第44話 二年前
草木一本生えない大地が延々と広がる中、紗希は疾走していた。
常人では出せない速度で駆けていく。後ろには砂埃が立ち上り、まるでひこうき雲のような直線を描いていた。
黄泉の国は表の世界にはない場所の一つだ。世界中で様々な呼び名があるがだいたい死者が一時的に留まり、そこから輪廻や地獄、または根源へと戻っていく。
現世から繋がっている場所もそそれぞれあり、日本にも当然ある。日本神話で有名な黄泉比良坂という場所だ。
走りながら紗希はげんなりとした気持ちでいた。黄泉の国と言うだけあって雰囲気は最悪だ。陰気臭いし、時折襲ってくる亡者も鬱陶しい。手にしている枝、前にノルウェーあたりで奪ってきた世界樹の枝を振り払うだけでどうにかなるとは言え、無限に等しい量が迫ってくるのは気分が良くない。
探し始めて既に二日が経過していることもあり、酷いストレスに悩まされてる。持ち物は逸話を重視して桃をやたらと持ってきていたが、こんなことなら菓子類でも持ってきておけば良かったと後悔する。
それだけ探してもメメ子は見つかっていない。既に根源に飲み込まれたかと思ったが、そんなやわな奴ではないかと思い直す。
しかし――
紗希は足を止めた。
脳裏には一人の男の姿があった。それなりに整った顔をしているとは思うが、理想を具現化するリバースギャップの中では並み未満。それに見るからに弱そうで性格もやや難がある。
こんな機会でもなければ基本的には関わらないか殺すかの二択しか選択肢が浮かばない。
――あんな男のどこがいいのだろうな。
そう思って紗希は邪念を振り払うように首を振る。ストレスが悪いほうへと思考を誘導していた。
紗希は一歩前へと足を踏みだす。さきほどまでいた亡者の群れは進むにつれて数を減らしていた。
この先、黄泉の国の中央には地獄へとつながる門があり、そこには閻魔大王と呼ばれるものがいる。なぜか見上げるほどの巨躯で、よく経験値稼ぎにしばき倒したものだ。
黄泉の国はしらみつぶしに探したため、もうこの先にいる以外ありえない。
面倒な仕事を押し付けられたな、と紗希はぼやきまた走り始める。
等活地獄。
生前に殺生を行った者が落ちる地獄であり、そこでは獄卒と呼ばれる鬼に殺され、また生き帰させられを繰り返し罪を贖うというところだ。
周囲は血にまみれ、様々な拷問器具が投げ捨てられている。が、今それを使用する獄卒の姿はない。
「――あぁ、こんなところにいたのか」
血煙のなかから出てきたのは紗希だった。
手には枝を持ち、リュックを背負いこれからハイキングにでも行くのかというほどの軽装だ。
だが、彼女の服は血肉が付いていないところを探すのが苦労するほど汚れていた。
紗希は顔についた血を、地面に落ちていた布で乱暴に拭うと、それを投げ捨てる。
「……さっちん」
紗希の視線の先から声がする。
顔に包帯を巻き片目を隠す少女は、岩の上に座りながら地獄の様子を眺めていた。
「どうした?」
紗希が尋ねる。メメ子はそれにただゆっくりと首を横に振るだけで何も答えない。
少しの間返答を待っていた紗希は、ふうと息を吐くと歩き出す。メメ子の座る岩まで来ると、同じように腰を下ろし肩をつける。
「こんなところで何を考えていた?」
「……私の生まれた意義はさ、首をひねることなんだけど。最近よくわかんなくなっちゃったんだ」
メメ子はそう語って遠くを見つめていた。
血の色の地面から生える針山や血の池、そしてここに来るまでの道中侵入者に襲い掛かるまじめな獄卒達を鎧袖一触でなぎ倒し、だんだんと楽しくなってきてしまった紗希が作った死体の山がある。
「そうか、そうあれと生まれた者ゆえの苦悩か」
「さっちんは違うもんね」
「……十年前、私がどうやって生まれたか知っているのか?」
少し溜めた後、紗希が尋ねる。
小さいころから疑問ではあったが気にしないでいたことの一つ。リバースギャップで生まれた者は何かしらそうしなければいけない縛りがある。そういうものとして生まれたためあって当然のものが紗希にはなかった。
「……さっちんはね、愛の結晶なんだよ」
「えっ、気持ちわる」
つい反射的に言葉が出て、紗希は口を手で押さえる。
思い浮かんだのは母とあの男の契りだ。その妙な生々しさに肌が粟立つ。
メメ子はその行動に軽く笑って、
「まぁうん。想像通りだよ。お兄さんの記憶を代償に行為をもって子供を形作る。それを今度はさっちんの素の体とまぜまぜして完成なんだって」
傾聴していた紗希は次第に顔を赤くしていた。
気恥ずかしい気持ちが溢れてくる。親のそういうところはあまり聞いて気分が良いものでは無かった。
そして、
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「お兄さんが教えてくれたから」
「あの野郎……」
「色々事情があったんだから、そこは我慢してよ」
「事情?」
紗希が疑問を投げると、メメ子は一度考えてから、
「十年前、本当は何があったのか。最初はその二年前から始まったんだ」
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