第1話 入学式
魔法学園アドミスの入学式が大聖堂で行われていた。この広い大聖堂には二階も存在し、在学生や来賓も見に来ていた。
魔法を使えるものほど現実を制する、という言葉があるほどに魔法とは重要なファクターだ。
戦闘日常を問わずに魔法は使われ、文明の発展に繋がる。そのため、この国ナイトアハト王国は魔法を重視する国である。
王族も通うことがあり、王族に必要な教養は特殊科の個人に合った教養に組み込まれたりもする。国との繋がりがあるのだ。
それは時に脚色され物語となり、平民にとっては夢を見る最高の環境である。
特に、今年は豊作と噂され、特殊科に特別な才能を持つ平民が入学するという話題性もあった。
逆にアイゼン家の出来損ないという悪い噂もあるのだが……兎にも角にも、魔法学園アドミス特殊科は注目の只中にあった。
そんな中で、リーベナ=シュナイゼン校長が壇上に立ち、入学式が進行していく。
大聖堂に教員の声が響き渡り、三人の生徒の名前が呼ばれた。
この学校は入学試験で一番成績の良かった各科の新入生が代表に選ばれる。その時、会場にざわめきが走った。
普通科、魔法科の生徒はまだ良い。
前者は平民出身、後者は貴族家の出身。だが、特殊科の新入生代表に選ばれた成績最優秀者の名前は――バルドル=アイゼン。
アイゼン家の出来損ないと噂される人物を含む、名前を呼ばれた三人がリーベナの元に足を運んだ。
その理由は、魔法学園アドミスが魔法を重視する点にある。
知識面は、元々バルドルが部屋に閉じ込められ、本を読むか一人で魔法の訓練をするかしかできないので、膨大な知識を蓄えていた結果、好成績を収めた。
そして、彼は新入生の代表に選ばれたのだ。
――しかし、彼を見る目は冷たかった。
当然あり得ないことではあると分かっているが、不正したのではないか、犯罪をしたのではないかと、人々はかつて国を滅ぼしかけた災厄の魔女の逸話を知っているだけに、〈魅了の魔眼〉を保有するバルドルを良い目で見ることはなかった。
会場の空気が静まり返り、相応しくないと敵意を抱く者すら出始める。良い空気が一瞬にして冷えたので、その原因となったバルドルに更に負の感情が溜まり、負の連鎖が起きていた。完全にトバッチリを受けた新入生代表の他二名は緊張していた。普通科の生徒は特に緊張している。
当のバルドルは嫌な視線を感じ、憂鬱な気分に陥る。自分の客観的な評価を知った彼は、良い顔になれなかった。
それでも、ここにいるという事実が嬉しかった。
部屋に閉じ込められ九年、人との関わりを最小限にされたバルドルは、人との関わりに飢えていた。
信頼できる友達という人物に憧れた。
物語のライバルという関係に憧れた。
甘酸っぱくて幸せな恋人に憧れた。
それに、たった一人の妹、家族と仲直りがしたかった。
学園の門を潜る前に口にしたことを思い出す。
――そう、ここから始まるんだ。
彼はそっと口元を綻ばせる。
リーベナは前に立った三人に声をかけていく。入学おめでとうから始まり、ちょっとした世間話をする。普通科の生徒は可哀想になるくらいガチガチに緊張していて、リーベナは苦笑い気味に早く終わらせて、貴族家の新入生と何回か言葉のキャッチボールを楽しみ、本命の特殊科の代表バルドル=アイゼンに声をかけた。
「ようこそ、バルドル=アイゼン君。それにしても、凄まじく自然に領域を展開しているわね」
「はい、ありがとうございます。こちらこそ、お目にかかれ光栄です、リーベナ女史。それにご慧眼ですね。かなり私は領域に自信があったのですが……」
尊敬すべき相手に敬語を使う彼は、流石だと思った。
領域とは魔力を放出し空中に留める魔力技術の一つである。術者は領域を広げることで、領域内の魔力の動きを読み取ることができる。バルドルはこの技術を使うことで、視界がなくても領域内の魔力が広げることができない、要するに人や者に触れる感覚を磨くことで、一瞬で脳内にそれを映像化するまで昇華させ視ることができる。
余談だが、領域の魔力を高めることで威圧ができる。宣戦布告や魔力技術の勝負に使われることが多く、バルドルは視界を確保するために領域を広げる関係上、常時微弱な威圧をし続けているようなものなので、魔力を薄める訓練をして気取られることをなくしたのだが……リーベナが分かったのは流石としか言い様がない。
魔力は空気中にも存在するのだ。バルドルはその空気中の魔力、魔素と呼ばれるものに溶け合わせるような感じで領域を広げたので、実は父にも気づかれたことがなかった。
領域展開の技術は普通の人は磨くことがないので、気づかれにくかったりする。
「当然よ。それと一つ、良いことを教えてあげるわ。領域の技術は最高位魔道士には必ず必要とされるものよ。知ってる? 私達クラスになると相手を直接魔法で攻撃できるの。だから、私達クラスと戦う時は領域を常時展開しなきゃいけないわ。それも極自然に、この才能を持つ人は本当に少ないから、よく頑張ったわね」
「はい!」
彼女の言葉に少しだけ救われた気分になった。
リーベナの教育者としての姿に、バルドルは自分は本当にこの学校に入るのだという実感が強く湧き上がってきた。誇らしかった。
「さて、それじゃあ……」
リーベナはマイクに口元を寄せた。
「貴方達、ようこそ王国最高の学び舎へ! 私達は貴方達を歓迎するわ! この学園で自分は何をしたいのかを学び、隣にいるクラスメート達と時にはライバルとして鎬を削り合い、共に高みを目指しましょう! ようこそ、魔法学園アドミスへ! 入学――おめでとう!」
その声と共に無詠唱で発動された魔法の数々が宙を舞い、猫や犬など動物の形を取り空を駆け、キラキラと光り輝く魔力の光を生徒達に降らせながら、最後に魔法の群れはぶつかり合うようにして消えた。
空気は一瞬で熱を取り戻し、少年少女達は期待を胸にして、入学式は終わりを迎えた。
その後は先生の指示に従い、教室に案内される。
◇ ◇ ◇
ナイトアハト王国が誇る魔法学園アドミスの校舎は荘厳だった。頑丈な材質で作られ綺羅びやかな装飾を施された本校は、初めて見た者の心を奪うほどに美しかった。
その校舎へ移動する新入生は三つのグループに分けられ、各科の総代を務める新入生代表に話しかけにいく。
だが、何事にも例外は付き物だ。最もたる例外、バルドル=アイゼンは総代になれば誰かに話しかけてもらえるかなと、淡い期待を抱いていたが他総代二人との格差に心が折れかけていた。
元々、特殊科は人数が少ない傾向にある。一番多い普通科は120名と三クラス分の人数で、魔法科は80名とニクラス分の人数、そして特殊科は10名いたら良い方であるのだが……今年は豊作の通り、20名の生徒が特殊科に在席していた。
(特殊科は生徒が元々少ないから、仕方ない。仕方ない、はず……)
自分に言い聞かせ荒んだ心を落ち着かせていると、バルドルの行く手を阻むように、一人の少女が立ち塞がった。
「――貴方がバルドル=アイゼンね。私は、絶対に、アンタを総代なんて認めないんだから!」
いきなりの物騒な発言に、友達できるかもと純粋に喜んでいたバルドルの心は傷ついた。
しかし、頑張れば仲良くなれる。わざわざ話しかけてきた相手は貴重だ。と、バルドルは毒を食らわば皿までの精神で行く。
「じゃあ逆に、どうしたら認めてくれる?」
「未来永劫、あり得ないわ!」
「……そ、そっかぁ…………」
理不尽な少女にバルドルの心は軋みを上げた。
だが、諦めずに仲良くなる手段を模索する。
バルドルは相手の表情を読み取り、怒っているのは分かった。そのことを理解すると、足を踏み出し、バルドルは手を少女の頭に置いていた。
「可愛い顔が怒って台無しだよ。ほら、笑って、笑って……」
その時、バルドルは空気が凍りつくのを感じた。
周りの生徒がやけに騒がしく「アイツ、死んだぞ」とか、「目が見えないから相手が誰か分からなかったんじゃ? どちらにせよ正気じゃねぇ!」とか、酷い言われようだ。
「アンタ、何してんの……?」
少女は現実を理解できていないようで、感情のない声で尋ねた。
バルドルは不躾に少女の頭を撫でながら、天然発言をかます。
「え? 昔妹によくやってたことだよ。機嫌が悪い時でも、こうしてあげると喜んでくれてね」
流れ弾を食らった妹シスカの殺気が飛んできた。
そして、答えを受けた少女は体を震わせ、頭の手をはたき落とし叫んだ。
「アンタ、私が誰か分かっていないようだから自己紹介してやるわ! この無礼者! 私の名前はエルトリーア=ナイトアハト。この国ナイトアハト王国の正当なる王族の生まれにして第二王女よ!」
ナイトアハト王族特有の世にも珍しい白金色の長髪を靡かせ、宝石のような赤い瞳で射抜くようにバルドルを見つめ、発育の良い体を持つ少女はビシッと指を突きつける。
「アンタに決闘を申し込むわ! その結果を以ってして、アンタが私達の総代に相応しいか確かめてやろうじゃない! いい? これは命令よ。拒否権はないわ」
「は、はい……」
他人との関わりが家族とメイドオンリーと言う特異な環境で育ったため起きた悲劇は、そうして終わりを迎えた。
ふんと不機嫌な顔で去っていくエルトリーアの背を視ながら、バルドルは厄介なことになったと同時に、友達を得るチャンスだと思った。
そんな彼に近づく一つの影があった。
「た、大変なことになりましたね。それと久し振りです。私のことは、覚えていてくれていますか?」
「勿論」
先程と同じく周りが煩くなる。
その理由は、彼の前に立つ少女にあった。少女の名前はユニ。家名がないことから分かる通り、平民出身の少女にして、特異な才能を持つことから特殊科に入ることになった。
二人の出会いは入学試験の時だ。ユニは教養がなく、他の平民と比べても、田舎出身のため文字を読むことが難しく、パンフレットに書かれた会場までの道程が分からなかった。そんな彼女を手助けしたのがバルドルだったのだ。領域内の人の動きを読み取る彼だからこそ、見えなくてもすぐ助けることができた。
「お互い、無事に入学できて良かったね」
「はい! それにしても、バルト君は制服似合っていて格好良いです」
「ありがとう」
目に拘束具が付けられているが、彼の容姿は高いことが伺える。端正に整った顔立ちは美しく、入学式のため整えた黒髪は、国内で見ることは珍しく不思議な魅力を備え、ある程度引き締まった体つきは立ち姿を堂々としたものにして、雰囲気から凄く格好良いことが伝わる。
真新しい制服もその雰囲気から難なく着こなしている風に見え、ユニは思わずため息をついてしまった。
……ユニがバルドルのことを「バルト君」と呼んでいるのは、そんな彼の姿に比べ名前が勇ましく感じられたからだ。バルド、バルと呼び……バルトと来て、これだ! とユニは見つけた。
「そういうユニも、似合っているんだろうけど、ごめんね。目が見えないから、感想が……」
「いえ、構いません」
首を振ったユニは本当に気にしていなかった。
彼女は飴色の瞳と淡い栗色の髪を持ち、健康的な体つきをしていた。その上に制服を着ていて、胸には赤い紋章が入っていた。
この紋章は各科を表すものだ。赤い紋章が特殊科、青い紋章が魔法科、緑の紋章が普通科を表す。
制服の素材は男女共に同じで、伸縮性が良く魔法耐性もあるので学外でも使える物だ。デザインは軍服のように格好良い感じに仕上がっている。制服の色はサイクルし、今年の三年生は白色、今年の二年生は紺色、今年の一年生は黒色がメインだ。
「いつかは見せたいですけど」
「うん。ユニは他の人達とは話さないの? 僕に構っていると面倒なことになるよ?」
「いえ、私も田舎から来たばかりで、というか平民の方も文字を読める時点で既に住む世界が違うな、て感じてますから」
「ユニの言葉遣いは?」
「……ふぅ、教会で朝から晩までミッチリと叩き込まれました」
思い出して悩まし気な吐息を零す。必要だと理解しているからだろう。
「だから、これからもバルト君には仲良くして頂けると嬉しいです。不束者ですが、よろしくお願いします」
綺麗なお辞儀を見せるユニにくすりと笑った。
「不束者の意味、間違えてるよ」
「え゛」
こういう抜けている所があるから彼女は平民出身なんだと分かり微笑ましい気持ちになる。
「確か、不束者の意味は……っ!!」
とてつもなく恥ずかしい間違いに気づき頬を紅潮させた。
淑女にあるまじき言葉選びだったからだ。そのことに悶え頭を抱えるユニの姿に男心がくすぐられながら、二人は特殊科の教室にやってきた。
教室は階段状の造りで、横長の机が並べられている。前方には教壇と大きな黒板が設置されている。
そして、特殊科の生徒達を引率していた教師が壇上に上がる。
生徒達は各々好きな席に座っていく。教室は他クラスと同じ大きさなのでかなり広く、空きが出るくらいだ。
バルドルはユニと隣合わせに座り、全員が静かに聞く体勢になると教師が声を上げる。
「それでは、まずは本日の授業内容を説明します。一限目は自己紹介を五十分ほど行い、自由時間を十分、二限目は学生鞄と教科書の配布とこの学園で過ごすに当たり心得ねばならない注意事項などの説明を三十分ほど行い、その後は自由時間で、校内の設備を好きに使っていただいて結構です。そして、十二時には皆さんの歓迎会を行いたいと思いますので、遅れないように食堂に来てください。何か質問はありますか?」
「はい」
スッと手を上げたのはエルトリーアだ。担任の先生が「どうぞ」と発言を許可するとバン! と机に手を打ち付けるようにして席を立った。
「そこの無礼者と決闘する許可を頂けませんか!」
「それは学園制度を使いたいということでしょうか?」
「ええ、そうよ!」
学園制度は本来、二限目に説明する内容だったのだがと教師は眉間を揉み、王女様に逆らうと教師人生が終わりかねないと少しだけ説明することにした。
「まず、この学園には学園制度と呼ばれる特殊なルールが幾つか設けられています。その一つが「
教師は王女様の鋭い眼光に屈した。
「ふふん、これで逃げ場はないわよ! 開始時刻は昼食後の一時半! 私が負けたらアンタの言うこと何でも一つ聞いてあげるわ!」
バルドルに勝ち誇った笑みを向ける。バルドルの隣に座るユニは一方的な理不尽な展開に怒り顔で立ち上がるが、スッと手を向け制した。
そして、ニコリとした爽やかな微笑を称え、席を立つ。
「何でもと、言いましたね。よろしい、こちらこそ受けて立ちましょう。私が負けた暁には、総代を譲ります。これで
「え、ええ……」
余裕の表情と「何でも」に食いついた彼を見た人達の反応は実に冷たかった。王女様はバルドルが無意識に発した威圧に頬を引つらせ、身の危険を感じ体を抱くようにして席に戻る。
バルドルは満足げな顔で座ると、何故かムスッとした顔のユニに脇腹を摘まれ困惑した。
「あの、ユニ……? 痛いんだけど……」
「王女様のことばかり見るバルト君なんて知りません。ふんっ」
「ええ……?」
対人会話の経験が少ない代償だった。対処法が分からずユニに好きに抓られるバルドルであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます