第13話 神造迷宮/未来選択
◇ ◇ ◇
神造迷宮。
下界に神々がいた神話の時代に、一人の男がある女神に恋をしてしまった。しかし、神と人の子の間に子供が授かることはない。それは世界の理で、故に神々も良い顔はしなかった。
神は神と、人の子は人の子と。
猫科に
だが、何事にも例外はあった。
神と人の子は格以外は似ていたのだ。
何者よりも強き肉体、全てを見通すような眼、気高き精神、不屈の心、そして神さえも魅了する美貌を持っていた。
似た者同士、一人と
神々は別に悪しき存在ではない。例外は付き物だと、世界の理に逆らえるように、人の身で神となれる試練場を創造した。
──それこそが始まりのダンジョン『神造迷宮ユナイト』。
エルトリーアはユニに最古の恋愛小説と呼ばれている「
「素敵です……!」
「そうよね! この恋愛小説から身分違いの恋物語が増えて行ったと言われているくらいだし」
女子らしい話題で盛り上がる二人にバルドルは優しい顔つきになる。水と油のような関係だと思っていたが、意外と上手く行っているようだ。
「へぇー、ということはエルトリーアさんは平民の方と恋がしたいと仰るのですね」
「ふ、ユニは何も分かっていないわね。バルが何故この学園に来たのかを……!」
「確かシスカが……っ!!」
……少し不穏な気配がしたので、美しい記憶は美しいままにと、バルドルは領域の範囲から二人を除外し、前に意識を集中させた。
(それにしても、シスカ、か……随分と仲良くなっているみたいで良かった)
バルドルはシスカに話しに行ったことが何度もあるが、その度に冷たくあしらわれている。昔みたいな笑顔が見たいのに見せてくれないのにもどかしく思っていたが、自分の知らない所で友達と名前呼びをする関係になれたのなら、楽しくやっているだろうと考えれば胸が温かくなって満足だ。
(噂には聞いてたけど、実際に見ると凄い)
彼の前に広がっていたのは、活気ある場所、通称「迷宮区」と呼ばれている、学園にある一つのエリアだった。
魔法学園アドミスの敷地は広い。
教育に必要な各設備が充実し、複数の訓練場があるためだ。何より、学園にダンジョンが存在しているのが大きい。
ダンジョン周辺にはダンジョンに必要なものを売っている店が建ち並び、怪我人を運ぶ医療施設、風紀委員会の下部組織の一つ救護委員会の施設がある。
ダンジョンで獲得した品物を売買できる店舗や、ダンジョン産の食材を使った屋台まで建てられている。
そして数えるのも億劫になる生徒の数々。バルドル達と同じくダンジョン攻略をする人達だ。普通は身近にダンジョンの知識を持っている王族などいないため、バルドルと同じ学年の特に普通科の生徒は部活動に入り、先輩方に指導してもらいながら攻略する。そのため、一年生を何人かと上級生のパーティーが多い。
また、服装は制服の人が大多数を占めるが、中にはダンジョン産の装備や自前の装備を纏っている物もいた。
ユニもその一人だ。
エルトリーアは
教会所属を示す意味もあり、格の高い「聖装」を身に纏っている。純白を貴重とした色合いで、魔法耐性、特に状態異常に高い耐性を誇る装備の一つだ。
首、腕、頭に聖遺物の
当のユニは価値が分かっていないようで、呑気な顔をしているが、エルトリーアとバルドルは心の中で戦々恐々としていたりする。
ともあれ、バルドル達は非常に目立っていた。
一昨日の決闘で二人を知った者が数多く存在し、そして元々話題になっていた「聖女」と噂されるユニ。特にユニは装備の質から「聖女」と公的に確定させたようなものだ。
「おいあれって……」
「ああ、新しく生徒会に入った『魅了』バルドル=アイゼンに、一年生
「さんを付けろ、さんを。もしかしたら教会に処刑されるかもしれないぞ」
「ああ、無論だ。だが、我らには新たな希望の星々がいる!」
「そうだ。俺達は見たんだ! 普通科のシンがあのいけ好かない第1位に挑戦した所を!」
その時、バルドル達が歩む道とは別の道から、シン率いるパーティーが姿を表した。
事情を知る者達はざわめき出す。
「あ、あれは……!?」
「噂をすればなんとやらというやつだな! 普通科希望の星、
「その隣は上級生、しかも三年生『普通科ダンジョン攻略隊』の奴らが二人もいるぞ!」
「普通科で構成されたダンジョン攻略の部活動におけるトップの一角。まさかシンは既に入部を……! 筋骨隆々なあの男は『怪力』ダクマール、隣りにいるのは小さな体に豊富な知識を備えた斥候のルス、そして普通科の中で一番の魔法の腕を誇ると言われている引きこもり、『暗澹』のベラーゼだと!」
場の空気が最高潮に達する。バルドル達を囲い始め、祭り騒ぎと化した。野次馬が出来上がる中で、バルドルとシンは互いを認識し足を止める。
「やあ、シン君。随分と強そうな先輩を連れてきたね」
生徒会の人間として堂々とした振る舞いを見せ、朗らかに手を上げ挨拶をする。
シンはいきなりの遭遇に上手く言葉が出てこないようだ。だが、シンを盾に隠れるシアがシンの肩を叩くと、目が覚めたように覚悟が決まった顔つきに変わる。
「ああ、先輩達は俺の心意気を勝ってれくれた。だから! 俺はその期待に応えなければならない!」
自分を追い込むように大勢の前で宣言する。
「皆は言う! 普通科は特殊科の生徒に勝てないと! それは一年対三年でも同じだろうと! だから、俺達はお前達に勝負を挑む!!」
普通科一年第10位、シン、普通科一年第7位、シア、普通科二年第8位、ルス、普通科三年第9位、ダグマール、普通科三年第6位、ベラーゼ。
「普通科でも特殊科に勝てると! お前達に勝ちそれを証明する! その暁には第1位バルドル=アイゼン! お前に
ビシッとバルドル達を指差し、宣言を終えた。
おぉー! と普通科の生徒は爆発的な盛り上がりを見せ、魔法科と特殊科の生徒はバルドル達を応援し始める。
当然、特殊科と魔法科の中にもシン達を応援する声がある。声援の総数は圧倒的にシン達の方が多かった。
完全に場をシンが支配した。
──はずだった。
「シン君、君はもう少し周りを見た方がいい」
「何?」
「
シンの指先がブレ、そちらに視線を向けると、エルトリーアがいた。
「……」
シンと静まり返る。
今の「お前達」にエルトリーアを含むということは、王族相手に敬語も使わずに好き勝手言ったということだ。
「君の目指す最強はどうやら、品性というのを忘れているようだ。俺への挑戦、結構。特殊科への挑戦、結構。最強への宣言、結構。が──普通科が特殊科に勝つ? 妄言は止せ。失笑にすらなりはしない」
バルドルは断言する。同時に彼は狙い通り自分に敵意が向けられるのを感じる。
「君達普通科が特殊科に勝る点は何だ? 魔法? 勉強? 実績? ──全て劣っているからそこにいるのだろう? そして我々特殊科の生徒は、その殆どが幼少の頃から強くなるべく教育させられている。その努力に比べ、君達はどうだ?」
特殊科の生徒は子供の頃から最高の教育を施される。それは場合によっては過酷なものだ。
「っ──!! 何も知らない癖に……!!」
シンの逆鱗に触れたようで叫ぶ。
だが、冷静に告げてやる。
「ああ、それで? 君は俺の何を知っている?」
「──っ」
空気が凍りつくようだ。
バルドル=アイゼンの噂はこの場にいる誰もが知っている。
曰くアイゼン家の「出来損ない」。
曰く廃嫡された長男。
曰く〈魅了の魔眼〉を持った淫魔。
曰く父親に目を抉られた。
その他にも数々の噂がある。それだけの暗く重く直視するだけで気分が重くなるバルドルの過去の数々に、彼ら彼女らは息を呑む。
「好きなだけ怒れ、吠えろ、喚け。だが
普通科の生徒だけではなく、魔法科、ともすれば同じ特殊科の生徒にまで心に衝撃を残し、バルドル達は身を翻し一足先にダンジョンに向かった。
その際にシン達を見ると、普通科の総代シアがシンの体を遮蔽物に使い顔だけを伸ばし、バルドルを敵視するように見つめてきた。
「……?」
嫌われる覚悟はしていたが、どうやら敵意の種類が違った。
バルドルは生徒会に所属するに当たり、生徒の模範になるように務めるつもりだった。だが、それだけだとレオンハルトを越えられる気がしなかった。
レオンハルトは模範を完璧にこなした例のような存在だった。
だからバルドルは方向性を変えることにした。徹底的に嫌われ者になり、自分に注目の目を集め、そして実力によって反対意見を捻じ伏せると。
生徒会選挙の票は勿論自由だ。
その時、嫌われていたら投票されない可能性もある。しかし逆に言えば、嫌いだから別の誰かに投票した場合、必ずバルドルを意識するはずだ。
別にバルドルは嫌われ者になるからと言って、様々なことに手を抜いたり不正するわけではない。注目を集める手段として嫌われ者を取っただけだ。
つまり、完全完璧に、客観的に他の生徒会長候補と実力の差を見せつけた状態で、もしもバルドルが生徒会長にならなかったら? それを想像した時、生徒はどう思うだろう。
そもそも前提として、生徒会長に立候補する人はバルドルに勝つつもりだ。だが、実力的にバルドルに劣るのに勝負を挑める者は少数だ。
更に前提としてバルドルと生徒会長争いを可能としている生徒は、
一年第1位、バルドル=アイゼン。
一年第2位、エルトリーア=ナイトアハト。
一年第3位、シスカ=アイゼン。
シスカは風紀委員会の次の次の風紀委員長候補なので除外される。要するに、バルドルとエルトリーアが最有力候補だ。
バルドルはエルトリーアにも容赦するつもりはないが……ともかく、上位三位未満の者は格が落ちるとされている。
そんな人が生徒会長になった日には、魔法学園アドミスの評判に繋がりかねない。生徒会執行部は学園の顔だ。最強でない者がそこにいる。
バルドル以外に投票する時、そのことを考えた生徒はどう思うだろう? 嫌いだからと個人を優先した結果、学園全体の評判を落とす。それを実感したら、あまりの重さに苦しむことになるだろう。更に言えば、生徒会執行部のザックが魔法科のイリスが時期生徒会長になるため箔付けの意味で入った。要するに、学園側は問題なくとも、学園と繋がっている国側は見栄えを重視するはずだ。
要するに、下手な選択をしたらと権力が働く。
結果、バルドル以外の生徒会長候補者に投票するのは一般人の心臓的にはよろしくない、偉い家の人達は権力が働いてバルドルに投票。
最大の敵はエルトリーアだが、実を言えばバルドルはレオンハルトに勝つためにエルトリーアを仮想レオンハルトにして、戦うのを楽しみにしていたりする。
そのための作戦はあるが、生徒会長選挙の話はだいぶ先になるので、閑話休題。
兎にも角にも、バルドルは先を見据えた結果、特に注目を集めるという点において、自分の立ち位置を活かすことに決め、実行に移したのだ。
生徒手帳をある魔道具に翳し、首席の魔力と判断されたことで列をスキップしたバルドル一行はダンジョンに入った。人の目がなくなると、ユニとエルトリーアは何か言いたそうにバルドルを見つめる。
「バルト君、さっきのは何ですか?」
「私も気になったわ。わざと挑発するような真似をして、本当に良かったの?」
どうやら心配してくれているようだ。
「ああ、僕のためには必要なことだったんだよ」
生徒会長になるために必要だとは語らなかった。エルトリーアがいる前で話してしまうと、気を使わせてしまうからだ。
バルドルが方向性を変えた理由の一つがエルトリーアの存在だからだ。兄レオンハルトの存在、王女という名声、ファンクラブ。エルトリーア=ナイトアハトという少女は良い意味で注目の的だった。
その噂と自分の噂を比べた時、バルドルはどう頑張ってもその路線で行くと、最終的に人気という点でエルトリーアに負ける気がした。
現実的に考え、エルトリーア以上の注目を集めるためにと頭を悩ませた選んだのが、レオンハルトが語った嫌われ者としての自分を活かしたものだった。
確かに人に嫌われるのは心苦しい。だが、自分が夢中になれる挑戦を見つけたからには、そちらを優先したかった。
だから、彼には迷いがなかった。
(──もう、友達はいるしね)
心配してくれる
そんなバルドルを見つめる二人の少女は怪訝な表情になるが、話してくれないと分かるとはぁ、とため息を吐き諦めることにして、ダンジョンに集中する。
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