第46話 捏造されていない、お兄さんの話
その後、夕暮れ時になると神社を離れていた。
遊び疲れた咲夜を背負いながら帰路に着く勇気は、
「なぁ」
独り言のように声を掛ける。
「ありゃなんだ?」
「あれってなに?」
質問に質問で返され、勇気はしばらく口を閉じる。
少しの間考える素振りを見せたあと、
「都会って凄いんだな」
「そうなの? でもお父さんもお母さんも知らないって、行っちゃだめだって言うの」
「そうか……」
勇気は適当な相槌を打つ。
頭の中には今日は楽だったなぁくらいしか思っていない。体験した超常現象ですら何らかの技術によるものと認識していた。
それよりも行っちゃ駄目な所へ連れて行ってしまった事をどう言い訳するかに頭を悩ます。
「じゃあ今日のことは内緒にしなきゃな」
「……わかった」
咲夜の声には少しの不満が滲んでいたが、背中越しに伝わる頷きに勇気は安堵していた。
子供の面倒なんてかったるいことを任せられる女がいる。楽な仕事だとこの時は思っていた。
「これがのちに
「まてまてまてまて!」
話を聞いていた紗希が両手を激しく振って遮る。
「どうかした?」
「どうもこうも、なんだよ橿原大王って」
「お兄さんのことだけど?」
メメ子は特に不思議がる様子もなく答える。
公然の事実のように言われ、紗希は眉間に皺を寄せながら、
「あいつが? 適当な冗談にしか思えないぞ」
「いや、本当だから。鈴音様から剣と香炉の力を貰ってるんだしそれくらい当然でしょ」
「マジなのか……」
話の内容に衝撃を受けた紗希は上手く表情を作れずにいた。
橿原大王。紗希には聞き覚えのない言葉だったがひとかどの人物だったことは分かる。しかし今の彼を見るにその面影は無い。
それに母から受け取った物が心中をざわつかせる。剣と香炉。それぞれ特殊な権能を司る母の所持品だ。それだけ特別扱いされている証左であり、紗希ですらリバースギャップを行き来するための鈴しか受け取っていない。
羨ましいし、妬ましい。母は彼に一体何を見出したのか、何故そこまで贔屓するのか。
深く深く考えて、紗希は顔を上げる。
「そういえばあいつは剣も香炉も持っていないぞ」
「現代社会でそんなもの持って歩いている人がいたら怖いよ。剣は目に、香炉は心臓になってるんだって」
「そ、そうか……目に心臓ね、ひ弱そうに見えてなかなか胆力のある男なんだな」
紗希は少し見直したというように頷いていた。
リバースギャップで生まれた物ははっきりとした形は取らない。そうあれとしか望まれていないのだからどのような形でもいいのだ。
紗希の持っている世界樹の枝も同じく、枝と名前についているから紗希が枝と認識しているだけで、言い張れるのであれば形は問わない。その内に秘める能力だけが変わらなければ問題ないのだ。
だから目にも心臓にも驚きはしない。ただ置き換えるということは一度取り出す必要があるということだ。目を抉り、心臓をくり抜く事は普通の人間ができることでは無い。
紗希も両腕両足は他の遺物に換装してあった。それだけでも苦労したのだから内臓の換装に手を出すことに一定の尊敬すらあった。
しかしメメ子は唇を曲げて、
「お兄さんはそういうんじゃないよ。英傑なんて言葉から一番遠い、下劣で性根の曲がった一般的な男だもん」
「ぼろくそに言うじゃないか」
「まぁね。あとお兄さんは自分で換装はしてないよ」
「そうなのか?」
紗希は予想外の言葉を聞いて目を大きく開く。
換装を本人の意思以外で行うことはひどく珍しい。危険性があり、そもそもリターンがあるなら自分でやったほうがいいからだ。
しかし、唯一例外があるとするならば――
「そう。お兄さんはね、一回死んでるんだよ。それを治すために鈴音様が換装したの」
――換装する必要のない人が壊れたパーツを補うために他者に施す場合だけだ。
「そんなこと、あいつは言っていなかったぞ」
信じられない気持ちを表に出して、紗希は言う。
死んだのは紗希の肉体だ。その時の跡も残っている。
メメ子は軽く頷いた後、
「うん、お兄さんの記憶は捏造されたものだよ」
「……誰に、だ?」
紗希はためらいがちに問う。
いやな予感がする。単純な答えに飛びついてしまってはいけないような、そして何か重大な見落としをしているかのような。
冷汗があふれていた。それをメメ子は気づいて息をのむ。
そして、
「そう、記憶を捏造したのは鈴音様。そして、それを裏で操っているのが咲夜なの」
「そんなことできるわけないだろう」
すぐさま紗希は否定する。
並大抵の相手など片手でひねることができる紗希が今だ敵わないと思わせるのが鈴音だった。自力も権能も何もかもに壁がある。
それを、
「ただの死人に何ができる?」
吐き捨てるように言う。
咲夜は既に死んでいる。ただ肉体が残っているだけだ。
それが事実で、それ以外は全部嘘なのだ。
そう言い聞かせながら紗希は疑問を募らせていた。
肉体の蘇生を可能にさせて、精神・魂の蘇生はなぜ行われていないのか。
もちろん無理な場合もある。が、果たしてそんな中途半端な状況に留めておくだろうか。勇気一人ならいざ知れず、鈴音も共にいて。
答えが出ない苛立ちを目線に乗せてメメ子をにらむ。
彼女はそれを気にした風もなく、小さく笑みを浮かべていた。
「これから話すのは捏造されていない、お兄さんの話。初めて鈴音様とお兄さんが出会ってから鈴が丘を去るまでの一年だよ」
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