第17話 悪意胎動
◇ ◇ ◇
翌日。
授業を終えたバルドル達は、転移装置を使うためダンジョン入り口付近に備えられた転移ルームと呼ばれている部屋に来ていた。
黒いモノリスが中央に設置されていて、接触しながら階層と転移と詠唱することで発動する仕組みだ。発動には膨大な魔力が要求され、使用者は基本的にモノリスに魔力を流し起動しなければならない。だが、このモノリスは魔力を蓄積させることも可能で、全てのモノリスの魔力をリーベナが毎日補充しているそうだ。しかし生徒の数は多く無料にはできない。だから生徒達に魔力を流してもらう必要があるのだ。
そして当然何事にも例外がある。
──首席だ。
生徒の中でその年一番の成績優秀者には特典が授けられる。その一つ、ダンジョン入場の優先権の中には転移装置に払う魔力がただになる、というものがある。
無料というのは大きく、ダンジョン攻略に使える魔力が増えることを意味する。モノリスに流す魔力の量は、普通科の生徒は中級魔法一発分、魔法科の生徒は中級魔法一発と下級魔法二発分、特殊科の生徒は中級魔法二発分と決められている。魔力の量は平民より貴族家の方が多いからだ。
閑話休題。
バルドルは黒いモノリスに触れ、「第四層、転移」と呟く、転移ルームの床に転移の魔法陣が展開される。ルーン言語とは別の神の言語と言われているヒエログリフで構成され、白銀の色をしている。
(ユニの魔法陣とも違う、か……)
ユニの魔法陣を脳裏に描き比べてみたが、言語に規則性が見られなかった。むしろ、ヒエログリフの方が記録に残っている分、ユニの言語の方が特殊な気がしてきた。
謎は謎のままに、バルドル達は第四層に転移した。
一瞬の浮遊感の後、バルドル達は第四層の通路に立っていた。すると、同じく転移してきたシン達と鉢合わせ、恒例に近い挨拶をする。
「やあ、シン君。調子はどうだい? ダンジョン攻略を始める前から随分と魔力が減っている様子だけど」
「分かってて言ってるだろ」
爽やかな顔のバルドルとは対象的に、ケッと敵意剥き出しの顔をするシン。どうやら随分と嫌われたようだ。
シンの神経を逆撫でする発言をした挙げ句、大勢の前で言い負かされ、場の空気を全て持っていかれたからだ。嫌いになるのは当然である。
「そういうお前は色んな奴らに嫌われているみたいだな」
売り言葉に買い言葉。だが、現実を表す言葉でもあった。
通路にいる人々からバルドルは、悪い意味で物凄い注目を集めていた。
その悪意の多さに苦笑交じりの微笑を浮かべる。
「え? こんなにも人の注目を浴びて凄いって? 照れるなぁ」
「誰がそんなこと言ったぁ!?」
「もしかしてシン君は小説を読まない人かな? 最近の小説には好意を隠して敵意を向けてしまう困ったちゃんが多くてね。きっとみんなも恥ずかしがってるんだろう」
「はぁっ!?」
シンは盛大に頬を引きつらせた。
周囲の敵意が高まっていく感覚に若干バルドルは面白いものを感じ始めていた。
「ところで、君のパーティーメンバーを紹介してくれないか? こうして合ったのも何かの縁だし、お互いを知ることで勝負も盛りあがるだろう」
野次馬達にちょっとした話題を提供すべく、互いの初めての自己紹介シーンを作ろうと試し見る。と、
「紹介するか!?」
シンは徐ろにシアを隠すように手を広げ、背に庇う。絶対にお前にだけはやらん!といった表情だった。
悪戯心が出てきたバルドルは、「へぇ」と目を細めながら微笑み、無造作に歩いていく。
「く、来るな……!!」
暴漢に襲われた妹を庇う兄のようだ。
「バルト君、やりすぎです」
「分かってるよ」
これ以上はやり過ぎだと判断したバルドルは足を止め、そのまま挨拶する。
「どうやらシン君はシスターコンプレックス、シスコンのようだからこのまま挨拶させてもらうよ。よろしくシアちゃん。君と同じ総代を務める一年特殊科のバルドル=アイゼンだ」
同じ総代として各科の代表に挨拶されたら普通は返すべきだ。
すると、シアはシンの肩から顔を生やしながら幼い声で衝撃発言をかました。
「変態お兄ちゃんに言うことなんてありません!」
「っ……!?」
一瞬、何を言われているのか分からずに呆気に取られた。すぐに「ヘンタイ」が「変態」に翻訳され、そのワードが飛び出した事実に表情が固まる。誰かに面と向かって変態と言われる経験は流石に初めてだった。
しかも相手は領域で視る限り、本当に同い年かと疑いたくなるくらい幼い少女だ。人畜無害の幼女に「変態」呼びされる。魔導列車の幼女と重なる「お兄ちゃん」も入っている。
相応に衝撃が大きかった。
だが、無様を晒すわけにはいかないと表情を微笑みに戻し、「どうしてお兄ちゃん呼び?」と指摘する。
「よく言ったぞシア。俺の教えを守って偉いなぁ。そうだこんな変態とは話すな。シアが汚れてしまう」
バルドルの問いかけは無視される形となり、散々な言い様だった。
お前のせいかと言いかけたが、バルドルは通路を蔓延する何とも言えない空気に修整は不可能と判断し会話を続けるのを諦めた。
「まあ……いい。君達が十分に失礼な存在だということは理解した。では、お互いに頑張ろう」
器の広さを見せるように演出すると、第四層のフィールドに向かって歩いていく。
すると次第に周囲から人がいなくなる。これは神造迷宮の法則が働いた結果だ。そして複数人で挑める理由は、神から見た人は未熟だからだ。人が一人では生きていけないように、人は助け合うことで前に進む生き物だからだ。そのため複数人(最大人数6人)の試練挑戦を許可している。
そうして人が消えていく中で、笑いを堪えていたエルトリーアが「プハッ」と吹き出した。
「変態だって変態、好い気味ね。似合わないキャラするからよ」
「失礼ですよ。シアさんはバルト君のことを誤解しているだけです」
「いや、その誤解を増長させてるのはバルよ。だからバル、これに懲りたらそのわっかりやすい演技はやめた方がいいわ」
「それは無理な相談だね」
「はぁ、もぅ……」
心配するような諦めたようなため息を溢す。
通路を抜け草原に出ると、前の階層とは別の景色になっていた。草原であることに変わりはないが、フィールドの途中に木々が点在するようになり、茂みや泉ができている。三層では魔物の一種が魚タイプだったので、正攻法では釣りをする必要が、正攻法じゃないバルドル式では魔力弾で撃ち抜いて討伐した。
また出現する魔物の傾向も変わっている。第二層は小動物の魔物が多く、第三層は中型動物の魔物が多く、第四層は大型動物の魔物が多くなっている。
徐々に魔物の強さは上がり、強靭な肉体に加え、魔物には個体特有の技能が備わっている。リーフマンが体の草を操作し自由自在に扱えるように、魔物は小さくても大きくても必ずそういった特異体質のような技能を持っている。
そして、バルドル達が第四層の大型魔物を討伐しながら進む姿を、遠くから観察する二人の影があることを、彼らはまだ知らなかった。
◇ ◇ ◇
神造迷宮の魔物には通常種と通常種が進化した個体と言われている希少種以外に、特別な魔物が存在する。試練のために用意された、外の世界には存在しない
各階層に出現する階層を越えた強さを誇る
五層毎に定められた試練の間という部屋に待ち構える選定者、
その片割れ、階層という枠組みを破壊する第五層
「アァァァァァァァァ……」
喉が枯れきったような声で唸りを上げながら、体の全てが緑の草で形作られた人型の魔物は獲物を探し徘徊する。
目と口の部分には草がなく、切れ長の目とギザギザした口のような形の空白が出来上がり、そこに緑の光が宿っている。
身長は2メートル半と高く、ともすれば人が悪魔に取り憑かれた末路のような姿は、途轍もない恐怖を呼び起こすようだ。
「アァ?」
その時、草の魔人は視界の中に獲物がいるのを認識した。
口元に拘束具のようなマスクを付けた男と、普通の口元をした男だ。
学習能力はあるが知能が著しく低い草の魔人は、体に刷り込まれた本能に従い、腕を閃かせた。
「アァ!」
幾重にも別れた腕の草が男二人を囲うように伸び、腕を引いた瞬間、絡みつくように草が男達に向かう。
その時──片方の男はローブに隠された顔に手を伸ばし、少しだけ顔を上げ草の魔人を見た。
………………………………………………………………停止した。
ぎちぎち、ぎちぎちと空中に留められた草を動かしたいのに体が拒む。理性と本能がせめぎ合い滑稽な音を奏でる。
「良い時に捕獲できた」
その男、マルクは手を元に戻すと予期せぬ拾い物をしたと笑みを作る。
「んで? コイツどーすんだ? 喰うのか?」
「雑食発言はやめろ、ダン、お前はこの魔人を喰っても意味ないだろ。魔人は聖女に当てるための試金石だ。昨日の様子を見る限り、聖女の能力の大凡は把握した。後は確定させるだけだ。草の魔人は状態異常が効きにくく、巫女は見るからに遊んでいる。今日も昨日と同じ状態だから、このクラスでも十分試金石になる」
「けどさあ、殺した方が早くねぇか?」
「一理ある、が……魅了の領域が厄介だ。常に展開されている以上、こちらの有効射程範囲に入るより先に感知される」
魅了を突破したとしても、巫女の六感は誤魔化せまいと付け加えるマルク。
そんな彼の前にいる草の魔人は既に屈し、草は腕に戻り、人形のように立ち尽くす。
「メンドクセー。常時とかバカなんじゃねぇのか? あれってちょっとでもきー抜くと魔力が留めれなくて無駄にするよな?」
「ああ」
「ホント、バカじゃねーの?」
ダンは頭をポリポリと掻きながら、苛つき大きなため息を吐いた。
その頃、第四層を突破し第五層に降りていたバルドル達は攻略を進めていた。この階層は一層から四層までの魔物が全種類存在し、試練の間は全ての通常種の魔物を討伐することで開かれるという。
──第一層から四層までの混成集団とバルドル達は戦っていた。
第一層の魔物、複数の石のブロックが集合した希少種、ブロックン。通常種の石の魔物とは異なり、進化した結果、体の材質が浮遊石に変化し、体は中を浮いている。
第二層の魔物、小柄な体躯を活かし相手を撹乱することに特化したスピードスター、ラピッドラピット。
第三層の魔物、投擲技術に優れ右腕が異常発達を遂げた猿、スナイプエイプ。木にぶら下がり、その木に生えている石のような果物を握っている。
第四層の魔物、草原の通常種の中で最強と言われている俗に言う初心者殺しに位置する狩人、ハントパンサー。
最初に動いたのはラピッドラビット。一歩、二歩、三歩と草原を駆ける度に速度を増し加速する。
白い残滓を残しバルドル達に急接近。
間合いに入ると跳躍。くるりと空中で回転し空気を巻き込みながら蹴撃を繰り出した。
速度がプラスされた風圧がバルドル達に襲いかかる。──はずだった。
「視えてるよ」
銃声。
領域でラピッドラピットを捉えていたバルドルは、本物の弾丸を撃ち出しラピッドラピットが空中に跳躍し隙を晒した瞬間をピンポイントで撃ち抜いた。
相手を引き付け、確実に仕留めるための対ラピッドラピット用の策だった。
そして、ラピッドラピットの撹乱に乗じて攻勢に出るつもりだったブロックンとスナイプエイプの攻撃がヤケクソ気味に飛んでくる。
体のブロックを切り離し撃ち出し、硬質な果物が投擲される。
「《
ユニは魔力消費を抑えるために一部分のみ魔力障壁を展開し、ブロックをガードする。
エルトリーアは飛んできた果物をキャッチし、逆に投げ返すことでスナイプエイプの胸を穿った。
そしてユニが受け止めたブロックを今度は両手で掴み、「お返しよ!」とブロックンに投擲し粉砕してしまった。
最後の一体、ハントパンサーはユニとエルトリーアがワンアクションした瞬間、バルドルに襲いかかっていた。
一対一の状況を作り上げ、瞬殺するつもりで脚部に力を集中し、一息の内に距離を詰め口を開いた。
牙に魔力が宿る。
《
バルドルに噛みつく瞬間、魔力の牙が空中に生まれ、顎の動きに連動し閉じられた。
魔物の速度は人より圧倒的に早く、バルドルの体が追いつくことはない。だが、脳はハントパンサーの動きを視ていた。
体は追いつかなくとも指さえ動かせれば、彼には魔物を殺せた。
銃の引き金を引き、銃口から吐き出された弾丸はハントパンサーの口の中を通り、突き進み内部を貫き心臓を破壊した。
バルドルの体に迫っていた魔力の牙は既の所で霧散する。
戦闘終了。
魔素になる魔物達を見ながら息を吐くと、戦利品を回収する。そしてバルドルは二人に声をかけた。
「これで全種類の魔物は討伐したから、後は魔物は避けて進んでいこうか」
「ええ」
「はい」
バルドル達は順調に第五層を攻略していた。後は試練の間に行き
「それにしても、バルの戦い方って見ていてヒヤヒヤするわね」
「私も思っていました。見ていて心臓に悪いので本当はやめて欲しいです」
「心配してくれてありがとう。でも前衛がエルしかいないから、仕方ないよ。なるべく魔力は温存しておきたいしね」
実際、魔法を使えば難なく倒すことはできた。だがそれをしない理由は試練の間の
そのため、バルドルは銃をメインウェポンに戦い、弱点を撃ち抜く戦法を取っている。
動物タイプの魔物は毛皮という天然の防具を纏っているので、銃とは相性が悪い。だが、バルドルは高精度の領域によって、相手の動きを完全に読み、予測することで弱点を撃ち抜く技術を身に着けたので、容易に倒すことができる。
試練の間があるのは、草原を前に進んだ果の岩の壁、
(当然、他の人もいるか)
領域内には複数のパーティーがいた。
階層は下へ行けば行くほど広大になる。そのため、他の人と出会う確率は著しく低くなるのだが、
一節には神が自ら挑戦者を見定めるためと言われている。
時間帯によっては列になり並ぶ必要性が出てくるものの、その日の最速到達者は待機する必要がなかった。
故に──
「「あっ……」」
奇縁、悪運。頭の片隅に「もしかしたら」は確かにあったが、実際問題攻略スピードは違うのであり得ないと高を括っていた状況に立ち尽くす。
先に挑んだ方が有利になる。
しかし、どちらも急いで走り出すといった姑息な真似はしない。
「どうするのよ」
「どうするんですか?」
エルトリーアとユニに声をかけられ思考が再開する。
客観的に分析した時、シン達のパーティーには五層攻略済みの上級生がいる。年長者として後輩に譲る場面だが、バルドル達とは対立関係にある。
しかも、先に挑んだ方一歩先を行く。
このチャンスはむしろ上級生の方が逃したくないという気持ちがあるだろう。
ならば、と一つの勝負によって挑戦の順番を決めることにする。
「エル、ユニ、運に自信はある?」
「昔から運はいいわよ」
「私はあんまりです」
公平を期する勝負といえばたった一つ。
「シン君、ジャンケンで決めないか?」
「何?」
「お見合いを続けても他のパーティーが来るのがオチだ。それなら手っ取り早く、かつ公平なジャンケンで決めるべきだと思わないか?」
「まあいい、けど……」
シンはルスに肩を叩かれ耳元に何かを囁かれた。
「そっちは誰が出るんだ?」
「エルだ」
「っ! それは卑怯なんじゃないか? ジャンケンは運だけじゃなく、反射神経の勝負でもあるらしいぞ」
ルスの入知恵だと予測したが、「らしい」と自分から言ったことに呆れた顔になりかけた。これが戦略だとしたら間抜け面を晒す所だった。
ユニは親近感を覚え分かると言った表情に、エルトリーアは馬鹿を見る顔になっていた。
「安心しろ。エルは今、酩酊状態になる
シアを除くシン達は、それポーションじゃなくてお酒では? と思ったが、高貴な身分の人に突っ込める者はいなかった。
そして誰がジャンケンに出るか話し合う。
「シン君、生憎と僕達は運がない方だと自認している」
「筋肉だけは裏切らん」
「幸運の女神は我らを見放したのだ……」
どんよりオーラを発する先輩方に何があったんだと頬を引きつらせた。
シンは顎に手を添え自分の運を顧みる。運は良い方だがと、才能という運に恵まれたシアに視線が向いた。
その目に気づいたシアは「私がやるー!」と手を上げた。
「相手が王女様なら別にいっか」
やる気に水を差すわけにはいかないと、ゴーサインを出す。
エルトリーアが立つ場所に向けて、ふんすと気合いを入れたシアが前に出た。
「よろしく、シアちゃん」
「私、露出お姉ちゃんには負けないから!」
「ろ、露出……!?」
王族として生きてきて15年。トップテンに入る不敬な物言いに、仲良くしようという温和な顔は消え去り、絶対に負けないという怒る微笑みに変わった。
「あはは、良かったねエル」
「お、覚えておきなさい!」
笑い声を上げたバルドルを睨みつけ、シアと向かい合う。
「「最初はグー」」
二人が腕を伸ばし掛け声を出した瞬間。
「「っ!?」」
バルドルとベラーゼが異変を察知した。同時に纏う空気が鋭く変化し、ユニ達はいきなりのことに目を見開く。
(圧倒的な魔力。見たことのない人型。人にはあり得ない長身。草のような特徴……この魔物はもしかして──)
バルドルは領域内に入ってきた魔物を、草の魔人だと確信した。
そのことを呑気に
空気が張り詰めた。
距離は十二分に離れている。……だが問題は、
バルドルは生徒会役員として、ルス達は上級生としてどう対応するか頭を悩ませた。直後、領域に別のパーティーが入り、草の魔人と運悪く出会い戦闘に発展した……。
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