第15話 バルドルの新しい力/証明




 バルドルはフォグが念写した魔法陣を構成するルーン文字を読み解くことができた。


(超過と強化……)


 自分の肉体に負荷をかけるほどの超強化。


 グリンド家の秘匿魔法シークレットの詳細は知らないが、体が頑丈になり、速度が上がる魔法というのが彼の認識だ。つまり頑丈になった体は超強化を受け入れることができる。


(これは、不味いか?)


 靴音で居場所がバレるのを避けるため、足を止めた。


 強化範囲は分からないが、身体能力のみならず五感まで強化されていた場合、足音を立て自ら居場所を報せるのは愚の骨頂だ。


 そして、強化の光を受けた全身鎧フルプレートが再起動するように、一掻きで彼を閉じ込めていた氷塊が粉々に吹き飛ばされた。


 氷の粒子が舞う。


 凄まじいパワーだ。


 その一撃は防御力の低いバルドルにとっては、明らかに拳一発で致命的なダメージを受ける威力で、頬を引きつらせ気合を入れ直す。


(力だけなら今のエルを越えてるかも……)


 そう観察すると、フォグはこちらの位置を把握できていないようで、右ストレートを前方に撃ち込み、毒の霧を吹き飛ばした。


(居場所は把握できてない。魔法を使えば……グリンドも領域を広げてるから、居場所がバレる)


 距離をなくされたらほぼ詰みの状況。しかしこうして思考している間にも、毒の霧が吹き飛ばされていき、対面へのカウントダウンが始まっている。


(アレを使うか? 人も少ないし……駄目だ、思考停止するな。というかこの状態のグリンドは巌の騎士の時に一度見て……それだ)


 バルドルは何かを思いついたが、フォグが次に拳を放ったのはバルドルが隠れている毒霧だったので思考を中断し、その発生する風圧に紛れるように詠唱した。


「《身体強化フィジカル・ブースト》──《氷結の壁フリージング・ウォール》」


 身体能力を底上げし、攻撃に備えて氷の壁を作り出す。その瞬間──、


「そこか」


 フォグが地面の氷を踏み砕き、弾丸のように高速移動してきた。あまりにも早い移動速度に領域が追いつかない。


「脆いな」


 氷の壁をそのまま通り抜けてきた。


 しかし、氷の壁にぶつかったことで速度が緩んだのも事実。それを視たバルドルは靴に魔力を注ぎ込み、速度を強化する。


 フォグは超速移動の勢いを利用し、音を置き去りにする右拳を突き出してきたので、動きを先読みして右に回避する。


「遅い!」


 追撃。


 バルドルの回避を見てから体の向きを変えるという身体能力スペックの差を見せつけ、右手を閃かせ、空中にいるバルドルを撃ち抜いた。


「何?」


「くっ……!」


 バルドルは何とか右手を合わせ、その拳を掌で受けることで胴体には届かせず、右腕を破壊されながら吹き飛ばされた。


 右腕の骨が折れる激痛に顔を顰めたが、エルトリーアの時とは違い粉砕骨折まではいかなかったので、焼けるような痛みを我慢した。


 その前回とは違い粉砕骨折しなかった理由は、両手にしている手袋のお陰だ。この手袋は魔力を流せば硬化し、例外を除けば攻撃を受け止めることができる代物だ。魔法銃が手に吸い付くようになったので違和感はない。


 その硬い感触にフォグが眉をひそめ、空中を吹き飛んでいるバルドルに走って追いつき、右腕をしならせるように振り上げ、拳を叩きつけた。


「死ね! ……っ!?」


 バルドルは硬化した手袋を地面に付き、吹き飛びながら横に転がるという器用な芸当を見せ、フォグの攻撃を避けるとコロシアムの壁に背中を打ち付けた。


 しかしその時にはフォグがバルドルの真正面に立っていて、右腕を引き絞り、矢のように解き放った。


 だが、バルドルはその拳を折れてない方の手で受け止め、背中がコロシアムの壁にめり込む中で、ここまでずっと体内で昇華させていた魔力を使った。


「《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》ッ!」


 左腕も壊される中で、地面に展開された毒々しい魔法陣から竜の顎門あぎとが伸び、フォグを飲み込み天高く突き進んだ。


「はは……やっぱり、質量攻撃は防げないみたいだね」


 両腕に走る激痛を軽く微笑むことで抑えつけて、バルドルはその光景を視ながらそう言った。


 そしてそれは信実だった。


 フォグの《無敵化インビンシブル》は上級魔法で、最上級魔法ではない。その理由は彼が未だに自分以外を無敵にすることができないのだ。


 要するに鎧に対する影響を遮断することができない。無敵強化はあくまでもフォグの肉体にもたらされたもので、鎧を含めて無敵になるわけではないのだ。


 つまり、質量攻撃による吹き飛ばしなどが可能というわけだ。それをバルドルは、巌の騎士がフォグを吹き飛ばした光景を視ていたので、予測できたというわけだ。



 フォグは浮遊感を感じる中、鎧の下で下唇を噛んだ。


(やられた……!)


 自分がされたら負ける可能性が唯一ある一手だ。バルドルは自分が彼の研究をしているのを予測しているから、新魔法の氷結魔法を重点的に使うだろうと考えていたが、甘かった。


「クソ!」


 右腕を振るって毒竜を弾き飛ばすが、もう一頭の毒竜に喰まれ、天へと登り時間を稼がれる。


 自分が持たない力に一抹の憧憬を覚えてしまう。


(ああ、凄い、凄いさ! クソがぁ!!)


 その憧れと共に苦い感情が腹の底から押し寄せてくる。


 フォグがバルドルに神聖なる決闘タイマンを挑んだのは大きな理由があった。


 それは、バルドルとエルトリーアに感じた実力の差が原因だ。今バルドルを追い詰めることはできているが、これは制限時間ありきだ。継続力に欠けた力だ。


 そして一つの話を聞いてしまった。


『魔族相手にバルドルとエルトリーアがボロボロになりながら勝利した』


 それを聞いた時、心の底から「は?」となった。


 だって、俺より強いと思っていた二人が、魔族にギリギリで勝利したのだ。それはつまり──、


(やっぱり俺じゃあ、アイツを守れないのか……!)


 魔族と出会ったら負ける可能性が高いということで。


 もしも自分とミルフィの前に魔族が現れたらどうだ? その時、もしも自分の代わりにバルドルがいたらどうだ?


 フォグは草の魔人を相手にした時、ミルフィを守ることができなかった。


 そんな自分が魔族からミルフィを守る? 守れるのか?


 ……フォグは魔族と相対した時、ミルフィを守り切れる自信がなかった。


 だから、自信が欲しいのだ。


 お前に勝って証明したいんだ!


(俺の方が強い!! 一瞬であってもお前に勝つことができたら! 俺は……!)


 必ずお前を守り切るからと伝えたかった。


 そのために負けるわけにはいかないと、掌を握り締めて、魔力放出を起動し、二頭の毒竜を一気に吹き飛ばして、地面に着地した。


 だがしかし、どんなに強い思いがあろうとも、二人の差には大きな壁があるから──彼は首席なのだ。



 バルドルは蜘蛛魔族マルクと死闘を繰り広げた後、もっと強くなりたいと思って、クロードに状態異常魔法の魔導書を頼んだ。


 そして強くなったが、それは所詮、手札が増えただけでしかない。バルドルという人間を根本から強くするものではない。


 対処法というのは必ず存在するからだ。


 だからバルドルは急激な進化を求め、レオンハルトにある物を頼んでいた。すると彼は悩んだが、「尋問もし終わったし、所持する権利は君にある」とにこやかに笑った。


(……使うか)


 これまでひた隠しにしていた物をポケットから取り出す。


 フォグを舐めていたわけではない。


 これができるということを誰にも知られたくなかったから使わなかったのだ。


 エルトリーアとユニがどう思うか分からなかったし、周りの目だってそれが何かを知ったら変わると思ったから使いづらかった。


 でも、それでも……フォグはこれを使うに値するくらい、強い男だった。


 だから、とバルドルは経緯を評して、それを首にかけた。


 元はマルクが持っていて、彼の無詠唱発動を可能にしていた、黒い竜の鱗が紐に括り付けられたネックレス。


 ──念写発動 《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》。


 恐るべき毒の竜が、フォグの決意諸共、飲み込んでしまった……。



 ──1分後 《無敵化インビンシブル》解除、勝者……バルドル=アイゼン。



 これが瞬間火力と持久力に特化した者の違いだった。そしてバルドルにはまだ、〈魅了の魔眼〉という奥の手があった。


 フォグは秘匿魔法シークレットを使って、バルドルは秘匿魔法シークレットも特異体質も使わない。


 これが二人の決対的な差だった。



 神聖なる決闘タイマンが終わり、コロシアムの観客席からエルトリーアがユニを抱えて飛び降りてきた。


「バルト君? また大怪我しましたね」


「え? いや、これはグリンドからの攻撃だし……」


 疲労がたまりきった彼は演技をする余裕がないようだ。


「最後に念写発動してたの見てました。それを初めから使ってたら怪我をせずに勝てたんじゃないですか?」


 鋭い指摘に苦笑いする。


「いや、本当は隠しておきたかったんだ。僕が無詠唱ができることが魔族に知られたら、切り札が一つ消えるようなものだったから」


 情報というのは大事だ。


 あるとないでは決定的な差が生まれる。


 特に詠唱発動しかできない者が無詠唱を使ったら、そのインパクトは強いはずだ。


「ていうかバル、それを練習してるなら私に言いなさいよ。アドバイスくらいできたわよ」


「……いや、だってこれは……」


「あの魔族が使っていたから?」


「うん」


「バカね。戦利品なんだからそれくらい良いでしょ。ね、ユニ」


「はい、思う所がないといえば嘘になりますけど、それでバルト君が怪我をしないようになるなら、使ってくれた方が私は嬉しいです」


 そんなことを言われてしまえば、心の中にあった躊躇いは綺麗に消え去り、フッと清々しく微笑んだ。


 そしてユニがバルドルの腕を治療する中で、フォグの方にはラァナと──バルドルの方を一瞥したがユニ達が向かったので──ミルフィがいた。


「凄く頑張ったみたいね」


「フォグ、凄かったよ」


 フォグは鎧姿で地面に寝転がり、動きを止めていた。神聖なる決闘タイマンが終わり、負けたことに放心してしまっているようだ。


 そしてミルフィ達の声を聞くことで気を取り直したように体を起こし、「負けたのか」と乾いた声で呟いた。


「負けたけど凄く善戦できてたよ……?」


 フォグを励まそうとしたが、彼はミルフィの声が聞こえてないみたいに、黙りこくってしまった。


 その様子を幼馴染として感じ取ったミルフィは、心配するようにフォグを見つめる。


 二人を見ていたラァナだけは色々と状況を察していて、どこか面倒くさそうにため息を吐くと、フォグを蹴り飛ばした。


「ええ!? ラァナ何してるの?」


「見ていて不愉快になりましたので、つい」


「つい!?」


 コクリと頷くとラァナを傍目に、フォグは「いてて」と起き上がりラァナを見ると、「何すんだよ!?」と怒った。


「それが今の貴方ですよ、フォグ君」


「っ……」


「バルドルさんを押すことはできたけれど、それは一時的でしかない」


「あいつが無詠唱を使えるって知ってたら……!」


「みっともないわ」


「なっ!?」


「そんな物を持ち出しておいてよく言えたわね、神聖なる決闘タイマンは一対一なら何でもありの決闘よ」


「……」


 ラァナの言葉の刃に心臓を抉られたみたいに、フォグは俯いてしまう。


 それを見たミルフィは慌てて二人の間に入り、「い、言いすぎじゃないかな?」と言う。


「言い過ぎで結構よ。それにフォグ君、パーティーを抜けるつもりでしょう?」


「っ!?」


「え? そうなの……?」


 ミルフィはビックリしたみたいに、フォグに視線を向けた。


「わたくしと同じように、実力不足を感じているのでしょう?」


「全然、そんなことないよ! フォグだってバルドル君と同じくらい……」


「──違う!」


 その声を遮るように叫んだ。


 二人に言われたら認めるしかない。


 というか元々、バルドルの実力自体はしっかりと認めていた。それでも諦めたくないものがあったから戦って、やっぱり認めたくなって……でもこうまで言われたら、認めるしかなくなって。


「アイツは俺よりも強い。こいつに簡単に転がされたのがその証拠だ。今の俺は魔法も使えないし、体を動かす気力も禄に残ってない。俺がアイツと並び立つ実力を使えるのは少しだけだ。ダンジョン攻略じゃむしろ一回きりの最強だ。いつか邪魔になる」


「そ、それを言うなら私だって……!」


「それはそうだが……」


「そ、そんなハッキリ言わなくても……」


「ミルは可愛いしサポートもできるから、それにどんな状況でも冷静になれるでしょ?」


「……ああ、アイツの近くにいた方がいい」


 フォグは掌を握り締めて、顔を歪ませながらそう言った。


 そしてミルフィは何かに気づいたようにラァナに視線を向けた。


「もしかしてラァナも?」


「うん。正直に言うと……ユニちゃんに全然攻撃が飛んでこないので守りがいがないのと、攻撃力も足りてるから存在意義を感じなくて……」


 ラァナの障壁の魔法は鉄壁だが、エルトリーアが強過ぎて、バルドルの空間把握能力と予測力が異次元過ぎて、ユニが危険に晒されることが殆どなかったのだ。


 じゃあ攻撃に参加すると前を見れば、エルトリーアの攻撃で敵はいなくなってるし、残っていてもバルドルがカバーしていた。


 このまま行くとラァナが日の目を浴びるのは相当先のことになる。それまで何もしないのは正直、堪えられる自信がなかった。


「丁度、ブレッシングパフェは今の所五人だから、モニカちゃん達に頼んでみるつもり」


「フォグは?」


「適当なダンジョン系部活動にでも入ろうかなって思ってる。特殊科はもう色々と動き出してるだろうし、魔法科の所に入らせてもらおうかと思ってる」


「揉めない?」


「あーアイツラもいる可能性があるな。じゃあ最悪、普通科? いやー、流石にそれは……でも、アイツがいるのか。俺の一個したと四個下が」 


 フォグが思い浮かべたのは、一年生正当なる序列ランキング第7位シアと、第10位シンだ。ちなみに、フォグの序列は第6位だ。


 一年生トップテンの面々は殆どが既にパーティーを組んでいるが、シンとシアはまだ空きがある。そう、上を目指すためにランキング上位者と組みたく、可能性があるのはシンシア兄妹くらいだった。


 それにシンは……大勢の前でバルドルに勝つと意気込んだくらいにはスゲー奴だ。


「そうだな、普通科に混ざるのも悪くないか。だからごめん……パーティー、抜けさせてくれ」


「わたくしもいいかしら?」


 そして、二人はバルドルに頭を下げた。


 バルドルは二人の話を聞いていて、悲しい気持ちになったが、二人が本気で実力を伸ばすなら、そっちの道に進んだ方がいいと思った。


「ああ、分かった。じゃあ今日は送別会をしよう。グリンドとは話したいこともあるしな」


「感謝する。あと、俺のことはフォグと呼べ」


「OK、フォグ。その代わり……」


「バルドル、でいいか?」


「ああ。そう言えば前から聞きたかったんだが、グリンドは何か武術でも習っているのか?」


「それが?」


「体の使い方を視て参考させてもらってるんだが、視えない筋肉の動きとかあるから気になる所があって……」


 そんな風に話をしながらバルドル達は食堂棟に向かい、送別会をしたのだった。



    ◇ ◇ ◇



 そこはディスティミオン魔王国の魔都グリア、その軍事基地の一室で、一人の女性は報告書を読み、ため息を吐いていた。


「ゼラちゃん達が出航したって……。マルク君が任務に失敗したのを伝えた直後は大丈夫だったんだけど……やっぱり隠した方が良かった? いやでも後が怖いし……んー、仕方ないか。マルク君とダン君を慕う若い人達で向かったのも頭が痛い話だ。……人材的に不味い。未来を担う若者が刹那的な衝動に任せて突撃して死亡とか……笑えない」


 その報告書を読んだ女性は額に手を当て、心労を吐き出すように、机の上に置いてあるマグカップに口をつけ、ホットミルクを飲む。


「ゼラちゃん達はまだ魔王権能デモンズ・ギフトを授かってない。数はいるけど、現実的に魅了と巫女を殺せるかな?」


 元から備わっている能力は各々強力だが、マルクの報告を見た限り、魅了バルドルは隠密魔法を見破ることができる。


「お得意の暗殺は通じない。というか、魔女がいる時点で無理」


 ガックリと項垂れるように机に両手を広げる。


「連れ戻す時間は? 今多分ゼラちゃん達、海の上。見つけられる? というか特務の子達は殆ど調査に向かってるし、あ~〜どうしよ? 予想外の連続……これも魅了のせいだ」


 まだ見ぬ人間に怨嗟を募らせてながら、しかし将来のためにゼラ達を連れ戻す必要があり、暇している奴らにナイトアハト王国に行くように指示を出すのだった。


「でもま、そろそろアドミス魔法学園は学園祭だから、上手く客を巻き込めば……うん、殺せるね」


 そうやって薄ら寒い笑みを浮かべると、ゼラ達の安全を祈ったのだった。 




 


 

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