ」
敬虔な信者からしたら罰当たりなことを言いつつ、勇気はこの先のことを想像していた。
これからの予定はこうなっている。
まずはメメ子の死体を見つけさせる。
その後三日後に動いているところを見せて何かメッセージでも残せば簡単にニュースになる。復活した少女、世界にも受け入れられやすい衝撃だ。
そう考えるとリバースギャップは大変便利だ。目の前から急に消えることもできるし、それ自体は補完されて問題にならない。目撃者ゼロで死体を町中に放置しても捕まることはないのだから。
メメ子の意志はまだ戻ってきていない。だから動くことはない。その問題を解決するために勇気が選んだ方法はあのマネキンであった。
まだ報酬をもらっていないことを笠に協力させる。
一時的な受肉はよろしくないことらしくだいぶ嫌そうな顔をされたが関係ない。
後は派手な演出を考えるだけだ。
「とりあえず、見つかった場所に戻ってきて復活アピールは必要だよな」
「そりゃそうだな」
紗希はグラスを持つと一息で中身を飲み干していた。色からしてオレンジジュースだと思われるが、口の中に残る氷を噛み砕くとお代わりのため席を立つ。
しばらくして戻ってきた紗希の手にはグラスがひとつ、黒々とした液体は縁に泡を作っている。
「……気を使えないと結婚できないぞ」
「言わなくても伝わると思っている馬鹿な亭主を持つくらいなら一人でいた方がましさ」
紗希は席についてグラスを置く。そしてゆっくりと外の景色に目をやりながら、
「で、私は黄泉の国からメメ子を引っ張り出して来ればいいんだな」
彼女にしかできないこと、それを再確認する。
「あぁ」
「戻ってくるかわからんぞ?」
「大丈夫だろ。直感だが自分の体が大変になると知ればとりあえずは戻ってくるはずだ」
紗希は小さく、宛になるのか、と呟いて勇気を見る。
根拠はないが自信はある。それを伝える手段はない。
仕方なく勇気は切りたくない切り札を提示する。
「あいつにあったら言っとけ。後でなんでも言うこと聞いてやるってな」
「……そういうところだぞ、全く」
「ん、何が?」
「分からないなら分からない方がいい。とりあえず一週間以内には戻ってくるようにするから、メメ子の体のほうはちゃんとしておけよ」
紗希は一方的にそう告げるとそのまま席を立つ。
その忙しない動きをする背中を、彼女の姿が無くなるまで見つめていた。
メメ子が戻ってくる頃には終末思想への認知も進んでいることだろう。その先は未知数だが、少女が討たれて終わりというシナリオにしなければいけない。
短時間に二回も死ぬことになるメメ子だが蘇生は簡単と言っていたので大丈夫なはずだ、多分。
勇気はしばらく外を眺めていた。赤灯は消え、駅前には規制線と野次馬でごった返している。
ふと、勇気は気づいた。テーブルの上にはまだ手のつけていない黒い炭酸飲料がグラスに汗をかきながら飲み手の存在を待っていた。
気を使ったのか、気を使ったのだろう。
出来ればホットコーヒーの方が良かったなぁと思いつつ、勇気は氷が少し溶けたグラスを口に運んだ。
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