第6話 約束
クリエル商会、その店舗を訪れたバルドルは、店内の品々に目を奪われていた。この商会は魔法具やポーションといった、ダンジョン産のアイテムを売っている店だ。
その全ては高級品で、値札には値段と何階層のもの(アイテム名)が記されている。それらはコーナー毎に別けられていて、バルドルは魔法銃コーナーを視て回る。
(警備の人も凄い装備だ。それに……)
高級品ばかり置いてあるから、全身を魔法具でフル装備した警備員がいた。店員の人でさえ、訓練されているようで姿勢が良く、今バルドルが視ている麻痺弾を射出する魔法銃を暴動鎮圧用として所持していた。
ミルフィは店員にバルドルが来たことを伝え、父親に伝えてもらう。と、しばらくして、バルドルはミルフィと共に応接室に通された。
そこに待っていたのは一人の男性だった。
清潔に整えたプラチナブロンドの髪、体格は錬金の家系ながらしっかりしていて、体幹がいいのだろう。佇まいが非常に堂々としていた。
洒落たスーツを身に纏い、腕には腕時計が嵌められている。全体的に清涼な雰囲気をしたナイスミドルだった。
「初めまして、私はクロード=ミルミゼ。ミルフィの父だ」
他の肩書を名乗らないということは、この場ではミルフィの父親として対応するということだ。そう受け取ったバルドルは自己紹介を返す。
「こちらこそ初めまして、バルドル=アイゼンです」
(この人がミルミゼ伯爵)
社会的には一番有名な貴族であり、冒険者でその名は知らない者がいないほどだ。クリエル商会の武器を持てたら一流、という言葉があるくらいには知名度が高い。
勿論、安価な魔法具やポーション類はあるが。
改めて考えると、凄まじい人物と対面している。そのことは分かっているが、バルドルは平然と手を差し出し、クロードは目を見開いたがにこやかな顔に変わり、握手をしてくれた。
「物怖じしないのだね」
「この場では無粋でしょう」
「ねぇバルドル君、お父さん、立ってないで席に座ろ?」
「「ああ」」
中々に二人は息が合う用で、その姿にミルフィはこそっと、これなら上手くやっていけそうだと思っていた。
「私もバルドル君と呼んでもいいかな?」
「はい。私もクロードさんとお呼びしても?」
「勿論だ」
面倒な部分を先に終わらせて、クロードは次の話に移った。
「──バルドル君、ミルフィを助けてくれてありがとう」
クロードはそう言って、頭を下げた。
それは相当衝撃的な光景であり、ミルフィはワタワタすると、
「お、お父さん!?」
大丈夫なのかと叫ぶように問いかけた。
だが、この部屋には三人の他に誰もいない。バルドルには視えていたので、静かにクロードの父親としての気持ちを受け取る。
「はい。こちらこそ、大切な娘さんを守ることができて本当に良かったと思っています」
これはバルドルの本心だった。
あの瞬間、草の魔人とミルフィが出会った直後にバルドルが駆け出さなくては、死んでいた可能性が濃厚だった。
思い出しただけで、彼は最善の選択を選ぶことができていたのだ。一歩間違えれば、助けられない状況だった。
だから、ミルフィが無事で本当に良かったと告げた。
「……」
その想いにミルフィはしゅんと縮こまり、顔に手を当て表情を隠した。
クロードはまた目を見開き、バルドルの人となりを多少理解できたようで、口元を綻ばせていた。
「ありがとう。君のような人に助けてもらえて、ミルフィも幸運だった」
頭を上げ、バルドルに密着するように座っている娘を見て、優しい目をしていた。
「本当はもっとゆっくりと話したかったのだがね」
「構いません」
本来は立場的に会うことすら難しい人なのだから。むしろ、感謝のために時間を設けてもらっていることに、若干の忍びなさを感じていた。
「さて、本題に入ろう。助けてくれたお礼だ、というのは冷たいからね、感謝に何でも一つだけ願いを聞いてあげよう」
お礼をすることでバルドルとの関係性をゼロにするのは……というニュアンスだろう。それは今後も付き合っていきたいという言葉のように思えた。
「願い、ですか」
脳裏に過ぎったのは装備だ。
彼は未だに戦闘する時は制服で、片方は拳銃だ。ユニの装備は全て教会の良い物で、魔族の襲撃が起きたためエルトリーアも宝物庫の装備を取り出してくるだろう。つまり、一人だけ装備レベルが一丁の魔法銃を除いて、見劣りしてしまう。
……だが、彼の心にあったのは、
(装備はダメだ。欲しいは欲しいけど、いずれ手に入る物じゃダメだ。それに、どんな装備をつけていても、魔族を相手にした時、それは意味をなさない可用性がある。なら……)
確実に自分の力になり、なおかつどんな相手にも必ず有効になる物を欲した。それは、
「──状態異常系魔法の魔導書を、お願いできますか」
彼が強くなるために必要な、新たな魔法だった。
あの後、バルドルの願いを承諾したクロードとは、生憎と時間切れということでお別れとなった。状態異常系魔法の魔導書は現在クリエル商会にはなく、手に入るまでは待っていて欲しいという話になった。当然だろうとバルドルも頷いた。そして、その内容を契約書に記し、必ず手に入れると約束してくれた。そこは流石ミルミゼ家といった所だ。受けた恩は必ず返す精神性にバルドルも気持ちの良いものを覚え、未だに頬を赤く染めているミルフィと一緒にクリエル商会を後にした。
「あ、あのね、バルドル君!」
「ん? どうしたの?」
ミルフィはバルドルの顔を見ると声を上ずらせてしまうが、何とか自分の言いたいことを伝えに行った。
「今のはお父さんの感謝で、だからその……今度は私の番だから! もうちょっとだけ時間、いいかな?」
詰め寄るように顔を寄せながら見上げた。
すると、バルドルはいたずらっぽく笑った。
「元々どこかに行きたかったのは知ってる。だから、案内を頼める?」
スッとミルフィの手に自分の手を重ねながら、ミルフィの反応を楽しむようにバルドルは微笑む。
「ふぇ、あぅ……」
刺激が強すぎたようで目を回し始めた。
バルドルはお構いなしに優しく手を握りながら、「案内、頼める?」と小さく囁くように尋ねた。
「んぅ、分かった。あ、案内するよ」
茹だったような真っ赤な表情で、フラフラとした足取りでミルフィは前に歩き出す。その様子にバルドルは小説のワンシーンを思い出しながら「やり過ぎたかな?」と反省し、とある喫茶店の中に入った。
その一席についた所で、バルドルの手が離れ、ようやくミルフィは正気に戻り、「〜〜〜〜〜〜!!」と目を閉じてめちゃくちゃ恥ずかしそうな反応を見せていた。
そしてひとしきり恥ずかしがると、
「もう! もう! バルドル君のバカ! 変態! 女たらし!」
小動物が威嚇するように、頬をぷくーっと膨らませ、小突きたいが手を出すと嫌われるかも、と考えて、どうしようもできない状況に大声を上げるしかできなかった。
「ふっ、可愛い」
思わず吹き出し、ペットのような可愛らしさに呟いた。
すると、「なっ!」と見る見る内に顔は紅潮していき、怒りの気持ちは萎んだが、すぐにそのことを自覚して、
「ご、誤魔化されないからね!」
「はいはい」
「もうっ」
余裕の笑みを称える少年に、何を言っても負けるビジョンが見えた少女は仕方ないと可愛い唇を尖らせ、二人の状況を伺い、冷静になると注文を受け取りに来た店員さんに注文する。
「俺のは?」
「バルドル君の分も私が勝手に頼んだから!」
「そっか」
バルドルは初めからミルフィのオススメの店だから、彼女に選んでもらった方が有り難いのだが、気を良くしたミルフィに言うのは無粋だろうと口を閉じることにした。
そして、しばらくして二人の前に注文の品が運ばれてきた。それは、
「ホットケーキか」
「パンケーキだよ!」
「「……え?」」
二人のどちらとも言えるお菓子だった。
「パンケーキ?」
「もしかしてバルドル君は知らないの? 最近ではパンケーキって言うんだよ」
「へぇ」
パンケーキは三段重なり、ふわふわのクリームが塗られていて、ミルフィとバルドルのはそれぞれ違った。バルドルの前にあるのは、ブルーベリーのクリームを使ったパンケーキで、ミルフィのはイチゴクリームを使ったパンケーキだった。
クリームに使われた果物がパンケーキの上には乗っていて、とても甘くて美味しそうだった。
早速二人はナイフで切り分け、フォークを用いて、クリームたっぷりのパンケーキを頂いた。
「美味しいっ!」
「美味いな」
率直な感想を上げ、遠くで二人を眺めていた店員さん達は嬉しそうにしていた。ミルフィも自分の好きな物がバルドルにも気に入ってもらえたことに、満足そうに頬を緩ませていた。
「ふふ」
「?」
「何でもないよ」
その後は言葉数少なくなったが、ミルフィは楽しそうにバルドルを見ていた。その様子に何か勘違いしたのか、
「俺のも欲しいのか?」
と、パンケーキを刺したフォークをミルフィに差し出した。
「え、や……あー」
初めは否定しようとしたが、そのフォークを見つめると何かに気づき、迷いが心の中に生まれた。そして、
「ん、欲しい」
そう頷いてしまった。
「ほら」
「〜〜あむっ」
そのパンケーキは何故か、いつもより甘く感じた。
パンケーキを食べ終わった二人は紅茶を飲み落ち着く。
(そう言えばあのことをお願いできないかな……?)
ふとバルドルはミルフィなら適任かと気づき、ある話を切り出した。
「実は相談が──」
「乗るよ! 何でも相談して!」
「……ああ。再来月に学園祭があるだろう? その準備を来月から始めるわけだが……恥ずかしい話、俺はクラスメートの殆どと仲良くなれていないのが現状だ」
「あーそう、だね」
「だから、俺とクラスメートの仲を取り持ってほしいんだ。最低限、話はできるくらいに」
「いいけど……その代わり、一つだけ約束してくれない」
「何だ?」
「それはね──」
そして、バルドルはミルフィの約束に承諾すると、二人は解散することにして、家に帰るのだった。
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