第2話 バルドルと銃の出会い



 これは、バルドルが入学試験を受けるため、王都ナイトガードに到着したばかりのこと。


(まだ7時。入学試験が始まるのは9時からだから……うん、時間に余裕はある)


 魔導列車から降車したバルドルは、入学試験が始まるまでに時間があるのを確認し、魔法学園アドミスとは別方向の道に進む。


 国の中心たる王都は人が多く、多種多様な種族が見られた。獣の特徴を持つ獣人、耳が長く森で暮らすため森人とも称されるエルフ。人目を忍ぶためにローブで顔を隠しているが、鋭い八重歯に血が吸えるよう穴が空いている吸血鬼などの人外種族もチラホラいた。


 その中に交じるバルドルもまた、異質ながらも混ざれば他種族と同程度の興味しか抱かれず、注目の目を浴びることは少なかった。


 目の拘束具の魔力を感じ取り、僅かに目を見開き興味の視線を向けた者はいたが、魔力感知に長けた者は同時にバルドルの危険な魔力(状態異常系の魔力)を察知し、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに視線を逸した。


 そんな人達は進んでいくと次第に、格好に統一感が出てきた。それすなわち、戦闘するための装備である。


 そう、バルドルが向かった先は、装備品を取り扱う店舗が立ち並ぶ区画だったのだ。


(武器屋……というより専門店は、普通の奴しか置いてないか)


 普通の店舗には興味もくれないバルドルは、武器の品揃えが良い大きな商会に行くことにした。そこでなら、自分の要望に沿った武器が見つかると思ったからだ。


 バルドルが武器を買おうと思った理由は、実技試験の際、試験官の魔法を凌ぐ時に武器があった方がいいと考えたからだ。


 そも、防御に使える武器がないと戦術に違いが出てくる。


 どんな魔法であれ躱す必要が出てくるのだ。魔法を回避するのは結構だが、彼には動きながら魔法を使った経験がない。実際に魔道士がどのような戦闘をするかも知識でしか知らない。


 試験の魔道士が武器を用いながら詠唱をしてきた場合、バルドルは避けながら詠唱しなければならない。その流れは押されている構図と言える。状態異常魔法を使い勝利しても、高い評価は得られないだろう。


(折角シスカからチャンスを貰ったんだ。恥じないような結果にしないと……!)


 そう奮起しているバルドルは、詠唱の時間稼ぎのために武器を欲したのだ。盾や鎧といった防御系の装備は、受けるための筋力に難ありなので選ばない。


 また、普通の剣や槍を選ばない理由は単純に重いからだ。情けない話だが、引きこもりにとって重量約2キロの長剣は扱いこそできるが、いきなり2キロの剣を手足のように扱うことはできない。それに、慣れていない内は剣に意識の何割かを割かねばならない必要も出てくると来た。それ故に、バルドルが求めるのは魔道具と呼ばれる特殊な物だった。


 とある商会を訪れると、バルドルは店内を見て回る。客層の殆どは冒険者で、その強者らしき人には店員が付き、丁寧にショーケースに納められた剣について話している。


(魔道具? いや……魔法陣があるわけではないし、魔力を感じるから……ダンジョン産の装備アイテムか?)


 そういう系の装備なら自分にも扱える可能性がある。短剣、ダガー、ショートスピア、細剣、レイピア……比較的軽めの武器に特殊な効果が付与されている物なら、要望に合った武器があるのではないかと領域に意識を集中する。


 ただ、普通の客が入れる範囲にあるダンジョン産の武器、俗に魔法武器と呼ばれる物達は、あの剣だけだった。


(VIPルームぽい所には……結構あるけど、これは多分会員制とかいうやつかな)


 その中には普通の店にない武器も置いてあった。魔法武器ではない、実用性があるのかと思いたくなる大鎌、刀身が波打っているフランベルジュ、他国の主流武器と呼ばれる刀。美術品か芸術品のように並べられた武器達の中に一つ、奇妙な棒を見つけた。


(これは……魔道具?)


 初めて視る武器だった。


 攻撃力はあるか疑わしい。


 形も変だし、美術品としての価値があるかも不明だ。鈍器にしては小さすぎるし、何かのパーツにしては完成されすぎている。


 ならば、魔道具という線が濃厚だが……その棒からは魔力を感じなかった。


 部屋の中で知識を収集していた自分の知らない、初めて視る武器にどうしてか、バルドルは意識を惹きつけられてしまった。


 すると、その棒を従業員の一人が手に取り、どこかに向かった。元々、魔力感知に優れる冒険者が多く、範囲を無闇に広げると気づかれる恐れがあるため、範囲を狭くしていたバルドルは、その従業員が行く所にまで領域を広げた。


 そこは訓練場なのか少しだけ広いスペースだった。ただ、幾つもの個室が存在し、その中に訓練場があるようだ。


 魔法剣、魔法槍などのプレートが存在する扉を通り過ぎ、その従業員は「銃」と書かれた部屋に入ると、中にいる冒険者に棒を手渡した。


 そして去り際に「お試しが終わりましたら、そちらのベルをお鳴らしください」と告げた。


(? この単語は何だろう? 初めて視るから……読めない)


 バルドルは高位の冒険者に領域が気づかれる可能性に考え、扉前で領域を止め、「銃」という言葉を読むことができなかった。


「っ!?」


 不意に空気が破裂するような波が魔素を振動させた。空気中の魔力、魔素に溶け合わせるように領域を展開している彼は、その魔素が波打つ感覚を感じ取り、何事だと訓練場を視てみる。


 そこにいる一人の女性冒険者は、驚くことにバルドルがいる方角に顔を向けると、綺麗な青色と黄緑色のオッドアイを見開きながら、柔らかに微笑んだ。


(っ!? 嘘、気づかれた……!?)


 初めてだ。


 今まで誰もが感じ取ることのできない、極限まで魔力を薄めた領域を察知された。


 その女性冒険者は棒を置くと、訓練用の個室を後にして、バルドルがいる所に向かってきた。


 鼓動の音が高鳴る。


 人のプライベートを覗き見したような罪悪感。しかも相手は高位の冒険者だ。良く見ると耳が長く、エルフであることが伺える。


 エルフは魔力との親和性が高く、魔力に敏感な体質だ。高位のエルフ冒険者、気づかれるのも無理はない相手を前に、バルドルは最悪の可能性が脳裏を過ぎった。


 問題を起こしたことが学園側に知られ、我が校に相応しくないと入学拒否をされる可能性だ。


 ついでにこのエルフの女性はVIPルームから一般の所に来て、多くの冒険者が認識し、その姿に目を奪われていた。


 非常に注目を集めていたのだ。


 色鮮やかな青色と黄緑色の髪が入り混じった不思議なヘアカラー。端正に整った顔立ちは彫刻のように美しく、グラマスな体型も相まって、特に男冒険者の視線を釘付けにしていた。


 もしかして、と誰かが言った。


妖精の狙撃手フェアリー・スナイパー……!?」


「いや俺は銃の開拓者とか聞いたぞ……!?」


 第三者の意見を知り、かなりの有名人だと理解したバルドルは、更に心臓の音を加速させる。と、目の前にやって来たエルフの冒険者が口を開いた。


「見てた?」


「……はい」


 バツが悪そうな顔で頷く。


 だが、エルフの冒険者は興味深そうに微笑みを浮かべてバルドルの全身を見た。


「やっぱり。へぇー、凄いなー。こんなに魔力操作の技術に長けた人間、初めて見たよ」


「ありがとうございます。私の名前はバルドル=アイゼンと言います。先程の無礼な真似、失礼しました。どうか、平にご容赦いただきたく存じます」


「かったいなー。別に気にしてないない。にしても、アイゼン家かぁ……。んー、ん〜〜〜、でもな〜〜〜〜、こんな逸材滅多にいないし〜〜〜〜〜〜〜」


 そのエルフはアイゼンの名を聞き、悩まし気な反応を見せた。腕を組み眉を顰め、首を捻っている。


 この反応に周りの冒険者達は何事だ!? そしてアイツは何者だ!? とバルドルに嫉妬混じりの剣呑な眼差しを向ける。


 数十秒、葛藤してから──ま、いいや、と決めたみたいだ。


「貴方、銃に興味ない?」


 ニコッと期待するような目を向け、バルドルにそう提案するのだった。


「銃……?」


 それが、バルドルと銃の出会いの始まりだった。









────────────────

ちょい説明

ちなみに、バルドルがお金を持っているのは、シスカから使用人を通して魔道列車代と食事代を貰ったからです。食事代は流石アイゼン家といった所か、かなりの金額があって、バルドルに美味しい物を食べて欲しかったみたいですが……。

 



 

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