第5話 それぞれの休日
その日の朝、日課のランニングを終えたバルドルは、シャワーを浴びて、朝食の準備を始めた。
(あ、今日はエルいないんだった)
二人分の朝食を準備しようとした所で手を止め、一人分の材料だけ残すと、
焼けていく心地良い音を聞きながら蓋をして、出来上がるまでお皿を持ってくる。
彼が料理の仕方を知っているのは、領域技術を鍛えるために、細かい動きを視る努力をして、その対象が使用人が料理をする姿だったからだ。
細かい手付きで野菜を切り刻む姿などは、特に視るのが難しかったから覚えている。それに比べたらベーコンエッグは簡単だ。
……バルドルにとっての料理の難しさの基準は、詰まる所、そういう視えやすさの違いであった。
(今日はミルフィさんとお出かけか。こういう日はちゃんとした服を着た方がいいんだろうけど、一番上等な服は制服だし、仕方ないか)
バルドルが着ているのは魔法学園アドミスの制服だ。お出かけに着る服ではないが、生地が丈夫で、およそミルフィが着てくる服に比べて見劣りしないのは、この制服くらいだった。
「何か、新鮮だな……」
寮室にエルトリーアがいないということが不思議だった。
初めからエルトリーアがいたから、ちょっぴり寂しく思う。だが、彼女の事情は理解しているので、バルドルはフッと口元を綻ばて、
「エル、頑張ってね」
小さくエールの言葉を送り、焼けたトーストにベーコンエッグを乗せて、朝食を頂くのだった。
「いただきます」
◇ ◇ ◇
「むむ……」
バルドルが朝ご飯を食べている頃、エルトリーアは兄レオンハルトと母リーティファと、父……現国王のアイデンハルト=ナイトアハトと、座り心地抜群の椅子に座り、豪華なテーブルに並べられた朝食を食べていた。が、
(なんというか、美味しいけど……違う)
少しだけ違和感を覚えていた。
健康的で消化の良い野菜スープ。瑞々しい野菜に、各々の好みのドレッシングがかけられたサラダ。活力が高まる山菜や野菜、トマトをベースにチーズがふんだんに使われたパイ。水に少量のレモン汁が混ぜられたフレッシュなレモン水。という内容だった。
朝から肉などの脂っこい物は避け、健康に気を使いながらも、今後の仕事や訓練のために精がつく、朝食としては完成された料理だった。
ただ、リーティファはだけは量が少なく、この朝食を平気で平らげれるのは、ナイトアハト家の直系の者だけだ。
パイを一口サイズに切り分け、口の中に運んだ。パイ生地と野菜の食感が口を楽しませ、その野菜の旨味と生地の甘さ、チーズの暴力的な旨味が噛む度に混ざり合い、美味しさを引き上げる。前までは美味しと、いや今でも美味しいことに変わりないが、どうしてか、バルドルが作った朝食の方が、質素なのに美味しいと思い出していた。だが、そんな姿を見せるのは悪いから、表面上はいつものように朝食を楽しみ、家族と他愛もない会話をして、そして朝食を食べ終わるとレオンハルトにとある部屋に案内してもらうことになった。
「お兄様、ここはどういう場所なのでしょうか? 初めて見る部屋なんですが……?」
「そうだな、エルトリーアは王族が契約している存在を知っているだろう?」
その部屋は人の気配が感じられなかった。
部屋の床は全て、魔石のタイルが敷いてあった。クリスタルのような感じの魔石だ。壁も天井も見渡す限り全てが、何かの魔石でできていた。
ここだけが不思議な場所であるように、王宮にあるとは思えないほど、幻想的な部屋だった。
「はい。光の精霊王ライキンド、慈愛の女神の使徒・天使フィリア、未来の悪魔ラプラス、始祖の吸血鬼ヴァーミリオン、雷帝の神獣カムイ、世界樹の守り人・神代のエルフセーラ、神の試練を乗り換えし神人ヘラクロス。そして、竜王ドラゲキン」
「ああ。ちなみに、名前の方は偽名だ」
「はい? え? ……はぁ!?」
呆けた声を上げた後、エルトリーアは盛大に目を見開いた。
「くくくくく、いい反応だな」
「す、すいません。取り乱してしまって」
「いいいい。俺も父上に言われた時、目を見開いたものだよ」
しかし、クック、とエルトリーアから顔を背け喉を鳴らしていた。
ちなみに、八つの最強種は竜、精霊、天使、悪魔、吸血鬼、神獣、
「本当に偽名なんですか? そんなこと、思いもしませんでした」
「ああ。真の名は真なる契約者にしか話さないそうだ」
「それは……お兄様は?」
「俺はもう彼の本当の名を知っている」
そう言ってレオンハルトが視線を向けた先、部屋の中央には、大きな魔石と、それを囲うように八つの魔石があった。
「これは?」
「契約対象と繋げるための儀式場、魔法陣だ。この部屋の全てが」
「っ!?」
改めて周囲を見回す。
エルトリーアには分からないが、この部屋の魔石には全て、魔力の通り道があった。現代では
「凄いだろう? 初代国王クロスベルトが生み出したそうだ。これを再現しようとして生まれたのが、魔道具だ」
「凄まじいですね」
感嘆といった様子だった。
「さて、エルトリーア。俺が来れるのはここまでだ。後は自分一人で行きなさい。竜王ドラゲキンと対話するには、黄金の竜の模様が入った魔石に魔力を流せばいい。そして魔力を流している間は、
そう言って、レオンハルトは立ち止まり、目の前の魔石の使い方を説明した。
「……」
エルトリーアは一度、瞼を閉じると、様々なことが脳裏を過ぎった。自分の本当の実力、魔族をユニの所に行かせてしまった時の絶望、大樹の奇術師戦での上手く行かない現実に焦った油断、恥じるべきことばかりだ。
だからもう、そんな生き方はしたくない。
(もう誓いは破らない)
自分を切り替えるように、息を吸って、吐いた。
そして、エルトリーアは瞼を開け、真っ直ぐとした眼差しを瞳に浮かべ、堂々とした歩みを進め、竜の模様が入った魔石に触れると、魔力を流した。
◇ ◇ ◇
「甘いですよ」
「ひゃっ!?」
ユニは眼前に漆黒の剣を突きつけられ、気がついたら凶器が目の前にあり、気が動転してしまい敗北した。
そこは風紀委員を筆頭に戦闘系部活動に所属している者達の署名が集まり作られた経緯を持つ、第七訓練場だった。
唯一生徒が自由に使える訓練場で、誰でも利用可能な大広場と、予約制のミニ広場があり、ユニとシスカがそこにいた。
ユニは自分の実力を伸ばすために、対人戦最強のシスカに模擬戦を頼んでいたのだ。この対人戦最強というのは、シスカが挑まれた
シスカはバルドルやエルトリーアとは違い、公の場で戦闘を行っておらず、一年生ランキングのTOP3の一角、それも3位となればかなり狙われる立場にあった。
それに、バルドル達がダンジョンに行っている間は学園を見回り、決闘を挑める機会が多かったから、というのもある。
「ユニはまず、武器を持った相手の間合いを読むことから始めた方がいいです」
「間合いを読む?」
「はい。魔法戦が主流で学校ではあまり習いませんが、私のように武器を持った人は多い。魔物と戦うのであれば気をつける必要はありませんけど、ユニが目指しているのは魔族との戦闘を可能にすることですよね?」
「……はい」
「だったらまずは、相手が武器を持っていることを前提とした戦術を組み立てる必要があります。だからまずは、間合いを読む所から始めましょう。間合いさえ読めば自ずと、その人その人の戦闘スタイルが読めるようになります」
「私にできるでしょうか? 正直、間合いを読むとかできる気がしないんですけど……?」
「そうですか。ですが、戦闘スタイルさえ分かれば、貴方の力は万全に活かせます」
「っ……」
「光は速く、軽い。けど貴方の光は魔族に特攻があるみたいですから、相手の戦闘スタイルさえ把握できれば、魔族に魔法を使う暇も与えさせず完封できます。理想は遠いですが、やる気は出てきましたか?」
「はい! やってみます!」
シスカにはバルドルのように特別な
だが、ユニは昔から人の感情に敏感な女の子だった。
だから相手の感情から行動を先読みする術をシスカとの模擬戦で磨いていこうとしたわけだが、
「……身体能力が、足りてません」
「ひゃあ!?」
どうやら、まずは基礎能力を高める必要があると、長くなる予感を感じてシスカはため息を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
(待ち合わせ場所は……)
朝やるべきことを全て終わらせ、バルドルはミルフィと合流するために外に出ていた。
待ち合わせ場所は学園の外、ナイトガード中央公園の噴水前だ。約束の後、ミルフィと会う機会は何度もあり、待ち合わせ場所を決めたのだ。
そして、ミルフィが元気になり、エルトリーアの実技の先生を務めるシエスタからお礼にあるポーションを渡された。
(そう言えば、シエスタ先生から貰った竜殺しのポーションってどんな効果なんだろう? 何かニヤニヤしてたから気になるけど……まあいいか)
ふと気になったが、使う予定はないので、ミルフィのことを考えながら中央公園に行き、中に入ると大勢の子供が遊具で遊んでいた。
そんな空間にバルドルのような異質な見た目の人が入ると、非常に注目を集めて、若干気まずい気持ちになったが、逆にミルフィからは分かりやすかったようで、噴水前にいるミルフィが手を大きく振ってバルドルの名前を呼んだ。
「バルドル君! こっちこっち!」
生徒会室の時とは違い、だいぶ素の性格が出ているようだ。元々のミルフィは溌剌とした少女で、いわゆる元気っ子といった感じだ。
見た目は依然と淑女らしく、その手を振る仕草は親しい人にするようなもので、お相手のバルドルには嫉妬の視線が注がれ始めた。
だが、男バルドルは涼しい顔で嫉妬の雨あられを受け流し、手を上げ応じた。
「待たせたか?」
「うぅうん! 全然待ってないよ。それより、どうかな?」
「似合ってる。色合いとかは分からないが、凄く綺麗だ」
「えへへ、ありがとう!」
太陽のように眩しい笑顔だった。
ミルフィは可愛らしいロリータワンピースを着ていた。緑のカチューシャに合うようにデザインされた物で、主張が激しくない淡い色合いとデザイン、といった感じで、元の魅力を更に引き上げる、まさに服を着こなしている、といった似合い具合だった。
「実は専門のデザイナーさんに頼んで、バルドル君から貰ったカチューシャに似合うように仕立ててもらったんだ」
「そこまで気に入ってもらえたなら、プレゼントしたかいがあるよ」
「うん!」
その笑顔は純粋無垢で、釣られてバルドルもニコリと笑ってしまった。
周りの子供連れの親からは生暖かい目で見られ、散歩にでも来た男達からは嫉妬の目を浴びせられていた。
そして、バルドルとミルフィは注目の視線を感じる中で公園を後にする。
「朝ご飯はもう食べた?」
「食べたけどまだ入るから、ミルフィさんが行きたい店があるなら付き合おうか?」
「ううん。後でもいいから、じゃあ先にうちのお店に行こっか」
「楽しみだ。クリエル商会のことは俺も前から知っていたから」
「それだけ?」
隣を歩くバルドルを、見上げるように見つめた。
「いや、こうして君と歩いているだけでも楽しいよ。こういうのは初めてだから」
バルドルはデートに強い憧れがあった。ミルフィがどう思っているのかは分からないが、少なくともこの男女二人で出かけるというシチュエーションはバルドルの密かな憧れの一つだったのだ。
それが嬉しくてつい、物語によくあった言葉を吐いてしまう。
「ふふ、そっか」
ミルフィはバルドルの答えに満足しているようで、ずっとニコニコと嬉しそうな表情を浮かべて、
「私も同じだよ!」
と、ちょっぴり恥ずかしげに頬を染めて、気持ちを伝えるのだった。
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