第20話 一時の休息と
夜が明け朝になり、やがて昼がやって来る。
バルドルとユニ、エルトリーアは生徒会室に来ていた。お昼の時間になった今、昼食を持参していない生徒は食堂でご飯を食べるが、昼食を持ってきている生徒は学内のどこかで食べる。バルドルはユニとエルトリーアに生徒会との繋がりを作るためという意味もあり、今日は二人を引き連れ生徒会室に訪れていた。
中にはレオンハルトとイリス、ザックがいて昼食を食べていた。レオンハルトとイリスの昼食は豪華だが、ザックの昼食は凄く茶色だった。
「失礼します」
「失礼します」「し、失礼します」
ノックした後、バルドルに続いたエルトリーアとユニが入室する。エルトリーアは堂々としているが、ユニは少し緊張している。
「本日は僕の友人を紹介したいという我儘を聞いてくださり、ありがとうございます」
「そう畏まる必要はない。一人は俺の妹だしね」
このやり取りで空気がほんのり弛緩し、ユニの緊張が和らぐ。それに合わせたように、イリスが「歓迎します。隣にどうぞ」とユニを手で呼び寄せ、おずおずとしたユニを隣に座らせる。
「あ、あの、私はユニと言います。よろしくお願いします」
自己紹介から始まり、イリスと会話に花を咲かせていく。エルトリーアは皆に向け名乗りを上げた後、イリスとユニの隣に座る。
その向かい側、レオンハルトとザックの横にバルドルは腰を掛けた。
「バルドル、君のお弁当の内容がエルトリーアと同じなんだけど、どういうことかな?」
お弁当を広げたバルドルに、レオンハルトは指摘をする。バルドルはレオンハルトの行動に違和感を覚え、机の下で動く手を視ると、何やらエルトリーアとまともに話をするのが恥ずかしいから手伝ってくれ、と文字を書いていた。
面倒くさい兄だなと感じたが、同じ兄として手伝うのは吝かではない。
「このお弁当は僕が作りました。エルはあまりお金を持っていないので、僕の分を作るついでにと」
「エルトリーア、大丈夫なのか?」
その話に乗り、心配するような声で尋ねた。
エルトリーアは敬愛する兄に恥ずかしい事実を知られたことに頬を染め、机の下でバルドルの爪先を踏むと、「まあ、はい」と小さな声で頷いた。
「もし良かったら……」
そうして、ナイトアハト兄妹も昼食の合間に談笑する。
残ったバルドルとザックは近情報告すると、ザックが「聞いたぜ」とニヤッと唇を釣り上げた。
「草の魔人を討伐したそうじゃねぇか。しかも、女の子を助けるためとはな〜。やるな〜、マジで尊敬するぜ」
バシバシと背中を叩きながらの気持ちの良い称賛に「ありがとうございます」とはにかむ。
それを聞いていたエルトリーアとユニの耳はピクリと反応し、エルトリーアが会話に割り込むように不満を打ち明ける。
「ドラード先輩、聞いてください。実はバルったら、その時に手に入れた報酬を助けた女の子にプレゼントしたらしいんですよ。信じられます?」
「漢じゃねえのか?」
ザックはいまいちピンと来ていない様子だ。恋愛弱者の反応にエルトリーアは諦めた顔をする。だが、変わりにイリスが応じてくれた。
「まあ確かに、凄いプレゼントをしたものですね。試練の報酬は一人に付き一度まで、
「ですよねー……?」
サラリとバルドルの新しい呼び名が聞こえた気がしたエルトリーア。首を傾げるがまあいいかと気楽に流す。
何故か気まずい気持ちになったバルドルは言い訳するように、「助けるためだから」と告げる。
「ミルミゼさんの状態が危険だったから、当然のことだよ」
「へぇー、聞くのも恥ずかしい台詞を連発して、俺を見ておけーなんて言っておいて〜?」
からかうような表情で指摘する。
「恥ずかしい台詞?」
ユニは気になったようだ。他の面々も興味津々だ。
そしてバルドルの真似をするように、シエスタから聞いたバルドルを演じる。レオンハルトは笑いを堪え、ザックは流石とバルドルをリスペクト。イリスの顔色は変わらないが、ユニは良いなぁと唇を少し尖らせた。
そんな中、当のバルドルは「どこが恥ずかしいんだろう?」と精神年齢の問題で、恥ずかしい所か格好良くない? と真面目に思っていた。
「それっていつ聞いたの?」
純粋に疑問に思い尋ねた。
昨日、バルドル達はミルフィパーティーを医療施設に運んだ。診断の結果によると、ユニとカチューシャの力によって命に問題はないらしい。それでも、血が足りないミルフィ達は起きるまでに時間がかかると言われていた。
「シエスタ先生に教えてもらったの」
曰く、ミルフィは起きてはご飯を食べ寝てを繰り返している状態で、その時に何度か質問し聞いた情報らしい。
「感謝しているみたいだから、完全に回復したらお礼に来てくれるみたいよ」
「そっか」
人の命を救えたこと、感謝されたことに、バルドルは温かい感情を覚えた。自分のことを悪役だと思っていたが、それ以外にもなれた。
それは生徒会の一員としてバルドルに尊敬を集める結果を産んだ。奇しくもバルドルのレオンハルトを越える計画を進めてしまった形だ。
……ともあれ、そういうこともあって人目を避けるために生徒会室で昼食を続けるバルドルは、不意にダンジョン内で起きた違和感についての意見を上級生に求めてみる。
「実は昨日のダンジョン、少し違和感があったんですが、聞いてもらってもいいでしょうか?」
「ああ」
「草の魔人が
「試練の前に別の試練を与えるほど、神々は厳しくはない。……と言いたい所だが、あり得なくはない話だ。
「じゃあ、それって……」
「だけど、
「ですが、あの動きは……」
「……ああ、話を聞いた限りだと、何者かの意図が介入したんだろう。第三者、現実的なのは
実際、ミルフィの時もいたぶるように、ともすればバルドルの反応を観察するような感じだった。
「問題は誰が
明言はしなかった。だが、ただの学生が草の魔人を動かせるわけがないのだ。侵入者という線もなくはないが、王族が通う魔法学園の対策は完璧だ。ならば、学生の犯行となるわけだ。
無論、容疑者の話は普通の学生は知らないことなので、バルドルがミルフィを傷つけ、自作自演をした、なんて噂は微塵もない。
「まあ、君が犯人になる可能性は少ないんだけどね。何せ……」
と、良くない空気になり、話を切り替えるため、趣味の悪い発言をバルドルに向けた。
「昨日の夜、バルドルの妹も襲われたみたいだしね」
その一言をレオンハルトが何気なく呟いた瞬間、バルドルの精密な制御によって展開されていた領域が荒れ狂った。
生徒会室に溶け合わせるように薄めていた魔力は急速に高まり、気の弱い者を気絶させる威圧と化し、その圧力に皆は絶句した。
「はい? もう一度、言ってください。シスカが誰に、襲われたんですか?」
言動に矛盾が生じるのも気にならないくらいにバルドルは怒っていた。もしもシスカを襲った不届き者を知りもしようものなら殺しかねない威圧だった。
「バルドル、気持ちは分かるが落ち着いてくれ」
レオンハルトだけはやれやれと冷静な様子だった。
「バルト君、落ち着いてください。……《
誰にも聞こえないように口元に手を添えながら詠唱し、不思議な方陣を展開し、バルドルの精神を安定させた。
角度的に皆に見えないように机の下で発動したので、バルドルとレオンハルト以外は普通の回復系魔法だろうと思った。
「それで一体、その自殺志願者は誰なんですか」
悪化してない? とエルトリーア達は苦笑した。
そして、バルドルはその事情聴取が放課後に行われるのを知り、この先連携することもある風紀委員との繋がりを作る意味もあり参加し、今日はダンジョン攻略を休みにするのだった。
放課後、ダンジョン攻略の予定がなくなったエルトリーアとユニは、二人でショッピングに行くことにした。
実は二人は自由に王都ナイトガードを見る機会がなかった。方や一国の姫、方や教会に保護されている聖女。どちらも普段は近くに護衛が存在し、お店に行った時はお店特有の空気を感じることができなかった。
まあ、エルトリーアは特異体質によって、感覚が鋭く、陰ながら護衛をしている人達がいるのに気づいているが、目に映る範囲にいないのは有り難いと様々な店舗を見て回る。
女子高生らしく可愛い物を見つけてはお財布と相談して購入か否かを決めていく。平民が買う物は初めて見るので、じっくり商品を眺める。
ユニもまた珍しいようだ。
ぬいぐるみ店ではぬいぐるみをお試しに触ってみる。だが、良い物は値段が高く手は出せなかった。しかし、いつかは絶対にお迎えすると意気込み、ダンジョン攻略に対する意欲が高まった。
本屋を訪れると二人は恋愛小説を中心に手に取り、数ページだけ見せてもらう。後はエルトリーアの趣味である、珍しい魔導書がないかをチェックしていく。
魔導書はルーン言語で書かれた物で、ルーン文字を解読できる者にしかその価値は分からない。だから、たまに掘り出し物があるのだ。
学校でルーン言語を教える授業があったりするくらい重要だ。魔法陣を構成するルーン文字から相手の魔法を予測することができる。
そういう風に放課後を楽しんだエルトリーアとユニは、喫茶店に入りお菓子と紅茶を頼むことにした。
席に座り待つこと数分、紅茶とケーキが運ばれてきて、紅茶を飲み一息つくと、「楽しかったわね」と口元を綻ばせながら言った。
友達と気軽に遊ぶ時間は初めてで、心の底からエルトリーアは楽しんでいたのだ。
「はい。そういえば、どうして途中であっちに行っては駄目だなんて言ってたんですか?」
見る者全てが珍しい彼女達は好奇心が赴くままに王都を散策していた。だが、西区、貴族達が住まい高級店が多い区画への道で、エルトリーアは引き返す判断をした。
「聞いても気分の良いものじゃないわよ?」
問いかけるように呟き、ケーキを切り分け口の中に運んだ。ショートケーキのクリームの滑らかな美味しさを楽しむ。
「でも、気になります」
聞いたからには知りたいというのが人情だ。モンブランをパクリと掬って食べ、栗の風味と味付けに満足そうに頬を緩めるユニ。
「実は三日前の夜、西区で殺人事件が起きたのよ」
「っ!? ……西区って、お貴族様が暮らしている場所ですよね?」
衝撃に手を止め、心を落ち着かせるために紅茶を飲む。
「ええ。亡くなられたのはとある貴族の方よ」
「そんな大事件、聞いたことがないんですけど?」
「……その死体は、心臓が抜かれていたらしいわ」
「っ!? 魔族、ですか?」
「さあ? 首に牙を突き立てられた跡があったみたいだから、吸血鬼の可能性もあるわ。でも……墜ちた吸血鬼以外は心臓を食べないと思うのよ。だから十中八九、魔族の仕業ね」
穏やかじゃない情報に、ユニは少しだけ怖くなった。
「しかも、貴族の方が殺されたのに、誰も気づかなかったそうよ」
「っ!?」
不安を煽る追撃に周囲を見回してしまう。
教会に所属するユニは魔族の脅威度を嫌になるくらい教えられた。そして聖女が生まれる時、魔の王が復活するという神々の時代から世に知られている話を思い出した。
「もしかして、昨日私達が遭遇したイレギュラーな展開も魔族の仕業だったりしませんか?」
「ない、と言い切れないのが怖い所ね。それでも、なら何で西区で殺人事件を起こしたのかってなるわけだしね。国としての判断は魔族が活発になり、こちら側の戦力を削ぐためと言われているわ」
実際問題、魔法学園アドミスの警備は厳重だ。既存の門、入口以外からの侵入には防護結界が反応し、防護結界を張る魔道具に登録のない者は学園の敷地内に入った瞬間、警報がなる仕組みになっている。
照明の魔道具を先端に備えた柱の一本一本は魔道具で、別々の感知方法を搭載した物だったり、学生寮には更に厳重な警備用の魔道具が配置され、不審者が見つかり次第に反応するなど、むしろ警備が行き過ぎているくらいに充実していた。
唯一、警備が薄いのはダンジョンだが、入口を通った者の魔力を検査し、学園に登録がある魔力か確かめる物があるので問題ないとされている。
そういったことをユニに話し落ち着かせると、ケーキを食べて調子を元に戻していく。
「……魔族との共存はできないんですか?」
「会話が可能な以上、不可能なんてことはあり得ないわ。でも、魔族の種族としての性質と、何よりも魔王が存在するため今は無理ね」
「本当に魔王は復活するんですか?」
信じたくない顔を浮かべるユニに、エルトリーアは真面目な表情を作り、場の空気を静寂にした上で語っていく。
「──魔王は再誕するわ」
「っ……」
「古来より数千年の間隔で魔王が復活する。世界に
魔族と人の歴史は深い。歴史の教科書に乗り、人の子と魔の子は根本的な部分で分かり合うことができないとされている。
「対話はできるんですよね?」
「昔から何度も対話を臨んだけれど、魔王は何も答えなかったらしいわ。そもそも、魔族と魔王は文字通り心がない存在と言われている。人が忌避する行為に拒絶を示さず、己が本能で動く、人の形をした化け物。それが魔族であり魔王」
ユニに説明した後、ふと、何かを思い出したような顔になる。
「……いや、どうかしら?」
「どういう意味でしょう?」
エルトリーアは一般的ではない、王家に伝わる魔族及び魔王の情報を思い出す。本来は外に出すとややこしいことになるため秘匿される情報だが、ユニの聖女という立場的にいずれ知らされることになるからいいかと判断し、話すことに決めた。
「曰く、魔の王は魔法の根源であり不滅。
曰く、魔の王は魔族に恩恵を授ける神。
曰く、魔の王は人を滅ぼす災害である」
魔王とは再誕する存在だ。本当の意味で死に至ることはなく、それがまるで世界の法則であるように、魔王は必ず復活を遂げる。
「……魔王は心がなく、魔王に力を授けられた魔族も大概、頭のおかしい連中だと歴史には乗っているけど、全ての魔族に心がないのは、確かに私もおかしいと思うわね」
人は神様にだってなれたのだから、魔族だって人になれる可能性は秘めている。
「だから、希望を捨てることはないわ」
その時のエルトリーアは、ユニの目を真正面から覗き込み、大人びた雰囲気を持って、優しく美しい笑顔だった。
ぼう、と見惚れてしまったユニは、我に返ると胸がときめいた事実に唇を尖らせ、「あ、ありがとうございます」とそっぽを向きながら恥ずかしげに口にした。
「あの、私もエルって呼んでもいいですか?」
「勿論!」
そうして二人は仲を深め、温かい顔を浮かべながら談笑すると、ケーキと紅茶がなくなり、いつまでも席を占領するわけには行かないと、喫茶店を後にするのだった。
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