第8話 生徒会執行部
◇ ◇ ◇
生徒会執行部。
名前が長いことから「生徒会」と省略されることが多く、現生徒会には四つの役職がある。
一つが生徒会長、言わずと知れた生徒会のトップだ。文化祭や予餞会において全校生徒の前で挨拶したり、入学式や卒業式で在校生代表として祝辞や送辞を述べたり(これでバルドルはレオンハルトを知った)、生徒総会での司会進行を務めたりする。
放課後、バルドルは生徒会室に行く途中、エルトリーアから聞いた生徒会のことを思い浮かべ、レオンハルトは改めて凄いなと感心しながら、到着した。
コンコン、と扉をノックする。
「一年首席、バルドル=アイゼンです。レオンハルト会長に呼ばれて来ました」
中に人がいるのを領域で視ながら伝える。
レオンハルトはまだいない。三年生はエルトリーア情報では、最後の授業が魔法実技のため遅れているのだろう。
「──どうぞ」
凛とした女性の声が扉越しに聞こえた。
「失礼します」
そして、生徒会室に足を踏み入れる。
執務室に似ていた。
教室を二回り小さくしたようなスペースに、大きめのテーブルとテーブルを挟むよう対に配置されているソファ。生徒会長が座る高級感溢れる黒い椅子と机、壁際には紙や筆記用具などを収納した棚が、左奥の隅には四角の箱が置かれていた。
生徒会室にいた女子生徒はソファに座り、テーブルに広げた大きな用紙に何かを書き込んでいた。その横には小さな紙があり、その紙を見ながら作業している。
バルドルを一瞥すると手を止め、ソファから立ち上がる。
涼やかな青色の髪を揺らし、質素の薄い青の瞳をバルドルに向けた。ピンと伸びた姿勢は良く、メガネをかけている彼女は空気から物凄く真面目だと伝わってくる。
紺色の制服に青い紋章。二年生、魔法科の生徒だ。
「ようこそ生徒会へ。私はイリス=ティアライト。生徒会の副会長を努めています」
とても綺麗な声をしていた。
エルトリーアからイリスのことは聞いていた。
イリスは魔法科の生徒で10年振りとなる首席合格者だ。本来、首席の殆どは特殊科の生徒が選ばれる。特異体質者、
同じ分野で同じだけ努力したら、勝つのは天才である。その常識を覆す必要があり、イリスは成し遂げた。
その結果が、時期生徒会長最有力候補、副会長の座である。
「お会いできて光栄です」
イリスからはクールな印象を受け、自然と気が引き締まる。レオンハルトと親しくなったので気が緩んでいたが、生徒会は部活じゃないと真剣に取り組もうという気持ちが湧いてきた。
「噂とは大違いですね」
イリスは前髪を耳に掻き分けながら、少しおかしそうに言った。
「……噂、とは?」
「淑女として口にするのが憚られるようなことです。それで、会長が遅れているため代わりに、私が簡単な説明をしますが、構いませんか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「では、説明いたします。貴方のことは書紀くんと呼びますね」
「いいですね。でも、何故?」
「アイゼンさんだと貴方の妹さんと被ります。アイゼンに君付けは流石に失礼に当たるので、書紀くんと呼ぶことにしました」
「ああ、納得しました」
アイゼン家は名家だ。
「さん」ならまだしも「君」付けで呼ぶのは、敬意を払っていない感じだ。そのため、役職と「くん」に落ち着いたのだろう。
下の名前呼びは初対面の異性相手にすることではない、と最近のバルドルは学んだ。基本的に精神がお子様で止まっていたバルドルは、人の名前を下の名前で呼ぶので、ユニに注意され理解したのだ。
イリスは隅に置いてある箱を開け、ファイルを取り出した。他にも棚に収納されているポスターなどを取り出し、それらをテーブルに置きソファに座る。
こちに、とイリスは隣をポンポンと叩き、バルドルを呼び寄せる。
「まず書紀くんの仕事は議事録を書くことです。会議内容をこのように書く仕事です」
「ちょっと失礼します」
バルドルは視界に目を用いないので意味はないが、イリスの気遣いに温かみを感じながら断りを入れ、領域に集中する。
校長リーベナに領域を感知されたのは例外かもしれないが、他に感じない人がいないとも限らない。なので、領域内の物を詳しく見る際は相手に断りを入れるようにした。
実際、文字を映像化するまで精度を上げると、問答無用で服を透かしてしまうからだ……!
バルドル当人は妄想だからセーフでは? と物語を想像するようなものと割り切っているが、気恥ずかしいことに変わりはないので、なるべく意識を議事録に集中する。
とても綺麗な字で、会議の目的、曜日と日時、場所、出席者、時系列の会議の内容、その結果、が記されていた。
前例がある分、すぐに書き方を把握した。
だが、少なくない驚きがあった。
「生徒会は風紀委員会のことにも介入するんですね」
議事録の中には、風紀委員が問題を起こした生徒を捕らえた際の事情聴取の会議(?)内容が記されたものがあった。
「それはだいぶ例外です。基本的に介入はしませんが、大きな事件を引き起こし停学処分を下す場合などに、その例外が適応されます。それに元々、風紀委員会は生徒会の武力組織の一面があり、私達生徒会と連携することも多いのです」
「生徒に対する処罰などの最終決定権を生徒会は持っているんですね」
「その通りです」
それすなわち、生徒間のことは生徒で決着をつけるということだ。教師が介入するのは、生徒だけでは対応しきれなくなった事態だけ。改めて特異な環境だと実感した。
「次はこちらです。これは学園制度「
「これが……」
昨日の二限目で説明されたことの二つだった。
その一つ、「
実績はテスト結果、生徒会執行部・風紀委員会及び部活動内での実績、学内ダンジョンの最高攻略階層で判断する。
序列上位者は月の終わりに特典が貰える。当然、
もう一つ、「
この二つの学園制度は、生徒達の競争意欲を高めるためのものだ。
基本的に
「もしかして、先輩が書いているのは……」
「お察しの通り、現時点での
イリスが書いているのは二年生の物だ。横にある小さな紙は、去年の
「本当は僕がやるものなのでは?」
「まあそうですが、私の書き方を参考程度に、一緒に進めましょう」
「イリス先輩、お気遣いありがとうございます」
副会長はかなり自由な役職だ。何せ普段の仕事は殆どない。だからこれはイリスの善意だと伝わってくる。素直に嬉しくて頼もしくて、「イリス先輩」なんて言ってしまったが、しっくり来たのでこのまま行くことにした。
「いえ、私が好きでやっていることですから」
冷静に返すが、唇が少しだけ綻んでいるように見えた。
そして、イリスの手順を真似て一年の
こうして生徒会で仕事をしていると、本当に自分は生徒会に入ったんだという実感が湧き上がる。
バルドルは世界を目で見ていない。
だから、全ての出来事がいつも、一歩だけ遠くに感じられるのだ。その一歩が現実に追いついた今、彼は生徒会の一員になったことを強く体感した。
(凄く落ち着く……役割があるからかな?)
誰かに必要とされる。
存在価値がある。
家にいる間は自分が生きている理由が分からなくなった時があった。だから、誰かに必要とされるこの居場所が、彼には温かく感じられた。
その時、仕事の説明が終わりバルドルが作業に入ったタイミングで、扉が開かれレオンハルトが入ってきた。
今朝とは異なり、キラキラしたオーラを纏っている。会長席に座ったレオンハルトは、「どこまで説明した?」とイリスに尋ねる。
「書紀くんには書紀としての説明をしました」
「ふむ」
タイミングが良すぎる登場にバルドルはレオンハルトに怪しいものを感じたが、別に今朝と似たような感じかと違和感を消し去る。
「バルドル、君は我が生徒会の一員になったわけだが、心得ねばならないことがある」
「何ですか?」
「……手を止めたまえ」
「お断りします」
その時、イリスは感情らしい感情を見せ、くすりと笑った。
バルドルが書く手を止めなかったからだ。
「イリス君?」
「いえ、驚きました。会長、一年生には人望がないのではありませんか?」
「……今年の一年には教育が必要かもしれないな」
実際、
自制心がなく怒りを振り撒きながらコロシアムに降り立ったので、レオンハルトの「超絶シスコンお兄様」という評価が蔓延していた。
そのことをイリスは思い出して益々おかしそうに、口元に手を当て笑む。
レオンハルトは人望が厚く尊敬する対象、というのが現在の二年三年の認識だが、まだ彼のことを知らない一年生には親しみのある先輩、になっていたのだから。
「はぁ……まあいい。そのまま聞いてくれ。生徒会執行部は学園の顔だ。その生徒会の一員になったからには、模範的な行動が求められる」
「遅刻はするなということですか?」
「簡単に言えばそうだ。そして、生徒達を引っ張っていくような存在であらねばならない」
「結果を出せ、ということですね」
「エルトリーアから聞いていたか?」
「はい」
「それでも念の為に説明しておこう。
「
「そうだ。入学時は首席になれる生徒は稀にいる。だが、実績はどう頑張っても覆らない。実際、特殊科の生徒は魔法実技における試験は例外を除き満点になる仕組みだ」
「っ、それは知りませんでした」
「普通に考えて当たり前だ。特異体質、
「……」
「首席は学年の代表だ。そして生徒会長になるには、常に一位である必要がある。……そう身構える必要はない。満点とは言ったが、首席を選ぶのは学園側だ。状況に応じて物差しを変えることだってある」
「……何か黒い部分を見ている気分なんですが?」
「はは、まあその通りだ。エルトリーアではなく、バルドルを選んだのは学園側だ。君は特殊だから、何かしてくれると期待しているんじゃないかな? 実際、君は昨日の
レオンハルトは苦笑した後、真剣な空気を纏い命令した。
「──現生徒会長レオンハルト=ナイトアハトが命令する。バルドル、一年で最強であれ」
「最、強?」
「ああ。君はこの学園で何をしたい?」
「分かりません。けど、沢山の人と仲良くなりたいとは思います」
「ならば、最強であるべきだ」
「そうですか……?」
「酷な話だが君は多くの同級生に嫌われているだろう? だが、それは悪いことではない。人はムカつく奴には勝ちたくなるものだ。気に食わない奴が上にいる。負けたくない……と。そして最強に立ち続けたなら、やがて君を理解する者達が現れ始める」
「そう、ですかね……?」
不意に書く手が止まった。
バルドルは納得半分、不満も持っていた。最強であり続けるのは、嫌われ者になるようなものだと感じたのだ。
「ああ、強いということはこの魔法学園において最強だということだ。誰もが君を見るだろう。勝つために調べ、時には勝負を挑まれる。最強であり続けるというのは、言い換えれば誰かに見続けられるということだ。すると、優しい人から順番に君のことを理解してくれるはずだ。中には、魔法が上手くなりたいと君にコツを聞く人も現れるだろう。そういう仲良くなれる土壌ができる。後は、バルドルが踏み出せるかどうかだ」
「っ…………」
レオンハルトが語った未来を、バルドルは正確に思い描くことはできない。
でも、そうなれば素敵だなと夢見た。
瞼の裏に訪れるかもしれない未来が広がる。
……この学園で何をしたいのか分からなかった。
友達は欲しかった。
ライバルが欲しかった。
恋人が欲しかった。
独り立ちをしたかった。
けど、本当の望みかと考えたら違う気がした。
そんな曖昧なものではなく、
――なら、そのために始めよう。
自分の手で道を切り拓き、自分の足で踏み出す。
波乱万丈に満ちた人生を──。
部屋に閉じ込められ九年、自由を得た彼は初めて、自分の意志で
そんなバルドルの思考を見透かしたように、レオンハルトは言った。
「君の未来のために、まずは生徒会長を目指したまえ。魔法学園アドミス生徒会長の座に着けば、更に多くの未来が見えるだろう」
そして、と口元に笑みを称えながら宣言する。
「ようこそ、生徒会執行部へ! 俺達は君を歓迎しよう」
「はい……!」
少しだけ分かった気がした。
レオンハルトが色んな人から尊敬を集め、エルトリーアが憧れるわけを。同時に男心で越えたいと思ってしまった。
だから、バルドルは現生徒会長レオンハルト=ナイトアハトを見続け、学べる所を学び、越えてやると熱意を燃やすのだった。
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