第3話 神聖なる決闘



    ◇ ◇ ◇


 

 第二訓練棟。


 円形に固められた大地のフィールドであり、様々なイベント事に使えるよう観客席も備えられたことから、コロシアムと呼ばれている。


 その観客席は多くの生徒によって埋め尽くされていた。全校生徒がいる前で決闘発生という話題性、何より相手がアイゼン家の落ちこぼれであること、その男がエルトリーア姫にしたお願いが「何でも」なことから悪役ヒール正義の味方ヒロインは決まっている。


 応援の殆どはエルトリーアで、流石に罵声という品のないことをする人は少数しかいないが、バルドルは完全アウェーだった。


 そんなコロシアムの舞台に、完全武装状態の二人の生徒が入場口から入場した。


 お互いに制服姿なのは変わらずに、バルドルは二丁の拳銃を納めたホルダーを装着し、エルトリーアは黄金の鱗のペンダントをかけていた。


 審判役レフェリーの担任教師、テクノ=バーンズが手を向け、二人は足を止め向かい合う。


 緊迫した空気が満ちる中、魔導時計を見て時間を確認したテクノは手を上げた。その合図に従い、観客席にいた先生方ボランティアが魔力障壁を展開した。


 目では見えないが、領域を通して高密度の魔力が圧縮され壁を形成したのがバルドルには分かった。


「時間になりましたので、エルトリーア=ナイトアハト姫対バルドル=アイゼンの神聖なる決闘タイマンを始めたいと思います!」


 そして、全校生徒が注目する中で、バルドルは右側の銃器を引き抜き構え、エルトリーアはペンダントを握った。


「では! 神聖なる決闘タイマン――始め!!」


 腕が、振り下ろされた。



 ――同時刻、二人は動いた。


 バルドルは魔導銃器デバイスに魔力を注ぎ込み早撃ちクイックドロウを見せた。


 エルトリーアは魔法触媒デバイスたる黄金の鱗ペンダントを左手で握り締めて、右手をバルドルに向け魔法を発動した。


 先に発動したのはバルドルの魔法。引き金を引くと同時に、流された魔力が銃口までの魔法陣機関マギア・エンジンを通ることで、魔法《魔力弾マナ・バレット》に変換され、銃口から解き放たれた。


「こんな魔力弾オモチャで私を倒せると思わないでくれる? 不敬千万よ」


 左腕を振るうことで、弾丸の形に超圧縮された魔力の塊を打払った。


「っ……!?」


 素の防御力の高さに瞠目する。


 動揺した間に、エルトリーアの魔法は完成していた。ペンダントに魔力が流れたことで光り輝き、エルトリーアが脳裏に描いた魔法陣を空に念写する。


 《炎の波フレイム・ウェーブ》。


 人体を容易く燃やす高温の炎が津波のように襲いかかる。


 範囲が広く逃げ場は失われている。視界は塞がり、突破したとしてもバルドルが不利になる一手。


 ――上手い。


 素直に感心した。


 馬鹿正直に炎の波をガードしたら、その間それ以外の魔法は使えない。エルトリーアは炎を防がれたことを領域で感じ、即座に魔法を叩き込めば、バルドルに防御魔法を使う暇を与えず敗北にできる。


 だからこそ、複数の穴を開けなければならない。短時間の間に……バルドルの脳裏に閃きが走った。


(複数の穴はどう頑張っても無理だ。けど大きな一つなら……!)


 バルドルは魔法ルーン言語で詠唱する。


「《長・魔力障壁ロング・ガード》」


 炎の波は横に長い魔力障壁によって防がれた。


「そこそこやるわね」


 バルドルが甘えた場合に待機していた炎の槍の群れを今度は向かわせる。


 その尽くを領域によって軌道を見極め、回避してみせる。


 そして、互いに睨み合う。



 一方、観客席にいるユニは初めて目にする魔法戦に「あれ何ですか!?」と隣に連れてきたシスカに尋ねる。


 何故か左目に眼帯をつけているシスカは、徐ろにはぁとため息を吐くと説明してあげる。


「まず魔法には三つの発動方法があります」


 一つ、と言いながら人差し指を立てる。


「ルーン言語による魔法の発動。魔法は物理現象とは異なり魔法現象というべき、私達とは別の法則に則って起きる事象です。つまり魔の法、魔法というわけです。ルーン言語は元々神様が使ったと言われる魔法を起こす言葉のことで、ルーン言語で詠唱した事象を術者の魔力を対価に魔法は発動します」


 次にあれ、と目の前でバルドルに飛んでいく火球を指差す。


「魔法発生時には必ず魔法陣が現れます。姫様のはその魔法陣を直接空中に念写することで、無詠唱で魔法を発動させています」


「じゃあ、あのペンダントは何なんですか?」


「念写発動を可能とする触媒、竜の鱗の欠片です。この世で八つの最強種と呼ばれる内の一種、竜は無敵の肉体を誇り、意志一つで魔法を発動します。人はそれを触媒にすることで、似たようなことができるようになるのです」


「で、でも、バルト君の弾丸の魔法の方が早いです……!」


「あれ、そんなに便利なものじゃないんですよ。アレで勝てたら念写発動する人はいなくなります。念写発動は魔法陣を丸暗記する必要があるのに対して、アレは単一の魔法しか発動することはない。というか、魔法と認められたのも最近です」


「?」


 説明を求める顔をする。


「アレはデバイスの内部に魔法陣の形の魔力の通り道を作り、そこに魔力を流すことで決まった魔法を瞬時に発動させる、触媒魔法デバイス・マジックと言う普通の魔道士からは嫌われる類の魔法発動方法です。元々は日用品に使われていた方法で、魔法は事象規模によって魔法陣の大きさが変化します。つまり、強い魔法はデバイスにすると大きくなり、実用可能レベルに収まる小さな魔法陣の魔法がアレしかなかったんです。銃の発展は最近の出来事で、あの魔法が生まれたのも最近ですから、正式にあの発動方法が魔法となったのもここ数年のことです。……それでも、牽制用としてはこれ以上なく優秀な魔法ですが……流石王族、その体は特別性のようですね。全く効いていません」


 決闘の内容からシスカは冷静に戦況を把握する。


「このままだと、兄さんが負けます」


「そ、そんな……! バルト君! 頑張ってください!」


 ユニは声を張りバルドルを必死に応援する。


 しかし祈りは届かず、バルドルは被弾して吹き飛んだ。


「あぁっ……!」


 悲壮な声を上げるユニを傍目にシスカは強く手を握った。


「何やってるんですか……!」



 妹に焦燥を向けられているバルドルは、圧倒的な火球の物量に被弾してしまった。その姿を見たエルトリーアは退屈な顔に変わっていた。


「領域による空間把握は結構なことだけど、流石に物量の前には把握する情報量が多すぎで、対応できないみたいね。……はぁ、それ、脳に情報が伝わるまで遅いでしょ?」


「一瞬なんだけどね」


「その一瞬で貴方は敗北するわ」


 現実は彼女の言葉通りだ。


 普通の人は目で見た現実をすぐに理解するが、バルドルが現実を理解するのに必要なプロセスは、領域による把握、把握した情報のフィードバック、現実理解だ。


 領域とは魔力を放出し留めた空間である。そして魔力で触れたものが離れている以上、術者に伝える過程フィードバックが発生する。その一瞬が今回の場合、致命的だった。


 バルドルの武器が銃器なのも、近接戦で移り変わる情報を脳で更新し続ける必要があり、実力が拮抗している場合、先に綻びが生まれるのはバルドルである。故に、彼は近接武器を持たない。


「良い加減、本物の銃を使ったらどうかしら? 試したことないけど、効かないと思うわよ」


 本来、銃は殺傷力の高い危険な武器だ。人に簡単に向けていいものではない。だが、勝つためには頼る他ない。


 ウジウジと悩む暇はなかった。


 生物としての本能が皮肉にも効くはずがないと訴える。魔法銃器デバイスをホルスターに戻し、左側の拳銃を引き抜く。


 瞬間、発砲。


 炸薬音と共に射出されし弾丸は空を突き進み、エルトリーアの腕にヒットし――


 カツン。


 そんな人体から鳴るはずのないあり得ない音と共に、手の甲で払われた。


 その事実を理解した途端、ゾクッと肌が粟立つ。


 ――合わせられた!!


 弾速200m/s。


 距離10mを0.05秒で飛翔ゼロにする弾丸を、人が反応できる速度を超えた弾丸を、エルトリーアは見た上で手の甲で落として見せた。


 洗練された動作で合わせたのだ。


 悪夢のような現実に乾いた笑みが漏れた。


 そんな彼を見てエルトリーアはふふっと可憐に笑った。


「――王族を舐めるな。我が一族は王である! この身は無敵! 如何なる攻撃をも防ぎ、全ての耐性を有している! 王は国の柱である! 決して倒れることがあってはならない! 故に我に敗北なし! ――ここからは、本気で行かせてもらうわ」


 観客席に向けてのアピールを行い、空気が最高潮に高まる中で、エルトリーアは王女にあるまじき本気スタイルを披露する。


 先程の動きから彼女の本職を察した彼は更なる絶望を味わう。


「拳士……!」


 目に拘束具を付けられたバルドルが最も嫌う手合だった。


「エルトリーア様頑張れー!」「そんな奴やっつけて早く首席になってー!」「姫様以上に生徒会が相応しい人なんていません!」


 本日の主役ヒロインには声援が飛び、


「負けちまえ落ちこぼれ!」「特殊科の恥晒し!」「どうせ魔眼で魅了してズルしたんだろクソザル!」「婬魔の変態はすっこんでろ!」


 悪役ヒールには容赦のない罵倒の嵐が起こった。


 ……心が悲鳴を上げている。


 バルドルは未だ誰でも使える無属性魔法しか使っていない。彼の適性属性は危険なので発動を控えていた。


 まだ、見せていない手札がある。


 はずなのに……アウェーの空気が、心無い言葉が、何もしていない彼の精神に深い傷を与えた。


 ただでさえ不利な状況なのに……


(これ以上、頑張る必要あるのか?)


 諦めの声が心の中に響く。


 楽に、なりたかった。


 この世界の全てが敵に回ったかのような錯覚に陥り、逃げ出したくなった。それでもまだ……


「頑張ってください! バルト君!」


「頑張ってください! 兄さん! 昔の格好良い姿を見せてくれたら少しは見直すかもしません!」


 応援してくれる人がいた。


 心の重りがふっと消えた。


 悪意の声が百あろうとも、友達と妹の応援二つに勝るものではなかった。


 大事なことに気づいた彼は、エルトリーアへの情を一切捨てることを決意する。


「僕も本気で迎えうとう」


 そして、負けられない物のために戦うという、本当の意味での神聖なる決闘タイマンが始まった。



 拳銃を納めたバルドルは、エルトリーアの手の甲が少しだけ赤く腫れているのに気づく。その程度のダメージしかなかった。


 だが、逆に言えば無敵ではない証明である。


 痛みを我慢したはずだ。


 つまり、拳銃は最低限の牽制に使える。


 残弾は5発。


(頭を休めるな、常に回転させろ。相手を傷つけることに恐れるな。迷って負けたらもう……僕の道はここで終わる)


 首席を失った未来は悲壮だ。そもそも、同級生に敗北した時点で首席として相応しくなくなる。


 勝たなければならない。


 入学試験で評価してくれた先生方にも申し訳が立たない。


 何より、妹の前で格好悪い姿を見せるわけにはいかなかった。


 気力十分。


 そんな風に纏う空気が変わるバルドルを見ながら、エルトリーアは普通の身体強化に見せかけた秘匿魔法シークレット身体強化・王ロイヤル・ブースト》を発動した。


 足元に展開した白金色の魔法陣から光の粒子が立ち上り、身体能力、肉体強度、五感が向上し、感覚が研ぎ澄まされる。


 お互いに力を十分に発揮した状態で、エルトリーアが先に動いた。


 地面を蹴った瞬間、殆どの人はエルトリーアを見失った。


 その観客は驚く暇すら与えられず更なる驚愕に身を震わせた。


 約10メートルの距離を1秒で踏破したエルトリーアの拳がバルドルの胸に突き出された。


 視覚ではなく領域で視ていたのでバルドルは何とか腕を合わせながら、詠唱した。


「《侵食毒液インベイド・ポイズン》」


 拳は腕を枝のように折り、粉砕し――毒液の生成により滑らされた。


 バルドルは衝撃に吹き飛ばされ、足で踏み留まるが壁に激突。肋骨にヒビが入り、軽い脳震盪を起こすが、彼はまだ立っていた。


 一方、エルトリーアは初めて見る魔法の対処法が分からず焦っていた。


 それもそのはずだ。


 魔法とは普通の属性魔法以外に、才能がなければ使えない特殊属性が存在する。その一つが状態異常系魔法「毒魔法」だ。


 この魔法は危険度が高く、また異常なほどに適性がないと発動できない魔法で、一節には毒魔法は秘匿魔法シークレットなのでは? と言われるほどに希少レアな魔法だ。


 数百年に一人という確率の魔法を使ってみせたのだ。


 当然、観客席は騒然とする。


 また納得する人もいた。


 何故ならその魔法はかつて災厄の魔女が使用していたのだから。そして、その逸話を知る者はまだ終わらないと感じていた。


(何なのこれは……!?)


 毒は制服を容易く溶かし、腕に当たった場所から広がり肌を侵食していく。


 熱く痒く精神をかき乱す。


 重りを着けたように身体機能が低下する。


「……仕方、ないわね。《炎身・腕ファイア・アーム》」


 詠唱することで腕に炎を纏い、毒を焼き切る。魔法に耐性のある肉体はその程度で焼けはしないが、熱いし痛いし怖いのに変わりない。


 バルドルは毒の侵食を上着を脱ぐことで回避する。制服は溶け毒液が地面に触れると、ジュワ、と音を立てる。


 使い物にならなくなった右腕をダラリと垂らせたまま、エルトリーアを近づけるわけにはいかないと左手を向け詠唱する。


「《毒霧ポイズン・ミスト》!」


 毒々しい色合いの魔法陣から毒の霧が吹き出される。


 バルドルはポケットから綺麗な酸素を生成する日用品デバイスマスクを取り出し装着する。都会にいながら山の空気が吸えますと販売されていた。


(これ、本当は秘密兵器だったんだけどなぁ……)


 黒いマスクの内側で苦笑を浮かべる。


 他の人が気づいていない可能性がマスクにはまだ眠っていた。


(さて、どう出るのかな……?)


 バルドルは拳銃に手を向かわせながら、領域に意識を集中し観察していた。


 一方、エルトリーアは目の前の毒霧を目にして思考を巡らせる。


(領域の感覚が鋭い以上、魔法行使による防御は状況を不利にするわね。だったら……!)


 エルトリーアは究極の脳筋戦法に出た。


 拳を引き締め、靴音を異常な聴覚で聞き取り、バルドルの場所を補足し、ニヤッと笑みを浮かべて、


「はぁっ!」


 空気を巻き込むように捻りを加えストレートを放った。


 ゴウッ!


 風圧が毒の霧を吹き飛ばし、バルドルまでの一直線の道が出来上がる。バルドルは身を仰け反らせ堪えていた。


 エルトリーアは勝負を決めるべくその生み出した道を進む。


 ――瞬間、視界がブレた。


「え?」


 呆然とした顔で体が傾く。


 エルトリーアの首裏に頭上から降ってきた黄色い矢が突き立てられていた。


 予想打にしない一撃。


 詠唱が聞こえないから警戒していなかった。その正体はマスクによる声漏れの防止という単純にして凶悪な小細工で、矢の魔法は状態異常系特殊魔法が一つ、「麻痺魔法」《痺れ矢パラライズ・アロー》による曲射だ。


 エルトリーアは急に力が入りにくくなり、体の全てが別物になったような感覚に陥り転けてしまった。


 咄嗟に体勢を持ち直すが、その間にバルドルが魔法を使用する。


 ――《侵食毒液・球インベイド・ポイズン》。


 球体の形に纏めた侵食の毒液を容赦なく撃ち出した。


 エルトリーアは逃げようとするが、体が言うことを効かない。


 迫りくる魔法に、敗北の二文字が脳裏を過ぎった。


 心に恐怖が湧き起こる。


(負ける、この私が? まだ本気も出してないのに? お兄様の前で?)


 しかも、その原因は王族の肉体には各状態異常の耐性も備わっているからと思考を停止まんしんしたからだ。


 その結果、急所の首に攻撃を貰い、手足が痺れて碌に動かせない。


 自分が負けた未来を想像する。


 多くの人が見ている前で決闘を挑んだ。先程は観客にアピールを行った。それで負けたら? 良い笑いものだ。


 沸々と怒りが湧き上がる。


 ――あの人に憧れた私がそんな無様を晒せるわけないでしょ!


 兄の背中を思い出し、気力を振り絞った。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 王の肉体は強靭だ。それを信じ、気力によって無理やり拳を突き出した。


 無理に動かしたことで痛みを感じるが今は無視する。


 そして、風圧が毒液に当たる。


 ――バルドルは想定済みだった。


 故に、球状にしていた。


 毒液の内側は何もなかった。敷いて言えば、空気が入ってた。そのため、毒液の球は盛大に弾けた。


 多少の毒液がエルトリーアの制服とスカートに降りかかり、服を溶かし乙女の柔肌を蹂躙する。


「きゃあ!?」


 未だ麻痺の続く体では避けること叶わず。


 そして、バルドルが強力な魔法を発動するべく魔力を高めていく。


 マスクはもう要らないと言わんばかりに外しポケットにしまう。そんな光景を目にしたエルトリーアは、あることを思い出していた。


 エルトリーアは敬愛する兄レオンハルトが見せる王の姿に憧れていた。


 魔法、武術、勉強、全てが完璧な文武両道さ、常に堂々とした立ち振る舞いは、動作一つ一つに気品を備え美しかった。


 自慢の兄だ。


 そんな兄を見て育ったエルトリーアは、自然と兄のようになりたいと思うようになった。


 努力はすればするほど結果がついてくるから楽しかった。


 ――だから、それは初めての挫折だった。


 兄と同じ座、首席・特殊科の総代になれなかったのだ。何故、どうして? そんな疑問が頭の中をグルグルと回っていた。


 そして入学式、自分を追い抜き兄と同じ座に着いた奴を見定めてやろうと思った。


 だから、呼ばれた名前を聞いた時エルトリーアは愕然とした。


 ――特殊科総代・首席バルドル=アイゼン、前へ。


 アイゼン家の落ちこぼれと言われている男がいたのだ。あり得ないという言葉が思考を埋め尽くし、入学式中に復活することはなかった。


 入学式が終わり気を取り戻したエルトリーアは教師テクノに尋ねた。その時に王女として色々と脅してしまったが、得た情報に比べれば些細なものだった。


 魔法学園の試験は筆記試験と実技試験の二つが存在し、バルドルとエルトリーアは実技試験は共に最高得点だったが、筆記試験で負けていた。だが問題は、実技試験をバルドルが〈魅了の魔眼〉を持っていたから本来の実力を加味して判定した所だ。


 ズルだ、と思った。


 同時にこうも思った。


 最高の基準の上があったのなら、私がお兄様と同じ首席・総代に選ばれていたはずなのに! と。


 自分がなり損なった場所に立っているのは、良い噂を聞かないズルをしたバルドル=アイゼンで。


 到底、見過ごすなとなんてできなかった。認めるとができなかった。


 噂を鵜呑みにしたわけではない。


 初対面の淑女に気安く触った時に、相応しくないと確信したのだ。


 それが理由で神聖なる決闘タイマンを申し込んだ。


 ――そして今、その無礼者に負けようとしている。


 特殊な魔法を持っていたから?


 初めて見る魔法に戸惑ったから?


 自分に問いかけ、「違うわね」と首を振った。


 


 エルトリーアはバルドルが魔眼を封じられているから、自分の本気も封じていた。


 だが、ソレは甘かったと思い知らされた。


 元より自分は次席、挑戦者チャレンジャーだ。


 格下が格上相手に手加減? 舐めていたのは私の方だ。と気づけば、不思議と気分が軽くて笑みを浮かべていた。


 次の瞬間、その笑みは獰猛なものに変貌した。


 ――もう、躊躇わないわ。


 そして、エルトリーア=ナイトアハトはバルドル=アイゼンを認め、全身全霊を以てして戦うことを決意した。

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