第12話 昼食会議





    ◇ ◇ ◇



 一限目、二限目、三限目、四限目の授業が終わり、昼休みの時間に突入する。鐘の音チャイム号令スタートに生徒達は席を立ち食堂棟へ向かっていく。


 特に今日は個人授業が一限目二限目と初回限定で連続で行われたので、腹を好かせた生徒達は我先にと心なし早歩きする。


 バルドルは三限目から魂が抜けたように会話が覚束ないユニの手を握り、食堂棟まで引いてあげる。


「エルは……」


 お世話係としてエルトリーアの姿を探すが、バルドルの脇腹をユニが抓ってきたので、それほどお腹が空いているのかと後で合流しようと先に向かうことにした。するとレディーのお腹を見つめ微笑んだバルドルに、「……デリカシー」と脇腹を抓る力を強めるユニだった。


「ん? エルは……どうして隠れてるんだと思う?」


 バルドル達に視線を注ぐエルトリーアの姿があった。物陰に身を潜めバルドル達を伺うが、領域を常時展開しているバルドルには丸見えだ。


「自分から何かを言うのが嫌なんだと思います。いえ、恥ずかしいんだと思います」


 頭が上手く回らない様子だ。


 そんなユニを見たバルドルは悪戯心が湧いてきた。


「ああ、そうだ。落ち着いたら話そうと思っていたんだけど、先にいいかな?」


「……はい、構いません」


 嫌な顔一つしないユニに失敗かなと若干の諦めを抱きつつ、もしかしたらと念の為話を続けることにした。


「もし良ければ、一緒にダンジョンを攻略してくれない?」


 前置きしたのは、ユニは教会に所属にしている仮想「聖女」だからだ。学園ダンジョンの場合、サポートや救出体制はあるが、万が一を考えたら教会側が許可しない可能性もある。


 だから、その提案にユニは頬に人差し指でトントンしながら、ん〜と唸る。


「急ですね。どうかしたんですか?」


「実は──」


 シンに挑戦されたことをユニに伝える。


 すると、回らない頭で何か思いついたユニは唐突に、ふいっとバルドルに背を向けた。


「どーしましょうかー」


 如何にも隠す気のない勿体振り方に、盗み見しているエルトリーアは「わっかりやす!」と正気を疑う目を向けた。


 対人会話の経験が少ないバルドルはユニの意図が読めず首を傾げる。


「都合が悪いなら無理に悩まなくても、そっちを優先していいよ」


「…………………………………………」


 天然発言が炸裂したユニは目をパチパチさせる。


「で、ですがバルト君、私知ってます」


 めげない姿にエルトリーアは拍手喝采を心の中で送った。


「ダンジョンは一人だと駄目だと聞きました。最低でも二人、片方が状態異常を治せるヒーラーならなお良いと聞きました!」


 学園ダンジョンは死者を出すわけには行かないので、最低でもニ名のパーティーを組む必要がある。それでも入場時には注意を受け、一定の階層までしか攻略の許可は降りない仕組みになっている。もしその階層を越えたモンスターの素材なんかを持っていた場合は停学処分になる。


 ユニの言葉には正当性があり、さり気なく「ヒーラー」の部分を強調することで私はどうですか、とアピールを行った。


 が、ユニはまだ知らない。


 目の前の天然男は既にお世話対象とパーティーを組んでいることに。


「え? そうだけど、実はエルとパーティーを組んだから、ダンジョンアタックはもうできるよ」


「え……?」


 聞き捨てならない発言だった。


 予想外の展開に回らない頭は本当に回らなくなる。


「それに僕とエルはどっちも状態異常に耐性があるから、ユニが心配しているようなことにはならないね」


 追撃の一手。


 しっかり頭が回っていたなら、非常識二人組の力から予想できていただろう。


 ユニは思いついた良いことが失敗したことと、知らない間にバルドルがエルトリーアとパーティーを組んでいたことを知り絶叫した。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 何でもうパーティー組んでるの!? 1位の人は2位の人と組むことはないって話だったのに!」


(わ、私の押して駄目なら引いて作戦が!)


 凄い目でバルドルを見つめ、問い質すようにぐいっと顔を寄せてきた。


「あは、あはははは」


「な、どうして笑うの!」


「いやだって、ユニが初めて素を見せてくれたから、つい」


 悪戯が成功した子供のように笑い声を上げるバルドルにそう指摘されると、「ぬあっ」と体をピンと伸ばす。


 聖女にあるましき振る舞い言動をしていたことを理解し、カァっと茹でたロブスターのように真っ赤に色付いた。


 その飴色の瞳に涙を浮かべ、ほっぺをぷくーっと膨らませる。


「むう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 バルドルと、物陰に潜むエルトリーアの方を睨んだ。


「もう、バルト君のせいですよ」


 二人は話している間に食堂に着き、昼食を頼むと席に座り待っていた。


 そして醜態を晒したことに怒り、見えないテーブルの下で可愛らしい足蹴りが飛んできた。


 ユニの素を引き出したことがやはり嬉しくて、甘んじて受け入れるバルドルだった。


 力が出ないユニはもちもちの頬をテーブルにつけ、だらしない体勢で不貞腐れる。


「バルト君にはしたないことをさせられたって教会に泣きついてやります」


「いやそれは本当にやめて下さい」


 暗殺される気配がした。


「もう、こんなはずじゃなかったのに……」


 ボソッと自分が恥ずかしい思いをしたことに不満を漏らす。


「それで、パーティーの件はどうかな?」


「承諾するしかないじゃないですか」


「何で?」


「ばか」


 また蹴られた。


 そしてユニは力を使い果たしたように昼食が出来上がるまで待ち、バルドルは未だに隠れているエルトリーアを呼びに行った。


「エル、一緒にご飯食べない?」


「仕方ないわね。バルがどうしてもって言うなら良いわよ」


「どうしても」


「じゃあご一緒させてもらうわ」


 このやり取りを流し見していたユニは、エルトリーアの構ってちゃんに「めんどくさっ」と素で呟いていた。


 丁度そのタイミングで料理が完成したので席に持ち帰る。バルドルはユニの分も運んであげた。


 食堂棟は全学年共通で使用でき、平民から王族の料理までラインナップが充実し、お金さえ払えば王族気分を味わえると定評のある食堂だ。


 バルドルが頼んだのはナイトアハト王国にない「蕎麦」という東の国の料理だ。この食堂には珍しい他国の食べ物が幾つか存在し、蕎麦もその一つだ。


 ユニの前には豪快なステーキが鎮座していた。目を輝かせ早速食べ始め、バルドルの方を見て「食べ盛りですから」と反応する。


 エルトリーアはバルドルと同じく他国の、更に高級料理を頼んでいた。その名も「お寿司」である。複数の魔法によって鮮度を保った海産物を先程捌いてもらったばかりで、美しい彩りのお寿司は非常に目を引いていた。


「それってもしかしてお寿司?」


「ふふん、そうよ。昔海のある国に行った時に食べて一目惚れしたの。かなり高くて、ウチの国だとマナー的にアウトだから、家では出なくてずっと食べたいって思ってたのよ」


「まあ、僕のと同じで箸を使って食べるからね」


 ユニはステーキで頬を膨らませ、二人の話が分からず首を傾げていた。


(私だけフォーク。別のやつにすれば良かったです)


 ユニのステーキ定食はステーキの他に麦飯と野菜スープが付いた全栄養をカバーした健康的なセットだ。定食には幾つか種類セットがあり、少し高くなるが麦飯が白米に変わるのもあったが(お箸もついてくる)、白米とはなんぞや? とユニは知らないため麦飯にしたのだ。


「では、頂きます」


「頂きます」


 二人も手を合わせ、命と食材の生産者と料理人に感謝を捧げ、料理を食べていく。


「私達はパーティーになったわけだけど、いつから攻略を始めるの?」


 バルドルに問いかけてから、あーん、とマグロのお寿司を食べる。


「んー!」


 頬に手を当てとろけるように緩ませる。


「シン君との勝負は全力で望むつもりだ。だから、今日からダンジョン攻略を開始したいと思っている」


 今朝レオンハルトとランニングの途中、ダンジョンの話を聞き、自分なりに情報を纏め、低階層ならば準備は必要ないと判断した。


「ユニはどうかな?」


 エルトリーアは大丈夫と置いておき、教会所属のユニに尋ねる。と、蕎麦を啜る。啜ると言っても音は出さないよう器用に啜る。


「んー……低階層なら事後承諾でも問題ないと思います。パーティーを組むのがお二方ですし、戦力的にも問題ないはずです」


「分かった。じゃあ今日からダンジョンに──」


「ちょ〜っと待った、私の意見は!?」


 次の話に移ろうとしたバルドルの声を遮り、エルトリーアが抗議の声を上げる。


「え? 行くでしょ?」


「いや、そのー……実は個人授業で課題を出されたのよ」


 その内容をバルドルに話していく。 


 エルトリーアの担当教師「錬金」のシエスタ=ミルミゼの方針は短所を潰しながら長所を伸ばす、といったものだそうだ。具体的にはエルトリーアがまだ身に着けていない耐性をつけるためシエスタお手製の怪しい薬を飲むことになり、その状態で《竜化(ドラゴン・フォース)》の第一段階まで使わせるという内容だ。


 しかも途中途中に嫌がらせに近い魔法攻撃が飛んでくるは、言葉による攻めを繰り返すはで散々だったと不満を垂れる。


「そして、あのクソ教師は言ったわ。これ明日までに試してきなさいって、怪しい薬を渡されたのよ。絶対に生徒を実験対象としか見てない類の教師よアレは!?」


「……つまり、エルと一緒にダンジョンに潜ると……」


「使い物にならないわ。耐性をつけるには竜化した方が効率いいし、耐えながら攻撃するのはちょっとね」


 最悪、乙女として終わる結果になりかねない。


 ユニの顔が華やいでいるのが気になるが仕方ないとエルトリーアは顔を俯かせる。


 そんなエルトリーアにかける言葉が見つからず、微妙な空気のまま二人は昼食を終える。二人はお盆を返しに行く。


 その時バルドルはあることに気づいてしまった。


「そう言えばエル、お寿司食べてたけど、お金大丈夫なの?」


「え? 何言ってるの?」


「今のエルって寮暮らしだから使えるお金に限りあるんじゃ?」


「………………………………………………………………………………………………………………………………っ」


 お盆を出した体勢で固まる。


 食堂の人が「ありがとうございまーす」とお盆を受け取り、エルトリーアの硬直が解けた。


「あ、ああぁ、ああああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 大音量の叫び声に耳を塞いだバルドルの前で、エルトリーアは気が狂ったかのように目を見開き取り乱す。


「完っ全に忘れてたわ! どうしよう! 私このままじゃ本当にバルにお世話されっぱなしじゃない……!」


「エル、声抑えて」


 はっと口元に手を当て、周囲を確認する。


 物凄い注目を集めていた。


 一生物の醜態に全身を火照らせる。


「お金ないの?」


「うぅ、ええ」


 荷物の中にあったのは自分の財布だけで、さっき全部使ってしまった。母親の顔を思い出し悟る。


「ダンジョン攻略、頑張りましょうか」


「そうだね」


 エルトリーアは自分はお世話になるこうなる運命だったとどこから遠い目をしながら、いつか絶対に母親に一泡吹かせてやる! と決意するのだった。


「──というわけで、私も行くことになったわ」


「へぇー」


 エルトリーアに白けた目を向けるユニ。


 不満を隠しもせずステーキをもぐもぐ食べる。ユニは蕎麦、お寿司だけの二人と違い結構量があるのでまだ食事中だ。


 その間にバルドルが得たダンジョンの情報を共有し、足りない部分や懸念点をエルトリーアが付け加えていく。


 すると、今度はユニが顔に陰りを見せ申し訳なさそうな表情になる。


「はぁ……」


「どうしたの?」


「エルトリーアさんは特異体質がありますし、正直昨日バルト君と戦った姿を見て、薬くらい何とかなりそうな気がしてるんです。そうなると、私は力が使えないですし……」


 ユニが気にしていることを理解する。


「気に病む必要はないよ」


「ですが……」


「ユニ、忘れているの? 僕も使えないんだよ」


「あっ……」


 同じだと安心させるように笑みを作る。


 ユニは自分の力をパーティーのために活かせないと心苦しく思っていたが、意外と身近に、というか力になりたい人も仲間だと知ったら、慰めてくれたことが嬉しくて温かくて、チョロいと分かっているのに……胸が高鳴ってしまった。


(〜〜っ! 私は淑女、私は聖女。きっと清らかな女性はチョロくない! 神聖かつ静謐な美しい女の子! 男の子は絶対にそーいうのが好きなんです! だからダメ、ニヤけちゃダメ!)


 軽い女だと思われたくないユニは必死に表情に力を入れることで頬の緩みを抑え、ステーキを口の中に放り込み咀嚼することで堪えた。



 そうして、ダンジョン攻略に対する懸念材料は消えていき、シンが率いるパーティーに勝つための計画プランをバルドルは伝えるのだった。


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