第19話 悪意の行方





    ◇ ◇ ◇



 木々の中に潜むことで存在感を消し、更に魔力感知を妨害する魔法を使用することで、ギリギリ肉眼で全員を観察できる位置にマルクとダンはいた。


 ダンは木に背中を預け、退屈げに欠伸を零すと、草の魔人を討伐したバルドル、そしてエルトリーア達とシン達を見つめているマルクに問いかけた。


「マルクさん、何で急に作戦を変更したんだ?」


「ああ……」


 本来の作戦は草の魔人を直接バルドル達に向かわせ、エルトリーアが状態異常を回復する暇を与えず、草の魔人の特性を活かした物量攻撃によってユニに危機感を与え、特殊な力を使わせる内容だった。それで無理なら今エルトリーア達に使っている駒を出すまでだった。


 色々と隠す気がないのは、多少不自然に思われようとも、聖女の力を確認するのが任務だからだ。


「それは、魅了の情報を集めている内に実力の判断が難しくてな。あの魔眼を持っていることもあって、上級魔法を使った戦闘をこの目で見たかったのが一つ。事実、草の魔人は相手にもならなかったようだ。そしてもう一つが、7年ものの贄を見つけたことだ。上手い具合に熟成したかどうかを確かめたかった」


 ダンは二重の意味で「さっすがマルクさん」と称賛した。マルクは慎重な上司ではあるが、見極める目とその胆力に尊敬していた。


「7年なんて俺には待てねぇよ」


 どんな味がするのだろうか想像を膨らませるダンを横目にマルクは戦況を把握する。


 エルトリーア達は苦戦することなく魔物達と戦いを繰り広げている。圧倒的という言葉が似合うほどに魔物では歯が立っていなかった。バルドルの独断専行にも動揺せず、強い信頼があることが伺える。


 もう見るべきものはないように視線を逸し、シン達の動きを見る。そちらに注目しながら、ダンとの会話を続ける。


「珍しい魔力の質を持っていたからな。子供の内に刈るのは物足りなかった。魔力は使わなければ濁る。適度に使わせるように前菜を頂いたが……良い感じに育っているようだ」


 シンは何か思うことがあったのか、動きにぎこちなさが出ていた。それ故にシン達は魔法を使い始めた。


 シンは剣技の魔法を、シアはデバフ系の魔法を使っている。


 マルクは口元に邪悪な笑みを浮かべながら判断を下す。


「──収穫の時だ」


 すると、ダンは明るい笑みを零しながら嬉しそうに木から離れマルクの隣に立った。


「ということは、動くのか?」


「ああ、聖女の方は断定は不可能だが予測は可能だ。魔眼は今日の内に確かめればいい。故に、明日中に資料を作成して報告。そして任務を終えた明後日に動くぞ。その日は丁度休日、贄共は朝からダンジョンだ。動くには持って来いだろう」


 そして、エルトリーアとユニはバルドルの元に追いつき、合流すると三人はミルフィ達を護衛し五層の通路に送り届け、その日は攻略終了することになった。


 マルクとダンは転移装置を使うと気づかれる可能性があるため、魔力隠蔽、気配遮断と透明化の魔法を使うことで生徒達の目を誤魔化し地上に戻った。


 地上に着く頃には空は夜に移りゆき、生徒達はどこにも見当たらなかった。この時間帯に外にいるのは殆どが風紀委員の見回りだ。


 その横をマルク達は通り過ぎていく。


 誰も気づくことはなかった。肉眼で視認することはできず、領域で確認することはできず、違和感を覚えることすら許さない。


 最も、高度な領域使いならば魔法を透かすことが可能なため、バルドルがいる状況では迂闊に手を出せないのだ。


 そして、完全に夜になり暗闇に包まれ、所々に設置されたライトの魔道具によって照らされる道を、一人の女子生徒が歩いていた。


 右側の髪と目の色は純白、左側の髪と目の色は漆黒というツートンカラーとオッドアイ、二つの稀有な特徴を持つ少女、シスカだった。


 軍服のような制服の腰に、二本の剣を携えている。風紀委員を表す腕章を腕に着け、兄と似たように美しい歩行で夜道を進む。


 マルクは少し違和感を覚えた。風紀委員は見回りの関係上、一定の間隔で領域で展開しているのだ。なのに、シスカだけは全く領域を展開していなかった。


 嫌な予感が体を動かし、ダンに手話で『隠れるぞ』と伝え近くの木の陰に潜む。


『何でだ? 魔眼を確かめるなら、サッサと手を出した方が良くないか?』


 手話の意味は『疑問』『魔眼』『確認』と言ったように単語を表すものだが、長い付き合いのためマルクには文章に翻訳することができ、会話するように応じる。


『ああ、だが魔眼の視界に入るのが不味いと直感した。多分、感覚的には片方は解析系だと思うが……』


『ならなおさらに、完全にバレる前に殺れば良いんじゃ?』


『お前は感じないか?』


『何を?』


魔眼やつの魔力の異常さを』


『……まあ、ぶっちゃけ初めてだ。あんなに美味そうな魔力と不味そうな魔力を両方持ってんのは』


『何かが危険だ。手を出すとしたら魔眼の背後をつくように遠距離から奇襲、手応えがあるなら続行、無理と判断したら即撤退だ。先程の距離では近すぎた』


『りょーかい』


 マルクとダンは作戦を取り決める。ダンはシスカを食べてみたいと思ったが、同時に食べたくないという二つの相反する感情があったので、冷静に判断できた。


 そして、二人はシスカの視界に入らないように動き、数十メートル距離を置いた瞬間、マルクはフードの中に手を入れ、腕を動かし何かをズラすと顔を上げた。



 一方、シスカは自身の見回りエリアを終え、何もないことを報告しに戻る途中だった。


 魔法学園アドミスの敷地は広く、各風紀委員には見回るエリアが決まっている。シスカが担当しているのは、本校から少し外れた位置にある、部活棟と呼ばれる部室のみで構成された建物の周辺だった。


 辺りは訓練に使えるように森のような木々が広がって、たまに居残りで練習している生徒がいるため、かなり重要なエリアと言える。


 シスカは帰り道の途中、兄バルドルのことを考えていた。


 二人の間には8年の空白がある。9年前にバルドルが部屋に閉じ込められ、その一年後に一度だけ合い、以降は会っていない。


 正直、どう接したらいいのか分からない。


 憎む心はある、嫌う心もある、親愛の心もある。様々な感情が渦を巻き、気分次第で態度を変えてしまう。昨日は少しだけ、甘えたくなっただけだ。


 だから、別にブラコンではないと嫌いな気持ちを高めながら断ずると、不意に夜風が吹き火照った顔を優しく冷やしていく。


 少し勢いが強く髪を守るように手を上げ、ふぅ、と吐息を吐いた。瞬間、シスカは詠唱の音を聞いた。


 振り返った時にはもう遅く、数十メートル後方にローブ姿の体格から男が一人いた。


「《混沌の輝きカオス・ルミナス》」


 シスカが気づいた時には詠唱が終わり、複合系秘匿魔法ユニゾン・シークレットが発動される。複合魔法は大きな魔法陣の中に複数の魔法陣とルーン文字、幾何学模様が浮かぶ魔法である。


 複数の魔法を組み合わせ一つにする。


 その展開された魔法陣の内側には六つの小さな魔法陣が存在していた。それらの小さな魔法陣を囲う大きな魔法陣の中心に、小さな魔法陣から力が流れ込むように集束する。


 バチバチ、と魔力が音を立てスパークする。


 そうして解き放たれたのは、六つの属性が入り混じり混沌という防御迎撃不可の属性に変質した凶悪な魔力の光線だった。


 同時にシスカの前方、魔法を対処するため振り返り今は後方の木々の合間から、無詠唱で秘匿魔法シークレット超速マッハ》を使用し超速のスピードを手に入れたローブ男が飛びかかってきた。


 その瞬間、シスカはポツリと剣の柄に指を絡ませながら呟いた。


「誰かは知りませんが、校則違反です」


 そんな価値観のズレたことを告げながら、一人だけ時間が加速したように、混沌の光が届く前に純白の剣を抜き、振り終えていた。


 全ての属性に対する弱点たる混沌の光に剣を一薙。すると、まるで致命的な何かを切られたように、魔法が消滅した。


「喰らえ!」


 シスカの背後を取ったローブ男は短剣を引き抜きながらシスカの首元に振るった。


 銀の描く軌跡が首に吸い込まれていき、一拍、その短剣が奏でた音は金属にぶつかった音、ではなく……冗談のように短剣が切られる音だった。


 シスカは片手で魔法を切り、もう片方の手で抜いた漆黒の剣を一振りして、短剣を切って見せたのだ。


 そして動揺したローブ男の顎に剣の柄を叩き込み気絶させる。もう一人のローブ男も同様に気絶させるとその正体を確認する。


 シスカはやっぱりか、という顔をする。見覚えのある顔は、同じ特殊科に在籍する生徒のものだった。


「私を闇討ちに来た生徒ですか。正当なる序列ランキング上位者は狙われると聞きますし、これも普通なんでしょうね。……一応、報告しないといけませんか」


 鞘に剣を戻し、厄介事が増えたとため息を溢す。その後は生徒二人を引き摺り、風紀委員に報告すべく帰るのだった。



 その光景をマルクとダンは見ていた。当然、あのローブ男二人はマルク達ではない。そもそも学園に不審者がいるという情報が万が一にも知られたら、明後日の作戦に支障が出る。


「俺の能力も効かなかったようだな。それに、俺達と同じように全てを消していたのに、やはり反応するか。……撤退するぞ」


 長き時を生きる二人でさえ今の状況は異常事態だった。幸い、物理的に視界の外、魔眼の範囲外にいると効果はないと判明したのは良かった。特殊な感知方法は魔眼由来だと確定したからだ。


 だがそれにしても、普通の魔眼とは決定的に何かが違うシスカの眼に、マルクは自分の知らない頂点の魔眼バーテックス・アイだという確信を持った。


 そしてマルクとダンは魔法学園アドミスを後にする。


 王都ナイトガード南区、歓楽街や夜の街ナイトタウンと称されることの多い区画、その歓楽街を少し外れた隠れ家のような酒場……の奥に備えられたVIPルームにマルクとダンは帰還した。


 二人は店主に注文を告げ、血が注がれたグラスを受け取り飲んでいく。


「ぷはぁ。そんで、俺の能力を使えば殺せたのに、何ですぐに撤退したんだ?」


 マスクを外したダンはソファに深く腰を掛けながら不満げに言う。


「時間をかければ魔女が来る。魔法を切った時の身の熟し、速度的に短期決戦は不可能だ。殺す前に時間切れになる。それに本命は別だ」


「分かってるよ」


「安心しろ。本命の後に頂けばいい」


 グラスを持つ手に力が入り、ヒビ割れる。自分の能力がシスカに通じなかったことに腹が立っていた。


「その時はダン、撤退のために魔女の目を欺く必要がある。頼んだぞ」


「ああ、任せとけ」


「フッ、ならば問題はない。作戦通り明後日に贄共を調理してやろう。確実に殺して食らってやる」


 血を飲み干したグラスを握り潰し、破片を床にばら撒きながら、獲物は確実に刈るという捕食者の爛々とした目を持って宣言した。


 常人なら怖気を覚える気配にダンはニヤッと裂けた口を笑顔の形に歪め、我慢してから食うのはそれはそれでアリだな、と喜色の混じった悍しい声で呟くのだった。


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