第14話 神聖なる決闘/秘匿魔法とは
その日の攻略が終わり、お互いに不満はないということで、パーティーはこのまま行くことにした。
そして新たなパーティー結成を祝い、軽い打ち上げをすることになった。
「今日は私の奢りだから、好きなもの頼んでいいよ!」
「本当にいいんですか!」
「ユニ……嬉しいのは分かるけど、もう少し慎みを持ちなさい」
「は、はい、分かっています。私は聖女、私は聖女……」
食堂棟にて、ミルフィがそんなことを言ったので、ユニの食欲が刺激され一瞬聖女の仮面が消えかけていた。
その姿にバルドルは苦笑し、ミルフィに感謝を告げると、遠慮しつつ美味しい物を頼ませてもらった。
楽しい雰囲気のまま打ち上げが終わり、バルドルはフォグと帰り道が同じなので、男子寮までの魔の庭園を歩いていた。
「グリンドはあまり話に混ざってこなかったが、どうしたんだ?」
仲良くなるチャンスだと話しかけに行く。
その話の内容は、フォグとラァナは打ち上げの際、何かを悩むように口数が少なくなっていたからだ。
悩みがあるなら解消してあげたい、という思いもあり、遠回しに尋ねる。と、フォグは苛ついたようにバルドルに顔を向けて、掌を握り締めた。
強く、強く、掌に爪が食い込みように強く。
そうしないといけないとでもいうように、拳を作りながら深く息を吐いた。
その目は決意の色を宿していた。
先程までの彼とは違う空気を感じ取り、足を止めた。すると自然とフォグも歩みをやめ、涼やかな風が吹く中で、彼は言った。
「色々と言いたいことはあるが……一つだけ言わせろ」
現実を見据えるように、バルドルを視界に収め、その実力を間近で見て知ってしまったがために、臆しそうになる心を掌を握ることで抑えつけて、叫ぶように宣言した。
「俺と──決闘しろ!」
「っ……」
魔眼の拘束具の下で目を見開く。
それほどの驚きだった。
「今すぐにか?」
理由は聞かなかった。
彼の決意に水を指すような真似はしてはいけないと感じたからだ。
その声にフォグは首を横に振った。
「流石に戦う場所がない。ただ、今言わないといけないような気がしたからだ。決闘の日時は……明日伝える」
「分かった」
そしてバルドルは歩き出したフォグを視ながら、急に決闘を挑んできた理由を考えた。
(僕はグリンドのことをそこまで知らないから、関係があるとすれば、僕と彼共通の友達、ミルフィかラァナだ。そして、女の人絡みの決闘といえば……)
そういう物語を多く読んでいた彼は一つの可能性に気づき、「まさか」とは思ったが、ミルフィとラァナを呼び捨てにした時にフォグが反応していたことを思い出し、フォグがどちらかを好きなのは分かったが……どっちが本命かは予測できなった。
ともあれ、彼が本気である以上、僕も相応の準備をしないといけないと決意し、Eldoradoに帰るのだった。
◇ ◇ ◇
その日、バルドルはホームルームが始まるまでの時間、ミルフィに阿呆な質問を投げかけていた。
「ミルフィ、ミルフィは俺のことが好きだったりするか?」
「はえ? ……? っ!?」
とんでもない早さで目を見開き、振り向いてきた。
「ば、バルドル君どうしたの? 急にそんな質問して、えっと、困るっていうか……」
「?」
今度はバルドルが首を傾げる番だ。
しかし、人の感情をある程度読めるユニだけは色々と分かっていて、バルドルに半目を向けていた。
「バルト君、その質問は誤解を生みます。どういう意図があったのか言ってみなさい」
聖母のような微笑みと怒りが同居した顔だった。
「いや、昨日フォグに決闘を挑まれて、俺とアイツの共通の相手といえばミルフィとラァナだ。そして女性絡みの決闘といえば……と思ったわけだが……」
バルドルの視線を感じ取り、ミルフィは色々な感情から心臓を高鳴らせたが、こんな形でバレるのは嫌だ! と咄嗟に嘘をついてしまった。
「ち、違うよバルドル君! フォグはバルドル君との実力差を知りたかっただけじゃないか! ていうかバルドル君小説の読み過ぎだよ! げ、現実に起きるわけないじゃん!!」
「そうか」
本人がこう言うなら違うのだろうと、ラァナに視線を向けたが、私もミルと同じよ、と答えるだけだった。ただ……と付け加えた。
「わたくしもそうだけど、フォグ君は自分の力不足を感じ取っているのだと思いますわ」
「力不足、か」
「ええ、多分決闘ではその部分を感じ取れると思いますわ。ですが、全力でお相手してあげてくださいね」
「当然だ」
ラァナの言葉に不穏な気配を感じ……しかし、思い当たる所があった。
魔力消耗の違いだ。
ミルフィはマジックポーチを持っているので、その中から便利なポーションだとか魔法銃を取り出して使っていたからマシだが、ラァナはともかく、フォグの魔力消耗率が高かった。
そのため、昨日は第八層に降りた所で攻略を終えたのだ。
人数が増えたから攻略スピードが落ちるのは当然といえば当然なのだが、彼らには思う所があったようだ。
そして、バルドルはホームルーム開始ギリギリの時間に登校してきたフォグに日時を告げられた。
今日の放課後……
◇ ◇ ◇
この
コロシアムのステージにフォグとバルドルが入場し、今回の決闘の審判を務めるテクノにフォグが無理を聞いてもらったことに頭を下げ感謝を告げると、これから戦う相手、バルドルの爪先から全身を見回した。
(舐めているのか、いや……)
彼の服装が制服なので憤慨しそうになるが、バルドルは戦闘装束を持ってないのだ。そして、よく見ると初めてバルドルが手袋をしている姿を見た。
しかし観察すると分かる。
その手袋からは魔力を感じた。
それに色が違った。
既存の制服についている手袋ではなく、魔法具、
そしてバルドルの腰には二丁の銃を備えたホルスターが巻かれ、靴もダンジョン産の物だ。昨日見た感じ、速度を永続的に微上昇と、魔力を流した時に大幅ブーストがかかる装備だ。
対する自分の装備は、この決闘のために前から用意した
学生との戦いで持ち出す代物ではないが、バルドルの魔弾を見た時から、これほどの防御がないと、瞬殺されるという確信があった。
……そして、フォグは鎧の下、首から竜の鱗を使ったペンダントを下げていた。
(絶対に、勝つ!)
数十メートルの距離を開け、バルドルとフォグが向かい合う。
空気が張り詰め緊張感が広がるコロシアムで、静かにテクノが手を上げ……
「それでは
振り下ろした瞬間、フォグが地面を蹴った。
その時、バルドルは距離の優位を活かすべく、拳銃を引き抜いた。
(どの程度の防御力だ?)
領域の魔力を弾く鎧。いや、バルドルには鎧だと言うことが分からない。
視えない。
だから初手は拳銃を引き抜き、弾丸を放つことで様子見を行った。
空気を貫く弾丸はフォグの認識速度を超え、腰の部分に当たったが、ガァンッ! と弾丸が弾き飛ばされた。
(硬い、鎧か?)
拳銃が使い物にならない。
全身鎧だとしたら隙間がない。そう判断し拳銃をホルスターに直し、魔法銃を引き抜く。だがその間に、フォグは
「お前がお優しい奴で助かった。1分後に、お前を沈めてやる」
地面に念写される上級規模の魔法陣。
静謐な青。
一種の神聖さすら感じる魔法陣から、青い粒子が立ち上り、フォグの体に吸い込まれていく。
(早すぎる……!)
上級魔法の発動は基本的に、昇華という技術が必要だ。発動するまでに時間がかかる。だが、フォグの魔法発動スピードは実情じゃないほど早く、その魔力はあまりにもその魔法と相性が良過ぎた。
──魔法適性には国という話が出てくる。
そして、〇〇魔法の国に気に入られし者という都市伝説がある。魔力には質があり、その質を昇華気術を用いることで高め、上級魔法と釣り合う魔力(対価)にするのだ。
だが、
つまり、要するに、フォグの魔力の質は秘匿属性に特化し、その
例えるなら、フォグの魔力質は上級魔法一歩手前なのだ。1秒あれば昇華できる。
その1秒さえ稼げれば、自分は無敵だという自負があった。
(──制限時間3分、《
自分の魔力の半分を持っていき、魔法陣を地面に念写する。
青い光は無敵の強化。
この光がある限り、全ての外部的影響を文字通り遮断する。
例えば──この星の重力さえも。
「っ!!」
一蹴り。
それだけで全身鎧にもかからず、数十メートルの間合いを跳躍し、拳に贅沢に魔力を注ぎ込み、バルドルの顔面目掛け振り抜いた。
バルドルは動きを先読みし横に躱した。
が、
ゴォ……!!
魔力放出機能を使い、魔力の嵐を発生させ体勢をよろめかす。
しかしその間に、バルドルは魔法を完成させていた。
「《
毒の霧が爆発するようにコロシアムを充満し、フォグの視界を閉ざした。
毒が届くことはないが、霧によって視認が困難になる。
魔力放出を使うことで霧を退かすが、既にバルドルの姿は消えていた。
「チッ」
(対応力が高過ぎる。しかも……)
毒霧を突き破り衝撃の魔弾を飛んでくる。
一発頭の甲冑にもらい気づいたが、ノーダメージ。衝突音が鳴るだけで浸透することはない。それ故の
(通じない。これでお前は毒の強化を使うか上級魔法を使うかしないといけなくなった)
バルドルは手札を見せすぎている。
エルトリーアとの決闘で死力を尽くしたのは旗から見ても分かった。だから勝つために研究していた。
バルドルの魔法を調べ、効果を予測し、勝利の方程式を完成させた。
一つが毒魔法の強化を使った場合の、制限時間による勝利だ。
二つが毒魔法の強化を使わなかった際の、こっちの最強状態による勝利だ。
(アイツの魔法よりこっちの方が早い)
フォグの魔力は無敵に特化しているためか、彼の領域は魔力を遮断するはずの全身鎧の影響を受けずに、領域を広げることができる。
つまり、バルドルが魔法を発動したら分かるのだ。
バルドルのように魔力をすぐに感じることは無理だし、小さな魔力なら見逃してしまう。それでも、上級魔法の魔法陣なら見逃さない自信があった。
そしてどんな状況にも対応できるように備えた結果、バルドルが発動したのは──、
「やっぱ、そう来るよな」
まだ情報が少ない氷結魔法だった。
バルドルはフォグに毒霧が晴らされる前に、魔弾を放ち効果がないのを視ながら、どう対応するのが一番か考えていた。
その結果やはり真っ先に思いついたのは、まだ誰にも見せていない氷結魔法を使うことだ。でも、フォグに攻撃をしても意味がないと感じていた。ので──、
「《
空気をも凍らせる魔法を披露する。
毒霧を移動しながら魔力を昇華させていたバルドルは、対象ではなく周囲を凍らせる範囲魔法を選択、氷結の息吹を向かわせ、地面を凍らせ氷塊を作り上げ、フォグを氷の中に閉じ込めた。
冷気が進む速度は一瞬で、毒の霧に紛れた冷気は瞬時にフォグの鎧を凍りつかせた。
鎧に一切傷はついていないが……中にいるフォグは冷気の寒さでやがて眠る。
その前に酸素がなくなり、気絶するかもしれない。
視界を封じる毒霧からの強烈な氷結。普通の人ならそのコンボに敗北しただろうが。彼は──
……
この時代に
だが、今残っている
それほどまでに現在まで残っている
《
この強化は《
(──1分経過、これで中も大丈夫だ)
無敵の強化は最初、外部からの影響を無効化するが、体に馴染むと外部のみならず内部まで無敵になる。要するに。
──《
自分の肉体をも破壊する身体強化を施しても、問題ないということだ。
これが彼の最強。
これが彼の全力。
全ての外部的影響を受けず、人類に並ぶ者のない身体能力を手に入れる力。
(残り2分、全力で行かせてもらう!)
自分の力の全てを注ぎ込み、鎧を包み込む氷塊を破壊した。
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