第25話 特殊科と普通科





    ◇ ◇ ◇



 時を遡り、バルドルは魅了攻撃が気絶したはずの上級生ルス達に当たり、効果がないことに絶望を加速させる。


 魅了は相手の認識に影響する。魅了の状態は効果対象が使用者に好意を寄せる状態を指す。だが、そこには相手を認識するという工程が必要だ。詰まる所、魅了の効果対象は魅了の使用者を見る、認識しないと効果が発揮しない。


 その魅了が効かない状態には一つしか心当たりがない。


 精神干渉による洗脳だ。


 魅了とは異なり、精神干渉は対象の心に直接干渉する。それはその人の心のあり方を変えるもので、例えば好意を抱いた相手を問題なく殺せるような精神性を持てば、バルドルに幾ら好意を抱こうが意味がないも同然だ。


 今のルス達は洗脳により、命令されたことなら何でも忠実にこなす下僕だ。


 基本的に魅了は精神干渉に劣るが、精神干渉の使い手は希少でその最上級魔法となると普通は防ぐことができない。


 バルドルの場合は〈魅了の魔眼〉を有しているが故に、精神干渉を何とか防ぐことができ、相手の魔眼をレジストするのに成功した。


 そう──襲撃者の一人は魔眼持ちだ。


 あの目を向けられた時、本能が囁いてきた。


 自分と同じ眼を持っていると。


 敵対者の狙いは多分、王女のエルトリーアと聖女のユニだ。そこから導き出される結論は、魔族だろう。


 実際、領域により体の形を把握した時、人ならざる特徴を確認した。


 魔族に対抗できる戦力はエルトリーアくらいだ。ユニは戦闘に関してはまだ苦手意識が強く、殺し合いは初めてのはずだ。


 なのに、バルドルはエルトリーア達と合流する手段がなかった。


「いや、まだだ」


 諦めるのは早いと俯きかける顔を上げ、道を塞ぐ三人を視る。


 与えられた命令はバルドルを通さないようにすることなのか、後ろにいる人達を無視しバルドルに注目している。


 全員が上級生。当然の如く、身に着けた装備の数々は試練踏破を表すように、神秘的な魔力を帯びていた。攻略階層が五層ということを考え装備ランクは低いが、どんな効果を持っているか分からない厄介さがあった。


(けど、問題はそこじゃない)


 通路にはバルドル達より遅れて転移してきた生徒達がいた。


 第五層に最速で到達したバルドルとシン達に行われた襲撃を見ていないのだ。


 ルス達が敵なことを知らない彼ら彼女らが第五層のフィールドに向かおうとしたら、もしかしたら反応するかもしれない。最悪のケースはルス達が下級生を襲撃すること。洗脳されていたとはいえ下級生を傷つけた事実はルス達の中に一生残ることになる。


 生徒会の人間として見過ごすわけには行かなかった。


「即急に解決する」


 バルドルはホルスターに納めた銃を引き抜く。


 人に凶器を向ける恐怖は確かにあったけれど、人の、大切な友達の命がかかっているのだ。時間は有限、少しでも無駄にすることはできない。


 立場的に守るべき生徒を傷つけるのも躊躇われるが、人命優先と割り切ることで人を傷つける覚悟を決めた。


 こんな時、レオンハルトなら何て言っただろうか。


 バルドルはふとそんなことを考えながら、目の前と後ろにいる生徒を視る。特に後ろにいる生徒達はバルドルの行動に動揺を顕にしている。


 またルス達の様子がおかしいことにも気づいているが、どちらかといえば気づいていない人の方が多く、バルドルに険しい眼差しを向けていた。


「おいおいおいおい! 何やってんだ!?」


「銃を向けてる……」


「殺すつもりか!?」


「と、止めねぇと!」


 常識のある生徒達が動き出す。だが、正当なる序列ランキング上位者の上級生相手に一年生がいても足で纏いになるだけだ。


 結局はこうなるのかという諦念の呟きを零しながら、下級生と上級生に被害が行かないようにする。


「──それで、何の用だ? 俺がうっかりシン君とシアちゃんを押してフィールドに入れてしまったから怒っているのか?」


 ユニ達を助けたい気持ちを抑え込み、ルス達と睨み合いながら生徒の足を止める言葉を言い放つ。


 その言葉は矛盾だらけだ。


 バルドルとルス達の位置的にシンとシアを押せるはずないし、仮に押せたとしてもルス達は追いかけているはずだ。だが、バルドルが人を助けたという噂が広がり、それを信じたくない一部の生徒は乗ってくると思った。


 事実、彼ら彼女らの押さえつけていた悪意が溢れ始めた。


「うっかりじゃねぇだろ」


「そりゃあ怒るに決まってんだろ。馬鹿なんじゃねぇの? なあ?」


「命に関わることなんだから当然でしょう?」


「最低ね」


 好き勝手に後ろが騒ぎ立てる。


 悪意の数々に苦笑したバルドルは、生徒達に危害が及ばないように、この場をちょっとした喧嘩に見せることにした。


 そうするのが一番、誰も傷つかずに済む。


 僕は慣れているからと強がりながら、魔法銃を引き抜く。


「──安心しろ。お前達は必ず守ってやる」


 レオンハルトがいたならそう言っただろう言葉を密かに呟きながら、バルドルはルス達に向かって走り出した。


 ルス達が受けた洗脳は第五層フィールドに近づく者の排除なのか、一定のラインを越えた対象に反応した。


 牽制に撃ち出した魔力弾に対して、ベラーゼが闇魔法を使うことで吸収した。闇魔法は実態のない闇に実態を与え生み出す魔法のことで、その薄闇は水のように物が沈む性質を持つ。


 また、闇は闇の濃度により性質を変化させる。薄い闇は物が沈み、濃い闇は物を引き寄せる。普通の闇は重く弾力がある。


「《闇弾連射ダーク・ガトリング》」


 闇の形をした弾丸の嵐がバルドルに一気に迫りくる。


 後ろに行くと危ないので、ベラーゼから見て斜めになるような位置を確保しつつ、領域による先読みで距離を詰めていく。


(かなり、キツイ……!)


 ダンジョンでの戦闘経験を経て、近距離戦における思考への伝達フィードバックは動きの予測という形で対応可能になったが、遠距離からの物量攻撃には把握する情報量が多く、未だに苦手分野だった。


 いち早く距離を縮めたいバルドルは、《毒霧ポイント・ミスト》を使うことで視界を遮る。魔力を宿した毒の霧は、未熟な領域使いならば透かすことは不可能だが、高度な領域使いであるベラーゼには通用しない。だが……


(これで同じ土俵に立てた!)


 バルドルとベラーゼは今、視覚情報に頼らず領域情報を受信し続け相手の位置を特定、補足し動いている。


 その分野ならば、常に領域を展開しているバルドルの方が一歩先を行く。


「《強化弾・麻痺パラライズ・ブリット》」


 魔法銃に流した魔力が弾丸になる時、そこに麻痺魔法を付与することで強化する。二つの魔法を重ねがけしたかのように、射出した弾丸は速度と威力が格段に跳ね上がっていた。


 一直線にベラーゼの闇魔法を掻い潜り、ヒットする直前、一人の大男が割り込んだ。


「《筋肉増強ビルド・アップ》!」


 ズン、と魔法により筋肉を膨れ上がらせたダグマールは雷を纏う弾丸に拳を突き出し、破壊してしまった。


(魔力耐性が高い……)


 筋肉を刺激し保護するような不思議な魔力の輝きを纏っている。実弾なら突破できそうだと照準を合わせようとしたその時、間近で靴が地面を踏む音を聞いた。


「っ!?」


 咄嗟に音の方を視た時、眼前に銀の刃が迫っていた。


 死が手前にある感覚に肌をゾクリと震わせ、後方へ体を傾け引き金を引き反動で斬撃から逃れたバルドルは呼吸を止めながらルスを……視えなかった。


 ダンジョンは未知だ。それは上級生がよく知っていることだ。常に最前線を攻略する上級生は、魔法科や特殊科と違い普通科の場合は命懸けだ。ルス達の部活動は平民出身の人達が作り上げ、その長年の経験と情報の蓄積によって徐々に攻略階層を進めていった。その中の斥候となれば、まずは未知の情報を得る所から始まる。


 そのため複数の感知を妨害するローブを身に着けていた。


 更に、ルスが地面を蹴った瞬間、ブーツに流された魔力は衝撃となり推進力を生み出した。


 ラピッドラビットのような加速を見せ、再び急接近してきたルスの動きを今度こそバルドルは捉えていた。


 毒の霧が満ちる世界で、その毒の霧の中に人の形をした空白輪郭が浮かび上がる。先程はルスが消えていることに気づかなく、深く集中していないから分からなかっただけだ。


 だが、毒の霧に触れ浮かび上がる人の形を認識するのは相当頭を使う作業だ。思考の何割かをルスの位置を補足するために割かねばならず、ただでさえ人数不利なのに不味いと歯噛みする。


(ヒュドラは……相手を殺してしまうかもしれない)


 ルスの追撃を躱したことで、ルスは動きを読まれている可能性を考えたのか、毒霧の中に潜み存在感を消していった。


 バルドルは威力の高すぎる魔法を使うのを制限していた。解毒薬や腕の良いヒーラーが身近にいない現状、全力を出すわけにはいかなかった。


 だが、ユニ達を早く追いたいという焦燥感がジワジワと思考を侵食していく。


 その間にもベラーゼの闇魔法の弾幕が領域内を埋め尽くし、現状打破のために使える頭がない。ベラーゼに弾丸を撃ち出せば、それを守るようにダグマールが立ちはだかり、実弾を撃てばルスが割り込むかベラーゼが身に着けた装備が反応し自動的に魔力障壁が展開された。


 魔力の量は徐々に減っていき、対するベラーゼ達も同じように魔力が減っている。持久戦に持ち込めばバルドルは魔眼がある分、三人なら何とかなる。けど……


(それじゃあ遅い……!)


 相手の思う壺だと冷静に考える。


 バルドルを足止めした理由は、自分がいることが襲撃者にとって不利になるからだろう。その理由には察しがつく。魔眼だ。


 封印指定魔眼オーバー・アイとも言われている〈魅了の魔眼〉は、純粋な魅了のみならず特殊な力があるという。実際、特殊な力があるからこそ、王の一族ナイトアハト家がいるこの国を滅ぼしかけた魔女が生まれた。


 そう、そこまで強力な魔眼を使えば現状の困難も余裕で切り抜けれる。しかし、外せるわけがなかった。


 マンツーマンの授業の時、リーベナに魔眼の封印具のことを尋ねたら、一種の神器らしく専用の鍵を使うことでしか外せないと言われた。


 それに〈魅了の魔眼〉を解除できるのは……妹のシスカくらいなものだ。


(と、無駄なことに頭を使うな!)


 バルドルは余計な思考に入りかけた所で己を叱咤し戦闘に意識を集中させる。


 バルドルは客観的に自分と相手の戦力を確かめる。


 バルドルが使えるのは毒の中級魔法まで、麻痺の上級魔法まで、無属性の身体強化と五感強化など、魔法銃、実弾銃、生活魔法カード。マスクは……ない。


 ベラーゼは闇魔法。自動防御の魔力障壁。杖による魔法発動スピードの上昇、闇魔法の強化、ローブによる状態異常の耐性。


 ベラーゼは筋肉の魔法? と筋肉が痺れた時があったが直ぐに癒えたことから、自己回復と自己強化系の装備。


 ルスは斬撃強化と思しき光を纏った短剣、加速ブーツ、隠密ローブ。他にもローブの中に煙玉やポーションの類が存在する。


 バルドルが同時に攻撃できる最大は魔法+魔法銃+実弾銃+身体強化による近接戦。ただ、身体強化をすると体が痛くなる。ドーピングを使えば元通り以上に動かせるが、魔族とは短期決戦になる。


 対する相手の防御は、ルスは特にない、ベラーゼは自動防御の魔力障壁、闇魔法による吸収、ダグマールが筋肉だ。


 四回の攻撃を同時に放てば、何とか一人は持っていける。


 その思考に辿り着くまでに戦闘を繰り広げ、長きに渡る戦いでバルドルは息を上げ、身体能力のパフォーマンスは落ちてきている。


 殺し合いをしている気分だった。


 間違えれば死に繋がる感覚は、普段全ての出来事を遠くに感じているバルドルの心臓を強く打った。


 元々引きこもりのバルドルとダンジョン攻略を続けたルス達では持久力という点において、バルドルが圧倒的に不利だった。


 魔力はあるのに肉体が追いついてこない。


 それでも、何とかピンチを切り抜けチャンスに変えるべく、思考を巡らせ作戦を練る。


「ふぅー、ふぅー、ふぅー……」


 余裕なく汗を流し、しかしバルドルは笑った。


 ここから、反撃開始だ。


 空気を蝕む毒の霧を魔法陣から噴出する。


 それに同化するようにバルドルはリーベナの魔法を見て盗んだ《魔力同化アミシレーション・マナ》を起動することでベラーゼの領域感知から消える。


 自らに身体強化を施し、駆け出したバルドルが向かう先はルスだ。


 魔法攻撃と魔力弾と鉄の弾丸をベラーゼ達に向かわせることで対処させ、少しの間、一対一の状況を作り上げた。


 ルスの速度は地面を踏む度に加速する。


 けど──エルより遅い!


 繰り出される短剣による薙ぎ払いを躱しながら、拳を突き出した。


 魔法銃を空中に置き、振り抜いた拳はルスの頰を撃ち抜き、地面に衝突させた。そして空から落ちてきた魔法銃を掴むと、麻痺の魔法を重ねて撃ち出し、ルスの体を痺れさせしばらく動きを停止させる。


 ぴくんぴくんと痙攣したルスに背を向け、一気に蹴りをつけるべくバルドルは通路の上を駆け抜ける。


 迫りくる魔法の数々を躱し、接近したバルドルに遂にダグマールが動いた。


 守りに徹していた筋肉要塞の彼の動きはとてつもない威圧感があった。だが悲しいことに、どれだけ見た目が大きかろうとバルドルには意味がなく、事実しか視ていないバルドルは気づいていた。


(エルより弱い!)


 その腕は太く重く、なれど発生した風圧は毒の霧を吹き飛ばせない。


 そんな右ストレートは魔物相手なら当たるが、人相手には狙いが甘く、バルドルはダグマールが守りに徹していた理由を知りながら、拳を掻い潜り容赦なく手を翳した。


「《麻痺爆弾パラライズ・ボム》」


 接触発動。


 生み出された雷球は弾け、その全てでダグマールの筋肉を貫き、行動不能に追い込んだ。この魔法は中級魔法の中でも上位の威力を誇るため、仕方ないが、やはりその耐久性もエルトリーアには劣っていた。


 そして最後、ベラーゼを視たバルドルは絶句した。


 バルドルがフィールドに近づくに連れ勢いを増していた攻撃は、バルドルがフィールドへの光の十数メートル前に来たためか、ベラーゼの危機感を刺激したようで、追い込まれに追い込まれた結果、魔力の質を高めていた。


 バルドルは上級魔法を使わせないように、魔力を練る時間を与えないよう、定期的にベラーゼに攻撃していた。


 その警戒を表すかのように、命の危機レベルと精神が判断したベラーゼの魔力質は高まり、身に着けたいずれかの装備によって瞬時に上級魔法を発動できるまでになり、杖の先端に巨大な深淵のような黒く暗い魔法陣が展開されていた。


 それは毒霧によって状況を正確に把握できない、背後にいる生徒を巻き込みかねない魔力が渦巻いていて──。


「必ず、守るッッ……!」


 今の自分は、バルドル=アイゼンは生徒会執行部の一員だ。生徒を守る義務があると灼熱の如き感情を吹き上がらせ、かつてないほどに加速した脳内は一つの解決案を導き出す。


 瞬、間……


「《深淵噴吸アビス・ブラスト》」


 闇より暗く、薄くて濃くて、現世にはあり得ざる色をした闇が顕現し、砲撃となりて撃ち出された。


 全てを飲み込む深淵の闇を前にして、バルドルは掌を突き出した。


「《超・魔力障壁イクシード・ガード》!」


 彼が思いついた答えは単純明快。


 自身の魔力量に物を言わせた超硬質な魔力障壁の展開だった。


 深淵の闇は魔力障壁に直撃し、凄まじい衝撃と侵食を始めたが、異様なまでの魔力量に生み出された障壁を破るには力不足。


 しかし、魔法激突の衝撃は魔力障壁を押し、その衝撃がバルドルにも伝わってきた。


 足に力を入れ踏ん張りながら、バルドルはエルトリーアが民を守ろうとする気持ちはこんな感じなんだろうなと笑った。


 そして、深淵の砲撃を防ぎ魔力障壁が消えた瞬間、バルドルは領域で捉えたベラーゼにセットしていた銃の引き金を引いた。


「《強化弾・麻痺パラライズ・バレット》」


 空を切り裂く麻痺の弾丸。


「《闇弾ダーク・バレット》」


 咄嗟に撃ち出されし闇の弾丸。


 弾丸同士が空中でぶつかり合い、それを突き破ったバルドルの弾丸がベラーゼの魔力障壁を撃ち抜き、ヒットすると同時に電流を流し込み麻痺にさせた。


 そうして、三人を行動不能にした直後、


 強く心臓を圧迫されるような感覚。人を容易く殺し得る威力を持った中級魔法の数々を視たバルドルは、信じたくない気持ちがあった。


 だが、皮肉にも目で見ていなくてもバルドルには視えていた。


 彼ら彼女らは毒の霧により状況を把握していない。ちょっとした喧嘩に収めるために、またルス達に変な噂が立たないように見えなくしたのが間違いだったのだろうか。


 だが、そうしないとこちらに近づいていた。


 常識のある生徒が近づけない空気を作る必要があった。そのために自身への悪意を向けさせ、間接的に触れた常識ある生徒はバルドルに近づくことを恐れ、足を止めてしまった。


 仕方ない。とは言わなかった。


 今はユニ達を助けるのが優先だ。


 心を殺しながら、冷たい日々を送っていた頃の自分を思い返し、状況を冷静に判断した。


 魔法を躱し、時には魔力障壁を使うことでガードする。後ろにいる生徒の数に対して飛んできた魔法が少なかったから、何とか防ぐことができた。


(ルスさんの回収、どうしようか)


 ベラーゼとダグマールを回収することはできるが、後ろにいるルスを回収することはできない。


 毒の霧は深淵の砲撃と魔力障壁がぶつかった時に吹き飛ばされていた。


 ルスを守るように何人かの生徒が彼を背に庇っていた。


 客観的に見た時、その生徒達の行いは正しい。バルドルが毒の霧を生み出し、気がついた時には上級生が倒れていた。


 その時、普通の人は噂で判断する。


 方や平民出身の頼れる先輩達、方や特殊科で様々な悪い噂がある同級生。


 至極当然、悪役はバルドル=アイゼンとなり、被害者はルス、ダグマール、ベラーゼとなった。


 麻痺魔法は対象を痺れさせ、耐性の有夢によって麻痺から回復する速度は変わる。ルスはエルトリーアのように麻痺状態にも関わらず無理やり動くことはまず無理だ。が、懐にポーションがあり……それを生徒が見つけ飲ませた暁には、最悪殺される。


 エルトリーアが飲んでいたポーションは例外で、普通のポーションは状態異常回復のためにある。特に斥候のルスはそういうのを多く持っているはずだ。


(僕が言っても、多分……聞いてくれない)


 危険だと口にしても、既に場の役者は決まっていた。


 強硬手段に出る必要がある? しかも今回の相手は洗脳もされていない状態だ。力の差は歴然たるもので、こんな大勢が見ている前でルスを連れ去ったら、またどんな悪評が広まるのだろうと考えたら、体が強張ってしまう。


 後になって魔族のことを生徒達に通達したら納得させることはできるが……すれ違いのようなことを起こしたという現状は、必ずバルドルの枷となる。


 ここにいたのがレオンハルトなら、多くの生徒が信頼している生徒会長ならば、すれ違いのような現実にはならなかったはずだ。


 信頼のない者は生徒会長に相応しくない。などと言われてしまえば、後に信頼を得ようとも一定数の人は票を入れないものだろう。


 守るべき生徒を襲うという行為はそれほどまでに、衝撃を残すはずだ。


 嫌な想像が脳裏を過り、ユニ達を早く助けたいという焦燥感が脳内を侵す。


 ドッドッドッドッ、という心臓の鼓動が聞こえるくらいに、どうしたらいいのか分からなかった。


 数秒、思考を止めたバルドルは……


(……悪い噂なんてどうでもいい、ユニ達の命が優先だ)


 頭の中を空っぽにして、優先順位を間違えるつもりは毛頭ないと、バルドルはルスを回収するために走り出した。


 その時、涼やかな声が通路に響いた。


「──何をやっているんですか、兄さん」


 冷水を浴びせられたように、急接近していたバルドルの足が止まった。


 小さな靴音を奏でながら、生徒達の波を「風紀委員です」と腕章を見せながら掻き分け、シスカが姿を現した。


 それは何人かの生徒が地上に帰還し、バルドルのことを伝えたからだ。バルドル相手ならばと呼び出されたシスカが事情を聞きに第五層の通路に転移してきた。


「事情は聞きました。本当に何をやっているんですか?」


 バルドルに歩み寄ったシスカは不意に怖気が立つほどに鋭利な声を発しつつ、振り返った。


「──


 バルドルとシスカを眺める生徒達に向けて、冷たく罵倒した。


 シスカは腰に差した剣を引き抜きざまに振るい、ルスの心を支配する精神干渉を切り、消滅させた。


「その目は飾りか何かですか? 異質な魔力すら感じ取れない未熟な身で何をしようというのです。兄さんが悪だと言うのなら、何故すぐさま動かなかったのですか? それに、本当に彼ら上級生の方々が下級生を心配しているなら、フィールドに飛び込んでいるはずでしょう。この場にいない者はどうでも良い生徒二人と第2王女に聖女、そのお二方はどちらも国に欠かせない存在……その方達がいないとなれば、まずは彼女らを気にするのが先でしょう。何故、同じ平民のことしか見ないのですか?」


 少々感情的に言葉を発するシスカに呆気に取られたバルドルは、「シスカ、後のことは頼んでもいい?」と告げる。


「はい。状況の予測はできます。万が一、兄さんと敵が入れ違いになった場合は私がこの場を守らせて頂きます。それと……」


 シスカは懐に入れた手で何かを取り出すと、バルドルのポケットに押し込んだ。


「馬鹿な真似はやめてください。。最初から事情を話さずに彼らを突き放したのは兄さんの甘さが原因です。最初から巻き込み痛い目に合わせた上で突き放せば良かったんです」


「でもそれだと……」


「良いですか? 私は見ず知らずの上級生よりも嫌いだけどたった一人の兄さんの方がよほど大切です。私に事情を伝えに来た生徒さんも、兄さんのことを信じていたみたいですよ」


 では、行ってきてください、とバルドルの背中を強く押して、シスカはバルドルを草原に移動させた。


 その後、ダグマールとベラーゼの洗脳を解除したシスカは適当に転がし、生徒達に風紀委員として帰還するよう命令し、逆らう者には剣を向け言うことを聞かせた。


 そして転移装置の前に立ち、通路先の光を見つめるシスカだった。



 一方、バルドルは草原に降り立つと同時に、自らの魔力を余さず放出した。全神経を領域の制御に割くことで、広大な草原を視ていく。


 魔眼に秘める魔力を使えば、優に数キロを越える範囲を探索できた。バルドルは移動を開始しながら、広範囲領域を展開しユニ達を探して行った。








────────────────

後書き失礼します。

ちょい説明

ベラーゼの領域はバルドルのように相手を視ることはできず、魔力を視ることしかできません。これがどういうことかというと、毒霧の中にいるバルドルを狙えたのは、分かりやすくすると、人の形をした魔力がない空間ができているからです。故に、バルドルの居場所を把握できても、魔法を当てることは困難でした。《魔力同化アミシレーション・マナ》を使うことで位置の補足ができなくなったのも、これが理由です。その空白、すなわちバルドルの体が毒霧の魔力と同じになり、満たされることで領域感知を妨害しました。

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