第2話 変化の序章
◇ ◇ ◇
二限目の授業が終わり、バルドルとユニは学生寮に向かっていた。帰る家がないバルドルは当然として、ユニが寮に住む理由が分からず尋ねた。
「……教会って、凄く息が詰まるんです。朝起こされ着替えを手伝われ、ご飯は全て準備されていて、24時間365日護衛が付き纏う。自分の重要性が分かっているのも事実なんですけど……。まあ、ここの学生寮に入るなら、流石に護衛にいつも付きまとわれることはありませんので、入寮することにしました」
「……大変、そうだね。ユニの特殊な才能はまだ未公開だし、授業も一人だけ別なんだよね?」
「はい……本当はバルト君達と一緒に授業を受けたいんですけど、外に漏らすのは危険なので……まあ、教会に保護して貰っている時点である程度は才能を絞られているでしょうが」
ユニが持つ特異な才能は何かとバルドルは考えてみる。
教会が囲い込みをしているため、そういう神聖な才能だと分かる。有名所は神託の聖女という、神から神託を受ける〈
まあ、考えても本人にしか分からないとすぐに思考を切り上げ、寮までの魔の庭園と呼ばれる魔法系の花々が咲き誇る道を歩き、男女は別なので途中の分かれ道で別れ、寮の受付の人に名前を告げ鍵を受け取り、指示された部屋に赴く。
その部屋は総代・首席に相応しい部屋で、キッチンシャワー付きだった。下品にならない程度の装飾品が飾られ、ベットの質は最高級品と柔らかく、この豪華な部屋のために首席を目指し実際になった人もいるという噂の部屋。バルドルの心は少年のように踊り出し、学生鞄を机の上に置くと様々な物を確かめていく。
その全ては無料だ。
学生寮以外にも様々な恩恵を受けられる。学費免除、国家運営の魔法系店舗の割引、ダンジョン入場の優先権、目に見えるだけでも豪華特典が満載で、目に見えない特典もあったりする。
バルドルは独り立ちに最高の環境を手に入れたのだ。
口元を綻ばせ、部屋を見て回り落ち着いてきた彼は……ふと、違和感に気づいた。首を捻ること三秒、ハッと目を見開き廊下にとんぼ返りする。
そこには部屋の名前『
「嘘、だろ……」
バルドル=アイゼンの名前のみだった。
寮の部屋は複数人部屋とパンフレットには書いてあったはずだ。共に暮らす内に芽生える友情を期待していたが、現実は残酷だった。
膝を折る彼の下を一人の男性が通りかかった。
「あん? どうしたんだテメェ、俺はここの寮長をしてるモンだが、困ったことがあったら尋ねてみな」
「実は、何故か一人部屋なんです……!」
「……いやオメェ、首席だから違うに決まってんだろ? 各科ごとに寮あるし、平民とお貴族様を同じ寮に住まわせるわけねぇだろ?」
バルドルはようやく気づいた。寮長の言う通りだと。悟りを開いた顔になった。
「そうですか……」
「まぁ何だ。別の寮の奴に友達がいたら何とかして……」
「いません」
「あん?」
「僕、友達、いません……」
「そうか、強く生きろよ」
バルドルの肩を優しく叩くと、寮長は去っていった。若干死んだ目で『Eldorado』に戻ったバルドルは、不貞腐れた表情で最高級ベッドに飛び込み癒やされるのだった。
そして十二時前になると、ユニが迎えに来たので共に食堂へ向かう。話を聞いた所、ユニはシスカと同室だったらしい。
妹と仲良くしてくれとお願いすると、了承してくれた。
食堂に着いた二人は圧倒された。全校生徒を収容できるほど大きな食堂だったのだ。というか一つの施設である。
一年生以外にも二年生三年生の生徒がいて、先輩方は準備の手伝いもしている。各科毎に席が分けられ、先生の声に従い二人は特殊科のスペースに座る。
普段は小さな席のはずだが、机はくっつけられ、大きなテーブルマットをかけることで、一つの長机になり大量の料理が並べられていた。
良い匂いを漂わせる料理にお腹を鳴らした二人は恥ずかしげに顔を見合わせ苦笑した。方や縁のない豪華かつ無料の食事に目を輝かせ、方や久し振りに見る暖かな食べ物にウキウキしていた。
そんな彼の下に妹シスカがやってきた。
「兄さん、お久しぶりですね。妹にご挨拶なさらずに彼女さんとデートですか?」
怒りの乗った声にバルドルは冷水を浴びせられた気分になる。
シスカを避けていたわけではない。だが、学内で会える機会が幾らでもあったにも関わらず、積極的に会いにいかなかったのも事実だ。何せ、後ろめたさがあるからだ。
バルドルが廃嫡されたことで、アイゼン家の次期当主はシスカになった。本来は長男が学ぶべき物を学ばされ、結果的にシスカの自由時間を奪ってしまった。
例の手紙の文章のこともあって、会う勇気がどうしても出なかった。子供の頃の楽しかった思い出があるだけに、もし嫌われたらと思うと……怖かった。
だけど、シスカが直接話しに来てくれた以上は逃げるわけには行かないと、気を引き締め八年振りの会話に応じる。
「久し振り、シスカ。別にデートってわけではないよ。それより……成長したね。背もこんなに大きくなって、顔も大人っぽくなって、綺麗になったね」
改めて視ると、その成長振りに目を見張った。
「おや? 兄さん、マザコンからシスコンにでもクラスチェンジしましたか? 隣、失礼します」
嫌味を言い放ちながら、席につく。
「……あれは事故だよ」
魔眼を開眼した時、初めて視界に入ったのが母で、魔眼とは見ることで対象に魔法的な影響を及ぼす効果を持つので、当人の意志なく魅了してしまったのだ。
幸い、魅了の効果が弱かったのでバルドルの魔眼が封印された後解除できたが、成長した今は過去の災厄の魔女クラスの魔眼になっているはずだ。故に、彼が瞳で世界を見ることはできない。
誰もいない場所なら見ることはできるが、目の拘束具を外すには専用の鍵がいる。
「分かってはいますが、兄さんの評判は地に落ちてます。私も魔眼を保有しているから分かりますが、結構見える世界が変わりますね。それに……」
「それに?」
「いえ、何でもありませんよ」
慰めるように口にする。シスカは兄と同じ黒い髪を持っていたが、魔眼の影響で右側の髪と瞳は綺麗な純白に染まっていた。
白髪を指で弄ぶシスカは、バルドルの顔が緩んでいるのに気づいた。
「どうしたんですか? そんな気持ち悪い顔して……」
「いや、昔みたいにいつも笑ってはいないけど、楽しくてつい」
時間の流れを感じた。
昔のシスカはいつも元気で笑顔がよく似合っていた。今のシスカは表情筋に力が入りすぎて固い顔をしている。
でも、それは次期当主として頑張った証だと思えば、親愛の情が強く湧き上がる。だから昔の癖で頭に手を当て笑顔にしてあげようと思ったのだが……ペシン、と払われた。
「気安く触らないで。一つ言っておくことがあるけど……私、兄さんのこと嫌いだから」
「………………うん、ごめん」
冷たく突き放すように言うと、シスカは席を移動した。ユニは引き止めようとしたが、「結構」と取り合わなかった。
バルドルはシスカに嫌われたであろう出来事を思い出す。魔眼が開眼した後、部屋に閉じ込められた彼の下に、一度だけシスカが訪れたことがあった。
その時、兄を心配したシスカと話し合い、ある約束をしたのだが……それを破ってしまったのだ。正確にはお互いの不注意が原因でシスカがバルドルに対してわだかまりができてしまった。
この現実は仕方ないことだと分かっているのに……心は素直に泣いていた。顔に出せば他の人に心配をかけてしまうから、その感情は自分の中にしまい込み、シスカと仲直りできる日を夢見るのだった。
そうしている間に準備は整い、食堂内にリーベナの声が響き渡る。
「さて、皆さん、お静かに。……はい、静かになりましたね。それでは、新入生の歓迎会を始めたいと思います。二年三年生の子達はお疲れ様、一年生のみんなはその姿を目に焼き付けて来年以降に活かすようにしましょう。明日からは本格的な授業に入ります。だから、今だけは名いっぱい楽しむわよ! それじゃあ、グラスを手にとって」
生徒達は果実水の入ったグラスを手に持った。
「一年生、入学おめでとう! ――乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
歓迎会の始まりと共に、二人は今か今かと待ちわびた料理を食していく。
「美味しい!」
「美味しい!」
二人は顔を見合わせ笑った。
辛い気持ちを飲み込むようにバルドルは久し振りの暖かな食事を堪能する。
マナー作法は仕込まれたため完璧だ。ユニは怪しい部分はあるが、バルドルの動きを真似することでカバーする。
「本当に美味しい。特にこのスープ、温かくて優しい味わい、極上だ」
体の芯から暖まるコンソメスープに魅了されていた。
一方、ユニは巨大な骨つき肉に夢中だ。
田舎にいた時から都会に出て食べたい物ナンバーワンに毎年輝いていた豪華なお肉。夢中になるなと言われても無理だろう。
そしてある料理を見つけてヒエッと怯えた。
「こ、これは……」
「どうしたの?」
「
「……いや、ロブスターなんだけど、海の海産物で……知らない?」
「海? 山育ちの私には縁のない場所です。というかこれ本当に食べるんですか? 食べられるんですか? お腹壊したりしませんか?」
周りを確認すると、多くの人がロブスター料理を楽しんでいた。ユニは正気を疑う目を向けてしまった。
「……いえいえ冷静になってください私。都会と田舎のギャップです。何事にも挑戦が大事なんです!」
勇気を振り絞り、ロブスター料理と向かい合う。しっかり見たユニは気づいた。
「
駄目だったようだ。
ユニはロブスター料理からは目を逸らし、お肉系を中心に食事を楽しんでいくことにした。
そして、かなり満足してくると二人は席を立っている生徒がいることに気づく。この歓迎会の目的は上級生との交流にあった。
普段の生徒は上級生と関わりを持たないので、こういう場で挨拶に行く新入生は多い。逆もまた然りだ。学園には部活動があるため勧誘もあったりする。
一息ついたバルドルの下に、一人の上級生が近づいてきた。エルトリーアが目を見開く前を通り過ぎ、バルドルに声をかける。
「こんにちは、少しだけ話をしないかい? 俺の名前はレオンハルト=ナイトアハト。魔法学園アドミスの現生徒会長だ」
白金色の髪を持ち線が細いながらも筋肉質な体つきをした美青年だった。
「っ、これは失礼。私の名前はバルドル=アイゼンと申します、レオンハルト殿下」
席を立ち自己紹介を行う。
レオンハルトの背後には同じ生徒会所属の先輩方がいた。当然、制服の色は白色と紺色で構成されている。
「気を使わなくて結構だよ」
その一言で様々なことを理解する。権利を振るうとこの魔法学園は国との繋がりがある分、親から説教を食らうはずだ。
社交辞令ではなく本心からの言葉であるのも分かる。物語の王子様を体現したような性格とルックスの良さにバルドルは無意識に男として負けたと感じた。
「それに、妹と
「はい」
暗に王族との戦闘が控えている以上、それより不敬なことじゃないから、という脅しも多少なりとも含まれているはずだ。
自然と相手に言葉を考えさせるというか、言葉の本質を正確に読み取らないと、レオンハルトとの会話が成立しなくなりそうな感じは、流石未来の国王だと言える。
(今の脅しだよね? これ、ちゃんと理解せずに断ったら、逆に何されるか分からないやつ……)
言葉約束だとしても妹に「何でも」を約束させたことに対して怒っているのかもしれないと考えたら、同じ兄の身としては理解できた。
「俺のことはレオンハルトで構わない。その代わり、君のことはバルドルと呼ばせて貰ってもいいかな?」
「分かりました、レオンハルト会長」
二人の会話に聞き耳を立てていたエルトリーアは不満顔を浮かべる。
「それより、何のご用でしょうか?」
「何となく予想がついているんじゃないかい? 首席殿」
ニヤリと黒い笑みを向ける。
各科ごとに総代は存在するが、首席は一人しか存在しない。そして、レオンハルトは生徒会長の地位についている。
「――生徒会への勧誘ですか?」
「イエス」
その時、ガタン! と音を鳴らしエルトリーアが席を立った。
レオンハルトはエルトリーアの反応を気に留めずバルドルを見ていた。王子との会話中に顔を逸らすのは不敬だし、領域内の出来事なので顔を向けずとも状況把握できることが幸いし、話を続けることができた。
「毎年の恒例なんだよ。新入生の首席を
余談だが、生徒会勧誘は首席の見えない特典である。
「……席は?」
「書紀」
魔法学園アドミスは生徒の自治を重視している。これは国との繋がりがあるからしていることだ。レオンハルトの場合は一国の主の前に学園の長となることで、本当に王として相応しいかどうかの試練となり得る。そのように高位貴族の器を確かめるためにも大きな権限を与えられている。
それ故に、生徒会長及び生徒会役員は未来の国を背負って立つ人物が所属する、学園の顔を意味する
「……その座に僕は相応しくないと思います」
首席は生徒会長の最有力後継者候補だ。自分に務まるとは思えなかった。
「生徒会長には投票数が物を言う。支持率がない……本当に人望がない僕では力不足です」
言ってて落ち込んできた。
「バルドルは生徒会長になるつもりだったのかい?」
「そこは茶化す所ではありませんよ。僕を勧誘することは、貴方が言ったように恒例ですので」
レオンハルトは肩を竦めると、「じゃあ」と今度は清々しい微笑みを向ける。
「俺が君を育てよう」
「――はい?」
呆気に取られた顔になる。
エルトリーアはそれまでうんうんと頷いていたが、レオンハルトの言葉を聞き鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。
「君も言った通り、これは恒例だ。だからこそ、次の次の候補者たる君を生徒会長として相応しい男にしてみせよう」
そのレオンハルトの顔を目撃したユニは頭に「悪人顔」という言葉が浮かんだ。
実際にバルドルは逃げる口実を失った状況だ。頭の中を様々な考えが過り、妹のことを思い出した。
(もう、逃げるわけにはいかない……!)
覚悟を決めたバルドルが口を開く。
その時、バルドルの胸に何かが当たった。
「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
二人の間に割り込むようにエルトリーアが机を飛び越え着地した。
「お兄様、異議があります。そして、改めて宣言します」
バルドルは胸に当たった手袋を拾う。多くの人がその光景を見る中で、エルトリーアは兄と似た笑みを口元に浮かべる。
「私エルトリーア=ナイトアハトは、そこの無礼者たるバルドル=アイゼンに
その宣言を経て、会場の空気は最高潮に高まった。元々バルドルが生徒会入りするのに良い顔をする生徒が少なかったからこそ、ここまでの盛り上がりを見せた。
もはやイベントと化している。
「なのでお兄様、勧誘は後日に行なった方がよろしくてよ」
謝罪の意味も込め綺麗なカーテシーを見せる。
「ああ、そうした方が良さそうだ」
「では、私は準備に参ります。決闘の場所は第二訓練棟のコロシアムですので、是非お兄様もいらしてくださいねっ!」
周りに聞こえるよう可愛らしくおねだりすると、食堂を後にした。
状況の変化についていけず立ち尽くすバルドルの肩にレオンハルトは優しく手を置き笑みを向ける。
「そういうわけだから、頑張ってね。君が生徒会長になるための最初の試練だ。まずは戦闘に慣れる所から始めよう。妹は大切だけど、王族の体は完璧だ。ちょっとやそっとの攻撃では傷つかないから、本気でやりなさい」
期待と興味、そしてそれを上回る面白さの感情を込めてバルドルにアドバイスを送る。と、レオンハルトは帰っていく。
(見抜かれている……!)
バルドルは長年部屋に閉じ込められて、魔法の訓練を行ってきたが、誰かと向かい合って勝負したのは試験の時が最後だ。
試験では得意魔法を使うことでゴリ押ししたが、今回はそうはいかない。実際に目にしたことはないが、王族の肉体は特別なのだ。
それに、目の見えない彼が使う武器は非常に殺傷力の高い二丁の銃である。人に向ける覚悟をしないといけない。
確かにこれは試練になり得ると納得しながらも、今から少し緊張してきた。
だけど、自分の目的のために頑張らないとな、そう思い軽く笑むと決闘の準備をするため、ユニに声をかけてから一足先に寮に戻った。
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