第42話 メメ子でいっか
「それはどういう意味から?」
一瞬眉を持ち上げた鈴音が尋ねる。
特別おかしなところはない。平常通りの声色だった。そのはずなのに臓腑が凍り付くようなおぞましさを感じて勇気は言葉を失う。
「ねぇ、どういう意味か聞いているのだけれど」
もう一度、鈴音が言う。
その双眸は勇気の心臓を確かに射抜いていた。
……そんな変なこと聞いたか?
がくがくと震えそうになる体を押さえつけながら勇気はそんなことを考える。
言葉を選ばなければいけないと告げる直観は確かに正しい。勇気は大きく息をのんでから、
「メメ子とは十年前、いやもしかしたらそれより前からの付き合いなんだろ? 死んだっていうのに案外平気そうだなと思っただけさ」
「……」
鈴音は無言だった。視線を決して動かさず、どこか責めるような目つきで勇気を見ていた。
一分、二分ほど経ったとき、ようやく鈴音が口を開く。
「……まぁ、わかっていたわ。男性だもの、貴方はそれに輪をかけてひどいけれど」
雰囲気が柔和する。それとは別に暗に責め立てるような居心地の悪さを勇気は感じていた。
「……あー」
隣からも間延びした声がする。
紗希は何処からか取り出したあの枝を持っていた。それで勇気の足を突っつきながら、
「やはりあの時殺しておいたほうがよかったのかもしれんな。本人のためにも」
勇気は止めろと言うが、からかうように笑う紗希は手を止めない。
痛くはないがこそばゆい感じがして勇気は半身分距離をとる。
それを見ていた鈴音は、小さく鼻を鳴らすと、
「やめなさい。私の十年が馬鹿だったということにしたいのかしら」
その言葉に、紗希はすぐさま手を止める。
何が起こっているのか分からない勇気は、
「で、何かわかったのか?」
紗希に尋ねると、彼女は目を瞑り首を振る。
「何も。しいて言うなら多分メメ子が死んだ理由の方向性が見えたくらいだ」
「ん? 大進歩じゃないか?」
「……それが使えればな」
煮え切らない答えに、勇気は口をとがらせる。
「隠すなよ」
「いやだ。母さんにもメメ子にも殺されかねん」
「は? わけわかんねぇ」
勇気はそういう他なかった。
一方的に恨まれる経験はしていたがそれにしては和やかすぎる。
頭を抱える勇気に、紗希はそういうところだぞと呟いてから、
「それよりも終末思想についてどうするんだ? 確か方針は決まっていたようだが」
「ありゃなしだ。調べたんだが年齢層も出身国もバラバラ。対象人数も多すぎて手が回らん」
始めの想定と違うのだからすべきことも変わってくる。
しかし、他の手段なんてすぐに浮かんでくる訳もなく、
「じゃあどうする?」
当然の質問に答えることが出来ずにいた。
なにせ経験がないことだ。せめて類似した事件でもあればそこから状況に合わせて臨機応変に舵取りする、なんてことも出来るのだが、それすら叶わない。
ただ、隣には問題を丸投げする気しかない子がいるため何か答えないとどうなるか分からない。
勇気は軽く目を閉じたあと、
「……過去にもあっただろ、こういうことは。その時はどうしたんだ?」
「そうね、過去にも同じようなことはあったわ。でもその時は龍や鬼なんていう象徴的なものが生まれたからそれを討伐するだけでよかったの。そうすれば不安が解消されたという印象が波及してしばらくは安定するわ」
「今回はそれが出来ないんだよな」
「えぇ。なぜかひどく抽象的で範囲も広い。こちらも何を討伐すればいいかわからない状況ね」
鈴音は疲れたように、ただ少し楽しそうに答える。
相変わらずよく分からん話だ、と勇気は思いながら引っかかる点をあげていく。
「……なら形があればいいのか?」
「それが出来るなら。でも世界中の認知が積み重なった者は強いわ。それに絶対暴走するからできれば意志の通じるものを核にしたいところね」
「核?」
勇気が聞く。頭の中には梅干しの種のようなものが浮かんでいた。
「神降ろしよ。東北のイタコのような霊媒師がよく使う手段なんだけど。神々の不満を解消するため一時的に受肉させて人間でも対処できるようにする方法があるのよ」
「胡散臭いな」
「胡散臭いからこそ本質がそこにあるのよ。何もないところからそんな発想は生まれてこないわ」
火のないところにはということか、と勇気は納得する。
今のところ現実的な解決方法としてはそれしかない。ならばそこに肉付けしていくほうが早そうだ。
勇気はアプローチの方法を模索しながら口を開く。
「核ねぇ。何でもいいのか?」
前提としての質問に、鈴音が答える。
「基本的には。でも話が出来てある程度強い自我のあるものでなくちゃいけないわ。あとは終末思想に沿った姿でないと核と結びつかないし、本人がそれを否定してもいけない。あとは――」
「まだあるのかよ」
勇気が肩を落として言葉を遮る。
簡単に行く話だったら勇気を使うわけが無い。それは分かっていたがずらずらと羅列された条件にやる気を無くす。
鈴音は短く息を吐くと、
「そんなものよ。選ばれたものを探すのは大変なの。だから私たちは試練を突破した人を英雄としてかわいがっているというのに、最近の若い子は殺して自分を強くすることしか考えていないのだから」
「最近っていつだよ」
「ざっと千年くらい前かしらね」
鈴音は遠くを見つめながら答える。
気の長い話だ。が、今は関係がない。
それよりも条件に見合う人間を探さなければならない。ただ仮に見つかったとしてもそいつがどうなるか分からない。生贄になることを拒否せず紗希のような人智を超えた力を手にし、尚且つ対処可能な奴なんて思いつきもしない。
「ん-。どっかにそんな都合のいい奴が転がってないか――」
勇気はそこで話すのをやめる。
一人、思いついた。思いついてしまった。
勇気はそのことを伝える。
「――メメ子でいっか」
「よくないだろ」
すぐさま反論が飛ぶ。
それが感情論なのか、実現性の問題なのかはわからないが、勇気としては思いついたことを説明するしか無かった。
「ほら、生きる意味を失ったっていうなら追加してやればいいだろう。ちょっと変になるかもしれんが、元からだいぶ変だし」
「死体蹴りをやめろと言っているんだ」
紗希が言う。
それに対して勇気が口を出そうとすると、先に鈴音が話始める。
「……まぁできなくはないわね」
一言呟いて、そして、
「あの子なら顔なじみだし、意思も強い。後はどうやって終末思想と結びつけるかっていう話だけど」
「そこは何とかするさ」
勇気は答える。
一応は了承を得れたことに肩の荷が降りた気分になる。目処はたった、最後どうなるかは分からないが対処不可能を可能にまで押し込んだら後は知らん。
心に余裕が出来ると欲求が頭をもたげてくる。タダ働きはごめんなのは理解しているだろうと、勇気は提案をする。
「それより、そろそろ報酬について話したいところなんだが」
「あら、それならもう払っているわよ」
鈴音は先手を取ってそう話す。
そうだったか? と勇気は疑問を顔に浮かべていた。何かされた覚えは無いし、約束を取り交わしたことも無い。無駄に恩着せがましいことを言って報酬をなかったことにするようには見えないが、説明がなければ納得はいかない。
鈴音はそんな考えを見透かしたように笑みを浮かべていた。そして、
「あなた、まさか十年で過去の清算が出来ているとでも本気で思っていたの? 私が手を回しておいたのよ。一応の護衛としてメメ子や紗希もつけていたつもりなのだけど」
「な、なるほど」
勇気は鈴音の言うことに了承するほかなかった。
「だからきりきり働いて頂戴ね。旦那様」
彼女の怪しい笑顔に、勇気はただ苦笑いを浮かべていた。
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