第45話 手馴れているわね
咲夜という少女が気味悪がられ始めたのは小学生になってからだった。
それまでは生まれのことがあっても両親ともに愛そうという努力はしていたし、組の人間も可愛がることが多かった。
しかし小学生になると咲夜は孤立した。同級生からも先生からも腫れ物扱いをされるようになっていた。
彼女が悪い訳では無かった。ただ家がヤクザだったからだ。
それは咲夜の心を徐々に蝕んでいた。それでも家に帰れば優しい父と血の繋がらない母が暖かく迎え入れてくれる。それだけに縋り生きていた。
異変が起こったのはその年の正月。初詣に鈴が丘神社に行った時だった。
そこで初めて咲夜はリバースギャップに連れていかれてしまう。
運がいいことに調律を行ったのは鈴音であった。彼女の管理する境内でそんなことをする愚か者がいないため当然ではあるが、鈴音自身もたまたま調律を行っただけであった。
「あら?」
境内を散歩中、泣いている幼子を見かけた鈴音は足を止める。
珍しい、本当に珍しい。今どき神主や巫女ですら因子がないというのに、全く関係の無い子供がこちらにいるなんて。
そのまま返すことも出来た。だが、久しくリバースギャップで人を見ていないせいか、興味がわき、咲夜を匿うことにした。
と言っても少しの時間遊ぶ程度だ。まだ試練を与えるには早すぎる。
だから小一時間ほど遊んだ後、鈴音は咲夜を返していた。次に会う約束をして。
それから咲夜は暇な時は神社に通うことが度々あった。学校帰りに友達と遊ぶということが出来ないため、そうなるのも仕方がないのだが、小学一年生の足では距離があるため誰かに連れていってもらう必要があった。
連れ添いは組の若い者が快く行っていた。問題は鈴音がリバースギャップに連れて行ってしまうと消えてしまうことだ。
戻ってきた時に補完されるとはいえ何度も繰り返せばおかしいとなってしまう。それはすぐに親の元へと伝わり、説明を求めた。咲夜はまだ幼く、拙いながらも状況を全て話すが当然伝わるはずもない。
どちらが悪いという訳ではなく、どちらも仕方がないとしか言いようがない。結局なにがあるか分からないということで神社に行くことは禁止された。
唯一の味方だったはずの両親に裏切られ咲夜は塞ぎ込むようになっていた。それを意固地と捉えた両親は許すことなく彼女に接するため、ますます関係が悪化していくこととなる。
その状況は好転することなく一年以上続いていた。
そこに現れたのが勇気であった。
彼は咲夜の面倒を見るよう命令された時、たいそう嫌そうな顔をしていた。それは最後まであまり変わることは無かったが、覚えが良くならばと飲み込んで仕事するくらいには頭が使えた。
とはいえ十以上離れている女児の扱いなど知る由もなかった勇気は、公園で放し飼いするくらいしか思いつかなかった。
「なぁ」
一人砂場で遊ぶ昨夜に、勇気は声を掛ける。面倒を見ることになって一週間、向こうから話すということは一切ない状況が続いていた。
彼女がどうしてそうなったのか、勇気は知らない。誰も教えてくれなかったし、勇気自身咲夜がそういう内気な性格なんだろうとしか思っていなかったからだ。
お互い地獄のような一週間を過ごして勇気はうんざりしていた。だから、
「友達いないのか?」
「いない」
初めて聞いた声はとても暗く、絶望に浸りきっていた。
しかし、勇気はそれに気づかず、
「そうか、寂しいやつだな」
「……お兄さんは友達、いるの?」
「いる……いや、いたが正しいか。こっちに出てきてから地元の連中と連絡取ってないしなぁ」
勇気は懐かしむように空を見上げていた。その方向は北を向いていて、故郷である奈良県はそちらにないことには気づいていなかった。
咲夜はまた黙々と砂弄りを始めていた。何かを作る訳でも無く、ただ時間を浪費するために穴を掘り、それを埋める。それの繰り返しだ。
勇気もまたその苦行を見ているだけだったが、毎日四時間近く付き合うのは無理があった。初めは砂遊びが好きなんだなとしか思っていなかったが、暇という怪物に食い殺されそうになる頃には流石におかしいと思うようになっていた。
「なぁほかのことしないか?」
「しない」
にべもなく断られて、勇気は閉口する。
が、そのままというのも耐えられず、勇気は後ろから咲夜を抱き上げると、
「や、やーだーっ!」
「知るか。ほらどっか行くぞ」
話も聞かず強引に連れ去る。
暴れる咲夜を米俵のように担ぎ街を歩く。このあとすぐに警察に事情聴取されるがそれは何とか乗り切ることに成功した。
咲夜が提示した場所は鈴が丘神社だった。
昔のことを何一つ知らない勇気はなんの躊躇いもなく境内に入っていく。隣には咲夜がいて手を繋ぎ歩いている。
「待ちなさい」
境内に入って早々の事だった。
一瞬鈴の音が響いたかと思うと景色が変わる。
色のない世界で、勇気と咲夜は目の前にいる六本腕の女性と対峙していた。
「鈴音さん!」
途端に咲夜がかけ出すのを勇気はただ手を離して眺めていた。
鈴音は手前の二本の腕で咲夜を抱きしめる。そして、
「久しぶりね。少しは大きくなったかしら」
「うん!」
それはまるで本当の親子の再会のようで、
「──なんだ、お前?」
「……お兄さん、見えるの?」
「見えるも何も、ってなんだこれ!?」
辺りを見渡し異変に気付いた勇気は驚きの声をあげる。
色が消え、雑音のない世界になって、それでも平然としている二人を見て、
「……なるほど」
状況を全く理解していないが勇気は一人納得したように頷いていた。
少しでも彼のことを知っている人間であればその見当違いな態度に気付いただろうが、この場にいたのは勇気の事をよく知らない者だけだった。
だから、
「貴方、手馴れているわね」
「……まあな」
噛み合わない会話なのに何故か話は進んでいく。
鈴音は新たな因子持ちにこれ程早く出会えたことに感情を昂らせていたし、咲夜は何も分からない。勇気は何となくわかっている雰囲気を出して煙に巻くことしか考えていない。
しかし、今はそれで問題なかった。
「さて、今日は何をして遊びましょうか」
鈴音が提案すると咲夜は満開の笑みを浮かべていた。
勇気は一時お守りを交代出来ると安堵しながら先を行く二人の後を追っていた。
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