第33話 邪悪なる死闘/閉幕





 ──シンシア兄妹は気を伺っていた。


 特に兄のシンは両親の仇が目の前にいるのに、動けない歯痒さに大剣を強く握った。


 シンはずっと後悔していた。


 俺が特殊魔法を使ったから、こんな奴に目をつけられたんだ! と。自分の無責任な行動が父と母を殺し、妹の記憶を封じさせる結果を生んでしまった。


 全ては自分の責任だと決めつけて、今日ここに至るまでに死物狂いで実力をつけてきた。でも、彼には剣がなかった。


 手の中にある大剣は既に、折れていた。


 しかし……彼の心は折れていなかった。


 自分達は戦闘の足で纏いノイズになると理解しているため、じっとチャンスになるのを待っていた。


 ユニはユニでバルドルを回復していたが、言葉にできない焦燥感を抱いていた。彼はこんなに必死になって戦ってくれている。


 ユニはパーティーで言うならば回復役ヒーラーだ。バルドルの傷を癒やす、それも切断された腕を繋ぎ直せるのは、聖女たる彼女くらいなものだ。


 それは立派な仕事だ。


 ……立派な仕事だと分かってはいたが、治療行為は傷ついた者を癒やし、また戦いに行かせることしかできない。


 隣に立って守ることは決してできない。


「ユニ、大丈夫?」


「っ! はい!」


 そんなユニの顔色の変化に目敏く気づいたバルドルは、優しい声音で尋ねた。


「……治療は終わりました。少しだけ違和感があるかもしれませんが、動かすことはできます」


「ありがとう、助かったよ」


 そうして、前に進み始めた彼の背中を見つめながら、このままでいいのか、と自分の声が心の中に響いた。


(バルト君は私を見てくれる。でしたら……)


 ユニは自分のやるべきことを決めた。


「バルト君、頑張ってください!」


「っ、行ってくる!」


 バルドルは唇を緩ませ、マルクに向けて走り出した。



 勝つためには距離を詰める必要がある。だが、糸による物量攻撃を防ぐことは困難だ。そのために二つの手段を思いついた。


「《極毒溶解・球ベノム・ディゾルブ》」


 溶解の毒液を球体の形に纏め、待機させる。


 魔法を待機させることで、防御に使う発想。


 毒球を従え、一気に接近する。


「ほう」


 マルクが動き始めた。


 目を瞑ることで魔眼強化を節約し、バルドルのドーピング後に切れるように調整した彼は、両手から糸を生み出し振り抜いた。


 その糸は粘性の糸であり、それぞれ殺した木の幹に接着し、交差した腕を引き戻すと、人外の膂力によって引き上げられた。


 魔法は使えない。


 だが、魔法が使えないから何だ?


 魔族はその身体能力そのものが人外の領域に達している。バルドルのように自分の体を壊す劇毒を服用することで、通常状態の魔族と身体能力が同程度になるだけだ。そこでイーブン。だからこそ、魔族が身体強化をした場合、エルトリーアのような例外を除き、身体能力という点で勝てる者はいない。


 魔力で生成された糸は確かに糸だが、木の幹を支えても千切れないほどに丈夫だった。

 その木を提げた無数の糸がバルドルを押し潰すように振るわれた。


 途轍もない威圧感に身が竦みそうになる。視界を遮り巨大な影を落とす攻撃に、毒球だけでは対処が不可能だと判断し、頭上に放ちながら詠唱。


「《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》!」


 三つ首の毒竜がガパッと口を開き、各々の口の中に木の幹を捕まえ飲み込んでいく。その毒竜は溶解特化ではないが、普通に物を溶かす性質を持ち、ただの木ならばすぐに消化する。


 だが、その全ては罠だった。


 ──《不可侵糸インビジブル・スレッド》。


 木の幹はバルドルの視界を遮り、エリアを限定する。そこにステルスする形で存在した糸の群れは、領域感知を擦り抜ける性能を持ち、バルドルの全身を巻き付き拘束せんと迫った。


 全方位からの糸の数々に彼は対処する術がなかった。防ぐことはできるが、迎撃はできない。糸は躱しても残り続ける。そこがバルドルの隙だったのだ。


 ──それはいつの話だ?


 バルドルはマルクの作戦に嵌まった振りをした。彼は未だ成長途中、柔軟な発想は対糸専用の魔法を生み出していた。


 毒竜の制御を手放す。


「《超魔力刃イクシード・ブレード》」


 バルドルの手には切断された魔法銃が握られていた。マルクはそれを防御に使う物だと思っていたようだが、違う。


 これは防御のためではなく、迎撃のためのものだ。


 断面に浮かんだ魔法陣から魔力障壁のような刃が生まれた。魔眼に秘めた魔力を贅沢に注ぎ込み、超圧縮された鋭利な刃は、剣のように銃から生えていた。


 バルドルは銃器を購入する時に、そんな銃があるのを知識で知っていた。まあ、朧気な知識だから、いやそれ違うだろ? と知識を知っている人がいたなら突っ込んだであろう代物。


 すなわち、銃剣である。


 銃を剣にするから銃剣。


 バルドルは真面目にそんな考えに至り、この魔法を開発した。魔力の量は少ないと糸を切れない気がしたからだ。


「ふっ!」


 そして、不可侵の状態は一度視ている。


 襲撃された時と同じ感覚。


 水の中を通ったような微細な感触を領域は感じ取る。ならば、然るべき時、然るべき場所に刃を置けば切り裂くことができる!


 避ける方向へ走りながら刃を振り抜き、糸を切り裂き道を切り拓く。


 着実に距離は詰まっていく。


 だが、


「っ!?」


 そんなバルドルの行く手を阻むように、エリアの外側から回り込んだ糸が襲いかかる。その糸は魔法の輝きを帯びていた。


(木がない……!!)


 瞬時に解決策が頭に浮かび上がる。


 木に隠れることでマルクの魔眼エリアから逃れ、魔眼を向けることで対処しようと、領域で遮蔽物となる木を探したが……その木は既に背後に毒竜と一緒に地面に打ち捨てられていた。


 マルクから視線を逸らすと敗北する。かと言って、今バルドルに向かう糸は……。


 ──《超速切断マッハ・カット》。


 領域で位置を把握した時には、刹那のフィードバックの間にズレるほど早く、認識した時には直ぐ側に近づいていて、回避は不可能だった。


「死ぬよりは、マシだ……!」


 頭上、背後と実に嫌らしい角度から接近してきた糸に魔眼を向けた。


 直後、ドクンッッ!? 痛覚が数百倍に引き上げられた。更に複数の気持ちを誘導された頭は、情報量の多さにバルドルを守るために思考を停止し、肉体は感覚を失う激痛に神経が麻痺した。


 膝から崩れる。


 平衡感覚を失い視界がブレる。


 だが、本当に大事な心は保護されていた。


 ──《■■コル・レニオス》だ。


 飲み込まれかけた魔眼の侵食は、心に触れた瞬間、僅かな抵抗を示し……本能的に魔眼を前に戻した。


「ハッ……!」


 感覚が戻り後遺症か発熱したような痛みがあった。


 しかし、魔法を解除された糸が頭上と背後から迫っていた。


 体が思うように動かない。


 足が休みたいと力を入れることを拒否する。


(誓っただろ、守るって!!)


 その気持ちさえ思い出せれば、彼の目に命の光が宿り、気力が湧き上がる。


 ああ、だけど……腕に力が、入らない。


 右腕は左腕が切断された感覚を追体験し、筋肉が完全に固まっている。魔法を解除したお陰で、前に走ることで逃げることはできた。


 でもどうやっても、今の彼は剣を振るえない。


「ははっ」


 バルドルは不意に笑った。


 諦めたわけではない。


 ふと一昨日の光景が脳裏を過ぎっていた。


 草の魔人による草糸の物量攻撃だ。誰かの誘導が入っていたかは分かり切っている。


 イレギュラーの正体を知り、傷ついた生徒の姿を思い出し、


 バルドルは領域で見えていた、マルクの領域は見えなかった。


「さっき俺らを助けてくれたれぇだ!」


 その一閃は切断の斬撃。復讐の心は確かにあったけれど、今胸の中にいる妹が生きていたことの方が嬉しかった少年は、その復讐と決別するために、先程の救助の貸し借りはなしだと暗に告げる一撃を放った。


 その剣は誰かにインスピレーションを受け、魔力の刃が伸びていた。完全に折れたと思っていたマルクは、信じられないものを見るように目を見開き、冒険者の一撃を誘導しようとした。


 だが、空間を伝う斬撃は果たして、誘導できる余地があったのだろうか?


 答えは──ノーだ。


 その糸の暴力は、《切断の魔剣グラム》によって切り払われた。


 そして、その間にバルドルの状態は誘導前に戻り、彼我の距離は10メートルまで狭まっていた。


「止まれ!」


「断る!」


 想定外に計画外。マルクの顔に遂に焦りが浮かぶ。即座に冷静になるが、周りの木は既になくなっている。


 警告を無視する敵を前に、マルクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、右手で柄を握った。 


 スッと細剣を引き抜く。


 陽光を反射する銀の刀身を携え、草原を疾駆する。


 糸は無駄に時間を使うだけだと、どこまでも冷静に考える機械のように、マルクは作戦を修正し大地を駆け抜けていく。


 ごうごうとと風切り音を鳴らしながら、バルドルより圧倒的に早い速力を持って、二人の間合いは近距離戦へと移行した。


「ここまでとは、思っても見なかったぞ」


 鋭い踏み込み。


 パッと草が舞い散る中、草が落ちるより素早く細剣を切り下ろした。


「そうか、よ!」


 その剣撃に応じるように魔力刃を振り上げた。


 そして、最後の死闘ラストバトルに入った。


 何度も何度も刀身を重ね、斬り結び、立ち位置を変えながら衝突する。


 マルクの細剣は高速すぎて目で追えない。領域で視ることで何とか軌道を先読みして、魔力刃を合わせる。


 だが、切り合う度に魔力の刃に亀裂が入っていく。


 ピシッ、ピシピシ──。


「っ!!」


 回避も織り交ぜ、マルクの攻撃を凌いでいく。だが、マルクの左手が向けられると、無理に避けようと体勢を崩してしまい、


「弱い」


「ぐ、あぁ……!」


 力の差で押しされ、細剣が肩に食い込んだ。


 そしてマルクの左手が閃く。


 咄嗟にバルドルは力に逆らうことを止め、自分から地面を転がるようにしてバックステップを踏む。


 バルドルがいた場所を射出された糸が通り過ぎていく。


 そう、バルドルが警戒していたのは糸の攻撃だ。至近距離故に斬撃性の糸は速度に乗り切れず破壊力を発揮できないが、ここまで何度も光っていた粘性の糸は近距離戦の時に最も輝いてくる。


 少しでも絡ませることができれば、バルドルの体勢を崩すことができるからだ。


「甘いぞ」


 下がったバルドルに追撃の一刀を見舞う。


 先程と同じように細剣に合わせ……ズンッ。


「はっ?」


 脇腹を刃が通り、切り裂かれた。


 ドパっと血が吹き出す光景を視ながらも、バルドルの脳は現実の理解を拒んでいた。


 バルドルは領域により相手の動きを未来予知のように読み、対応してきたのだ。エルトリーア戦然り、魔物戦然り、上級生の時も、さっきの魔族の時も、相手の筋肉の動きすら視ることで、高精度の読みを可能としていた。この戦いの時だって今に至るまで彼を支えてくれていた。はずなのに……


 今まで信じてきたものが瓦解する。


「だからお前は、甘いのだ」


 膂力が引き上がる。


 魔物側の侵食率が高まり、マルクの身体能力が加速度的に高まっていく。その剣閃の数々は振るわれる度に早く、鋭くなっていき、バルドルの領域感知すら擦り抜ける剣は、彼の体に無数の傷を刻み始めた。


 何が、何が起こっている?


 喉が酷く乾いているような緊張感で、バルドルは頭を回す。領域で視ることはできている。


 なのに、


 躱したはずの細剣が不自然に伸びている。


 奇妙な軌道を描き、領域感知を越えていく。


「──そういうことか……!」


 精神力と体力が疲弊していく中で、彼は何とか致命傷を避け切り、制服が血に濡れ傷が開こうが我慢して耐えることで、その攻撃の正体を掴むことができた。


 糸だ。


 マルクはあからさまに左手に何も持たず、こちらから糸で攻撃する、とバルドルに思わせていた。いやそれは当たり前のことだ。


 普通、剣を握っている方の手から糸を生み出すとは思うまい。


 ──そう、マルクは右手に糸を生成し、時に射程を伸ばし、時に予測不可能な剣撃に変化させていたのだ。


 恐ろしいのはそれは分かっていても対処する術がないということだ。


(強い……!!)


 今まで体験してきた戦闘のレベルを越えている。


 糸の生成は刹那的、変化を加えるのは細剣と魔力刃が接触した瞬間だ。生成場所は掌、領域でしか視ることのできない位置。だが領域で視た時には斬撃が変化した後。


 恐ろしいまでの超技巧。


 リーベナの時にも思わなかった気持ちが溢れる。相手は本気だ。本気で自分バルドルを殺しに来ている……!


「お前は運が良い。その魔眼を持っていたから、この俺と対等に戦えているのだから……!」


「っ、否定は、しない……!」


 実際にマルクは強い、強過ぎる。


 魔眼なしの実力ならば、圧倒的にマルクの方が上だ。基本身体能力スペックが違いすぎる。


「そういうお前は、魔王から貰った力のお陰なんじゃないのか!」


「その通りだ」


「っ、素直だな。でも、その力は外れじゃないのか?」


「ああ、そうだ。だから……負けるわけには行かないのだ!」


 マルクの魔眼は今は亡き魔王友人から授かった能力だ。当時はまだ魔王になったばかりの彼は、低位の魔眼しか授けることができなかった。


 それ故に、〈誘導の魔眼〉を貰ったマルクは、先代魔王に謝られたことがあった。


 私が未熟なばかりに、超過の魔眼イクシード・アイで済まない、と。


 ──だから契約は、頂点の魔眼バーテックス・アイに勝てるような内容にして貰った!


 ……マルクの〈誘導の魔眼〉は、契約履行効果ランクアップにより、頂点バーテックス一段階目ワンランク下に位置する「王位クラウン」の魔眼に格上げされている。


 そして、マルクの力のこもった一撃に、遂に魔力刃は破壊され散っていった。


「大切な人だったんだね」


「……」


 マルクは何も言わずにただ、剣を失い呆然と立ち尽くすバルドルへ細剣を薙ぎ払った。


 その刃を受け入れるようにバルドルは、目を閉じた。


(何だ? この、違和感は……っ!?)


 スローモーションになったように、視界が緩やかになっている。


 マルクは細剣を振るいながら、まるで走馬灯を見るみたいに全てをゆっくりに感じていた。その中でマルクは光を見た。


(これは……!?)


 視界を光が埋め尽くす。


 それは、ユニの《ルークス》の煌めきだった。その術は光を生み出し指向性を持たせ解き放つという非常にシンプルにして、詠唱込みで世界最速を誇る攻撃だった。


 完全にマルクの意識の外側にあった光の息吹は、マルクを吹き飛ばした。


 マルクは先に計画を練り、それを進めることを得意とする魔族だ。ユニの支援攻撃の可能性は、彼はないと切り捨てていた。


 まず、大前提としてこの攻撃はバルドルとユニの意思疎通が必要だ。彼の魔眼の前では魔法など特殊な方法で維持されている現象は消滅する。つまり、バルドルに目を閉じてもらう必要がある。


 五感に優れたマルクは、聴覚を高めバルドルとユニの会話を実は盗み聞きしていた。抜け目なく情報収集を行っていたマルクは、二人の会話に支援に関する話がないため、支援攻撃の可能性はないと判断したのだ。


 ──それは当然のことだ。


 何せユニが攻撃の合図を伝えるのに使った方法は、文字を書くことだからだ。ユニはバルドルに頑張れと声をかけた時、指先で空中に文字を書いていたのだ。


 マルクは決して見ることはできないが、バルドルは見てくれると信じて。


 そしてユニは空中に数字を書くことで、「3秒後」と伝えた。そして光を生み出し、それを纏め上げ、一条の閃光を生み出し走らせた。


「私だって、バルト君を支えたいんです!」


 エルトリーアは一人の魔族を抑え込んでいる。なのに自分はこのままでいいのか? いや良いわけがない! と乙女の気持ちが炸裂し、機械野郎マルク乙女ユニに読みで破れたのだ。


「良くやった!」


 友人の勇気ある行動に笑みを浮かべながら、バルドルは勝負を決めるために走り出した。


 この時、マルクが光に目をやられたことで、エリアの拮抗が崩された。


「止まれ!」


 命令を下す。


 残り全ての魔力を注ぎ込み、魔力ブレードを発動する。


「負け、るか」


 魅了の効果がマルクを満たしていく。


 体の動きが本能に従い停止する。


 命令に従う。


 マルクの心がバルドルに惚れ始める。


 その、時──


 マルクは先代魔王と友人関係だった。


 その魔王友人のあり方をマルクは尊敬していた。マルクは真正面からの戦いを苦手としている。若かった頃はそれが凄くコンプレックスだった。


 そんな作戦を練り頑張る自分と彼を比べた時、あまりにも鮮烈に最高位魔法で敵を薙ぎ払い、人々を塵芥のように殺す姿に憧れたのだ。


 当時は認めなくなかったが、彼は魔王に心の底から惚れていたのだ。


(この気持ちを、土足で踏み捻る奴なんかに……渡してなるものカァッッ!!)


 それがマルクの精神に逆らえる感情激怒を生み出し、最後の彼との繋がりを求めて、魔眼に途方もない量の魔力を注ぎ込む。


 魔眼を、強化する。


 強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト強化ブースト──────────。


 魔力がスパークした。


 右目が鮮烈な輝きを放つ。


 その魔眼は頂点とは程遠く、しかし契約によって抗える力を生み出していた。


「負けてなる、ものかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 ブチブチブチブチ! 血管が切れ、右の視界が赤く染まり、血を流す。


 そして今、風鳴る草原の上で、頂点の魔眼バーテックス・アイ〈魅了の魔眼〉を保持するバルドル=アイゼンと、王位の魔眼クラウン・アイ〈誘導の魔眼〉を保持するマルクが衝突した。


 お互いが握り締める得物に自分の全てを乗せ、振り抜き、叩きつける。


 だが、しかし……その衝撃に手から魔法銃を手放し、後退したバルドルは冷静だった。


 ──こんな世界において、彼はどこまでも悪い男だった。


「セット」


 左手は流れるようにホルスターに向かい、拳銃を引き抜き照準セットした。そして、


「──《強化弾・魅了チャーム・ブリット》」


 勝利のために、大切な人を守るために、もう失わないために、容赦なく引き金を引き弾丸を撃ち出した。


 空気を貫く弾丸を見た。


 桃色の魔力光を纏う魔法の弾を見た。


 視界が血に滲んでいたからだろうか?


 それとも、エリアの拮抗に負けたのだろうか?


 誘導できなかった。


 答えはただ、そこに人の意思がなかっただけだ。


 その攻撃は全て銃が行い、弾丸にバルドルが込めた願いはない。弾丸は触れる場所にない。それはつまり、使い手の感情が弾丸には乗らないということだ。


 ただ、放たれたら同じ結果を出す。


 機械的なあり方だ。


 その有り様にどうしてか、自分を見た気がした。


「俺の、負けか」


 右眼が貫かれる。


 視界が弾けた。


 そこにあった繋がりが途絶えた。


 契約した魔眼の消失と同時に、エルトリーアと同じように、友人との最後の縁が切れてしまった。


(これは……夢か?)


 最後にマルクは何を見たのだろうか。


 失っていく視界の中で、一人の男に魅了された魔族は、過去の世界を旅していた。







────────────────

とある魔族のプロフィール


マルク

クモ魔物系の魔族。

先代魔王から魔族の国のために尽くす、特務諜報機関の一員。敵陣営の情報を調べる活動などを行うが、魔族という種族には大抵そこに相手を食べる私用ことが追加される。

マルクは一般的な魔族と同じだが、その能力のため、魔力の質には何よりも気を使っていた。過去に同僚から最高級の魔力質と言われ、不味い血を飲まされたことから、領域技術を鍛えて魔力の質を把握できるようになった経緯を持つ。

彼の計画は素晴らしく、私用は計画終了後のためもしも失敗しても特に問題がない。冷静で冷徹、辛抱強く他の魔族より自制心が高く、結構周りからの評価は高い。仕事を完璧にこなすからだ。

まあ、そのため先代魔王から授けられた〈誘導の魔眼〉には苦労させられ、悩んだ結果、片方の魔眼に眼帯をつけいつでも発動できるように待機し、もう片方の魔眼は封印することで視界を確保していた。その封印は先代魔王の契約魔法を使って施すことで、強大な魔眼を片方封じることに成功し、以降は開眼されることはなかったが……。

 


 

 



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