第40話 蘇らす

 息苦しい中、勇気は悶えながら答える。


「し、知らねぇよ──」


 言葉の途中で勇気は横っ面を蹴られ、何も言えなくなる。

 理不尽だ。そう思うが見上げた先にある紗希の鬼気迫る顔が言葉を失わせる。

 抵抗は無駄だった。状況は不利に傾きすぎてほぼ直角だし、仮にイーブンまで持ち込めたとしても膂力でかなう相手では無い。

 だから勇気は言う。


「死んだってどんな風に死んだんだ?」


 しばらく答えはなかった。見定めるような紗希の目が痛いほど降り注いでいる。

 勇気もそのまま動かないでいると、腹にかかる重圧が緩んでいくのを感じていた。


「……表の世界での肉体は残っている。ただ中身であるリバースギャップでの身体は消滅していて動かないんだ」


 紗希はその顔に暗い影を落として答えた。

 想像の産物であるから死体も残らない。そう言いたいのだろう。


「友達が死んだんだ、暗くなるのも分かる」


 勇気は努めて優しい口調で言う。

 誰だって知人が死ねば少しは悲しくもなる。勇気自身、まだよく理解できていないが少しの喪失感を感じていた。


「友達、友達か……あぁそうだな。私は今悲しいのか」


 数度頷くと紗希は納得したように笑みを零す。

 そしてゆっくりと勇気の上からどくと、手を伸ばし、


「すまなかった。ちょっと当たってしまった」


「なに、子供がじゃれてきた位で怒るほど狭量な親じゃない」


 手を持って立ち上がりながら勇気が言うと、軽く小突くように紗希の拳が肩に当たる。

 本人はそんな意識はないのかもしれないが勇気は酷く体を仰け反らせ、軽い呻き声と共に患部を押さえる。


「調子に乗るな、あと大袈裟に振る舞うな」


「大袈裟じゃ、ねえっての。マジで痛い……」


 ひっそりと呟く勇気に、小さく嘆息した紗希は、


「ったく。で、どうするんだ?」


「どうするって何が?」


「原因はお前にあるんだろう? どうにかするのが筋じゃないのか」


 ……そうか?

 勇気は首を捻る。

 決めつけるように言われているが勇気に自覚は無い。最後に会ったのだってもう三日も前のことだ。その間に何かあった可能性だってあるだろう。

 勇気は目を閉じて考えたあと、 


「……て言われてもなぁ。身に覚えがねえぞ」


「思い出せ」


 半ば脅すように紗希が言う。


「……十年前の記憶の話をした時かな」


 可能性があるとしたら、そう前置きして、


「なんか様子がおかしかったのは覚えてる。けどそれがどうしたって言うんだ?」


 勇気は逆に尋ねる。

 十年前にメメ子とは会っていることは事実だ。だがそれを今更蒸し返して死にましたは繋がらないだろう。

 紗希もそれを聞いて小さく唸ってから、


「わからん。わからんが何かあるのだろう」


 そう答えるしか無かった。

 ただ一つ、勇気には気になることがあった。それを一瞬躊躇うように口を閉じた後、


「なぁ、それって意味あるのか? 言っちゃ悪いがもう死んでるんだろ、今更何が出来る訳でもないと思うんだが」


 勇気が問う。

 それに紗希はなんでもないという表情で、


「何を言っている? 死んだら蘇らすに決まっているだろう」


「……なんでもあり、ってことか」


 半分呆れたように勇気は言う。

 ならばすることは一つしかない。

 勇気は紗希を置いて歩く。向かう先は十年前のことを知っているもう一人の人物の元だった。





「そう、それで私の所へ来たのね」


 鈴が丘神社の中にある社務所。その一室で机に向かう女性、鈴音が言う。

 黒を基調とし、金糸で模様のつけた着物を身につける彼女は、目の前に座る男女の姿を見つめながら煙管をふかす。

 堂に入る振る舞いは見惚れるほど絵になるが、勇気は静かに問う。


「十年前何があったか、知ってるんだろう?」


「えぇ」


 短い返答がある。

 それ以上言葉はなく鈴音はその細い双眸で勇気を見ていた。

 そして、


「一つ。私からは何も言えないわ」


「母さん!」


 紗希が叫ぶ。が、鈴音は彼女に向かって煙管を向け、ただ睨みつける。

 言えない、ねぇ……

 そのやり取りを見ながら勇気は考えていた。単純に何か理由があることはわかっていた。それが何かは分からないが、一手進める方法は思いついていた。


「紗希」


 勇気が呼ぶ。


「調律してくれ」


「……何故だ?」


 紗希は疑問を浮かべるが、いいから、と勇気は突っぱねる。

 不服そうな表情の紗希は短く息を吐くと、手を上げて軽く指を鳴らす。

 鈴の音が響き渡り、世界が色を変える。視覚に対する暴力は目を閉じることで少しは軽減されるのだが、勇気は気付かずに気持ち悪い思いをする羽目になっていた。


「──で、どうした?」


 紗希が問う。しかし勇気は無視していた。

 勇気の視線は鈴音に注がれている。色のない世界で変わらず黒い着物を身に纏う彼女は背中から腕が左右二本ずつ追加で生えていた。

 宙を揺蕩う四本の腕は、香炉、鏡、剣、そして鈴を掌の上に浮かべている。

 それはこの神社にある本堂の仏像の姿によく似ていて、


「……あまりじろじろと見るのは行儀がいいとは言えないわよ」


「見られるのが仕事だと思ってたよ」


「それは本堂の坐像のほうよ。あれのせいで腕が生えるし試練も変わるしでいいことないわ」


 鈴音はそう言って煙管を咥える。ゆっくりと吸い、またゆっくりと吐いてから、


「それで、どういうつもり?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る