第1話 新生徒会執行部
「──学園祭?」
「ええ。クラス毎に出し物を決めて、予算内に収まるようにクラスのみんなと話し合って、仲良くするイベントよ」
昼食の時間、人目を避けるため先生に許可を貰い、バルドル達は屋上でお弁当を食べていた。
学園祭の話題を出したのはユニだ。そういえば、という風に今日噂になっていたことを伝えたのだ。
二人が話題にしなかったのは、バルドルとエルトリーアはユニ以外にクラスメートの友達がいないからだ。
そのため、知らない情報を告げられたバルドルは小首を傾げた。一方のエルトリーアは学園祭という行事を知っているので、ユニの代わりに説明してあげ、「やっぱり早いわね」とポツリと零す。
学園祭の開催は再来月だ。その時期の理由はクラスの結束を作るためだ。自発的に自クラスの人と仲良くする生徒はいるが、こういう全員参加型のイベントを行った方が仲を深めやすい。
学園側の目的はクラスを一致団結させ、
この学園祭の売上は
「楽しそうだね」
「参加する方は楽しいわね」
「? どういうこと?」
いい、とエルトリーアが説明する。
学園祭は一クラス毎に予算が決められているが、大抵は貴族家や商家の生徒が実家から安く仕入れるという裏技を使うので、毎年レベルが高くなるそうだ。
……ある年には特殊科の生徒に勝つために魔法科の一クラスがエゲツナイ団結力を見せるも、特殊科の前に敗北し酷い騒ぎになり、数人停学処分になり主犯は退学になる事件が起きたみたいだ。
故に特殊科を率いるクラスのリーダーは相当プレッシャーがかかる。
「そして、出し物を決めたり話し合いを纏めるのは、問題がない限り、そのクラスのランキング最上位者が選ばれるわ」
「……つまり?」
「バル、首席にして総代の貴方がリーダーを務める必要があるわ」
「……僕にできるかな?」
「バルト君、私もお手伝いしますから一緒に頑張りましょう」
「うん」
クラスを纏める必要がある、という現実に対してバルドルは頭を悩ませた。バルドルの噂は良い噂と悪い噂が入り乱れ、クラス内でもまだバルドルの立ち位置は決まっていない。
そのため、バルドルに話しかけに行く人はいない。
(……近寄り難いのは自分の責任もあるから仕方ない、か。ユニに緩衝材の役割を頼むのは、ただでさえ教会に目をつけていられているのに、そんなことをするのは心象が最悪になる気がする。エルは……人付き合いが苦手っぽい。エルが話してた人は必ず制服のどこかに美しい金の竜の刺繍が施されてて、ファンクラブの人っぽい……その人達からはやけに敵視されているし、エルが紹介してくれるとしたらその人達だし……うん、二人には頼めない)
誰か、僕とクラスメートの仲を取り持ってくれる人はいないのかな? と都合のいい考えにため息をついて、思考を切り上げると、昼食を食べ終わり教室に戻るのだった。
そして、時間は放課後へ移りゆき、バルドルは生徒会室に入り、ミルフィと再開した。
「この度、生徒会執行部の会計を担当させて頂くことになりました、ミルフィ=ミルミゼです。これから一緒に生徒会を運営する一員として、よろしくお願いします!」
プラチナブロンドのショートヘアを持ち、深海のような深い青色の瞳をした少女だった。
その上品さを感じさせる髪に、そっと差し込まれた緑色のカチューシャが、彼女の可愛らしさを引き上げている。
手には
そんなミルフィは可愛い顔にニコッと笑みを称えて、ハキハキした元気な声を以て、バルドルに顔合わせの挨拶をした。
「ああ、よろしく」
生徒会モードに切り替える。
バルドルは事情を知る者以外は「俺」という一人称を用い、意地悪で性格が悪い高圧的な強者、という行動言動を取ることにしている。
堂々とした立ち姿。本来は柔らかに発音していたが、ハッキリ声を出し、単語毎に区切る感じで発音することで、
「同じ一年の君が入ってくれて俺も嬉しいよ。これから共に生徒会を盛り上げていこう」
手を差し出し、「はい!」と頷くミルフィと握手を交わす。
「……視た所、傷はないようだが、体は大丈夫か?」
「はい! お陰様で、本当にありがとうございます!」
「ああ、無事で何よりだ。他の人はどうだ?」
「みんな無事です。ただ、ラァナ達はまだ眠ってます」
カチューシャに指を添えながら答えた。多分、ミルフィが先に退院できたのは、プレゼントした
「すぐ目覚めるだろう。それまでは困ったことがあれば言ってくれ、同じクラスメート、手助けくらいはしよう」
「はい!」
と、話に一区切りついた所を見計らい、レオンハルトが二人に声をかけた。
「挨拶も済んだし、これからのことを話し合おう。ミルミゼ君の歓迎会をしながら、ね」
パチリとウィンクしたレオンハルトが視線を向けた先には、人数分のケーキと紅茶を用意しているイリスがいた。
ザックは席に座りバルドルに「こっち」と手で呼んでいた。バルドルの時に歓迎会を予定していなかったのは、本来は生徒会執行部のメンバーが決まったらする予定だったのかもしれない、そんなことをバルドルは考えながら、ザックの隣りに座った。
すると、本来はソファに男3人が座るはずなのに、バルドルの隣に腰を下ろしたのはミルフィだった。
(ん? 何か近い気がするけど……まあいいか)
二人の距離は拳一つ分もない程度で、肩と肩が触れ合いそうなくらい距離が近かった。
ふわりと良い香りがする。
心が落ち着くような匂い。
(もしかして、緊張してるのかな?)
ミルフィは上級生の有名人に囲まれているためか、体が強張っていた。手は膝の上に押し付けるように置いていた。だから、
「そんなに緊張する必要はない。何かあれば俺がフォローする。今は君の歓迎会でもある、楽しんだ方がいい」
「あ、はい……!」
するとリラックスしたように体から力が抜けていき、元に戻った。
その姿に内心で安堵の息を吐くと、レオンハルトの「これからのこと」について言及する。
「これからのことは、学園祭のことですか? レオンハルト会長」
「そうだ。学園祭、文化祭とも言われているこの行事は、かなりの頻度で問題が発生する。暴力沙汰などは大抵が風紀委員の方で取り締まってくれるが、あまりにも酷い場合は我々生徒会が処罰する必要がある。……まあ、この話は後日にしよう」
ケーキを頬張り目を輝かせるミルフィを一瞥したレオンハルトは、別の話に変えた。
「その学園祭だが、生徒会はライブをすることになっている」
「ライブ?」
「生演奏のことだ。開催宣言の直後……とある目立ちたがり屋の王子が始めて、生徒会のメンバーは高位貴族が三年に一人は必ず在席しているから、その盛り上がりの反響から、伝統になっていった」
「一ついいですか?」
「構わない」
「俺は知っての通り、その手の習い事はしてきませんでした。なので、参加しない方がいいのでは?」
「時間は沢山ある」
「それは分かっているのですが……」
バルドルは演奏の練習をしながら、クラスメートと仲良くなる自信がなかった。学園祭のためにまずはクラスメートと仲良くならなければいけない。
更にダンジョン攻略のために時間を捻出する必要がある。自分の手に余ることが一つ、
「まあ良いんじゃねえのか? ライブには演出担当もいるしよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だが、そうだな……折角だ、来年以降も見越して、ミルミゼ君の練習をしっかり視るようにしてくれ」
「分かりました」
「へっ?」
勝手に自分が巻き込まれ、練習が視られるのが決まってしまった。そのことにミルフィは呆気に取られた後、「ええええーー!?」と内心で絶叫を上げていた。
再度緊張し始めたミルフィにバルドルは、「大丈夫、困ったことがあれば手助けする」と口にした。その様子にレオンハルトはニヤリと笑っていた。
ミルフィは冷静になると場合によってはバルドルと二人きりで練習できるかも、なんて想像した所でブンブンと首を横に振った。
そして、ケーキと紅茶を楽しみながら、会計の説明をイリスが行い、その日はすることがなくなり解散した。
ダンジョン攻略のためにエルトリーアとユニと合流するべく、歩き出したバルドルにミルフィが近づいてきた。
「──バルドル君! 改めて、本当にありがとう!」
生徒会室の時とは違い、飾らない本音の言葉でお礼を言いながら頭を下げた。
ここは生徒会室くらいしかないため、近くの廊下をわざわざ通る生徒はいないので、誰にも見られることはない。
だがそれでも、貴族家の令嬢が頭を下げるのは相応に衝撃が大きかった。
ミルミゼ家は伯爵家だ。高位貴族の一家で、錬金の
純粋な戦闘力こそ劣るものの、
ミルミゼ家は貴族家の他に商家としての一面も持ち合わせていて、初代ミルミゼ伯爵の名前クリエルを冠したクリエル商会があるほどだ。
ナイトアハト王国一の商会という肩書を持ち、陳腐な言い方になるがミルフィは非常にお金持ちのお嬢様なのだ。
総資産は噂では3兆5000億アイン(アインはナイトアハト王国における通貨の単位)らしい。
「受け取っておくよ」
そして踵を返そうとしたその時、ミルフィが慌てた様子で「待って!」と引き止める。
「実は私のことを知ったお父さんが、バルドル君にお礼をしたいって言ってて、それに私もお礼をしたくて……だから次の土曜日、良かったらお礼をさせてくれない、かな……?」
ミルフィはどこか真剣な様子だった。
手にはジワリと汗が浮かび、火照ったような顔でバルドルを見つめている。ミルフィの鼓動は今までで一番高鳴っていた……。
バルドルは「当然のことをしたまでだ」と言おうとしたが、ふとエルトリーアの言葉が脳裏を過ぎった。「私は生徒会だからお礼を言ってるんじゃないわ」……と。
ミルフィが見ているのは、生徒会のバルドル=アイゼンではなく、自分を助けてくれた、ただのバルドル=アイゼンなのだ。
それを理解すると、思い出した。
そもそもミルフィを助けに行った時、生徒会のこととかどうでも良かったな、と。それに気づけば、自分を偽っているような現状に罪悪感を抱いたが。
「うん、分かった」
律儀なお嬢様に微笑みながら、休日はデートの約束を交わすのだった。
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