第32話 一進一退





「《身体強化・邪イビル・ブースト》」


「《劇毒強化ドーピング》」


 開幕早々、二人は身体強化のために魔法を使用した。


 マルクは劇毒の範囲外に向けて地面を蹴り、足元に展開した魔法陣から立ち寄る、邪悪な光を受け入れ、ニ歩目の蹴りで急速に加速する。


 魔物の獰猛さが表に出掛かり、思考に靄が生まれるが、自身の精神を弄っているマルクは、感情と思考、行動を切り離し、胸の所は熱いのに感情と思考は冷静というアンバランスな状態で大地を駆け抜ける。


 ユニの回復魔法を受けた体は、また3分間の時を耐えることができる。そんな完全肉体パーフェクト・ボディに、常人ならば一滴口の中に注げば、心臓の音が止まる劇毒を注入する。


 凶悪過ぎる毒薬は、自身の体内に生成という条件故に中級魔法に属し、皮膚が裂け血が弾け飛ぶような壮絶な痛みに肉体が痙攣し、その発作が過ぎれば、彼の魔力は常時昇華状態になり、身体能力と全感覚が人族の限界を超えて行使できる。


 鋭敏すぎる感覚だけはマルクに勝っている。そんなバルドルは魔法銃を目標に照準エイムして撃ち出した。


 銃の口から吐き出された魔力弾の行く末を眺めながら、彼の頭は凄まじいスピードで回転していた。


 疑問、何故マルクは毒竜を誘導することができたのか。


 〈誘導の魔眼〉は精神と行動に干渉する力を持つが、幾つかの工程を踏む必要がある。特に行動干渉は使い勝手が難しく、気持ちと行動が一緒になった時にしか使えない。要するに、旅行に行きたくない気持ちを50%以上にすることで、やっと旅行に行かせないような行動を取らせることができる。


 ユニの場合は細剣で喉を刺し、息が詰まる感覚を与え、窒息する、という気持ちを作り、増幅させることで窒息する気持ちを50%以上にし、実際に体を窒息させていった。


 シンがシアを殺そうとするのに快感を抱いたのは、「嫌だ、こんなことしたくない」と現実逃避する気持ちに干渉し、逃避先の中に存在した、小さい時に剣の訓練をして快感を得ていた気持ちを思い出させ、それを強めることで、といった醜悪具合だ。


 これが通常の〈誘導の魔眼〉だ。


 本来はそのように手順を踏む必要があり、そもそも感情など存在しない毒竜ヒュドラを誘導させることはできるはずがないのだ。


(関係があるとすれば、そこに攻撃するという人の意思が乗っているからだ)


 人の手による攻撃には、必ず感情意思が宿っている。


 それにより誘導できる余地が生まれた。そうバルドルは疑問に対する仮定をした。


 検証方法は、ならば人の意思が乗らない攻撃は誘導できるかどうか、というものだ。まず第一に、マルクは自然落下する毒液に反応を見せなかった。


 次にマルクは魔力弾を誘導しなかった。この先どうなるか、弾丸が描く軌道から読めるはずなのに、だ。人の手に依らない魔法は誘導できない可能性が生まれた。


 最後に魔法銃が照準エイムしたのは毒竜の残骸、その毒液の下部分だ。落下中の毒液の下に衝撃を与えることで、吹き飛ばす。


 その毒液みず飛沫は落下範囲外に逃げようとしていたマルクの視界に入り込む。


 三段階の意思がない攻撃だ。


 マルクは……誘導せずに躱して進んだ。


 確定的だ。誘導できるがあえてしなかった線もなくはないが、〈誘導の魔眼〉本来の効果と併せて考えると、仮説は正しいはずだ。


「ならばこちらも試させてもらおう。──《精神刈取ハーベスト・オブ・ハート》」


 相手にだけ情報を取られるのを嫌ったマルクが精神攻撃魔法を起動する。


 バルドルの魔眼には幾つもの逸話がある。


 国を滅ぼしかけた災厄の魔女が保有していた魔眼は、通常の魅了とは異なり、見た対象を全て骨抜きにしてしまう。


 例えば、視認不可能の距離から攻撃魔法が飛んできたとする。その魔法に〈魅了の魔眼〉を向けると、


 その実証が目の前でなされる。魔法陣から解き放たれた黒紫こくしの光を纏いし刃は、バルドルの精神を刈り取らんと空を薙ぎ払い、一定のラインを越えた瞬間、音もなく内部から魔素に戻り散っていった。


(あれ? そこで……?)


 魔眼の情報を思い出すバルドルの前で、マルクは分かっていたように嘆息すると、右手に細剣を携えて、大地を踏み締め加速する。


 急接近。


 それを見たバルドルは、思考を切り上げ、いつもより体がスムーズに動く感覚にテンションを上げながら魔法銃を構える。


える)


 視覚情報と領域情報、二つの情報を受け取るのは初めてのことだが、バルドルは両方を処理してもなお余裕があった。


 ここに来るまでに二度、殺し合いを制して来た彼の戦闘に対する感覚は今、極限まで研ぎ澄まされている。


 マルクの方が身体能力が圧倒的に高いにも関わらず、バルドルは反応することができた。


(──足に力が入った)


 マルクは踏み込み細剣を振るう。


 それに合わせるように魔法銃を盾にする。


「っ」


 フェイントだ。


 マルクは細剣を振ると見せかけ、その踏み込みは力を足裏に伝達させる行動で、一息に跳躍した。


 かなりの高さだ。


「ちょっとごめん」


「きゃっ。な、何を……!」


 ユニの腰に手を添え、視界内に入れないように回しながら、自分の上を飛び越えるマルクを見続け牽制する。


 バルドルが魔眼のとある性質を思い出したからだ。


「ほう、〈未来の魔眼〉の如き力だな」


 マルクの行動理由作戦はバルドルの魔眼を一瞬でも封じることにあった。


 魔眼は見た効果対象に影響を及ぼす魔法的な現象だ。この時、魔眼同士が見合った時はどうなるだろうか?


 領域のように互いを擦り抜ける?


 魔法のように衝突する?


 その知識は限定的マイナー過ぎて魔眼を持つバルドル自身も忘れていた。


 答えは魔眼の性質が同じ時だけ、衝突するのだ。


 魔眼は見ないと効果を発揮しない。これは簡単にすると、視界内の効果対象全てに無差別攻撃をしているようなものだ。この視界、効果範囲をエリアと呼ぶ。魔眼はそのエリアにいる対象に効果を与えるわけだが、このエリアは、性質が違うなら領域のように擦り抜ける一方、性質が同じ場合は衝突するのだ。


 魔法授業のように例えるなら、剣士は槍士に剣の勝負を挑まない。けど、剣士は剣士に剣の勝負を求める。今回の場合、魔眼はどちらも精神に影響を及ぼす魔眼だ。誘導も魅了も突き詰めれば洗脳ができる。これは今の例えにすると、長剣使いと短剣使いのようなものだと捉えてもらえれば分かるはずだ。


 魔眼にランクが存在するのもエリアがあるからだ。魔眼の威力はエリアに直結し、エリアを押し合い勝った方が相手に効果を及ぼす。


 今は拮抗している状況だ。


 それ故に、魔眼持ち同士この戦いは相手から目を逸らした方が負ける。


 マルクはバルドルを飛び越えることで、後ろにユニがいるならバルドルは背後を振り向くことができない、という感情を利用した作戦を展開していたのだ。


 だが、完全に読まれていた。


 フェイントは見た目上「攻撃魔法が通じず近距離での攻撃」と完璧だったのに、だ。これは情報通り、バルドル本人と領域の性能が非常に高性能であることが伺える。ならば、それも織り込み済みにすれば良いと口角を上げた。


 そして未だ対空中のマルクは、五の指先と掌から糸を生み出し槍のように形成し撃ち出した。


(っ、待て……!)


 無意識に先程と同じように魔法銃で受け止めようと動いた直後、槍糸の重量感に違和感を覚えた。


 背筋に悪寒が走った。


「あっ……!」


 ユニを掴み瞬時にバックステップを踏む。力が上がったお陰で楽に躱せた。その際に急だったからユニがマスクを落としたようだが、また買えばいいと思った。


 ユニの視線の先で、糸槍はマスクを巻き込み地面に当たり──刺さらずにくっついた。


「っ!?」


「本当に油断ならない」


 ユニが息を呑む傍ら、バルドルはより一層気を引き締めた。


 彼は微妙に糸が薄い感じがした。そこがバルドルの中で違和感になり引っかかったのだ。


 槍の糸が木に突き刺さった。普通、クモの糸と言えば相手を捕まえる粘性の糸を思い浮かべる。そう考えると、ユニの攻撃に用いた糸の方が特殊だ。


 マルクの行動は相手の「一度受け流せたから次もできる」という成功体験を利用した罠だったのだ。


 もしも槍糸を受け流そうとした場合、良くて魔法銃だけが使い物にならなくなり、最悪の場合は地面と足がくっつき体勢を変える間もなく、マルクに魔眼を向けられ敗北していた。そうして待ち受ける運命は死だ。


 先程の魔族とは違いすぎる頭の使った戦い方に、思わず冷や汗を流してしまう。


「《強化・麻痺爆弾パラライズ・エクスプロード》」


 魔力が昇華したお陰で、集中する必要なく上級クラスの魔法を使える。中級魔法の威力を強化し、マルクの落下予測地点に麻痺爆弾を撃ち出す。


(ユニが誘導される心配はしなくていいか……)


 少なくとも〈魅了の魔眼〉と〈誘導の魔眼〉複眼バージョン+契約超越効果ランクアップのエリアは拮抗している。エリアと言われているように、一定のラインで衝突しているため、バルドルの背後にいる限りは誘導の効果はないようだ。


 そんな思考を過ぎらせながら、麻痺爆弾の軌道を観察するように見つめる。と、麻痺爆弾はマルクに届く前に急速に降下する。


「《土糸串刺アース・スキュアー》」


 麻痺爆弾に手を翳し、幾つもの糸を生み出し魔法を宣言。その糸は土属性の魔力光を帯び、麻痺爆弾を貫き地面に突き刺さった。


 起爆し麻痺の雷が発生するが、その時にはマルクの視界エリアに入り麻痺の雷は彼を避けて迸った。


 そして地面に着地し二人は向かい合う。


 その間、


 それこそ、複眼の一つも揺らすことなく。


 異常だと感じた。


 一度もユニに視線を向けなかった。


 ここで思い出したのは、〈誘導の魔眼〉は見た分だけ誘導できるという点だ。


 魔眼のエリアは目の一つ一つが持っている。要するに、〈誘導の魔眼〉はエリアが重なるほどに効果が重複する仕組みだ。


 それはつまり、複眼の眼を全てバルドルに向けねば、〈魅了の魔眼〉に対抗できないということだ。


 勝利条件が見えた。


 マルクの魔眼を一つでも封じることができれば、拮抗を崩すことができる。


(こっちには視界を防ぐのに持って来いのユニがいる)


 先程から何もしていない子に働いてもらう時が来たと、ユニに指示を出す。


「ユニ、光で攻撃を!」


「っ! はい!」


 ユニは身体能力的に二人の戦闘にはついていけてない。だから予め、五感、視力のみに絞った《身体強化・視覚フィジカル・ブースト》を発動していた。そうすることで何とか動きを見て、彼女を聖女たらしめている力を行使する。


「チッ」


 ずっと開いていた目は乾燥し始め、ユニへの指示を聞いた瞬間、林という地形を活かすべく木に滑り込んだ。


 ユニが放った光は木に防がれた。


 光の攻撃は最速だが軽いという弱点があるので仕方ない。バルドルはそう割り切ると、閉じた目を開いた。


 マルクが木に潜み、考える時間が生まれる。シンとシアは目が覚めた様子だが、魔眼の効果を知っているだけに茂みに隠れ身を潜めている。


(魔女の逸話はどこまで正しいのか分からないけど、魔法は無効化できた。なら……)


 国を滅ぼしかけた一人の魔女、その逸話に記された攻撃を開始する。


「捕らえろ!」


「っ!?」


 全生命はバルドルの味方をする。


 木々が独りでに動き始め、マルクに枝を伸ばした。咄嗟に魔眼を向けるが、向けた逆方向、すなわちエリアから外した木が今度は命を吹き込まれたように彼を捕獲せんと枝を縄のようにしなやかに振るった。


 が、魅了の影響を受けた木は魔力を帯びているので、バルドル同様に領域を展開しているマルクは全てを先読みして回避する。相当に神経を使う作業に少しも気を休めることができないと歯噛みする。


 瞬間、そんなマルクを追い詰めるようにバルドルが魔法を使った。毒竜がマルクの視界の外側から急接近してくる。


 更にバルドルが前に踏み出したのが音で分かった。状況の変化、そして注意すべき箇所が多すぎて思考が乱れる。


 しかし、マルクは事前に幾つもの計画を練っていた。バルドルと十分な距離を置いた現状、危機的状況に陥った時の対抗手段を選択。


 その計画の通りに体は動かされた。


 糸を生み出す。


 各指の先から一本、掌からは数十本を纏めて、それらが練り合わさり、程よい重さになった瞬間、奇襲時に用いた無詠唱発動を行った。


 ここまで詠唱しかしてこなかったのは、その存在をバルドルから忘れさせるため。


 ──《超速切断マッハ・カット》。


 マルクが生み出せる糸は三種類だ。粘性の糸、耐久の糸、そして魔物としての側面が生み出す斬撃性のある硬質な糸だ。


 その斬撃糸がマルクの特異体質〈千変魔糸ヴァリアンス・スレッド〉の効果により魔糸と化す。


 そして、「糸技スレッドアーツ」が炸裂する。


 右足を軸に体を回転させ腕を振り抜いた。


 円を描くように空気を刹那に駆け抜ける。一瞬にしてバルドルの視界内に存在していた木の幹はスパリと切り裂かれ、見た目上に変化はないが、確かに木は死んだ。


 その超速の魔糸は人間に視認が不可能であり、バルドルの首目掛け空を進んだ。


「っ!?」


 あまりにも早く細すぎる攻撃。バルドルは気づき目を見開いたが、彼の速度では避けることができない。それほどまでに、


「ぐ、ぁっ!?」


 構えた魔法銃は豆腐のように切断され──減速──防刃性能に優れた制服纏いし腕を合わせるが、いとも容易く切られ──減速──肉を断ち骨を裂き──減速──左腕が完全に切断され──減速──その間に何とか致命傷を避けようとして、胸を深々と抉り裂かれた。


 左腕が落ちる。


 血飛沫が宙を舞う。


 悲鳴が鳴り響く。


 片腕が使えなくなった。


 毒竜の制御は乱れる。


 手放した。


 魔、法……


 魔糸が翻る。


 宣言。


「《極毒溶解ベノム・ディゾルブ》!」


 右腕を魔糸に向けながらの魔法発動。魔糸との間に溶解特化の毒液を生み出す。それを避けるように魔糸が振り上げられたが、軌道を毒液で限定したので読むことができ、後方に一歩下がることで回避した。


 また魔糸は翻るが、手放した毒竜がマルクに降ったので戻っていった。この速度のカラクリは単純に、エリアに入る前に加速し切っていたのだ。


 魔法を解除されても、魔法によって加わった力が逃げるわけではない。マルクはそれを利用し、バルドルを攻撃したのだ。


「バルト君!」


 青褪めた顔のユニが駆け寄る。


 地面にぶち撒けられた血の海に左腕が浮かんでいる。胸の傷は深すぎて致命傷だ。血を流し過ぎた意識は急速に薄れていく。


 ただでさえ劇毒の服用に体内はボロボロなのに、そこに致命的なダメージが入ると、バルドルの足取りは覚束なくなり、ふら、ふらと今にも倒れそうだ。


「回復できる?」


 声は落ち着いていた。


 自分のやるべきことは決まっていると、だから倒れるわけには行かないと踏ん張り、彼女に誓った言葉を胸に思い出し、激しい激情で頭の中を動かし意識を繋ぎ止める。


「っ! これでも聖女です!!」


 ユニはずっと、自分が彼の役に立てているのか疑問だった。


 この戦いの間、バルドルに二度も庇われた。自分が彼の足で纏いになっている気がしたのだ。魔族相手に有効な力を持っているのに、活かすことができなくて……。


 自分の弱さに歯を強く噛み締めた。


 そして、彼女は自分ができることを精一杯するために、本当は見せちゃ駄目な天秘術オラクルを立て続けに発動していった。


 時間が巻き戻るように、バルドルの傷は消えていき、左腕は元に戻って行った。


 一方、マルクは降ってきた毒竜の液体ヒュドラを対処する作業に追われていた。魔糸を回収し、領域によって落下地点を把握し、細剣を鞘に納め、空いた手から糸を生み出し、粘着性の糸を持って木の幹を傘のように使い毒竜を防ぎつつ、全てを凌ぎ切った。


 マルクがいなくなった場所、木を劇毒が破壊している光景は、さながら「利用するだけ利用して要らなくなったら捨てる悪」そのものだった。


(産まれながらにして悪だな)


 殺した木の幹を背に、目を閉じることで少しでも休める。バルドルを攻撃するには距離を離し過ぎた。ご丁寧に治療するためバルドルも木を背にしている。


 マルクはバルドルとは違い、相手の位置を身に着けた魔力を帯びた装備から補足している。そこに足音といった要素が加われば、どこにいるか分かるが。


 そして、口を開き上を向く。


 回収した魔糸を木の枝に吊るすようにして、それに付着した血を口の中に一滴ずつ注いでいく。


 まるで甘露を味わうようゆっくりと。


 劇毒の刺激が舌をひりつかせる。


 クモ魔物系の魔族の彼は先祖の関係で状態異常、特に毒に強い耐性がある。眉を潜めるが、味わうように舌で転がす。


「っ!! ここまでか……」


 思考が一瞬、飛んだ。


 気づけば目を見開き、頬に手を添えると恍惚と緩んでいた。


 最高級の果実が最高の環境で育ち、それを贅沢にジュースにしたような極上の味わい。慣れれば劇毒の刺激が良い感じにマッチして、まるで炭酸を加えたかのような甘さを備えながらも飽きさせない至高の血液になっていた。


「落ち着け、ここは戦場だ」


 危うく我を忘れる所だった。


 それほどまでに深い味わいだった。


 魔族人生の中でも一二を争う。


 そして、これで〈千変魔糸ヴァリアンス・スレッド〉が強化された。


 産まれた時から持っていた特異体質、〈千変魔糸ヴァリアンス・スレッド〉は自分の魔力で糸を生み出すことができる。


 糸の生成には二種類存在する。


 得物を捕まえるための射手生成と、自分で操り好きに動かせる通常生成だ。まあ、後者の場合は幾つかの糸を纏めないと重さが足りず速度は出ないが。


 そして、魔力で糸を生成するという部分が重要ポイントだ。


 魔族は魔力を食べることで自身の魔力量と質を上げることができる。〈千変魔糸ヴァリアンス・スレッド〉は魔力で糸を織っているため、魔力の質が糸の強さに直結する。その魔糸は自分と繋がっている間、ある程度操作することもできる。


 更にマルクの魔力は複数の魔力属性が混じり、魔法を使える魔法適性資格はなく、ダンのように特殊でもないが、魔力を宿しているのだ。その魔力は糸技スレッドアーツ、いや「魔糸技マギアスレッド」と呼ぶべき魔法を使うことで、引き出すことができる。


 その魔法もまた、食べた魔力の質が良ければ良いほどに効果を引き出すことができる。


 故にマルクは魔力を食べる時、何よりも質を重要視していたのだ。


 シンの魔力を狙っていたのは、剣技の属性を使った魔糸は、何でも切断できる視認困難な攻撃になると考えたからだ。魔力質が低ければなまくらにしかならない。


(奴の胸を刺した時に味見したが、な)


 《超速切断マッハ・カット》。それは二つの属性が複合していた魔法である。


 マルクは邪悪な笑みを浮かべると、計画を練り直し、バルドルへの攻め手を考えていく。


 一方、バルドルは腕の回復をしてもらっている時間も無駄にする訳にはいかないと、思考を加速させていく。


(相手は動かない。距離を詰めることを嫌った? 糸の有利を活かすためには正解か。いや、近接戦を望まないのはエリアの関係かな? 一度目の毒竜を誘導した時と、二度目の麻痺爆弾を誘導した時、相手が検証していたエリアの拮抗ラインは、違った。僕の魔眼が押していた。拮抗していない今は状態ラインが元に戻ったと考えてもいい。つまり、近距離戦を長く続ければ、拮抗を崩せるということだ)


 そのために接近する必要がある。


 障害は糸による遠距離からの攻撃だ。糸の攻撃パターンは大別して三つ。射出、手動、手動+特異体質による操作。そこに魔法のプラスアルファだ。


(じゃあ、近づくために糸を防ぐ方法は? 溶かす、魔力障壁はリスクが高い。あと糸と言えば切る? いや、相手は無詠唱発動が可能だ。どんな糸か分からない以上……待て、今はエリア内の魔法は無効化できる。なら……)


 マルクの能力、自分の能力。使えない魔法は使い方次第で化ける。これまで学んだこと、自分が身に着けた魔法、その全てを賭してマルクを倒す手段を模索し、一つの答えに辿り着く。


 魔法を生み出した。


 注文する内容は決まった。


(時間がないから、そろそろ勝負を仕掛けたい)


 ドーピング終了まで残り、2分だ。


 ユニの腕が良く、修復された肉体は元通りとは行かないが、それでもドーピング時間を延長させる余地を生み出した。


 胸の傷は消え去り腕はくっつき始めている。


(時間がないといえば……相手の契約は確か……)


 〈魅了の魔眼バーテックス・アイ〉と〈誘導の魔眼イクシード・アイ〉を拮抗させる契約。解読したルーン文字は「魔眼」「封印」「解放」だ。


 これは魔眼を封印した分だけ出力を上げているのだろう。昔には、というか物語に良く似た技術があった。物語においてそれは、主従の契約という名前で記されていた。


 ここぞという時のために、自分の魔力を主に封印してもらい、力を溜める人が昔は大勢いたと聞く。今では暗殺が存在するため、そんなリスキーな選択は取れずに廃れていった技術だ。


 化石のような技術。だが、目の前の魔族が長生きしているならあり得る。


(ん? ……解放?)


 主従の契約の話には、続きがあった。


 主従の契約が物語で好まれるのは、逆転劇で良く使われるからだ。平民でも上手くやれば貴族を越えられる。ロマン溢れる契約だ。その逆転劇の後に主人公はどうなったかというと……。


(大抵はお姫様と結婚してハッピーエンドを迎える)


 濁される。


(もしかして、?)


 それは思いも寄らない収穫だった。


 頂点の魔眼バーテックス・アイと呼ばれる魔眼は、その系統において並ぶ魔眼がないからこそ頂点バーテックスの名を冠しているのだ。


 〈魅了の魔眼〉は状態異常・精神系の魔眼で一番の性能を誇っている。魅了だけではなく、魅了することで間接的に木の枝を動かしたりといった洗脳の真似事もできるからだ。


 魔法という一つの法則すら消滅させる。神域にある瞳。それと勝負できるほどに出力を高いとなると、一体どれだけの間、魔眼魔力を封印していた?


 その長過ぎる年月を想像し、ゾッと肌を震わせた。


 ──逆にマルクから見た時、これだけの年数を掛けても頂点に手をかけれた程度だという虚しさが生まれていた。


 単なる学生を殺すために、と。


 バルドルの推測は正解だ。


 マルクは何千年という時を封じ続けた魔眼を解放し、やっとのことで〈魅了の魔眼〉と拮抗できる威力を生み出した。


 マルクは先代魔王と友人関係にあった。


 先代魔王に魔王恩恵デモンズ・ギフトとして〈誘導の魔眼〉を授けられた彼は、日常生活に不便だと感じて先代魔王に相談した。


 すると、先代魔王は「じゃあ」と柔らかに笑いながら契約を提案したのだ。を使い、契約を交わした。


 その内容は「マルクが絶対に勝てないと思った時、封印した分の魔力を解放し、魔力強化を魔眼は受ける。それまでは魔眼を封印する」というものだ。


 契約に蓄えられた魔力は量という点ならば世界最高峰レベル。最も、その全てを魔眼強化に費やしているが。


(魔力消費が早すぎる。これ以上の強化は……最悪、失明する)


 強化率を少し上げると血管が僅かに傷つき、目から血が流れてきた。


 そしてこの時、バルドルとマルクは時を同じくして、制限時間タイムリミットが来る前に決着を着けると、運命リスク承知の攻勢に出始めた。

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