第4話 尋問結果
◇ ◇ ◇
「それで結局、エルは何を願ったんだ?」
試練の間を通り過ぎた先にある階段を下ると、第六層の通路が伸びていた。その道を進みながら、バルドル達は、願い星に願った物について話していた。
「秘密よ」
「まあいいけど……。今回の戦いは余裕があったからよかったけど、次からは戦闘中、もっと気をつけるように」
「ええ、分かってるわ。もう大丈夫よ。……それよりバルが願ったのは……普通の奴ね」
エルトリーアは視線を下げながら言った。
その理由はバルドルの靴が変わっていたからだ。彼が願ったのは速度を上げるシューズだった。
魔族との戦いで、エルトリーアの話を聞き、魔族の身体能力に個体差があると知った。マルクには何とか追いすがれたが、本当にそれは何とか、というレベルで、何をするにしても、まずは速さがいると思ったのだ。
そのため、願い星は叶えられる願いだけ叶える物であり、速力を強化する装備を頼むと、その願い星が叶えられるだけ速度を強化してくれる靴装備が手に入るわけだ。
強化系の魔法具を頼むのは無難といった所だ。
「それに比べてユニは、ユニークな物を願ったわね」
「バルト君の話を聞いて、大樹の奇術師の特徴からもしかしたらと思ったんですけど、本当にいけちゃったみたいです」
ユニの細い指にはフルートのような魔笛が握られていた。
魔法発動のデバイスだ。
この魔笛は魔力を込めた音を鳴らし、音色でルーン言語などを紡ぐことができる。声に出すより時間はかかるが、詠唱を相手に聞こえないようにする物だ。
これはユニが人前で聖女としての力を行使する際、あった方がいいと考えたからだ。
魔法陣の方は見られても、解読が困難だと確信している。
そして、バルドルとユニは新しく手に入れた力を第六層の魔物で試すと、祠から通路に戻り、転移装置を使い帰還した。
魔物を狩り手に入れた魔石を売払、解散しようとした所で、
「三人共、少しお時間よろしいでしょうか?」
制服をキッチリと着こなしたイリスが話しかけに来た。
「何かあったんですか?」
「いえ、元々の用事です。魔族の尋問結果をまだお話していませんでしたので、それを伝えにと。ここではなんですから、こちらへ」
イリスが来たのはザックはズボラで、レオンハルトが来ると目立ちすぎるからだろう。
(こうして視ると、イリス先輩もレオンハルト会長ほどではないにしろ、人気が凄い)
特に紺色の制服を着ている二年生と、白色の制服を着ている三年生の男子が多い。同年代だと男女共に好かれている感じで、三年生の女子は年下に負けていることもあってか、メンツ的な問題から好きにはなれないようだ。が、
(……悪意の数も多い、か)
魔法科の首席、生徒副会長、次期生徒会長。
二年生特殊科の生徒──胸に赤い紋章が入っているので形から分かる──からはバルドルも先週まではよく感じた視線を向ける、特に女子が多かった。
男子も気のいい見た目をした者達以外は、やはり悔しいという感情があるようで、悪意とは違うが敵意らしき視線をイリスに注いでいた。
そんなイリスの後を追い、レオンハルトがいる生徒会室に到着した。
バルドルとイリスは「失礼します」と言わなかった。バルドルは後から知ったが、バルドルは生徒会役員なのでいちいち失礼する必要はないようだ。
まあ、「お邪魔します」くらいは言うが。
そして、会長の椅子に座り、瞑想するように目を閉じていたレオンハルトが目を開き、前に立ち並んだ面々を見ながら前置きする。
「イリス君に君達を呼び寄せてもらったのは他でもない、君達を襲撃した魔族からの尋問結果を報告するためだ。このことは事件の当事者である君達だから話すことであって、むやみやたらと部外者に話してもいい内容ではない、ということは念頭に置いておいてくれたまえ」
いいか? と圧を感じる眼差しに、三人は頷いた。イリスは既に知っている様子で、三人とは離れた位置に立っている。警戒していることから、盗聴される可能性を考えているのだろう。
「まず、二人の魔族の名前は、ダンとマルク。海を持つナギスア王国で、海の王と言われる魔物、
「え?」
その声はエルトリーアのものだった。
彼女はどちらの魔物も知っている。
バルドルとユニがピンとこない横で一人、微かに肩を震わせた。
キングシャークは海を血に染める、海血の異名を持つ魔物だ。広範囲のテリトリー(海を自分の魔力で染め上げたエリア)を持ち、何者にも負けない速度と、決してテリトリー内に入った獲物を逃さない能力を持っていると言われ、必ず獲物を殺し、海を血に染める、非常に危険度が高く、海ならば負けないとされることから、海の王とまで呼ばれている。
デススパイダーは人間が未だに未開拓領域がある元凶といっても過言ではない。三種類の糸を使い分けたトラップ、それが広すぎることから、デススパイダーがいる所まで辿り着くのも困難なのに、本体のデススパイダーはそのトラップの糸を足場に樹海を飛び回り、斬撃の糸を巧みに操り、侵入者を嵌め殺す。
……それはどちらも、マルクとダンの力と一致する。
いや、それは分かっていた。
だが改めて何をモデルとした魔族なのかと知ってしまうと、
(……私が戦った魔族の本領は海中、あるいは水中戦。バルが戦った魔族の本領は、防衛戦)
つまり、エルトリーア達が勝てたのは本当に運が良かっただけなのだ。今思うと、幸運すぎる出来事がありすぎた。
バルドルがエルトリーアの近く……かなりの範囲を領域で探していたが、それでもダンジョンの広さに比べれば近くに出たこととか。
「ダンの特異体質は〈水の加護〉、肌を水で潤した時、身体能力を強化、自身の魔力を宿した水の遠隔操作、魔力を放出する際、水に変換する力、他にも水属性攻撃に対する耐性、水魔法の強化、泳ぐ時の抵抗力軽減などがあった。
「「「っ!?」」」
「続けるぞ。能力は皮歯を口と化し、魔力を宿した物を食べた時、その魔力をストックできるようだ。自分では何の魔力を食べたか忘れていたようだが……エル、何か言うことはないか?」
ジロリ、とこれまで向けられた経験のない兄の瞳に射抜かれ、エルトリーアは肩を跳ね上げた。だが、自分の弱さはもう認めたので、素直に白状した。
「報告が遅れて申し訳ありません。私は魔力を食べられ、その魔力を使われ……竜王様との契約、その違反項目に触れてしまい、竜化が使えなくなってしまいました」
沈黙が部屋を満たした。
ユニは口元に手を当て、バルドルは静かに唇を結んだ。
痛いくらい静かな空間で、エルトリーアは後ろに回した手を握っていた。
「──馬鹿者!!」
「っ!?」
レオンハルトの口から予想以上に大きな叱責が飛んできたことに、エルトリーアは目を見開いた。バルドルとユニ、イリスも驚いている。
「いいか? 魔族を甘く見るな。エルトリーア、お前は今まで何を思って訓練をしていた? その力を持ちながら失い、何故、すぐに報告しなかった?」
「は、はい……ごめんなさい」
エルトリーアは唇をきゅっと結び、瞼を下げて、謝罪した。
「あ、あの、少し言い過ぎではないのですか?」
「言い過ぎ所ではない。マルクの方は情報を割らなかったが、いやそれ所ではなかったが、ダンから聞いた所、この二人は諜報員の魔族だ」
「諜報、員……?」
バルドルがオウム返しに尋ねた。
「特務機関に所属しているそうだ。ダンの特異体質は地上では活かしにくく、
「それは……」
ユニが喘ぐように呟いた。
「もしも次、君達が襲撃を受け、その相手が純粋な戦闘特化型の魔族なら、死んでいた」
「「「っ…………」」」
息を呑む。
その考えはなかった。
というより、マルクとダンが諜報員だという事実に衝撃を受けていた。特務機関だから諜報員にしては実力はあるだろうが、それより上の魔族がいるのもまた、事実なのだ。
一度あったことは二度目もある。
もしもマルク以外の魔族がまだ王都にいて、マルクが帰ってこないのを知り、バルドル達を襲撃したらどうだ? 仇討ちとか宣いながら殺しに来られたら、確実に……レオンハルトが言う通り、死んでいた。
「伊達に魔族達は世界を滅ぼしかけていない。その実力は紛れもなく一騎当千だ。本来の実力を出せれば、まず人間は魔族に勝てないだろう。だがこれまでも勝ててきたのは、奴らの中に遊び心があるからだ。今回も任務のついでに君達を食べようとしたようだしな」
マルクとダンの装備も隠密用の物だった。
確かに本気だったが、全力じゃなかった。
そもそも、殺す気ではなく、食べる気な時点で侮りがあったことは否めない。勿論、マルクは最終的に殺す気だったが……。
「どうやら、分かったようだな。そして、また魔族が現れた時に対処できるのは、君達のような人だけだ。個人で魔族と渡り合える、あるいは時間を稼げる人材はそうはいない。だからもっと、これからは訓練に励み、実力を伸ばしてくれ」
「「「はい!」」」
激励の言葉を飛ばした後は、「以上だ」と話を締め括り、エルトリーアの方を向いた。
「次の休日、家に帰ってこい。父上に頼んで、契約の義を執り行ってもらう」
「は、はい……!」
「そして、バルドル、ちょっとこっちに」
バルドルを手招きする。
「マルクとダンは随分と前から王都に潜んでいたようだ。そして、先週マルク達による殺人事件があったようなんだが……過去にもやっていたらしく、中には
「え? それはつまり、他国あるいは……」
「魔族の国に使える者がいるということだ。もしもその魔力の持ち主が、マルクの親しい人だった場合、私怨で君が狙われるだろう。隠密状態を見破れる君なら大丈夫だと思うが、一応、気をつけてくれたまえ」
ダンの可能性を考えていないのは、尋問の時に自分の知り合いにはいないと嘘偽りなく述べていたからだ。エルトリーアとの戦いを経て、心が半分満足した彼は自分を敗者と認め、情報提供を惜しむことはなかった。無論、本当に話してはいけない部分は話していないが。
「はい……」
神妙に頷いたバルドルは、エルトリーアとユニを引き連れて、寮に帰るのだった。
◇ ◇ ◇
そこは魔族の
「定時報告か」
その部屋の主が窓の外に視線を向けると、鳥型の魔物が立っていた。
窓を開き、足に括り付けられた紙を解き、机の上に広げる。
「へぇ、聖女が、ね……。王族の方は相変わらずだなぁ。マルク君はいつも報告が的確で早くていいね、読みやすい。……にしては、信じられないことが書いてるみたいだけど……どっちも魔眼関係、か。一人は未知の魔眼を二つ、もう一人は成長し切ったら誰にも止められない魔眼。……はぁ、しかもどっちも隠密効かないとか、ゼラちゃん落ち込んじゃうだろうなー」
その女性は椅子に座り、優雅に紙を読んでいたが、不意に嫌な予感を感じた。
「……いつもより字が濃い」
文字を指でなぞる。
「気分が高揚している証だ。ここには書いてないけど、そういえばダン君から贄を熟成させているって聞いたことがある」
彼女は胸ポケットに入れていた眼鏡を取り出し、耳に差し込んだ。
その眼鏡を通して、報告書を読むと……魔力の文字が浮かび上がっていた。
裏の報告書。
重要そうな報告を表に書き記し、万が一鳥魔物が人類側に捕まった際にそれだけが目的であるかのように伝えるための報告書が表だ。
本当に重要な情報は、魔力を視る必要がある、特殊な文字で書かれている。どこかの誰か以外は、魔力の文字を読むのが不可能だからだ。
「聖女の使った
自分に〈誘導の魔眼〉を使うことで可能な、自分の精神の器を切り離し、思念体を生み出し、その思念体を誘導する、寿命を半分も削る
「近くまで来てたなら、顔くらい見せてくれてもよかっただろうに……。いや、途中で消えたのかな? 本体は残っているにせよ、休眠状態から目覚めるのは殆ど不可能と言ってもいい。はぁ……最後の仕事、ご苦労さま」
と言いつつも、部下を失ったことには変わりないので、その声には多少の悲しさが混ぜられていた。
「それより、このことをゼラちゃんが知ったら……隠すのはなしだし、後で話そう」
そうして、彼女は鳥魔物に労いの言葉をかけると、書類仕事に戻るのだった。
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