第3話 大樹の奇術師



 大樹の奇術師──その魔物は名前の通り、全身が大樹のように太い幹で構成された人型で、頭には大樹を帽子に形成したような物を被り、右手には同じく大樹で作られた杖が握られていた。


 杖の先端には大樹が絡みつくように緑色の宝玉が嵌められていた。


 異形の人型は草の魔人を彷彿とさせるおどろおどろしい姿で、挑戦者の姿を見ると、目を細め、不気味な顔を笑顔に歪め、大樹の帽子シルクハットを左手で取り礼をする。


 直後、


「ユニ、避けなさい!」


 足場が不安定に揺れた。


 一拍、ユニがエルトリーアの指示に従い後方へ下がり、その地面の下から鋭い大樹の槍が空を射抜いた。


 バルドル達は大樹の奇術師と戦うに当たり、幾つかの作戦を練っていた。まず、大樹の奇術師は予想外の動きで挑戦者を翻弄し、不意を打つ行動を取る審判者だ。


 この時、地面からの攻撃は地上から地面を介するのではなく、地面に張り巡らされた大樹の種を奇術師は利用しているので、バルドルの領域では視ることができない。


 そのため、聴覚に優れ、不意打ちをいち早く察知できるエルトリーアが今回は司令塔を務めることになった。前に出て戦いたがらない提案にバルドルは首を傾げたが……ともあれ、その間にバルドルはホルスターから魔法銃を引き抜く。


 早撃ちクイックドロウ


 一直線に突き進む魔力の弾丸は、俯いた大樹の奇術師に当たるかと思われたが、


「ハァァァァァ……!!」


 高音。耳を痺れさせるような高い声を上げると、呼応するように大樹の帽子が盾に変化し、魔力弾を防いだ。


 魔力弾の速度は早く、大樹の奇術師は下を向いていたが……


(普通に穴が空いてる)


 実は大樹のシルクハットには小さな穴があり、顔を下に向けていたが、奴の目は上を向いていたのだ。それは挑戦者が自分が下を向き、チャンスだ! と思考を誘導するため、事実、バルドルが立っている地面が揺れていた。


 意識の隙間をつき、チャンスに頭が支配されれば回避のアクションは遅れるが、少なくとも視えているバルドルには通じなかった。


 余裕を持って前に走り回避する。


 同時刻、大樹の奇術師は嘲るような笑みを称えながら顔を上げ、「アハ?」大樹の盾に大きな穴が空いているのに首を傾げた。


 ただの魔力弾と判断したツケが……


「《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》!」


 回ってきた。


 神話生物の再現体。3頭の猛毒の液体で作られた竜の顎門が獲物を狩るように開かれ、体をうねらせ空を泳ぎ突撃する。


「ハァァァァァ!」


 余裕なく大樹に命令を送り、盾をシルクハットに戻し、頭に被りながら、種を発芽させる。


 毒竜を貫くように、巨大な槍と化した3本の大樹が迫りゆく。と、


「私達のことを忘れているのかしら?」


 全体を見渡し戦況を把握していた王女は、相手の行動を先読みし、獄炎の槍を待機させていた。


 一斉射出フルバースト


 地面から顔を出した大樹は太陽に焼かれるかのように、陽の光を浴びた瞬間、超高温の炎に炙られ、勢いが衰え木の何割かを持っていかれた。


 その間にバルドルが操作した毒竜は軌道を変え、全ての大樹の大槍を食らって破壊し、大樹の奇術師を食らわんとした。


「っ……!?」


「《ルークス》」


 大樹の奇術師が何かしようとすると、ユニの光速の攻撃が視界を満たし、その驚愕に動きを止めてしまった。


「見せてもいいの?」


「……バレたのは使います」


 本当は何もかも話してしまいたいが、バルドルには秘密にしたいようだ。エルトリーアは何かを知っている様子で、心配している感じだ。


 そして、毒竜が大樹の奇術師の眼前に行き、大樹の奇術師が愕然とした顔を浮かべ──ギシ、木の根を踏んだような音を鳴らし、顔を笑顔に歪ませた。


 杖の先端、緑の宝玉が輝いていた。


 その効果を表すように、右手を振るうと種がばら撒かれた。


 ──種も仕掛けも大有りだ。


 その大樹の種は毒竜の体内に入り、溶かされる前に、芽吹く。


 命が吹き込まれ、加速度的に成長する。


「ハァァァァァ!!」


 その形はハリセンボンのように棘々しく、3頭の毒竜を内部から突き殺した。


 魔法維持、不可能。


 崩れ落ちる毒竜、溶ける大樹。


 しかし、大樹の奇術師は踊るように杖を一振り、魔力の線が傷ついた大樹を照らす。


 すると大樹は種に戻り、地面に罠として残る。


 挑戦者は種の場所を必ず意識し、行動を制限される他、思考の注意をそちらに引き付けられ、思考力を奪われる。


 派手なものから地味なものまで、全てを備えたトリックスター、それが大樹の奇術師だ。


 

 バルドルは一旦エルトリーア達の元に戻ることにした。大樹の奇術師を倒せる魔法は大きく、種からの発芽で防がれる。種では狙い難い大きさの魔法では、致命傷にならない。だから、


「エル、やっぱり前衛しない?」


「それは……」


「何か理由があるんですか?」


「……いいけど、何も言わないで頂戴」


「…………分かった」


 少し、不穏なものを感じたが、この戦いにベストを尽くすために今は飲み込むことにした。これよりバルドルは後衛に入り、エルトリーアが前衛を務めることになる。


 本来のフォーメーションだ。


 先週決めた作戦を決行し、エルトリーアは炎の魔法を使い大樹の攻撃を燃やし、勢いを抑えることで躱し、前に進む。


 炎で燃やし尽くせるほど大樹は脆くない。


 むしろ、硬かった。


 ユニを射抜こうとした大樹の槍を炎で燃やす時、殴ると相当に硬く、破壊するのに力をかなり込める必要があった。


 今の状態では、破壊するのに溜めがいる。


 そうエルトリーアは感じていた。


 二つの魔法陣を従え、次々と大樹を燃焼させ、種に戻す暇を与えないと言わんばかりにバルドルの魔法銃と拳銃による射撃が行われ、邪魔をする。


 魔法銃の方を警戒しているからこそ、大樹の奇術師は軽やかにステップを踏み躱す。動きながら燃やされる大樹に狙いをつけるのは難しく、フィールド上から種が消えていく。


「ハァァァァァァァァァァァァ!!」


 その声には魔力が乗っている。地中深くまで浸透した魔力は大樹の種に注ぎ込まれ、地面を食い破り天へ上る。


 大樹の奇術師の種の発芽は二種類だ。声に魔力を乗せる、相手に発動が分かるが高速で行われる発芽と、地面に魔力を流し、発芽までのスピードは遅いが、相手にはバレない隠密の発芽。勿論、普通は魔力を地面に流し、水のように浸透させるのは不可能だが、大樹の奇術師はできるようだ。領域技術の応用だろうか。


(……事前情報では魔力に声を乗せて発芽まではあったけど、地面に魔力を流すまではなかった)


 それが分かったのはバルドルの領域技術があるからだ。隠密発芽は特殊能力か何かだろうと情報を聞いた限りでは結論が出ていたのに……。


(魔力の性質が関係しているのか?)


 魔力には質がある。術者の適性とも言い換えることができる。そうならば、前提として領域は術者の魔力によって特色があるのかもしれない、と考察した。が、


(今は戦闘中、いずれ確かめればいい)


 そう結論を出しながら、一向に竜化しないエルトリーアにある可能性を覚えながら、援護射撃を行っていく。


 ユニは殆どやることがないが、エルトリーアのマジックバックを肩にかけ、バルドルの弾丸が切れる頃を見計らい、次弾を渡していく。


「中々、厄介ね!」


 絶え間なく地中から大樹が昇る。


 精神的にキツく、バルドルのように上手くは行かない。大樹の奇術師は頭脳タイプで、エルトリーアが躱しにくいように大樹を生やし、走行を誘導している節がある。


 それに、攻撃のバリーエーションも豊かだ。


 大樹が不自然にしなり、鞭のように薙ぎ払われる。地面を打ち付ける大樹は地面を大きく揺らし、人が立っていられない状況を作り出す。


 そして、前ばかり見ていたエルトリーアは聞こえていなかった。


「エル! 一旦下がって!」


 バルドルの声を。


(ああもう! 本当の力ならこんな奴……!!)


 エルトリーアは自分の今の実力に歯痒さを感じていた。


 竜化状態なら相手が大樹を地面から生やす隙を与えず、高速で接近して胴体に風穴を開けることができるのに、人としての身体能力では距離を詰めるまでに時間がかかり、焦っていた。


 エルトリーアの感情はグチャグチャだった。


 竜王との契約が途切れ、自分の力だと思っていた竜化が使えなくなり、その安心感がなくなり、自分の弱さを突きつけられ……生徒会のことがあり、自分よりミルフィの方が相応しいと認めてしまって……彼女は今、自分を見失っていた。


 勿論、戦闘に手は抜いていない。


 ちゃんと状況を把握して動いている。


 でもそれは、見える範囲での出来事だけだ。


「え?」


 先程と同じようにエルトリーアの後ろに生まれた大樹は、枝分かれするように何本にも別れ、これなら燃やし尽くせると獄炎の波を向かわせた。


 その瞬間、大樹が種に戻った。


 バルがミスをした?


 いや、違う。


 エルトリーアは誘い込まれたのだ。


 バルドルの援護射撃が届かない位置に。


 試練の間には幾つもの柱が伸びている。この柱は挑戦者の移動範囲を限定し、破壊するのが困難な代物だ。


 その柱に巻きつける形で大樹が幾重にも張り巡らされ、バルドルの射撃を大樹の奇術師は封じたのだ。


 分断、された。


 振り返ったエルトリーアは、大樹に囲われていて──、


「アハ、ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 大樹の奇術師の嘲笑こえに反応し、檻に閉じ込めた獲物を圧死させるように、一斉に動かした。


 種に戻ったものは発芽すると、エルトリーアの精神を煽るように、今の大樹の奇術師をデフォルメした顔に変化した。


「っっ!!」


 怒りに思考の半分以上が沸騰し使い物にならなくなる。


 腕に力を込め、大樹を破壊しようとするが、


「ぁっ」


 パッと光が視界を過り、種に戻り、未だに笑い続ける声によって、間近で大樹に成長し、体に撃ち込まれた。


「ぐっ……」


 腕で受け、骨が軋む。


 圧倒的質量から繰り出された重撃は呆気なく、エルトリーアを吹き飛ばした。


 そして待っていたのは別の大樹による攻撃。次々と繰り出される攻撃は次第に変化する。攻撃したら手が傷つくようなスパイクを突き出し、普通の大樹の槍だと思えば先端が伸び、空中で体勢を変えたが危うく斬り裂かれる所だった。そんな中で大樹の猛攻に対応し始めたと思えば、種に戻るフェイントに翻弄される。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 笑う。嗤う。嘲笑う。


 それはエルトリーアの醜態に向けられているようなもので……。


(私は、何になりたいの?)


 肉体は無事だが、精神が徐々に追い詰められていき、弱った心は答えを探す。


 彼女はまだ15歳、精神はとても未熟で、今まで当たり前にあったものを失ったばかりの少女だ。


 自分の状態が惨めだった。


 死にたいくらい恥ずかしくなった。


 審判者アービターくらい竜化しなくても勝てると思っていた。


 全ては間違いだったのだ。


 甘さは捨てると誓ったはずなのに、全然成長していない。


 ……人はバルドルのように早く成長はできない。その人にはその人の成長速度がある。でも、エルトリーアは……


(今は……私は、バルの隣に立てるくらい強くなりたい)


 あまりにも早く前に進んでいる少年の隣りにいたいと思っていた。強くなりたい。そうでなくては、少年の隣に立つ資格はない。


 胸を張って堂々と並べない。


 今はまだそれが目標だけれど。


 最後には勝って──生徒会長の椅子が欲しい。


 前みたいに貪欲に、傲慢に、欲しい物を心の中で言葉にする。するとどうだろう。だったら後はそのために前に進むだけだと、思考がクリアになる。こんなことで怒っているのが馬鹿らしいと、そんは暇があるならと魔力を高めていく。そして──、


「消えなさい。……《地獄の炎インフェルノ》!!」


 炎の上級魔法を起動する。


 竜の炎ばかり使うから忘れかけていた魔法陣と、そのルーン言語。それを思い出し、エルトリーアは地獄の炎を現世に産み落とす。


 地獄の炎は通常の炎とは違う。


「アハ?」


 種に戻しても炎がくっつてきた。


 絶対に対象を焼き殺す呪いでもついているかのように、体積を小さくして炎がない場所で種に戻したのに、炎が引き寄せられるように種に纏わりつき燃やす。


 大樹の攻撃を全て、燃やし尽くす。


 そして燃やせば、


「随分と、脆いわね!」


 炭化していき、拳一発で一本の大樹を破壊させることができた。


 殴るのに溜めがいる、でも溜めたら隙がつかれる。だったら、炭化させることで大樹を脆くして、溜めがいらない通常の拳で破壊できるようにするまでだった。


 それは自分の弱さを認め、甘さをなくした上での戦法だった。


 だが、大樹の奇術師は強かった。


 種を失えば増やすと言わんばかりに、大樹の種を生み出し、時間を稼いでいく。


 だが、エルトリーアはパーティーだった。


 銃声のない魔力の弾丸が、静かに大樹の檻を、食い破った。


 その隙間を縫うように光の線が走り抜け、大樹の奇術師の視界を封じる。


「遅かったわね」


「質量とは相性が悪いんだよ」


 バルドルが前に出てきた。


「邪魔なのは全部退けるから、前へ。この距離ならさっきのようには行かないよ」


「オーケー。勝つわよ!」


 そして、エルトリーアは前に走り出した。


 地面から映える大樹の攻撃は魔力弾が破壊し、種は拳銃で弾き飛ばす。すぐに残弾はなくなるが──、


「《強化弾・超過魔力イクシード・ブリット》」


 バルドルが持つ破格の魔力量を贅沢に注ぎ込んだ一発の鉛玉が、大樹の種を撃ち抜き、杖に巻き付けた宝玉を粉砕した。


「種も仕掛けもある攻撃だが、普通の弾丸だからと無意識に優先度を下げたツケだ」


「ッ!? ハァァァァァァァァァァァァァ!!」


 怒りの乗った耳障りの悪い声だった。


 大樹の奇術師はエルトリーアに大樹の攻撃を向けていた。つまり、迫りくるエルトリーアに集中し、他のことが疎かになっていた。


 バルドルの領域のように全ての状況を把握するのは不可能である。それ故に、視界に入っていたが、普通の弾丸に攻撃が見えたから、頭はそれが自分の脅威にならないと、無意識に判断していた。


 そして、大樹の種を作る宝玉は壊された。


 その間にエルトリーアとの距離は近接戦インファイトにまで詰められていた。


「性格悪いわね」


 挑発のためだと分かっているが、優雅じゃないと思いながら、大樹の奇術師が宝玉を失い、杖をレイピアに変化させ、突き出した攻撃を躱し、その土手っ腹に全力の右ストレートをお見舞いした。


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 巨人に殴られたみたいに体がよろめき、体勢が崩れた。


「任せたわ」


「任された」


 エルトリーアは竜装魔法 《竜の爪撃・纏ドラゴンクロー》を発動し、竜の爪を両手に纏い、振り抜いた。


 最後の抵抗に大樹の奇術師はレイピアの大樹を触手のように伸ばし、エルトリーアの動きを封じようとした。が、


「残念」


 魔法銃の弾丸がヒットし、内部まで突き進み、弾丸が止まった瞬間、衝撃を発生させ大樹を破壊した。


 それは魔弾の新しい力。


 魔力弾で敵を貫けなかった時、衝撃を発生させ、外部に当たった場合も内部にまで衝撃が伝う、魔弾 《衝撃弾インパクト・バレット》。


 強化点はかなり地味だが、一度目の成長にしては良い方の効果だ。


 そして、エルトリーアが振り下ろした竜爪は大樹の奇術師の胴体を刳り、大樹の種のような模様が入った魔石を破壊した。


 一拍、大樹の奇術師の体が魔力の光に変わり、空に上っていった。その魔力の幾つかはバルドル、エルトリーア、ユニの前に流れてきて、願い星になった。


「二人共、凄かったです!」


「ありがとう。エルはよく魔石に合わせられたね」


「ま、一撃で倒さないと体内に仕込んでいた種から攻撃が来るのが分かってたし、集中したから当然よ」


 三人は無事に審判者アービターを倒せたことを喜び、各々それぞれを褒め合うと願い星に手を入れ、自分が欲しい装備品モノを願うのだった。






 













────────────────

一般的な大樹の奇術師の倒し方


パーティー全員で身体強化魔法を使います。全員が足元に気を使い、地中からの大樹の攻撃を躱しながら、魔法の弾幕を撃ち込みます。大樹の奇術師はあくまでも後衛なので、囲い込むように接近すると、全方位は対応できませんので、その間に一人が宝玉を破壊するか、攻撃を与え体勢を崩した所で宝玉を破壊します。

安全策を取る場合は地中の大樹の種が尽きるまで時間を稼ぎますが、速攻で決める場合はそのまま全員で囲って魔法を撃ちまくります。ただ、圧倒的な火力か火属性の魔法を使える者がいないと時間はかかります。


追記、上記の倒し方は一般的には難しく、普通の人は地面からの大樹の攻撃や、多彩な大樹の変化に追いつけないので、討伐までは相当に時間がかかります。

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