第18話 草の魔人



    ◇ ◇ ◇



 そのパーティーは一言で言えば優秀だった。特殊科の生徒ミルフィ=ミルミゼがリーダーを務め、特殊科と魔法科の生徒で構成されている。


 各々が専門的な役割を持ち、連携が取れた良いパーティーだ。


 攻略速度は首席バルドル達と同等で、非常に優秀であることが伺える。


 だから、彼女達が不運に見舞われたのは、ただ、悪意の持ち主の気紛れの結果でしかない。


 初め、ミルフィ達は強烈な魔力に肌を震わせた。ゾクリとした感覚に突き動かされ、一斉に振り向く。


 そこには──草の魔人が立っていた。


「アァァァァァァァァァ……」


 生命があるべき姿ではない異形。捕まったら仲間入りをしてしまいそうな、原始的恐怖を呼び起こす見た目。その異様な姿を見た者は一様に顔を青褪めさせた。


 全身が魔の心臓マナハートであるかのように魔力に満ち溢れ、枯れたような声は魔力を帯び「魔声」と化し、聞いた者の精神を掻き乱す威圧となる。


「ま、まさか……!」


 その正体を看破した面々は気を強く持ち、戦闘態勢に入る。


 草の魔人は一番近くにいた魔法科の生徒に向け腕を振るった。鞭のようにヒュンという音を鳴らし迫りゆく。


 魔法科の生徒は威圧の影響で正常な判断力を失っていた。


「この! 草なんか!」


 手に握る剣を草鞭に合わせるように振り抜いた。


「ダメッ!」


 ミルフィが叫んだ時には遅く、草鞭は剣を掻い潜り、予測不能の動きを持って腕を斬りつけた。


「はっ?」


 もしも彼が普通科の生徒なら草の危険性を理解していただろう。平民なら誰もが体験したことがある、草に触り怪我をしたことを。


 回避に移らなかったことが仇となる。


 


 制服に一筋の切り傷が生じ、腕に現実味のない熱が生まれた。何が起きているのか理解できなくて、呆けた顔で右腕を見る。


 すると、裂けた制服から血が滲み出ていて──。


「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 生まれて始めて味わう血の激痛。脳内が沸騰したように熱に満たされ思考回路は停止し、絶叫を上げる物置と化した。


 その間に草の鞭は翻り、緑の残滓を残し振り抜かれた。


 絶叫を聞いた仲間達は動きが更に悪化し、目の前の状況を傍観し、腕から血を流す生徒の首に向かう草鞭に対して何もできなかった。


 ただ、一人を除いて。


 ──《地面錬金アース・アルケミー》。


 エルトリーアの担当教師シエスタ=ミルミゼの妹、ミルフィは地面を錬金し、生徒の足元にある土を材料とすることで手元に集めた。錬金自体は失敗するが、救助するにはこの方法しかなかった。


 錬金は失敗すると法外な魔力を持っていかれるのだ。だが、生徒の体勢が崩れたことで、草鞭は髪を切り裂くだけに留まった。


「ラァナは障壁! フォグは草の魔人を──チッ!」


 仲間に指示を出す。


 が、草の魔人が待つはずもない。


 草の魔人は両腕を閃かせた。


 ドバっと両腕全ての草が糸のように細く変化し、超高速かつ別々の方向からミルフィ達に襲いかかった。


 制服を切り裂く威力はない。


 だが、顔、腕、足、露出した肌を撫でると皮膚は裂け血が流れる。そして生徒達は混乱し草糸に視線を持っていかれた時、


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 草の魔人の接近を許してしまった。


 混乱した状況に乗じた予測防御不可能の、至近距離からの威圧。完全に場は混沌となり、パーティーという機能は停止した。


 ミルフィは声を張り上げるが仲間は自分だけ助かることに必死で周りが見えなくなり、好き勝手に動く。


 そして一人、また一人と草の魔人の餌食となり、裂傷を体中に刻まれ地に伏した。


 パーティー壊滅。冒険者の末路のような現実に、ミルフィの口から乾いた笑みが溢れ落ちた。


(魔力、使いすぎちゃったなぁ……)


 本当は仲間を助けたかった。だが、ただでさえ数多くの魔物と戦い、錬金失敗で多くの魔力を持っていかれた結果、彼女は魔法を使うことができなかった。


(本当はコイツとやり合った時、みんなで動きを止めてから使おうと思ってたんだけど……)


 懐からシエスタお手性の爆発するポーションを取り出した。


 当然、草の魔人と合った場合は想定していた。しかし、予想以上に痛みと混乱に慣れていない者が多く、上手く行かなかった。


 これが……現実だ。


(あーあ、王女様に勝ってお姉ちゃんにまた教わりたかったけど、仕方ないや)


 自分の命と引き換えに爆発するしかないと腹を括る。仲間を助けるためにはそうするしかない。


 さっきからこの草の魔人は妙に人間臭い。混乱した後に草の糸による物量。それに視線を集め接近からの威圧。あれでパーティーは瓦解した。


 普通に投擲しても当てることは無理だ。なら、草の魔人が接近するまで耐え忍び、そして超至近距離で自爆する。


 その道筋を思い描き、ただ、耐えた。


 草の糸に肌を切り裂かれ、草の鞭が首に襲いかかると腕でガードする。血と苦痛に思わず声が漏れ、心の中の弱い自分が諦めろと耳の中に囁いてくる。だが、


(絶対に、諦めない……!)


 強い意思で我慢する。


 そして、草の魔人が先に限界を迎え自ら接近してきた。


 腕の形状を変化させる。


 草薙の剣。


 草の魔人が持ち得る最強の近接攻撃手段。


 その一閃が繰り出された。


(今だ!)


 爆発ポーションを投げようとしたその時、手の中から溢れ落ちた。


「──あっ」


 腕には数え切れない裂傷。


 傷ついた腕は既に力を失っていた。


 コロン、と地面を転がる瓶が状況を正しくミルフィに理解させた。


 仲間を助けようとした行動は全部無駄だったのかと絶望が胸に去来した。


 草薙の剣は首に迫り、その空気を切り裂く死の音に目を瞑り、最後はせめて痛くないようにと目に涙を浮かべながら願って。


「………………………………………………………………………………………………………………………………?」


 しかし、何も起こらなかった。


 首を切断される感覚も、傷によって感じる激痛も感じなかった。ともすれば既に自分は死に死後の世界に来たのだろうかと思考する。


 そうして、目を開けた先には、一人の男の背中があった。


 特徴的な黒い髪を揺らし、手には魔法の銃が握られている。綺麗な立ち姿は不思議と草の魔人を相手にもしていない余裕の表れのように見えた。


 そして、草薙の剣を銃身で受け止めながら流すという超技工を持って防いだその男、バルドルは振り返らずに言った。


「あとは任せろ。ここから先は――俺の仕事だ」


 絶対的な頼もしさをもたらす傲慢な宣言に、ミルフィは知らず内にもう大丈夫だという謎の安心感に包まれた。



 バルドルは守るべき生徒と草の魔人が出会った瞬間、もしもの可能性を考え即座に走り出していた。その理由は何かがあってからでは遅いからだ。


 バルドルの領域は尋常じゃないくらい広い。


 領域に集中したら今より拡大できるが、なくても他の追随を許さないほどにはずば抜けている。そのバルドルの領域限界ギリギリのラインに生徒ミルフィ達と草の魔人がいた。


 至極当然、何かが起きた後からでは遅すぎた。


 《身体強化フィジカル・ブースト》《劇毒強化ドーピング》を発動したバルドルは、素の状態のエルトリーアを越えた速度を手に入れ疾駆する。


 感覚を強化したことで、戦況を詳しく視ることができた。生徒の数と形を把握する。何人かの生徒は見覚えがあった。


 そして、状況は最悪の方へ向かっていた。


 一番不味いのはミルフィだ。


 しかも、起死回生の手があるようで、手にはポーションを握っている。


 その正体に予想がついた。エルトリーアから聞いたことがある。シエスタ先生は爆発するポーションを奥の手に持っていると。


(その前に、何が何でも助ける!)


 生徒会の人間とか、同級生とか、そんなことの前に一人の男として、女の子を助けないわけには行かないという純情な少年心が彼の力を最大限にまで引き出し、更に更に更に更に加速していく。


 数十メートル前に草の魔人がいた。


 草薙の剣を作り、ミルフィの首に薙ぎ払った。


 ──間に、合え!!


 心の声の咆哮が、首に当たる直前の草薙の剣の前にバルドルを割り込む爆発力を生み、バルドルは銃身で草薙の剣を受け止め、流した。


 凄まじい圧力が腕にかかるが、身体強化したお陰で折れることはなかった。


 そして、ミルフィを背に庇い、彼女が目を開けた瞬間、一人の男として、堂々たる振る舞いを見せる。


 安心させるように、


 もう大丈夫だと告げるように。


 絶対的な自信を醸し出し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「──あとは任せろ。ここから先は俺の仕事だ」


 傲慢な宣言を残し、草の魔人と対峙する。


 草薙の剣を防がれたことに苛立ったように、もう片方の腕も草薙の剣に変化させた。


「《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》」


 常時魔力を昇華するドーピングによって、すぐに上級魔法を発動する。


「飲み込め」


 地面に展開された紫紺の魔法陣から飛び出した三つ首の毒竜は、草の魔人をその顎門に捕らえ、取り込んでしまった。 


 草の体に毒は効きにくい。


 だが、毒竜ヒュドラは毒液、毒液は液体だ。視点を変えれば水魔法に似た芸当が可能ということにバルドルは気づいた。


 毒の影響は皆無に等しいが、草の魔人を閉じ込めることはできる。その結果、草の魔人の行動は否応なしに緩やかになり、脱出不可の檻と化す。


 この間にミルフィを安全な場所に避難させるのが目的だ。


「大丈夫か」


 体には幾つも傷が生まれ、血を流しすぎている。アドレナリンがなくなれば、意識は朦朧とし始め、やがては命の危険に繋がる。


「ぁっ……」


 ありがとう、と言いたかったのだろうが、安心感を得た体は力を抜き倒れてしまった。


 すると、バルドルに優しく抱き締められる。


「良く頑張った。最後まで仲間を助けようとする想い、確かに受け取った。君の稼いだ時間が仲間を生かした。だから気を強く持て、そして前を向け、俺を見ていろ」


 声をかけながらミルフィをお姫様抱っこする。


 ミルフィは頬を赤らめながら借りてきた猫のように大人しくされるがままだ。


 一人の生徒の側に落ちていたバッグを拝借し、それを背もたれにするようにしてミルフィを座らせる。


 そして命令するように「俺を見ていろ」と告げ、振り向き草の魔人と向き合った。


「ぁ、あの、その魔物は凄く人間みたいな動きをするから気をつけて!」


「ああ」


 それはバルドルも感じていた。


 ミルフィが爆発ポーションを持っていた時、力がなくなるまで執拗に遠距離から攻撃し続けた。


 今もそうだ。


 毒竜の中に取り込んだのに藻搔く様子を見せず、静かに、魔力を高めていた。


 二本の草薙の剣を水平に薙ぎ払い、魔力の斬撃を放ち竜の顔を切断。魔法維持が不可能と判断され、一つの竜頭が落ちた。


 だが、まだ二つの毒竜は残っていた。


「応用だ」


 バルドルは余裕を演出しているが、実は決定打を持ってなかったりする。状態異常系魔法の中に、彼が知る限り草の魔人に有効打になる魔法はない。だが──魔法は使い方だということをバルドルは学んだ。


「落ちろ」


 草薙の剣を振るった瞬間、毒竜を草の魔人に向かわせていた。


 噛み砕くように竜の牙に捕らえ、そのまま地面に打ち付けさせた。そうすることで草の魔人を地面に激突させ、物理的なダメージを与える。


 その際に毒竜の頭も一つ崩れ、毒液が地面に広がる。仰向けで地面に打ち付けられた草の魔人に最後の毒竜を突撃させ、取り込むのではなく膨大な毒液という質量によって攻撃する。


 衝撃に毒竜はまた崩れ毒液となる。そこに生活魔法カードに魔力を流しながら投擲。土の生成を行い毒沼を作り上げる。


「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 咆哮。


 草薙の剣が四つの触手のように別れ、それぞれを毒沼の外の地面に突き刺すように動かし、体を浮かし毒沼から抜け出そうとする。


 だが、全ては遅かった。


「貰うぞ」


 バルドルは爆発ポーションを投擲した。


 空を舞うソレに愕然と目を見開くような反応を見せた草の魔人は、起爆させてたまるかと言うように草の触手を伸ばし優しく受け止めようとする。


 それを嘲笑うようにバルドルは笑みを浮かべた。


「終わりだ」


 抜き身の銃を目標にセットし、引き金にかけた指を押し込む。


 ダンッ!


 人の反応速度では、見てから避けるのが不可能である弾丸が爆発ポーションを撃ち抜き、パリンと瓶が破損し、その衝撃によって起爆する。


 チカッと光った後、耳をつんざくような轟音。爆発の衝撃と炎が吹き荒れ、草の魔人の体が吹き飛んだ。


 毒液の蒸発と爆煙が草の魔人の体を隠し、視界が元に戻った頃には、草の魔人の体は魔素になり散っていく所だった。


 その後には試練オーディールの魔物を討伐した報酬として、装備品が手に入る「願い星」が出現したのだった。


 願い星は試練オーディールの魔物を倒した時に現れる星型の光だ。その光の中に試練攻略者が手を入れた時、一番欲しい物が手に入るという。


 当然、何でも手に入るわけではない。


 手に入る物は階層によって希少レア度が変化し、大抵は装備品になる。第五層は上層なので希少レア度は高くない。が、それでもダンジョン産アイテムは現代技術では作ることのできない効果を持っている。


 バルドルはユニ達の到着の遅さが魔物と偶然遭遇したからだと領域で把握し、今自分が欲しい物は何かと思案する。


(正直、ない)


 戦力的に増強したい部分はなかった。


 強いて言えば、魔眼の効果をなくすメガネが欲しいが、五層の装備ランクでは頂点の魔眼バーテックス・アイの効果を打ち消すのは不可能なので叶わない願いだ。


(ユニは到着に遅れるし、ミルミゼさんの状態は危ない、か)


 迷う必要はなかった。願い星に手を伸ばし、傷を癒やす装備品を求める。


 星の形をした光は願いを受け取り、願い物を形成するように強く光り輝く。


 数秒ほど煌めくと、光の星は弾けるみたいに光の粒子になり宙に散っていった。


 バルドルの手の中には、草をモチーフにした綺麗な緑色のカチューシャがあった。効果の程は不明だが、そのカチューシャを手にミルフィに近寄る。


 意識が朦朧としているようでボーッとバルドルを見つめている。


 女性の髪に触れるのはマナー違反と最近学んだバルドルは、「ごめんね。髪に触れるよ」と口にしてから、頭にカチューシャをつけてあげた。


 早速、効果が現れ始めた。


 血を流す傷口に淡い緑の光が生まれる。血を吸い取り、傷口を修復していく。


(凄い効果だ。それに、出血した血を魔力に変えている)


 草の魔人は水分を養分とする魔物だ。また、光合成をしてある程度は自己回復できる魔物でもあった。だから、草の魔人の願い星ということもあってか、第五層の装備にしては破格すぎる性能を有していた。


 やがて、光が収まった頃には、傷口は綺麗になくなり、ミルフィが死ぬことはなくなった。


「うん。顔に傷が残らなくて良かった」


 この結果に満足そうに微笑むバルドル、そんなバルドルを見つめ続けるミルフィは、心臓が激しく音を立てていることを、本人はまだ知らなかった。





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