第24話 シンシア兄妹
◇ ◇ ◇
精神を消耗させられたシンは夢を見ていた。心が危機感を覚えたのか、今のシンという人間を形作る始まりの出来事を心に映し出す。
シンの家庭は裕福だった。
他の平民の家と比べても羽織が良く、何不自由ない生活を送っていた。
両親は当時はまだ有名になる前の魔道具に目をつけ、値段が決まっていない魔道具を安い内に仕入れ売るという、魔道具専門店をやっていたのだ。数年も経てば魔道具は流行し始め、数多くの在庫を抱えていたシンシア魔道具専門店は右肩上がりの売上を見せた。
そう、店舗の名前に子供達の名前を付けるくらいに、親はシンとシアを愛していた。
幼少の頃からシンは男の子らしく、将来の夢は最強の騎士になることだった。
その理由はやはり、母親に寝る前に読んでもらった、実話を元にした英雄譚、「クロスベルトの冒険」の主人公に憧れたからだ。
クロスベルトは魔王と魔族によって滅亡の危機に瀕した現状を打破するべく、一介の騎士でありながら旅に出た者だ。
征く先々で人知を超えた力を振るう種族、後に八つの最強種と呼ばれる存在と出会い、試練を与えられそれを乗り越えることで魔王と魔族に対抗する力を手に入れていったという。
そして国に戻ったクロスベルトは当然のように非難された。彼の目的を知る者はいないし、逃げた騎士としての烙印を押されてしまった。
しかし、彼の胸には国を守る騎士としての忠誠のみがあったのだ。
誰かに何かを言われようとも、国の危機を打破するためにクロスベルトは戦った。
戦いの果に魔王を討ち倒し、人々はクロスベルトを認め褒め讃え、新たな王になり物語は幕を閉じた。
子供用に表現自体はマイルドにされていたこともあり、シンはクロスベルトの姿に胸を打たれたのだ。
一つの信念を持ち続け、そのために頑張って、辛いこともあったのに悪い奴らと戦い勝利して、みんなに認められて王様になった。
シンは自分もクロスベルトのようになりたい! そう強く思うようになり、元々兄として妹のシアを守るよう親に教えられてきたシンは、この日からより一層シアに対して守護の精神を持つようになった。
騎士は何かを守るために戦っていた。それが格好良かったから真似をしたのだ。
シンには魔法の才能があったことも幸いし、6歳になると
何もかもが順風満帆だった。
朝昼晩には温かくて美味しい母の手料理が振る舞われ、魔道具好きな父からは日常に使う様々な魔道具を教えられ使い方を知るという楽しさを覚えた。
妹のシアは引っ込み思案だからいつも守ってあげると、お礼を言ってくれる。その笑顔に気を良くしてお菓子を上げた後には冷静になって落ち込んだこともあった。
そんな日常にシンはずっとずっと笑顔だった。
……不意に、幼いシンの口から「このまま続けばいいのに」という本音が零れ落ちた。
これは夢の世界。この先に起きる出来事を無意識に理解しているシンの掌が強く閉じられた。すぐに夢の中のシンは不思議そうな顔をして、母に呼ばれ一緒に寝ることになる。最近気恥ずかしく思うようになったが、寝る前にシアと一緒に母の話を聞くのが好きだった。
──ああ……本当に、どうか本当にこのまま永遠に続いて欲しい。
7年前、当時8歳だったシンは庭で子供用の木剣を振るっていた。
正面には人の急所に赤い線を引かれた訓練用の魔道具が配置されている。木剣なのに切った時の手応えが赤い線の時だけ気持ち良くなるというシンのためだけに用意した物だ。
本格的な戦闘訓練はまだ早いので、子供の内はゲーム感覚で楽しく成長させようという親の気遣いだ。母親的に物騒な技術を教えるのに反対だから、こうなったということもある。
「えい! おりゃ! はぁ! く、こ、のぉ!」
赤い線に当てるのは困難だった。
素振りが嫌いなシンは基本がまだまだで、踏み出した時の重心が毎回異なり、その度に無理に赤い線に狙うため、殆どが赤い線の横を叩くだけに終わった。
だが、シンのセンスは高く、体が温まり赤い線を狙う感覚に没頭していくと唇は弧を描き、木剣は赤い線をなぞり始めた。
そこからは正しく斬撃という形になり、赤い線を切っていく。その度にシンは爽快感を覚え、快感を味わっていた。
若干危ない状態になっているが、相手が訓練用だから仕方ないのだろう。
そのシンの様子を温かい顔で眺める父と、心配そうに眺める母がいた。
両親の視線の先で、乗りに乗ったシンは今日こそは切り落としてやる! と魔法を使った。
「《
切断能力を格段に上昇する魔法を木剣に施し、シンは寸分違わず赤い線を切り上げた。
「「あっ!」」
両親が声を上げた。
その理由は《
その切断能力は空間が切られたことにすら気づかせない。冒険者の人から聞いた話では、切られたことに気づかない空間は斬撃を通過させるという。
「あ、やべ」
使ってから冷静になったシンは飛ぶ斬撃を視線で追った。
「危ない!」
父親が声を上げた先にはフードを被ったローブ姿の男がいた。
その男は魔力の斬撃を見ていなかった。シンは自分は何てことをしたんだと不安と恐怖に苛まれていた。
だが、男は見えているようにローブ下に携えていた細剣を引き抜き、斬撃を切ってみせた。
呆気に取られるシンの前で、両親は家から飛び出し男に謝罪した。シンも近寄り、目に涙を浮かべながらごめんと謝った。
「ああ、別に何も気にしてはいない。ただ、その子は面白い魔法を持っているなと思っただけだ。そうだな。……良いことを教えてやろう」
その時、男はシンと視線を合わせるようにしゃがむと、紫混じったピンクの眼をシンに向けた。シンは罪悪感から俯き男の目を見ていなかった。
「折れるな、強くあれ」
そうして男は去っていき、両親は息子が罪に問われなかったことに安堵の息を吐くと、シンに注意してしばらくは剣の訓練を禁止と言い渡した。
「お兄ちゃん。おかーさんと一緒に寝ないの?」
「ぅ……あーその、だな。やっぱ恥ずかしいから」
シンは母と顔を合わせるのが気まずくて、シアにカッコつけたくて、そっぽを向きながら誤魔化した。
将来のことを考え子供部屋は作られ、シンはそのベッドで寝転んでいた。お兄ちゃん大好きっ子のシアはシンを探し、見つけた兄の元にトテトテと駆け寄り、布団の中に潜り込んできた。
「じゃあさ、じゃあさ、お兄ちゃんコレ読んでよ!」
シアの手には母に朗読してもらおうと思った本が握られていた。
タイトルを見たシンは苦い顔になる。それは平民の女の子が王子様と結ばれるシンデレラストーリーだったのだ。
この頃のシンは妹のシアが誰かの物になる可能性を考えては悶々とした感情を抱えるようになっていたお年頃だった。
しかし、妹のお願いを兄として断るわけにはいかず……。
「お、お兄ちゃんが読んでやるよ!」
キラキラとした目をするシアに勝てるはずもなく、シンは若干引きつった表情を浮かべながら頷いた。
苦い顔で本を読んでいく兄と、ニコニコした笑顔で聞く妹。
「そして、娘は王子様に嫁ぎ、めでたく暮らしたのでした」
「わー!」
パチパチパチとシアは拍手をする。良いお話だったからだろう。そのことにシンはむっと眉を寄せる。
「コイツのどこがそんなにいーんだよ。別に強くだってねぇだろ」
「でもこの国の最初のおーさまは凄く強い人だったんだよね! だったら王子様もきっと凄く強いよ!」
「むっ……」
思わず納得したシンは、一つの噂を思い出した。
同年代に第一王子がいると。魔法学園に通えばもしかしたら結婚できるかも、と同年代の女子連中が噂していた。
もしも、もしもシアが魔法学園に行くなんて言い出したら、可愛い妹のことだ。王子とやらも目をつけるに違いない! そうだ、そうに決まっている!
「俺が確かめてやる」
密かに誓いを立てるシンだった。
本を読み終わった二人は睡魔に襲われ、ベッド近くの壁に配置されている、照明の魔道具のスイッチを押し明かりを消した。
部屋に備えられた時計の針が進む音が聞こえる。カチカチカチカチ。静まり返った空間では煩く感じる時計が気になって眠れないと、シンが時計を止めようと立ち上がった。
その瞬間、シンにとって忘れられない地獄の時間が始まった。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
母の悲鳴が静寂の世界を吹き抜けていく。
「「っ!?」」
ビクッとシンは全身を硬直させ、眠っていたシアは飛び起きた。
何? 何!? と辺りを見回し、「お兄ちゃん」とシアはシンの元に行き抱きついた。
「だ、大丈夫だ。お兄ちゃんが確かめてきてやる。だから、シアはここで待っててくれ」
震える体で笑ってそう言うが、「やだ!」とシアは駄々を捏ねた。
「だって今の、おかーさんの声だった」
「……うん」
「お腹が痛くて動けないのかもしれないし、私も行く!」
「分かった」
シアの言葉に悲観する必要はない。別に何があったかなんて分からない。そういえば、ゴキブリが出た時に似たような悲鳴を上げていたな、なんて笑いながら、二人は寝室に向かった。
いざという時のためにシンは木剣を手に持ち廊下に出た。
いつも歩いている廊下のはずなのに、どうしてか広く長く見えた。
「私もいるから、一緒に行こ。私だってお兄ちゃんみたいにまほーを頑張ってるんだから」
「そうだな」
歩く度に音を立てる木製の廊下に緊張感と恐怖を高められながらも、二人は寝室の前に着いた。その中からは啜り泣く声と「どうして、どうして」と涙ながらに零す母親の声だけが聞こえた。
口から心臓が飛び出してしまいそうなくらい緊張した。
──開けるな。開けたら駄目だ、その先は……地獄だ。
しかし、夢の中のシンは「お母さん、大丈夫!」と扉を開いてしまった。
「ええ、大丈夫よ」
「え……?」
扉を開けた先にいたのは、母親の心臓を剣で貫いている父親だった。そして、母親の胸にはぬいぐるみが抱かれていて、まるで我が子を愛するような瞳で見つめていた。
父親が母親に向ける目は今まで見たこともない、愛する者を奪われたような酷い憎しみと悲しみに満ちた瞳だった。
「え? え? え? え? え……………………」
地獄を見た。
優しい母の顔はどこにもなく、温かい父の姿はどこにも見えない。
目の前にいる両親は知らない。
怖い。恐ろしい。
「──
俺は何を言っている? シンの口は勝手に動き、操られた人形のように体が動いた。
木剣を振り上げながら《
「駄目! 《
シアは闇系統の特殊魔法「封印魔法」を発動した。木剣を包み込む空間切断の光が魔法陣によって生み出された帯に包まれ抑え込まれた。
「ほぅ」
その時、シンとシアは家族以外の誰かが部屋にいるのに気づいた。
不審者の存在に息を止めながら振り向いた。その姿にヒュッとシンは息を呑んだ。
暗闇に紛れるような怪しいローブ。今はないフードから覗いた顔には、左目に眼帯が付けられていた。だが、もう片方の目は人ならざる複眼だったのだ。
夜の中にあって薄っすらと輝きを宿した目。その人ならざる容貌に、クロスベルトの冒険に登場する魔族を思い出した。
「お、お前のせいか!!」
怒りか悲しみか。それとも恐怖か。
シンは目尻に涙を浮かべ釣り上げる。
両手に握る剣に力を入れ、色んな感情を押さえつけて魔族に木剣を繰り出した。
「甘い」
木剣を細剣に切り落とされてしまった。
「あ、う、あ……」
武器を失ったシンは驚くほどの恐怖に体を硬めた。
両手には何もない。
後ろには守らないといけない妹がいる。
目の前には助けないといけない両親がいる。
「ふむ。剣と封の魔力質、か。良いものを持っているが、やはり……未成熟か。なら、こうしよう。
そして、シンの前で魔族は細剣を薙ぎ払い、父と母の首を斬り落とした。
あまりにも自然に行われた殺人に呆けた顔になる。すぐに現実を理解したシンは、心の底から絶望した。カラン、と切れた木剣が手から零れ落ちた。
シアは冷たい手でシンに抱きつきながら泣いていた。
「基本的に封印は他者の能力に制限をかけることができる。だが、自分の記憶に限り制限をかけることは……」
魔族は面白い実験対象を見つけたように笑うと、眼帯を外し魔眼を覗かせた。
その目がシアに向けられた直後、口が勝手に知らないルーン言語を紡いだ。
「《
「な、何すんだテメェ!!」
叫ぶが体は動いてくれない。
「……できる、か。俺には無理だが、ダンに喰わせれば面白いことができそうだ。自分の記憶すら偽りどこにでも潜入することができる」
魔族は立ち上がるとシンとシアを見て、シンには質がまだ足りない、シアにはまだ量が足りないと結論付け、シンシア兄妹を食べるのは後にして、二人の前で両親の心臓を貫き、心臓を取り出すと喰らっていった。
あまりにも悍ましい光景に限界を迎えた精神は途絶え、二人は意識を落とした。
目が覚めた時、シンはシアを見つけホッとした。シアはちゃんと生きていた。だが、目覚めたシアはシンを見てこう言った。
「誰……?」
と。
──夢の時が終わりを告げる。
今のシンになった始まりの出来事。あの後、両親が残したお金を使うことで生き、魔族に復讐するために、今度こそシアを守れるように、そしてシアを助けるために冒険者として頑張り、
中でも魔法学園アドミスに存在する神造迷宮ユナイトの魔道具、最高位レア度の神器と呼ばれる物は不可能を可能にする力を持つという。
そしてシンは決めたのだ。
魔法学園に入り最強になって、神器を手に入れると。
魔法学園に入学し様々なシステムを知ったら、
1位の時に貰える特典は神器が多いらしい。実際に本当かどうかは知らないが、それでもシアを治すためならと頑張った。
だが、今の自分の姿は何だ。
目が覚めたシンは、屈辱と憎悪に塗れた顔つきに変化していた。
赤い瞳は復讐対象を見つけ憤怒に染まり、心の炎は黒が混じり燃え上がる。
あの時、気絶する前通路の奥に見えたローブ姿には見覚えがあった。しかも、王女と聖女を襲う存在など魔族しかいないと英雄譚が好きな少年は決めつけた。
何よりも、眼だ。
子供の頃に向けられた禍々しい魔力を宿した複眼の瞳。忘れるはずがない。
アイツだ。アイツがいる……!
飛び跳ねるように起きたシンは、背中に背負った大剣を引き抜く。獲物を叩き切ることに特化した分厚い刀身が、広範囲絶対切断の魔剣と化した。
赤黒い魔力が刀身から吹き上がる。
周囲を見回した眼はユニを貫くマルクを映す。
シンはユニを視界内に収めながらも見えていなかった。
身体強化を己に施し地面を蹴った。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ユニごとマルクを殺すように大きく大剣を振り上げた。
「贄が」
無駄な出血で魔力が減るのを嫌ったマルクは顔を歪め、細剣をユニの喉から抜き、剣撃に応じた。
「良い感じに育ったようだな」
ギィン! と大剣は細い剣に受け止められた。
「なっ!?」
「不思議か? 俺の剣が切れないのが。頭を使うのを忘れているようだな。当たり前だが」
シンの精神状態がおかしい理由をマルクは察していた。それは、シンの精神が回復したばかりだからだ。
本来、心とはその人の色に染まるものだ。人の経験が蓄積され心を作り、その精神の力を消費し人は物事を考え生き、睡眠を取ることで回復する。だが、精神の器、心のあり方に一度ヒビを入れられ、修復されたばかりの状態は、心が染まりやすくなっている。
今のシンは長年心の奥底に閉じ込めてきた復讐の
「くっ!」
一旦距離を取りマルクを見据える。
マルクはシンに魔眼が効かないことに訝しんだが、ユニの《
ユニの呼吸は既に止まり、意識は断絶している。だが、身に着けた歴代聖女の装備の数々がユニを生かしている。
即急に殺す必要があると判断するが、シンが突っ込んできて舌打ちする。
「《
赤と黒の魔法陣が展開され、刀身に黒炎を
「……《
右手のみで剣を扱っていたマルクは、ローブの下に伏せていた左手をシンに向け、掌から全ての基本属性を持つ混沌の魔力で生成された糸を放出した。
「こ、のぉ!」
黒炎纏いし剣をマルクへ振り抜いたが、刀身は糸に絡め取られ、黒炎は鎮火していく。
「諦めろ。元は
「っ……!? ざけんな」
シンが一番嫌いな言葉だ。
案に特殊魔法が
歯を強く食い縛る。
「ふざ、けんなぁぁぁぁぁぁぁ! 《
最も使い古し使い慣れた魔剣の名を呼び、切断能力を向上した大剣を持ってして混沌の糸を切り裂いた。だが……
「遅い」
今、シンとマルクは殺し合いをしている。
感情が優先しすぎたシンに対してマルクは冷静に細剣を突き出した。
何の魔法もかかっていない、ダンジョン産の不朽の効果を保有する細剣の切っ先は、シンの胸を穿ち──不意に遅くなった。
その理由は二人が放置していたシアだ。
シアは状況を何も分かっていなかった。
精神年齢が7歳の彼女は過去に何があったか自分自身の封印魔法によって忘れている。だがそれでも、何故か心が覚えていた。
気がつけばシアは詠っていた。
「《
全ての行動を封印する帯がマルクの全身に巻き付いた。その帯は魔法的なもので実態があるわけではない。無論、抵抗されたら効果は落ちるが、それでも相手の行動を大幅に弱体化させることができる。
そして何よりも、シアの行動を見たシンは思い出した。
──そうだ。俺には守るべきものがあった。
復讐の炎は沈静化し、シアを目にしたことでシンの頭は落ち着いた。
バックステップを踏み心臓を射抜かれる寸前で回避したシンは、マルクが扱う糸を冷静に見極め対象していく。
これまで長い間冒険者として経験してきた戦いの数々が思い起こされる。
その中では糸を使う蜘蛛の魔物と戦ったこともあった。
「燃えない糸には──《
混沌の光が大剣を包み込む。
同じ六属性の攻撃。だがマルクの攻撃は弱体化させられている。当然勝つのは糸ではなく剣だった。
「《
そして大剣に付与した魔法を解放することで撃ち出した。
混沌の光がマルクに襲いかかる。
ローブが消し飛びタタラを踏んだ。
眼以外は人間らしい見た目をしていた。
だが、冒険者として活動する中で人と戦ったことのあるシンは臆することなく草原の上を疾く駆け抜けていく。
「最後は! ──《
彼が使う魔剣の全ては、実は英雄譚などに出てきた魔剣の名だった。
その魔剣の一振り、バルムンクは復讐のために使われた魔剣だ。その逸話の通りに、この魔剣には傷つけられた分のダメージを上乗せする効果がある。
「オルラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
咆哮。
積年の思いを秘めた魔剣がマルクの首に叩き込まれた。
だ、が──絶望の音が響いた。
「はっ?」
シンは何が起きているのか分からなかった。
いや、目では見えていた。
ただ、頭が現実を受け止められなかっただけだ。
シンの大剣は折れていた。
まるで、何かに切り裂かれたように刀身が落とされた。
「まさか、本気で勝てると思っていたのか?」
マルクの剣には糸が纏わりついていた。
その糸が細剣と一体化するように纏わりついたことで、長剣のような見た目に変化していた。
「な、な……」
ようやく現実を理解したが、手には武器がない。魔法を使うことはできない。武器がなくても戦える手段はあるが……それで勝てるほど魔族は弱くない。
「人間程度と同じ身体能力だとでも思ったか? それに一つ良いことを教えてやる。俺はまだ身体強化をしていない。この意味が分かるか?」
つまり、マルクはちっとも本気じゃなかった。
圧倒的な力の差がシンとマルクの間にはあった。
どんなに努力しようとも、どんなに強い気持ちがあろうとも、決して打ち破ることが敵わない壁。
その壁の高さと厚さに息苦しさを覚えた。
マルクの動きは経験者の動きだ。だが、その経験の蓄積の数が違いすぎた。どれだけ生きているのかと思わせる滑らかすぎる動作の数々。目の前にいる魔族はクロスベルトの冒険に出てきた千年は優に生きる魔族ということ。
「化、物……」
そして、シンとシアの心を守っていた《
心を守る手段がなくなったシンとシアにマルクは、ニヤリと悍ましい笑みを浮かべながら絶望の底まで叩き落とすために魔眼を向けるのだった。
「──収穫の時だ」
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