第8話 報酬はあります

 だから、理解できないことがある。


「殺すのが目的ならなんでわざわざ試練なんてするんだ?」


 勇気は頬杖をつきながら尋ねる。

 何かしら縛りの上で行動していることはなんとなくだが察していた。ただそれに従う必要があるということはより力のある存在が後ろにいることになる。暴力装置無くして何かを従えることは出来ないのだから。

 仮にそんな者が存在しているとなると荷が重い。後の顧客がどうなろうと知ったこっちゃないが現在虎口に飛び込んでいるの自分だ。

 メメ子はそれを聞いて、


「ルールだからね」


 ただ短く答えるだけだった。

 どんなルールだよ、と思う。誰がなんのために課したものなのか、それを知る必要があった。

 先ほどのメメ子の言葉を思い返す。その中で彼女ははっきりと私達と言っていたのだ。つまりこんな不可思議な芸当が出来る奴が複数いるということでなおかつそいつらが人を殺したがっているということだ。

 冗談だったらどれだけよかったか。勇気は黙々と食事を再開するメメ子を見て軽いため息を漏らす。小さな口いっぱいに物を詰め込む行儀の悪さからは内に秘めた凶悪さを計ることはできない。

 そのとき、ふと考えついたことがあり、勇気は口を開く。


「なぁ、その試練って奴をクリアしたんだから報酬ってもんはあるのか?」


「ん? あるよ」


 気安く答えるメメ子に対して、勇気は内心でガッツポーズを作る。

 なぜだかわからないがメメ子はそういう面では律儀だ。言い換えればゲーム的と言ってもいい。命をベットに試練を受けさせて成功者には報酬を出す。それを盤外から眺めて愉悦をしているのだ。

 まるで好色の爺のような趣味の悪さを感じながら、


「で、報酬は?」


「今あげてるじゃん」


 メメ子の目はまっすぐ勇気をとらえていて、少しの間考えていた勇気はまさかと思い後ろを向く。


「いや、ないない」


「……だよな」


 メメ子の声は唖然と嘲笑が混じっていた。

 そして一旦箸をおくと、


「お兄さんが今一番必要としてるだろう情報が報酬だよ」


 愛想のいい笑いを勇気に向けていた。

 命を掛け金にしたにしては若干安いのではないかと思う報酬に勇気は不満を覚える。

 それが顔に出ていたのか、メメ子は覗き込むように目を弓なりにすると、


「これでも結構破格なんだよ? だって私はもともと三つの願いを叶える先払い型だからね」


「先払い?」


「そ。一つ借りを作るごとに一歩ずつ近寄って、三歩寄ったらゲームオーバー」


 言いながらメメ子は自分の首に手を当てる。そして軽く舌を出して笑っていた。

 その蠱惑的な仕草とそれなりに整った顔も相まって、誘惑する気しかないようだった。しかしその誘いに乗ったら最期、その仕草通り永遠に首と身体が別れを告げることになると思うと肝が冷える。

 何より、


「なるほど。で、その先払いってのは事前に説明だったり開始の合図だったりがあるのか?」


「ふふ、ある訳ないじゃん」


 これまで以上の笑みを浮かべるメメ子に、

 たちが悪いな……

 そう思わざるを得ない。

 徹頭徹尾騙す気しかないのだ。しかも騙せれば優良で、騙せなくとも痛む腹がないと思っている。これが木っ端の詐欺師だとしたら目的と手段が逆転してしまっていると諭すことも出来たかもしれないがそうはいかない。

 だから、たちが悪い。こうやって話をしている間にも虎視眈々と機会を伺っているのだろうから。

 こういう場合最良なのは関わらないことだ。が、それが出来ない事情がある時とる手段は二つある。一つは庇護を求めることで、もう一つは排除だ。

 拳銃で撃ち殺したら死なないかな、と勇気は思う。死ねばいいが死ななかったらこちらが死ぬ。それを馬鹿正直に尋ねる訳にも行かないので、


「なあ、お前達ってなんなんだ?」


「なんだってどういう意味?」


「あー、あれだよ。人間かどうかってこと」


 そう聞くと、メメ子は納得いったように頷いてから小さく首を傾げて、


「……なんだろう?」


「いや、知らねぇよ」


 聞かれても困ると、勇気は手を払う仕草をする。

 メメ子は天井を見上げながらしばらく考え込んでいたが、急に正面を向いて、


「とりあえずこっちではただの死体かな」


 軽い口調で答えていた。

 意味がわからないと勇気は眉間に皺を寄せる。それを見てメメ子は、


「仕方ないじゃん。リバースギャップで生まれたんだからこっちに身体がなかったんだもん。だからそこら辺に転がってた身体を間借りして行動してるって訳なの」


「そんなこと可能なのか?」


「可能だよー。この世界がそういう風に辻褄合わせてるから」


 真剣さの欠けらも無い口ぶりにからかわれているのかとすら思う。世の中そんな適当でどうにかなるものでは無いだろうに。

 その事に言及したところで論より証拠、そう言われればどうしようもなくなることは目に見えているため、勇気は言葉にすることが出来なかった。

 たから代わりに、


「で、リバースギャップで生まれたって言うがどうやって? 親がいるのか?」


 そう尋ねるとやや真剣な顔をしてメメ子は答える。


「親ねぇ、そもそも生まれと言うよりは成り立ちみたいなもんだから難しいなぁ。リバースギャップがこっちの、表の世界が投影されているって言ったじゃん?」


 そこで話を区切ったため、勇気はあぁと短く相槌を入れる。

 それに満足したのか小さく笑みを浮かべたメメ子が話を続ける。


「投影って結構無茶苦茶でさ。現実にあるものから想像してあるだろうって思ったものまでなんでもいけちゃうんだよね。まぁ全部形作られるわけじゃないんだけど。だから神様とか悪魔とか妖怪とか都市伝説みたいなのもたまに見るねぇ」


「……ゲームみたいだな」


「私からするとゲームが真似てるとしか言えないけどね」


 ひっひっひと引っ張った笑い声をあげる様子を見て、それもそうだなと勇気は言う。

 結局よく分からない存在であるということしかわかっていない。だから適当に心霊現象か何かだと思っていた方が精神的に優しいと勇気は判断していた。

 となると話を戻して排除というのが難しく思えてくる。元より敵対する全てを殺して回ることをするつもりは無いのだから鼻からするつもりは無かったのだが。

 だから必然的に取るのはもう一つの手段しか残っていない。


「なぁ、お前以外で俺の命を狙ってきそうな奴っているのか?」


「いるんじゃない。普通の人はリバースギャップにいないしね」


 メメ子はさも当たり前のように答える。

 他人事のようだ、と勇気は思う。他人事なんだろうなとも思うけれど。


「殺したいほど憎まれることはしてないつもりなんだけどなぁ」


 そうぼやいてみせる。後ろ指刺されるようなことは多々していたが殺すまではいかないはずだ。特に妖怪やら悪魔等には縁もゆかりも無い。

 それを聞いたメメ子はゆっくりと首を横に振る。


「恨みで殺すんじゃないからね。人に強い印象を残す為にやってるから、お兄さんはどう足掻いても狙われるよ」


「……どういう意味だ?」


「姿形も曖昧な想像がいっぱいよりも一人が死ぬほど鮮明なビジョンを残した方がリバースギャップでよりしっかりと存在できるってこと。まぁお兄さんには分からない感覚だと思うけど、とにかくたくさん試練を課してたくさん殺した方が強くて偉くなるって思ってもらえればいいよ」


「なんだ、ゲームの経験値みたいなもんか?」


 勇気がそう言うと、メメ子は頷いていた。

 

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