第3話 バルドルと師匠の出会い




 興味あります──と答えたバルドルは、先程視た個室訓練場、銃だと射撃場と言われる個室に連れて来られた。


「そう言えば、まだ名乗ってなかったわね。私はアリア、アリア=シルフィード。アリアでいいよ」


「分かった、アリア」


「……飲み込み早すぎない?」


 パチパチ、と目を瞬かせ、自分で言っておいて不思議生物を見るような眼差になっている。


「えっと? じゃあアリア様で」


「ノー」


「アリア女史?」


「うーん」


「……アリア嬢」


「そんな歳じゃ──て今のなし! アリアでいいよ! 別に不満があったわけじゃないからね」


 初森人エルフとの距離感が掴めず、アリアの様子から予想して聞きに行ったが、別に不満はなかったようだ。だったらあの感じは一体……?


「さて、それじゃあ挨拶も済んだし、早速銃の説明に入りましょうか」


 銃は火薬を用いて弾丸と呼ばれる、特殊な形に形成した鉄の塊を高速で飛翔させる、高い殺傷力を誇る武器だ。


 この火薬という点が重要で、火薬を使えば爆弾を簡単に製造できることから、銃の購入には資格がいる。VIPルームに入れるような、社会的貢献度の高い者にしか入れない場所に置かれているそうだ。アリアは探索系冒険者の探索者シーカーらしい。


 その冒険者にはランクが存在し、最上位ランクのランカーと呼ばれる人は実力と性格が共に良いことを意味し、アリアはランカーなので銃の購入許可が降りている。


「じゃあ、僕は購入できないのでは?」


「安心して。君がここに入れているのが何よりの証拠よ。それに私がいなくても、抜け道はあるし」


 曰く、ダンジョンの徘徊者ワンダラー審判者アービターを倒した時に出現する、願い星に願うと入手することができるそうだ。といっても、通常の銃器では相手にできる魔物に限界が来るので、魔法銃を頼むと良いとアドバイスを頂いた。


 そして、脱線した話を戻し、アリアは銃の危険性を説いた上で、実際に試し撃ちして見せる。バルドルが視ていたのは知っているが、音は知らないはずだから。


 射撃場は銃の他に弓など遠距離系の武器を試す場で、長方形の造りで、奥に的があり10メートル間隔で線が引かれている。拳銃の射程は25〜50メートル。だが、25メートルの距離感が最も当てやすいので、そこにアリアは立ち、バルドルに視ているように伝え、射出する。


 まずは銃口と的の急所が直線上で重なるように照準エイムして、慣れない内は両手で銃を握る方がいいが、片手で構え、引き金にかけた指を押し込んだ。


 直後、アリアが悪戯っ子な表情になり、バルドルの顔が訝しみ──轟音が鳴り響く。


 バンッ!!


 あまりの音にバルドルの意識が硬直する。


 その間に弾丸は射出され、的──人型魔道具──の眉間を撃ち抜いた。


「凄い……」


 魔力を感じないのに、魔法のように早く、火力が高かった。中級魔法と同程度の威力がある。速度と破壊力という点ならば、それ以上かもしれない。


「良いもんでしょ?」


 アリアは初めて銃を見た時の衝撃を思い返し、微笑んだ。


「はい。ただ……これでは、いずれ限界が来ますね」


「ええ」


 バルドルは銃に感心すると同時に、銃という武器は威力が一定であることを理解した。このレベルの攻撃力は確かに凄い。連続で撃てるという点も素晴らしい。だが、上級魔法に比べたら見劣りする。それに、ダンジョン産のアイテムには結界を張る物がある。


 基本的に強者は遠距離からの上級魔法による奇襲を警戒し、そのクラスの結界魔法具を所持している。


 試験官との戦いでは有効だと思った反面、一生使い続けるとなると、必ず限界が来る。銃を捨て魔法だけ使った方が強くなってしまう。


 その問題が頭の中でぐるぐる回る。


「弾丸を強化したらもっと使えるようになるけど、それじゃあ結局魔法頼りの武器になっちゃう。だから実は、銃を使う人ってとっても少ないのよ」


 少しの寂しさを混ぜた笑みを称える。


 実際、アリアが戦闘で使う武器は全て魔法銃だ。ダンジョン産の強力な銃器。


 手で拳銃を弄ぶ。最新モデルの銃が出たと聞いたので試してみたが、威力は据え置き。弾丸の進み方から、命中精度が上がったくらいだ。


 精度を高めて弱点を撃ち抜くこともできなくはないが、奇襲時しか意味ないだろう。身体強化の魔法を使われれば、相手が武器を持っていたら対応される。銃の速度は一定で、軌道も直線的。銃の知識を持つ者なら、簡単に避けることができてしまう。


 魔物にはある程度有効かもしれないが、ダンジョン深層の魔物には通じない。銃という武器は普通の人や野生動物、下位の魔物には有効だが、本当に強い対象には効果を期待できない。


 ……アリアがバルドルを連れてきたのは、単純に自分のモチベーションがイマイチ上がらなかったからだ。


 最初に銃に興味を持ったキッカケは、自分の魔法より早く、威力が高く、何よりもその炸薬音に衝撃を受けたのだ。


 その弾丸に心臓を甘く貫かれたように、アリアは銃に魅せられた。魔法銃じゃない銃に未練はあるが、威力不足なので仕方ないと割り切っている。だが、そのせいかただでさえ銃を購入できる者が少ないのに、普通の銃では限界が来ると来た。願い星に願うとしても、浅い階層の魔法銃じゃ弱いままだ。


 弾丸に魔法を付与するものはあるが、誰かの状態異常のように効果的なのは少ない。更に、弾丸は使い捨てで所持数は荷物にも繋がる。考えることが多すぎで、冒険者は平民が多いので、「銃とかめんどくせー」という人が殆どだ。


 それ故に、ランカーになるほど高位の冒険者で銃を使うのはアリアくらいなのだ。


 それはつまり、切磋琢磨するライバルがいないということで、アリアは最近モチベーションが低下しているのを感じていた。


 そんな時に気晴らしも兼ねて、最新モデルの銃が出たと知り、試し撃ちをしてみたのだ。


 すると、不思議な魔力を感じた。


 妖しくも魅了されるような魔力の水。魔力に敏感なエルフの中でも、とある特異体質を持っている彼女はその領域を見破り、正体を知った。


 全身を丸裸にされる感覚。1ミリの動きも察知する領域。神業を常時発動させている頭のおかしいクレイジーな奴は誰だと見に行ってやったのだ。


 クレイジーボーイが人間だと知った時は内心で驚いた。でも、アイゼンの家名を聞けば納得した。


 そして、その領域の精密度は銃と組み合わせれば、自分の想像を越えてくれるかもしれないと期待した。


 この時の高揚感は、アリアの中にあった「アイゼン家の者によるエルフの森全焼事件」を忘れさせてしまった。


 ともあれ、バルドルの冷静な様子を見て、落ち着いてきたアリアは、銃を勧めることに若干の抵抗を覚え始めていた。


 バルドルの領域は何も銃だけでなく、全ての武器を使いこなせる可能性を秘めていたのだ。初めて見た時は銃こそ最高の相棒になる! と確信して行動に移したが、冷静になると自分の提案はバルドルの選択肢を狭めることになるのではないか? と危惧したのだ。


 憎きアイゼン家の者とはいえ、バルドルは話してみて普通に良い奴だと分かったので、銃を勧めることに抵抗感を抱いたのだ。……特にバルドル=アイゼンは引きこもっているという噂だったので、ここにいるのはつまりアドミス魔法学園の入学試験のため、周りには護衛などがいないことからも、家との折り合いは悪い。家の中での扱いを想像すれば、この銃を勧める行為は無知に漬け込む醜きことなのでは? という可能性が脳裏を過ぎった。


 だが、バルドルから見れば銃という武器はとても魅力的に見えたのだ。


 確かに一生使い続けるかと言われたら微妙だが、アリアの話を聞いていると、ダンジョンの深層に潜れば相応の魔法銃が手に入るということだ。


 それに、彼の今回の武器を買う目的は実技試験のためだ。相手の魔法を防ぐためには最適だと感じた。


 人に向ける覚悟は誰かと戦った経験にないバルドルにはできるか分からないが、魔法を狙うだけならできると、そう感じていた。


(試験官の魔法を完全完璧に封じ、こちらだけ魔法を使い一方的に敵を沈める。……うん、それが一番評価が高くなる気がする)


 何よりも速攻で決めれる点が良い。


 戦闘が長引けば、戦闘慣れしていないボロが出るので、そういう甘さが出る前に完膚なきまでに決着をつければ、自分の弱点を晒すことなく、強く見せることができる。


 ……この時のバルドルはハッキリ言って、非常に弱い状態だった。一度でも戦闘すれば、その領域の精密度と持ち前の頭脳から感覚を掴むことはできるが、初めてのこととなれば話は別だ。


 だから、バルドルは頭を働かせ、自分の目的のために銃はマストだと感じた。


「──試し撃ち、させてもらってもいいですか?」


 静寂を打ち破る彼の声に、アリアは嬉しそうに「うん」と笑った。


 そして拳銃を手渡し、バルドルを見つめる。と、目を見開いた。


 普通の人は初めて危険な凶器を手にしたら、震えが発生するのに、彼は実に落ち着いた様子で、魔道具まとに銃口を合わせた。


 流れるように目標に狙いを定め、引き金を引いた。その洗練された一連の動きは、迷いがなく、まるでアリアのように完璧だった。


「当たる」


 アリアが呟いた直後、バンッ! と気持ちの良い炸薬音が鳴り響く。


 空気を貫く弾丸。


 領域で感知できるギリギリの速度で天翔ける弾丸は、吸い込まれるように頭部を穿ち、ヘッドショットを決めた。


 的の赤い点印を撃ち抜いたバルドルの顔には、久し振りの笑顔が浮かんでいた。


 ──楽しい。


 頭をフル回転させ、自分の手で狙い自分の手で当てた。何かをするという喜びをバルドルは噛み締めていた。


 まるで運動したみたいに、体は満足感と充実感に満たされていた。


「凄い」


 後方、初めて銃を使ったバルドルを見たアリアは、自分の感覚が間違いじゃないことを理解して、興奮気味に呟いた。


 その才能は磨けば確実に光る、成功が約束された原石だったのだ。あまりにも眩しくて、胸が高鳴って、この才能の持ち主と一緒に切磋琢磨できたら、どれだけ楽しいのだろうかと想像した。


「凄い、凄い凄い凄い凄い! 凄いよ!」


 感極まって抱きついてしまった。


 バルドルから見ると何事だという感じで、振り向いた時には勢い良く抱きつかれ押し倒されてしまった。


「っ!?」


 アリアの体の柔らかさがダイレクトに伝わってきて、柔らかく生暖かいそれにバルドルの思考は停止した。


 アリアはそれに気づかず、ハグに満足すると自分と一緒にバルドルの上半身を起こしてあげ、地面に座りながら向かい合う。


 その時になってようやく、アリアの体が離れバルドルの思考が戻ってきた。


(今のは何だ? あれがエデンというやつか?)


 真面目に阿呆なことを考える男。


 それほどまでに、初めて知った感触は忘れられなかった。


「どうしたの?」


「ああいや、ちょっと天国的なものを感じただけです」


「大丈夫?」


「はい。それより、どうしたんですか急に?」


「ふふ。今はナイショ」


 ライバルが欲しかったなんて言うと変に気負わせてしまう。これから自分がしようとすることは、そこまで恩に着せる必要はない。


 アリアはポーチ型のマジックバックからとある魔法銃を取り出した。それは一見するた内部に《魔弾マナ・バレット》の魔法陣機関マギア・エンジンがある魔道具だが、アリアがとあるダンジョンで手に入れた神器級の魔法武器だった。


 一時期、銃の限界にブチ当たり、願い星に「最強の銃が欲しい!」と願った時があった。


 だが、階層故に願いが大き過ぎた結果、手に入った銃は最強になれる可能性を秘めた魔法銃だったのだ。


 その魔法銃は自分では使いこなせないと感じた。だから、目の前の少年に上げることにしたのだ。


「これとそれ、プレゼントしてあげる!」


「えっと? いいんですか?」


「いいのいいの」


「ですが……」


 高い物を貰うわけにはいかないと渋るバルドルに、アリアは嫣然と微笑み「じゃあ」と告げた。


「銃を使い続けて」


「それだけ?」


「うん。さっき言ったみたいに銃を使う人って結構少ないんだー。だからね。バルドルが銃に興味を持ってるって言ってくれたの、ホントはけっこー嬉しかったんだ。……ダメ、かな?」


 アリアは小首を傾げバルドルを見つめた。


「分かりました。僕にはピッタリの物ですしね」


 銃は軽く、使いやすく、威力は高い。


 バルドルの要望にピッタリの武器だったのだ。「それに」と彼は続けた。


「アリア師匠は僕の銃の師匠ですからね」


 バルドルはアリアの射撃姿を見て、銃の使い方の参考にしたのだ。元々銃使いとしての完成度が高いアリアだからこそ、バルドルも完璧に狙うことができた。


 そのアリア師匠という呼び方を彼女は気に入ったみたいで、


「うん! じゃあ、約束だね」


 アリアは不意に整った顔をバルドルに寄せると、はむ、と耳を甘噛する振りをした。


「?」


 これは何だろうかと不思議な顔をするバルドルに、アリアは言った。


「エルフの風習みたいな感じ。絶対に破ったらダメな約束……的なやつだよ、うんうん」


 本来は家族のように親しい人に行う、チークキスのような感じだ。これはそこに、貴方と約束します、という意味が追加されている。


 エルフの耳は長く弱点で、そこを相手に許す、というのは信頼の証だからだ。された方のバルドルはイマイチよく分からないが、アリアが満足そうな顔をしているからまあいいかと流した。


 そしてその後、銃を納めるためのホルスターをアリアに見繕ってもらい購入し、試験開始の時間が近くなったので、二人は別れバルドルは試験会場に向かうのだった。


 その実技試験では当然、バルドルの圧勝だった。それは本来の実力すら出さない風に試験官には見えたらしく、魔眼の評価も加味して、底が見えないほど恐ろしい、となり最高の結果を手に入れることになった。


 またそのことを後日知ったシスカが、めちゃくちゃ目立ったバルドルに頭が痛くなったのは、別の話だ。



    ◇ ◇ ◇



 魔族の襲撃事件から翌日、エルトリーアがシャワールームに突入した姿を視たバルドルは、机の上に置いていた魔法銃を視る。と、


「やっぱり、普通の魔法銃じゃなかったんだ」


 元に戻っていた。


 マルクの糸に切断されたはずの魔法銃は、元に戻るだけに留まらず、変化が訪れていた。


「魔法陣が変わってる?」


 目を見開きながら魔法銃を手にとって見る。


 そして握った時、手に吸い付くような感覚があった。バルドルが幾度も魔力を流した影響か、バルドルの中にある魔力に反応するように、振り回してもそこまで握るのに力を入れる必要がなかった。


 ──アリアが願い星に願ったのは「最強の銃が欲しい!」だった。


 その理由は、この世界に存在する銃は威力に限界があるからだ。


 ダンジョンは奥へ進めば進むほど、魔物が強くなる。そしてアリアは銃の限界にブチ当たった。それ故に、最強の銃を求めたのだ。


 その魔法銃は一見すると何の変哲もない銃だった。


 審判者アービターの願い星から手に入れた魔法銃が普通の物ではないと、アリアは解析した。


 そして効果が判明した。


 ──この魔法銃は使い手と共に成長する。


 アリアが願ったのは最強の銃だった。


 その願いは正しく、アリアが手に入れたのは最強に成る可能性を秘めた魔法銃だったのだ。


 熟練者のアリアには無用な物で、未熟者のバルドルには適切な物で。


「ありがとう、アリア師匠」


 アリアが「もしも壊れたら一緒に置いといて」と言っていた時のことを思い出し微笑むと、新しい魔法銃の性能を確かめるために、外に行くのだった。


 






 



 

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