第14話 攻略開始



 ──美しい緑の芝生がどこまでも続いているような草原が広がっていた。


 太陽は登っていないのに、陽の光が指しているようにダンジョン内は明るく、そして温かかった。


 草原を吹き抜ける風が夏の季節を予感させ、バルドル達は自然と足を止めていた。


 神造迷宮ユナイトは人が神に至るための試練である。そのため、入口の通路を進み、ダンジョン内に入ると、他の人が近くにいない場所に出る仕組みになっている。


 エルトリーアは馴染みのない牧歌的な光景に魅入っていた。ユニは久しく見る風景のようで、優しい顔つきになっている。


 バルドルは景色を楽しむことはできため、領域の範囲を最大に拡張させ、本当に人が感知できないことに目を見張った。


(魔物はいる。そして、次の階層に降りるための場所は不明、か)


 シンがダンジョン攻略で勝負を挑んだ理由はここだろう。スタート地点はバラバラで、次の階層に降りるための階段なども沢山ある。


 ダンジョン攻略に経験のある先輩がいたら、今までの経験則から階段の場所に見当がつくはずだ。勿論、神々の試練場は甘くないので宛が外れることはある。だが、経験がないのとあるのでは、ある方が圧倒的に有利な状況に変わりはない。


「二人共、景色を楽しんだなら行くよ」


「はーい」


「分かりました」


 パーティーのリーダーはバルドルだ。


 二人に声をかけ攻略を開始する。


 バルドル達の方針は魔物を狩りながらバルドルの広範囲領域展開によって、次階層への入り口を探す、だ。入り口というのは、次の階層に降りる手段が幾つかあるからだ。


 普通の物は階段。特殊な物は階層フィールドによって変化し、草原の場合は芝生のトンネル(滑り台のように斜めってる)、の穴が空いている。


 魔物を狩るのは次の階層に行くには、階層にいる魔物を5種類倒す必要があるからだ。


 神々の試練場のため、幾つかの特殊法則ルールが存在する。例えば、神造迷宮ユナイトは生涯の内に一年分の時間しか攻略できない。要するに、制限時間(一年分=8760時間)を越えると、神造迷宮に挑戦する資格を失うのだ。


「ねぇ、ちゃんと魔物がいる方に向かっているのよね?」


 自分の領域内に魔物がいないため、不安になり尋ねたようだ。


「うん」


 頷きを返すが半信半疑と言った面持ちだ。


 実際、バルドルの領域範囲は学生のレベルを越えている。それ故に、始め方針を聞かされた時、領域の範囲を知ったエルトリーアとユニは驚愕したほどだ。


「変態ね」


「変態です」


 と仲良く称賛(罵倒?)された。


「本当にいました」


「いたわね」


 そして、バルドルが向かう方角に2種類の魔物がいた。


 水色の粘液が綺麗な球体となり、地面をボヨンボヨンと跳ねて移動している魔物、スライム。


 角が丸い四角をした濃い青色の弾力生物、地面をコロコロ転がり、ぐるぐるした目を持つ魔物、スラグミ。


「か、可愛いわ……!」


「可愛いです……!」


 感性が似ているようで、二匹の魔物に目を輝かせた。


 瞬間、空気を裂く魔力弾の音が2回鳴り、スライムとスラグミを生命たらしめている心臓部、魔石を貫き絶命させた。


「「あっ……」」


 二人が何とも言えない顔をする中で、二匹の魔物の死骸は魔素になり散った。スライムの死骸の後には小さな魔石、スラグミの死骸の後にはスラグミのグミが残されていた。


「どうしたの?」


 バルドルは硬直する二人に首を傾げると、魔石とグミを拾い上げた。


「この悪魔!」


「バルト君の鬼!」


「え? いや何で……?」


 敵性存在を見つけ次第始末しただけなのに怒られる。その理不尽の理由を知り、男子と女子の価値観の違いを学ぶバルドルであった。


(あれって可愛い見た目なんだ……?)


 バルドルにとって可愛いの象徴は妹シスカだ。精神年齢的にもスライムとスラグミの可愛さを理解するのはまだ早かったようだ。


「あ、エル。これ入れといて」


「りょーかい」


 魔石とスラグミを渡し、エルトリーアが持っている空間拡張バッグに収納する。エルトリーアの私物は多く、『Eldorado』に運び込むため空間拡張の効果を持つバッグが使われていた。と言っても容量はそこまで大きくない。


 勿論、戦闘中は地面に置いておく。


「そう言えば、ミルミゼ先生の薬はいいの?」


「うっ……」


 苦い顔をすると、聞きたくないというように耳を塞ぐ。


「第一層の魔物なら僕達でも十分だから、エルは自分のことをやらないとね」


「はい……」


 バッグから水色の液体が入った瓶を取り出す。薬には二種類ある。自然物を調合した「魔薬まぐすり」と、錬金術によって作られ魔法的な効果を発揮する「魔法薬ポーション」だ。


 エルトリーアが受け取ったのはシエスタお手製の魔法薬ポーションらしい。効果は作った本人も忘れていると聞かされている。


 バルドルとユニが見守る中、儀式場を作り上げ《竜化ドラゴン・フォース》を発動すると、ぐいっと一気に飲み干した。


 水のように滑らかな喉越しだった。味がないだげに逆にこれから起きる状態が予測できなくて恐怖する。


 直後、ドクンッ! と心臓が高鳴り、血が熱を持ったように熱くなる。


 内側からの影響は結構効くので、早速効果が現れ始める。


「はぁ、はぁ、何っなのよ、コレ……!」


 汚らわしい肉欲が湧き上がってきた。


 股に熱が集まっていき、息が上がり、瞳が潤んでいく。


 上気した頬は不思議としっとりとした質感になり、エルトリーアの体臭に怪し気なフェロモンが交じる。


(もしかして、媚薬!? 生徒になんてもの渡してんのよ!?)


 当たりをつけながら、エルトリーアは体を抱くように手を動かし、堪えるようにするが目は自然とバルドルの方に向かっていて……。


「ほら、行きますよ」


 その視線を遮るようにユニが立ち、足を止めたエルトリーアの手を引いて連れて行く。


 バルドルはエルトリーアの状態は自分がやったのと同じだと理解しているが、具体的にどんな状態か理解していない。むしろ良い気分になるから当たりなのでは? と考えるバルドルは、二人の友情とエルトリーアの状態に良かった良かったと心を読む人がいたなら「鬼畜の所業」と断じることを思っていた。


 ……だが、ユニの行動は友情とは違った。


「ふふ、良かったですね」


「っ!? アンタね」


「気持ちいいのでしょ?」


「そ、それは……!」


 バルドルがいる手前、性知識に関する情報を出すわけにはいかなかった。シスカから二人は注意されたことがある。バルドルが万が一そういう興味を持った時、責任を取れないならバラすな、と。


「こ、この! 王女である私にそんな物言い、本来なら極刑モノよ!」


「ここにいるのは私達だけです。エルトリーアさんが何かを言ったとしても、私とバルト君が無罪といえば白です。それにそのお薬のことをバラしたら、ミルミゼ先生の方にも問題が行きますよ」


 貴重な高位魔道士をこんな下らないことで退職させるのは馬鹿のすることだ。要するに、エルトリーアは訴えることができない。


「ユニの馬鹿。聖女の皮を被った悪魔!」


「え? 何を言ってるんですか? 王女様なのに自分から制服を燃やした露出狂さん」


「そ、それは言っちゃ駄目でしょうが!」


 二人の会話をバルドルは姦しい女子女子した話題だと決めつけ、次の魔物に向かって進んだ。


 数十秒後、新たな魔物を見つけた。


 草原の草を刈り取り球状にしたような草の球体、リーフマンが這っていた。足はないが自分の草を操作できるため、足と腕のように使い移動していた。


 それは生後数ヶ月の赤ん坊が頑張ってハイハイしているような愛らしさがあり──魔法銃を瞬で抜いたバルドルの腕にユニが飛びかかった。


「待ってくださーい!!」


「あっ」


 しかし既に引き金を引いていた。


 照準がズレたので領域で視て狙った魔石ではなく、腕のような草を穿ち、リーフマンは移動に失敗してコロンと転けた。


「ば、バルト君ダメです。あんな可愛い子をやっつけようとするなんて……!」


「え? いやでも、この階層の魔物は希少種と徘徊者ワンダラーを合わせて6種しか魔物がいないんだよ?」


「そ、それは……!」


 ユニは見た。


 新しい草の腕を生やし、必死に進むのを再開しようとするリーフマンを。


 悲恋となった聖女のように崩れ落ちながら、ユニは懺悔するように手を合わせる。


「神よ、どうしてこのような酷い試練を最初に持ってくるのですか……!」


 教会の教えか様になっている動作だった。


「……ごめんユニ。僕は僕のために、リーフマンを倒すよ」


 多少の罪悪感は抱いたが、目的のために大事なものを間違えるつもりはなかった。


 そうして覚悟を決める時間の間に、リーフマンは動き始め、バルドル達を認識したので攻撃に出た。


 体の草を鞭のような形態に変化させ、ヒュンッと薙ぎ払った。


(早いっ!?)


 舐めていたわけではない。


 だが、人が振るった時と大差のない速度は流石魔物と感じざるを得ない。


 草鞭が向かう先はユニだった。


 バルドルはユニの前に立ちながら、咄嗟に魔法銃を構えて草鞭を受け止める。と、背後のユニから怖気が立つような冷気が発せられ、背筋を震わせた。


「ゆ、ユニ……?」


「バルト君、私は間違えていました。本当に大切な人のためなら、情は捨てるべきだ、と」


 バルドルは今ほど目が見えなくて良かったと感じたことはない。


 ユニの表情に変化はないが、彼女の目は瞳孔が開き、病んだ表情かおになっていた。急激な変化に纏う空気が切り替わる。


「《ルークス》」


 光速の線が走った。


 バルドルが光を認識した時には全て終わっていた。


 リーフマンの体の隙間を通り抜けた光の線は内部を蹂躙し魔石を破壊した。


「は?」


 率直な感想。


 ──エルより早くない?


 普通に領域で追うことすらできなかった。


 まず、詠唱に用いられた単語に聞き覚えがなかった。単語が分からないということは、いつ詠唱が終わるのか予想することができない。


 次に魔法陣の形だ。これは買い物の内容を伝えるための物……という説は置いておいて、現実を改変する術式というのが一般的に浸透している知識である。幾何学模様と複数のルーン言語で構成された魔法陣。……その形とルーン言語から無詠唱であろうと魔法の効果を予測することはできる。更に魔法陣の色は属性を表し、目が見える人は赤色の魔法陣を見ると火属性魔法が来る、と分かる。だが、ユニの魔法陣は初めて見る色と形、言語だった。そして魔力を対価に魔法が発動するまでのスピードが今まで視て来たどの魔法より何倍も早かった。


「今のは……?」


「あ……」


 ユニと顔を合わせる。


 すると、如何にもやらかしてしまったと焦り顔を浮かべるユニがいた。


 バルドルは分かりやすいなと苦笑して、優しい顔で笑いかけた。


「秘密、だよね」


「っ、はい。秘密、です」


 今のは特殊な才能による力だと理解しつつも、具体的な効果を聞くことはしない。その才能は知られると危険なことに繋がりかねない。


 バルドルの〈魅了の魔眼〉みたいに、とはならないが、聖女関係の才能となると、魔族絡みで厄介なことになるからだ。


 そして、ユニは気を取り直し「ありがとうございます」と頬を染めながら礼を言うと、リーフマンの魔石を拾いに行った。


 エルトリーアに収納を頼もうとして、「あっ」と見てしまった。


「ゆ、ユニ〜〜〜〜」


 地面に倒れて草まみれになった顔を上げたエルトリーアは、発情に対する耐性が媚薬に勝ったようで、ゆらりと起き上がり始めていた。


「えっと、その……魔石いります?」


「いるかーーーーー!」


「ひゃっ! ちょ、くすぐらないでください! や、やめ、やめて〜〜〜〜〜〜!!」


 尊い光景に安らぎを感じ、しばらくすると「行くよ」と声をかけてじゃれ合いを止めさせ、ダンジョン攻略を再開するのだった。


 その後は魔法薬ポーションを飲んだエルトリーアが憤怒状態になり、鬱憤が溜まっていたこともあり残りの3種の魔物を倒し、見た目が可愛いため冷静になると凄く落ち込むという事態がありながら、三人はダンジョンを攻略していった。


 残り3種の魔物の内、一匹は希少種という見つけるのに時間がかかる魔物だったが、マジギレエルトリーアの速度の前には数分もかからず補足され瞬殺された。


 そうして時間が過ぎていき、一時間経った頃、バルドル達は次の階層へ向かうための穴を見つけた。



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