第3話 摩訶不思議体験

「で、何の用だ?」


 一旦自分の中で状況を整理した勇気は、少女に問う。

 事前の情報に差があるとはいえ、それだけでどうにかなってしまうということはまず無い。極稀にそのまま墓標へ向かうこともあるがその時はその時、運が悪かったと諦めるしかない。

 だから聞くしかない。相手の意図を把握することがまず第一で、そこに利益をどれだけ上乗せできるかが重要なのだから。

 だが少女の返答はその思惑を叶えるものではなかった。


「それって、質問かな?」


 頬に指を当て、小首を傾げる少女に当たり前だろう、と答えようとした勇気は思い留まり、


「何を言ってる? 先に用があって話かけて来たのはそっちだろう。用件を聞いてやると言っているんだ」


 意味もなく強気で答えていた。理由は特にない。あえて理由をつけるとするならば、心の隅にいた天邪鬼が笑っていたからくらいでしかない。

 普段なら絶対にやらないような事をしていることに自分自身も驚いていた。虎の後ろで屍肉漁りをして生きているのだから不必要に敵を作る真似はしない。

 とはいえ言ってしまったものは後には引けない。覚悟を決めて相手の反応を伺うと、少女は大きな片目を数回瞬きすると、表情が喜色に変わる。


「お兄さん、昔みたいになった!」


「お、おう」


 少女が喜んでいる理由が分からず、勇気は適当な返事しか出来ずにいた。

 何が琴線に触れたのか検討もつかない。確かに昔は今より言葉遣いが汚く、若さゆえの無鉄砲さが一人歩きしてしまう事もあったが、それを利用しようと言うならともかく好まれたのは初めてのことだった。

 変なやつ、と認識を改めていると、少女は一歩後ろに下がる。

 そして、


「私の目的はね、色々あるんだけど」


「手短にしろよ」


「うーん、相変わらずケチ臭いね」


 少女は半目になり片方の頬を引き上げる。

 分かりやすく非難を態度で表しているのだろう。それよりも自分の知らない所を自分以上に理解している口振りに、勇気は苛立ちを覚える。

 今の今までそれほど気になっていなかったが十年前、本当は何があったのか。その鍵の一つがこの少女であることは間違いないのだろう。

 ……いや、本当にそうなのか?

 何か知っていることに疑いはない。だが何故知っているかには納得がいっていない。

 誰かに吹き込まれたにしては感情が篭もりすぎている。それにたまたま今日訪れただけというのに待ってたかのように接触してきた事も気がかりのうちの一つになっていた。

 そこまで考えて駄目だな、と結論を出す。知らなすぎるせいで憶測に憶測を重ねることしか出来ていない。思考が柔軟性を失うくらいならと勇気は深く考えることを辞めた。

 改めて勇気は少女を見る。こんな街だ、援交目的でも大して驚かないがそうではないようだ。目的があると言う割に本題に入るまで随分と時間を掛けているようで、


「早くしろよ。こっちは暇じゃないんだ」


「つれないなぁ……分かったよ。まずはこれ」


 そう言って少女は手を伸ばす。

 手のひらを少し開いて見せたのは眼球だった。いや、眼球をかたどったストラップか。

 最近の若い子の趣味はわからんなぁ、と勇気はそれを見て感想を思い浮かべる。やけに出来のいいそれは黒目が地面に向き視神経をかたどった紐を少女が二本の指でつまんでいた。


「趣味が悪いな」


「そういうことじゃないんだけど……」


 少女は軽くストラップを回しながら言う。

 受け取れ、というようにも見えるがはっきりいって要らない。と言うよりも受け取りたくもない。

 が、それ以上何も言わない少女のせいで会話が続かなくなっていた。

 受け取らないと始まらないのか、とゲームの選択肢の無限ループが脳裏にチラつく。勇気は少女とそのストラップを交互に見て、ため息を一つ漏らして彼女の手の下に自分の指の欠けた手のひらを置いた。

 ぽと、と少女が指を離すと、ストラップが落下する。受け皿となった手のひらの上で眼球がころころと転がり、黒目が勇気の正面を向いた。

 出来がいいと思っていたが、実際手に取ってみると本当に精巧で、少女の手の中にあったためか微かに温かい。何より少し力を入れれば潰れてしまいそうな柔らかさに嫌悪感を抱く。

 早く捨ててしまいたい衝動を抑えつつ、勇気はそれから視線を外し、少女を見る。

 そして、


「これが目的なのかよ」


「だから違うって。本命はこっち」


 少女はそう言って包帯をずり上げた。





 本来ならば瞳があるはずの場所を見て、勇気は黒いな、と思っていた。

 いや赤だろ、と勇気が反論する。

 紅にも見えると言う勇気に、それだけはないなと勇気が否定をしていた。

 洞窟の中を宝石が散らばって埋め込まれているのではと勇気が推測すると、あれは血の塊だよと勇気が口を挟む。

 一歩引いた所にいた勇気はその様子にくだらないと目を背け、隣で見ていた勇気がそれを注意する。

 勇気は勇気を、勇気と勇気が勇気して勇気になるような勇気であるから──





「──馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てるように言うと、勇気は手に持っていたキーホルダーをその眼窩にねじ込む。

 一度に二十万の瞳を詰め込まれた頭部は、難なくそれを受け入れて、


「あらま」


 ただ一言を残して少女ごと、眼を中心に吸い込まれるように消えていた。


 

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