第2話 要塞岩/試練の間
◇ ◇ ◇
魔法学園アドミス「迷宮区」は今日も賑わっていた。数日前に魔族の襲撃という事件が起きたのは生徒なら誰もが知る所だが、ダンジョンを封鎖するのは不可能だった。
そもそも学園に存在するダンジョンは、神造迷宮ユナイトである。……神の意志が介入した試練場だ。
一種の儀式場であり──人が勝手に入場を制限するのは不敬で──ダンジョン内でのイレギュラーは神からすると関係がない。そして死人が出なかったという事実が後押しして、ダンジョンが封鎖されることはなかった。
バルドルは一度『
すると、生徒達から好意の視線を感じた。
魔族を倒し聖女を救ったという話題が出回ったからだ。それはこれまでにもあったが、先週に比べると遥かに多く、非常にむず痒い気持ちになっていた。
平民からすると昔読んでもらった絵本の内容を彷彿とさせ、好奇心満載の目を向けている。
慣れない視線にバルドルは困惑し、昼は大勢の人が利用する食堂棟ではなく、屋上で食べたくらいだ。
(有り難いけど……)
レオンハルト越えの計画に支障が出る気がした。それは要約すると嫌われ者になり、実は良い奴だったというストーリーを作る内容だ。嫌われ者になり、自分の過去を利用し、同情させて、平民には親しみを、貴族には同感を抱かせる。
彼が語ったように、「特殊科の生徒は、その殆どが幼少の頃から強くなるべく教育させられている」これは貴族達にも当て嵌まることだ。
最近の世の中は平和で、戦争なんてずっと起きてない。力をつけるのが大切だと分かってはいるが、身近に脅威がいないという状況は人を惰性的にする。そこに漬け込むような、多くの人が同調しやすいストーリーを彼は作ろうとしていたのだ。本来ならば魔族による事件発生、解決による高感度アップ、などはなく、二年生になり生徒会総選挙が始まる月に、新聞部の人達に、諸々の内容を掲載した新聞を学校のボードに貼ってもらい、今のような状況にさせるつもりでいた。
が……とんだイレギュラーによって、バルドルが実は良い奴だと早々にバレてしまった。
(計画の修正が必要だ)
ここから嫌われ者になるには、相当に不味い言動をする必要が出てきた。前みたいな生意気な発言をしても、「分からなくはない」と反応される気がした。
それくらい周囲が変化していて、多少の独善的な言葉が受け入れられる環境になっている。そんな環境でわざわざ敵を作るような発言をすると、バルドルが演技していることがバレ、生徒会長の座すら危うくなるだろう。
つまり、計画を修正するか、また別の計画を練らないといけない。
(……と、今からダンジョンに行くんだから、後で考えよう)
一旦思考を止め、バルドルは領域を展開しエルトリーアとユニを探していく。
魔力に触れた物を脳内で映像化し、視ることで二人の居場所を把握する。
(いた)
どうやらバルドルが来るまで、探索に便利な物を売っているショップを見て回っているようだ。
そちらへ向かう最中、見知った風紀委員の先輩がいたので挨拶しておく。
「お久し振りで、
「貴様か、久しいな」
微かに目を見開き、貴様呼ばわりしたのはザック=ドラードの姉、デステラ=ドラードだ。
血塗られた赤色のような髪をポニーテールに括り、氷のような冷たい美貌を備えた美女だった。
背は180センチほどと高く、体の発育が良く、特に胸が大きかった。これまで視た人の中で一番大きい大きさだ。そのためバルドルからは一番視て分かりやすい人だ。胸で判断できるのだから。
デステラの薄赤色の目には純粋な驚きが浮かんでいた。その理由は彼女が人混みに紛れるように
先日、魔族の侵入を許し、風紀委員は警備を強化していたのだ。その一人、デステラは風紀委員長の肩書を持ち、対人戦闘には滅法強い対人戦のエキスパートだ。
……知り合ったのはシスカを襲った生徒を事情聴取する時で、風紀委員との繋がりを作っため、
だが、何故かバルドルはデステラに嫌われている。貴様呼ばわりがその証拠だ。
(いやまあ、悪意ないとはいえ、あれを視てしまったから仕方ないか)
デステラは事情聴取する時、とても楽しんでいたのだ。……周りには隠していたし、実際に表情の変化は微かなものだった。
それはもう本当に少し、事情聴取でわけも分からず慌てふためく生徒二人を言葉責めして、唇の端が心なしか上がっている程度だった。
しかし、バルドルには少しで十分だった。
表情の変化に目敏く気づいた彼は、事情聴取が終わり、デステラと親睦を深めるため二人になる機会があり、悪意なく「ドラード先輩、尋問を楽しむのは結構ですが、シスカの教育に悪いので今後は控えるようにお願いします」と言い、その時のデステラの
……それに、デステラは隠密からの奇襲に自信があったのだが、そんな技術は全く関係ないと言わんばかりに領域で自分の位置を特定してくる変態とは相性最悪だった。
(何が一番分かりやすい、だ!)
……これも悪意なくどこかの変態が言った言葉であり、一人の風紀委員の逆鱗に触れ、怒りの花火を咲かせた。
「警備の方は大丈夫ですか?」
「ふん。大丈夫に決まっている。もしもまた侵入者が現れようものなら、次は確実に捕えて見せる」
「任せました。ではこれで……」
「おい待て」
「何でしょう?」
「不甲斐ない私達の代わりに魔族を倒してくれたことには感謝している。それだけだ、行け」
「はい」
誰かに感謝されるのは悪い気がしない。
これまでに縁がないことだから、バルドルは嬉しそうに微笑みを浮かべて、エルトリーアとユニと合流した。
「お待たせ」
振り返った二人の乙女は、バルドルの姿を見つけるとはにかんだ。
その片方、エルトリーアはバルドルに尋ねた。
「随分と遅かったわね」
合流する時間がいつもより遅かったことに疑問を抱いたようだ。乙女の感というべきか、中々に鋭い質問だった。
「ああ、実は生徒会に最後のメンバーが入ったんだ。そのミルフィ=ミルミゼさんの歓迎会をしていて遅くなったんだよ」
「……え?」
華やいでいた顔にヒビが入る。
冷水を浴びせられたみたいに身を固め、大きな損失感に胸を掻き乱された。
微かに目を見開いた後、ぎゅっと両手を後ろで組み、強く握った。
(私には来なかった……)
そのことにエルトリーアはショックを受けていた。
生徒会役員は成績上位者、二つの学年の者を2名、一つの学年から1名、ランキング最上位者から選出されるものだ。
そして、生徒会執行部は基本的に5名で運営し、3名は確定枠である。
確定枠は首席のことだ。
その年の首席は無条件で生徒会からのオファーが届く。
生徒会は学園の顔。故に成績優秀者に所属して欲しいということだ。例外はあるにしても、その対象者は全学年ランキングの上位者から選ばれる。
そして、全学年ランキングの上位者の大半は風紀委員会に所属している。数少ない生徒会の席を狙うより、初めから上限人数の多い風紀委員会の方が入れる確率が高いからだ。
特に今年は生徒会には確定枠が四人もいると来た。レオンハルトはレオンハルトで、後進の育成のため、元々二年生は二枠確定しているので、一年生を二人入れるつもりだった。それを風の噂で耳にしていたエルトリーアは、自分にオファーが来ると思っていた。
普通は首席の次に成績が優秀な次席が選ばれるはずだ。そう高を括り、レオンハルトから話が来るのを待っていたのに……もう、自分の席はないと知らされた。
胸の辺りがチクリと痛み、誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
ミルフィ=ミルミゼ。
世間を知らない引きこもりとは違い、本当によく知っている。生産系魔法の頂点、錬金魔法の使い手。一つの国に肩入れし過ぎれば
国の中枢に関わらせてはいけない家で、それ故に貴族家としての仕事は領地運営くらいで、後は商家としての仕事に専念している特殊な家だ。
ミルミゼ家の者の中でも錬金に適性のある者は幼少の頃から厳しい教育が施され、数字には滅法強い。物を頼む時も等価交換が基本で、だが逆にそういう契約や約束事はきっちりと行ってくれる、社会的には信用がとても高い。
生徒会の会計という役割をこの上なく完璧にこなせる人材だ。このタイミングで入った──いや、オファーが来たのであれば先週の内に入っている、ということは、自ら志願したのだ──理由は胸のざわめきが教えてくれた。
……そう、ミルミゼ家の基本は等価交換。
仇には仇で、恩には恩で返す家だ。
「もしかしてお礼に誘われたりしなかった?」
「え? うん、誘われた。よく分かったね。次の日の休日、ミルフィさんのお父さんと会うことになった。だから多分、王都にあるクリエル商会の店舗にお邪魔させてもらうことになる」
「……そう、気をつけた方がいいわよ。ある程度の粗相は見逃してくれるかもしれないけど、やり過ぎと判断されたら不味いことになるから」
「? 心に留めておくよ」
その手の知識がなく、話についていけないユニだけは話に混ざりたそうにしていて、二人の会話に一区切りついたと判断すると、「じゃあ、ダンジョンに行きましょうか」と伝え、三人はダンジョンに入り、第五層に転移するのだった。
◇ ◇ ◇
バルドル達は五層を順調に攻略していた。元々実力的に五層は適正レベル以上で、スピーディーに
その途中、こんな会話が行われていた。
「バル、魔法銃の弾丸がいつもの魔力弾と違うような気がするのだけれど?」
「私も感じていました。魔物の体を貫くなんて、普通の魔弾魔法ではないですよね」
「うん。この魔法銃は師匠から貰った物で、特殊な力があるみたいなんだ」
バルドルは視た動きなら殆どはトレースできる天才だ。領域により正確無比に動作を把握し、記憶、そして人を映像化する技術を応用し、自分の体の動きを脳内に映し出し、トレース先の動作と自分の動きを合わせ、真似をする。自分の物にする。
子供の頃から視界を得るために訓練した彼の脳は特殊は発達を遂げ、常人より脳の性能が高い。
……だが、視る必要があるのだ。
彼の動きは正解を知っているからこそ、真似ができる技術。無から有を生み出すのではなく、有を視て無を有に塗り替える。
つまり、バルドルの正確無比な射撃には、元となった人物がいるということだ。それが師匠であり、バルドルが拳銃と魔法銃を持っている理由である。
「それ、魔法具だったの?」
「みたい」
魔法具とは天然の魔道具のことだ。魔法具、ミルフィのカチューシャのように、魔法のような特殊な機能がついたダンジョン産のアイテムに対して使われる言葉だ。
少し前にバルドルが魔法銃の知識をエルトリーアから知り、「え? これ、魔石使ってなかったんだ」と驚いた理由はそこにある。
見た目は普通の魔法銃だが、どうも切断されても元に戻り、成長する機能があるようだ。
「どんな効果になったの?」
「
「それってつまり、新しい効果は発揮していない、弾丸の威力自体も上がっているってことよね」
「弾速も速くなっていた気がします」
「一応、実弾銃よりも早くなっている」
「……そっち、いるの?」
「まあいずれは要らなくなるかもしれないね」
そんな風に会話をしながら草原を移動し、バルドル達は
「凄い」
「デカイわね」
「大きいです」
岩の壁が天に登っていた。
草原と区切るように、横には永遠と続いている。岩肌はデコボコで、天然要塞と言われる理由はここにある。
道に迷う心配がない親切設計なのは、挑戦者にとって初めてとなる、
そして、第六層からはフィールドが草原から変わる。バルドル達は振り返り、草原を見納めすると
「いよいよね。ここに来るまでに随分と時間がかかったわね」
「本来ならもう挑んでるからね」
「でも、魔族を倒した二人なら絶対に勝てます」
「ああ、サポートは任せたよ」
「はい!」
最後にバルドルはリーダーらしく、気の利いた言葉を二人に投げかける。
「願い星に願う物はもう決めたか?」
「勿論!」「はい!」
「それじゃあ、行こうか」
そうして通路を抜けた先にあったのは、三百六十度を岩の壁に囲まれた開けた場所だった。ここだけは地面が草原で、空が覗いていた。
神聖さを感じる白塗りの柱が幾つも聳え立ち、その中心に守護者のように静止している魔物がいた。
第五層草原フィールド、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます