第37話 逆に考えるか

 もちろん参加には相応のメリットがあるはずだ。だからこそ断ることが出来ない。

 結果が決まっていてその過程を楽しませるだけの道化を演じさせられたとこに憤りがない訳では無いが、強者とはそういうものである。それを若い頃に嫌になるほど経験していた勇気にとって取り立てて騒ぐようなことでもなかった。

 それよりも、


「いつからそっち側についていたんだ?」


 勇気は真っ直ぐメメ子に質問を投げる。


「元々だよ。まぁ賭け自体はついさっき決めたことだけどね」


 まったく悪びれる様子のない言動に勇気は軽くため息をつく。

 しかし、なぁ……

 状況は理解した。目標も定まっている。

 それでも何かを為す術が思いつかない。

 必要な公式が抜けている、と勇気は思う。

 人には分相応というものがある。才能もなければ経験もない事に人は万全では挑めない。

 そんなふうに勇気が首を傾げていると、


「一人で答えを出そうとするところはあなたの悪い癖ね」


 女性が揶揄するように笑う。

 その、少しの居心地の悪さに勇気は顔を背けて言う。


「つったって、他に誰かいるか?」


「いるじゃない。貴方に恩のある子が」


 ……いたか?

 勇気の視線がゆっくりと部屋を巡り向かいに座る少女へと吸い込まれていく。が、メメ子は手を振ってしまう。

 じゃあ、と思って横目で隣をみる。


「貴方の子よ」


 予想が的中したことに勇気は顔を顰める。

 殴って言うことを聞かせるならできるだろう。でもそれだけだ。

 スマートでは無い。スマートの意味はよく分からんが。

 しばらくの静寂の後、ゆっくりと紗希が勇気を見返して、


「なんだその顔は。私だって嫌だぞ」


 紗希は軽く睨む様に見つめていた。

 それ以上言葉はなく、先に目線を切ったのは勇気であった。


「……まず取っ掛りが無さすぎて困るんだが。何をして欲しいんだ?」


「世の中が嫌だって言う人間の意識を変えて欲しいのよ。陰気がたまって息苦しくてたまらないわ」


 どうやってだよ、と勇気はため息をつく。

 具体的な方法を聞きたかったのに、それは叶わない。方法がないのか思いついていないのか、確認する術は無い。

 とりあえず勇気は頭に浮かんだ簡単な方法を提示する。


「クスリでもばらまけばいいのか? 言っとくがそんな伝はないぞ」


「それでもいいのだけど、それをしちゃうとあなたが目をつけられるかもしれないのがね」


 女性は流し目で虚空を見つめていた。


「昔みたいにわかりやすい敵がいればよかったのだけれど、そうもいかないのが口惜しいわ」


「ノープランで人に投げるなよ」


 勇気が軽口で相槌を打つと、女性は眉を持ち上げて口の端に笑みを貼り付ける。

 

「あら、考えるのがあなたの仕事よ。形なき者にどう立ち向かうか見させてちょうだい」


 芯を見通すような瞳に勇気は目をそらす。


「……今回だけだからな」


 小さな声で呟く。それが精一杯の抵抗であった。

 とはいえなにかアイデアがある訳では無い。どれほど考えても堂々巡りでこんがらがるばかりであった。

 可能不可能で考えるのが間違えてるのかもなぁ……

 具体案になるべく近い提案をしようとしていたが、そもそも荒唐無稽な話だ。突飛なところから思わぬ解決策が生まれるかもしれない。

 それでも直ぐに思い当たる節はなく、勇気は喉の奥でしばらく唸った後、


「逆に考えるか」


「逆?」


 紗希が聞く。

 具体的になにか思いついた訳では無い。ただ解決する事象に対してまるっきり違うスタート地点から考え直すと案外いい意見が生まれるというのをどこかで聞いたことがあるため、試しにしてみただけであった。

 勇気は頭を回しながら言葉を選んでいく。


「あぁ、どちらかと言えば俺もそういう奴らと同じく世の中クソだなと思ってるからなぁ。無くなってしまえとまでは思ってねえけど。だから本当に無くなるようなことがあったらどれだけ辛いか分からせてやれば考えも改めんだろ」


「まぁ、なるほど。で、どうやってだ?」


 紗希は首を傾げながらもゆっくりと頷いていた。

 それに勇気は首を横に振る。


「んなもん後で考えるさ。それよりそろそろ仕事の時間だからな、身体中いってえけど店に顔出さねえと」


「あら、泊まっていかないの?」


 思わぬ問いに勇気は一瞬言葉に詰まる。

 声の方向に顔を向けると目が合う。彼女の試すような視線に、


「時期とタイミングが悪い」


 ただ短く言い切って勇気は逃げるように退室をした。




「はぁ……」


 勇気は思わずため息を漏らす。

 部屋を出て庭先を抜け、記憶を頼りにどうにか裏門のところまで辿り着いたはいいものの、行きの道中の交通手段を思い出して天を見上げる。


「どしたの?」


 背後から急に声をかけられていた。

 それに勇気は驚きもせず、


「ん。あぁメメ子か」


 相変わらず雲の流れに目をやりながら答える。


「久々に精神的にきたなぁって思ってよ」


「そう? 割といつも通りに見えたけど」


 勇気の弱音のような言葉に、メメ子は疑問で返していた。

 ふう、と息を吐く。体の中に溜まった澱を吐き出してから、


「小細工も駄目、真っ向勝負もできない、琴線がどこだかもわからない。おまけに好意だけはあるってのが最悪だよ」


「好かれてるのはいい事じゃん」


「過程を知っていればな。こちとら記憶喪失なんだ、いつ逆転して手のひら返されるかわかんねえのに好意をあてになんてできやしないさ」


「へー」


 わかっているのかいないのか、メメ子は抑揚のない返事をする。

 そりゃ興味無いわな、と勇気は思う。別にそれでもいい、気持ちの整理のためにただ口にしたかっただけなのだから。

 過度な緊張により、思った以上に体が強ばっている。勇気は両腕を上に伸ばすと、大きく深呼吸をする。


「はあぁ……ま、肩の荷が一つおりたと思えば今後は楽だかな」


「そうなの?」


「なし崩し的だが十年前のことも記憶のことももうどうでも良くなったからな。戻るに越したことはねぇけどま、それはおいおい考えればいいさ」

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