第11話 特別な授業





    ◇ ◇ ◇



 入学三日目。


 この日からは特殊科の存在意義である、個人に沿った授業が始まる。魔法実技の授業は一人一人別で、担当の教師がつく手筈になっている。特別な力を非公開のユニなど、秘匿魔法シークレットを持つ者への配慮もある。


 エルトリーアは神聖なる決闘おおぜいのまえ秘匿魔法シークレットを使ったが、そもそも秘匿魔法シークレットには幾つかの種類がある。


 一つが、条件式の秘匿魔法シークレット個人魔法ユニーク」。例としてはエルトリーアの《竜化ドラゴン・フォース》だ。この魔法は竜と契約を結んだ者──〈竜の巫女〉など特異体質を持つ者──にのみ効果を発揮する魔法である。しかもその効果は、契約した竜の力を得る……というより授けてもらうことだ。要約すると竜と契約した者しか使えない。


 もう一つが、未解析ルーン言語を読み解き、魔法にした秘匿魔法シークレット未知魔法アンノウン」。ルーン言語の中には未解析未解明の物が数多く存在し、それを読み解くことで新たな事象を起こす魔法を開発できる。ただ、解読しても使えない場合もあり、秘匿魔法シークレットを作るために未解析ルーン言語を読み解こうとする人は少ない。そしてこの未知魔法アンノウンは、一度バレてしまえば他の者も使用できるようになってしまう。つまり秘匿魔法シークレットでなくなる。そのため、魔力印の契約によって秘匿魔法シークレットをバラさないという条件で、教師がつくことになるのだ。また、魔法適性さえあれば誰でも使える未知魔法アンノウンの所有者は、無詠唱発動を子供の頃から身に着けるように育てられている。


 他にも様々な種類があるものの、長くなるので割愛する。


 昨日の魔法実技は実際に複数の教師が生徒達を見に来て、どの子を育てようかと見定めるものだった。


 その時の生徒達のアピールは凄まじく、一部には大勢の前で秘匿魔法シークレットを使った阿呆もいて、バルドルだけ常時領域を展開するという高難易度なことをやっていたので、その秘匿魔法シークレットの魔法陣の形を覚えていたりする。最も、彼は無詠唱で魔法を発動できないので使えないが。


 特異体質の人は惜しげもなく自らの特徴を活かしたアピールをしていた。勿論、一番注目を集めていたのはバルドルだ。


 魔法実技の授業内容は、最初の数十分は使える魔法を的に放つ、威力・射程・精度を確かめる物で、バルドルは複数の上級魔法を披露した。


 次は担任テクノとの模擬戦で、魔法銃のみで勝利した(本物の銃は授業では使えないが、魔法銃は分類的には魔法発動の触媒のため許可された)。


 エルトリーアは例外だが、魔力弾は人を強く押すくらいの威力を持ち、足に当てれば転ばすことが可能で、早撃ちすることでテクノに魔法を使う暇を与えず完封した。


 また、教師の半分は高位魔道士だ。


 高位魔道士は各国が定めた、自国の魔法使い上位1%の存在のことだ。エリート中のエリートで、ナイトアハト王国に当て嵌めると、魔道士の数約1万5千人に対して、150人のことだ。


 担当の教師は一年以外に二年生三年生の生徒も受け持つ。特殊科の生徒は10人いたら良い方だ。そのため、年によっては全員が高位魔道士に見てもらえることもあるのだが……今年は20人のため、凄まじいアピール合戦になったというわけだ。


 特に、校長兼学園長のリーベナ=シュナイゼンが見に来たのが、色々と暴走した生徒が現れた理由である。


 最高位魔道士とは、自国のみならず、各国が認めた大陸における魔法使いの頂点5人を意味する。一個人で一国に匹敵する力を持つといわれる存在で、最高位魔道士の一席『魔女』を冠するのがリーベナ=シュナイゼンである。


 『魔女』は称号で、個人を分けるため『○○の魔女』と肩書をつけられることが多く、リーベナは『悠久の魔女』と呼ばれている。


 絹のような白髪と黄金の瞳を持ち、目、鼻、唇の配置が良く、俗に言う黄金比を体現した顔をした、誰が見ても綺麗と評価する美女だ。


 年齢不詳で一節には童話の『魔女』とは彼女のことでは? と噂されるほど長生きしているが、見た目は若々しく男子生徒のアピールは凄まじかった。


 呆れた目の女子生徒が続出し、高位魔道士の方々も苦笑い。一部の男高位魔道士は黒歴史を思い出したような引き攣った顔になっていた。


 自分を担当してくれる教師が分かるのは、第一訓練棟の指定番号の部屋に入った時だ。第一訓練棟は入学試験の実技にも使われた場所で、数多くの個室が備えられた屋内訓練場である。


 そして今日の一限目は魔法実技の授業だった。特殊科の生徒は程よい高揚感を楽しむ者、誰になるのかと緊張に震える者、純粋にドキドキワクワクする者、興味のない者と、様々な生徒がいたが、一様に少年少女らの胸には強くなる! という想いが秘められていた。


 強く眩い気持ちを抱き、ホームルームが終わると更衣室に向かい各々の戦闘装束に着替える。と、第一訓練棟に向かった。


 その中の一人、バルドルは先に領域で視るのは無粋な真似だと判断し、領域の範囲を最小限に留めて、第一訓練棟A-1と記された部屋に入っていく。


 室内は広い長方形。天井はガラス張りのため陽光が差し、室内を明るく照らしている。壁と地面は魔法耐性の素材で作られた物で、中級魔法程度の威力なら耐えることが可能だ。


 故に──。


 現時点で上級魔法を取得している生徒には、原則、その上級魔法を難なく防ぐことができる教師が担当する。


 魔法を見に来た教師は、選ぶ側であると同時に、その原則ルールに基づき選ばれる側であるということだ。


 バルドル=アイゼン。


 高位魔道士達から見た彼の魔法は、誰一人として確実に周囲に被害を及ぼさず防げる確証がなかった。


 自分だけは防ぐor避けるだけなら可能だ。しかし、訓練場に一切の被害なく完璧に対処できる者は……ただ一人の例外を除き、いなかった。


 ──眼の前に立つ人物を視た時、驚きと共に歓喜に身を震わせた。


「ようこそ、バルドル君。久し振り、驚いているわね」


 悪戯っ子みたいに微笑む人は、瞬間、真剣な顔と目になった。


「この学園で貴方に魔法を教えることができるのは、最高位魔道士たる私だけでした。おめでとうございます。そして改めて、私はリーベナ=シュナイゼン。今日から貴方の担当教師を務めさせて頂きます。よろしくね」


 最後に軽く笑んだ彼女に、バルドルは未だ鳴り止まぬ鼓動に熱を感じていく。


 予感があった。


 ──この人の下でなら強くなれる。


 最強になれる、と。


 身を焦がすような熱に、フッと口元を綻ばせた。


 自ずとバルドルは礼をする。


「こちらこそ、『魔女』に魔法を教えて頂けるとは光栄です。改めて、私の名前はバルドル=アイゼン。これから三年間、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


「ええ、任せなさい」


 そして、二人は教師と教え子としての関係をここに結んだ。


「魔法を教える前に一つ、聞きたいことがあるんだけど、構わない?」


「はい」


「バルドル君はどんな風に強くなりたい? そして何を望んでいるのかな?」


「僕は……」


 開いた口は答えが見つからず閉じられた。


 初めは簡単だと思った問いかけは、深く考えると形のない曖昧なものだった。


 夢を見つけるためだ。


 それは具体的に何を望んでいるのかと頭を働かせたが、あやふやなままだった。


「望みはまず見つけること……ですね。いえ、些細な望みならありました。まずは妹と仲直りして、沢山の友達が欲しいと思っています。そのために最強でありたいと今は考えています」


「んー……色々と言い様に育てられてるのは分かったわ。まあでも、それがやる気に繋がるならいっか。最終的には見つけてもらうけど……さて、じゃあ授業に移りましょう」


 丁度、一限目開始を報せる鐘の音色が鳴り響いた。


「バルドル君の魔法は見るからに、致命的な欠陥があるわ。そのことを実戦形式で教えてあげる」


「っ……」


 不敵に微笑む彼女の表情に嘲りの色はなく、事実だと分かっているがカッと頭に血が上る。


 バルドルは怒りやすい方ではないが、面と向かって自分の努力の成果を否定された気分になると、気分を荒立ててしまうのは仕方なかった。


 「はい」と頷き距離を取るまでに、相手の思う通りに動かされているぞと頭の中に声が過り、息を吸って吐くことで心を落ち着かせる。


 セルフコントロールは貴族家や名家においては必須の技能のためバルドルも会得している。


 一方、リーベナは不自然なほどに表情の変化がなく、バルドルの視線が逸れた瞬間、新しい玩具を見つけた童子のような顔つきになった。


 それをバルドルは視ていなかった。


 二人は向かい合うと、余裕の笑みを作るリーベナが「先手は譲ってあげる」と言い、バルドルが魔法銃を引き抜く。


 魔法勝負が、始まった。


   

 バルドルは引き金にかけた指を押し込み、魔力弾を撃ち出す。


 本家本元の弾丸に速度と威力は劣るが、それでも当たれば体勢を崩すことができる魔法。


 その魔力弾に対して、リーベナは全く同時に魔法陣を念写し終えていた。


 無詠唱。エルトリーアとは比較にならない速度で展開された魔法陣は綺麗な土色。その魔法陣から伸びた岩の腕が魔力弾を叩き落し、腕から順に顔、胴、脚と全貌を顕にする。


 ゴツゴツの岩石で作られた人型の巨人。


岩巨人ゴーレム……! 初めて視た)


 身長3メートルのゴーレムは、土魔法と創造魔法を組み合わせた複合魔法の一つだ。術者と魔力のパスを繋ぎ、そのパスを通すことでリーベナの命令をゴーレムは実行する。存在し続ける間は術者の魔力を食い続け稼働する大食いだが、その代わり身体能力は食べた魔力の量に比例する。……ただし、岩の強度に耐えれる範囲に限る。


 そのゴーレムは巨体とは思えない俊敏な動きで距離を詰め、拳を振り上げバルドルに叩きつけた。


 エルトリーアの動きとは異なり、見切れる速度なので、拳を躱しながら魔法を使おうとして──。


(どう、すればいい……)


 活路が見いだせなかった。


 毒魔法? 麻痺魔法?


 咄嗟に突きつけられた問題に解答する時間はなく、チャンスを逃すことはできなくて、使い慣れた魔法を発動する。


「《侵食毒液インベイド・ポイズン》」


 迷いながら使った魔法はゴーレムの脚部を濡らすのみ。


「っ……!」


 焦りが頭から思考する力を奪う。


(頭を回せ! 毒魔法は効かない……!)


 ゴーレムの攻撃を躱しながら魔法を撃っていく。麻痺魔法、魅了魔法、発情魔法、他にも幾つかの魔法を……だが、ゴーレムを傷つけることはできない。


 そう、バルドルの魔法適性は状態異常。生身の人間が相手なら最大限効果を発揮するが、無機物相手には真価を発揮しない。


 こんな時、エルトリーアのパワーがあればと思い……甘えるなと自分を叱咤する。


 同時にリーベナの言った致命的な欠陥とはこのことだと理解する。だが、絶対に今の自分に勝てない魔法を使うか?


 相手は教育者。入学式の時を思い出すと、複数の魔法を同時に使えるはずだ。リーベナはまだ本気じゃない。これは勝負ではなく──教育だ。


 それさえ気づけば、思考は弾けるように加速する。


(ゴーレムに対抗できる可能性があるのは? 魅了、発情は無理。麻痺は……魔力を麻痺させる魔法とかあるかな? 毒は……溶かす毒はあるけど、全身岩だから溶かし切れない、でも……溶かせる。なら……!)


 ゴーレムの右足蹴りを右へ抜けることで躱し、残った左足に手を翳す。


「《極毒溶解ベノム・ディゾルブ》」


 接触発動。


 魔法陣から生まれた溶解に特化した毒液が脚部を溶かし進む。上手く角度をつけたことで、流れ込むように徐々に蝕んでいく。


 行動に移し、瞬時の閃きによって一つの魔法を巧く使うことに成功した。何度か繰り返せば、ゴーレムは機動力かたあしを失い地面に膝をつく。


 バルドルを観察していたリーベナは次の攻め手を思案する。


 まず、授業の初めは生徒が現在所有している魔法を使い熟せているか確かめる必要がある。覚えている魔法の引き出しを、使えるかどうかだ。昨日の授業では使える魔法を一通り使わせる内容も含まれていた。


 この攻め手ゴーレムはその第一段階。一見弱点を攻める形で突いていく。と見せかけ、思考を止めず自分が持ち得る手札、引き出しの魔法を使うことで簡単に攻略できる壁だ。


(初めての困難に対しては上出来。すぐに応用できる頭もある。ただ、突然の事態パニックに対する耐性はあまりない。経験不足から来るものね。でも、意外と冷静……というより、目が見えていないことで逆に意外と冷静になれている、といった所かしら?)


 さっきの魔法への挑発に乗った後、戦闘中に危機的状況に陥った後、バルドルはすぐ冷静に思考した。感情は動いているのに、実感がないみたいに鈍感だった。誰かに悪感情を向けられても、初めての決闘でも、以外と落ち着いていた。


 感覚はあるはずなのに、夢の中にいるみたいに……。


 バルドルは目がないことに慣れすぎて、感覚が麻痺している。全てを遠くに感じている。自分の体の危険も遠くに感じているはずだ。何故なら、ゴーレムは威圧感が凄まじい岩の巨人。普通初見なら体にぎこちなさが生じる。それが彼にはなかった。全くと言っていいくらいに……。


(──危ういわね。けど、その曖昧感覚ギリギリがいい感じ。乗り越えたらどんな風に輝くのか、見てみたい)


 そして、リーベナはサディスティックな笑みを口元に浮かべながら、容赦なく次の魔法を起動する。


 《魔力同化アシミレーション・マナ》。


 バルドルの領域からリーベナが……消えた。


「──っ!?」


 領域に意識を集中する。


 抜ける。抜ける。すり抜ける。


 一瞬前までリーベナが立っていた場所を通り抜ける。魔力に触れる感覚がない。そして本来の領域内の魔力を感じる力でも、魔法の感触を味わうことができない。


 詠唱の音はなく、何かの魔法の前兆を察知した時には消えていた。だから魔法のはずだ。そう決めつける。


 だが……リーベナは消えていなかった。


 ずっと同じ場所に立っていた。


 彼女が使った魔法は空気中に存在する魔力、魔素と同化することで、魔力による感知の判定を不可能にする、という法則の魔法だ。


 兎にも角にも、視界のない彼では絶対にリーベナを認識することはできない。だが当然。何事にも例外はある。それをバルドルが気づけるかどうかだ。


(1、2、3)


 リーベナは秒数を数えながら、バルドルの方へゆっくりと歩く。


(落ち着け、必ず抜け道はある……!)


 深呼吸することで先程の思考を思い出し、頭を使い自分の魔法リストを並べながら、状況を打開する魔法を探していく。


(まず確認。リーベナ先生が消えた。体が消えただけなら領域で分かる。でも、視えないのは……体と魔力も消えて、いや……違う。魔力が消えたなら、消えた場所は分かる)


 実際、魔力がないならば、魔力がない空間が領域内にできる。人の形をした。


(リーベナ先生が発動した魔法は一つ。魔法陣の大きさ的に多分中級魔法。落ち着いて考えれば分かる。魔力で感じることができないのは、魔力感知を妨害する魔法を使ったんだろう)


 魔法とは魔の法だ。二つの法則が混じり合う魔法はない。肉体の透明化と魔力妨害は両立しない。


(つまり、リーベナ先生の実態からだが今もあるとしたら、物理的には触れるということだ……!)


 バルドルが一つの答えに辿り着く中で、リーベナは「13、14、15」と内心でゆっくり数えながら、半分の距離を詰めていた。


「《毒霧ポイズン・ミスト》」


 毒の霧を前方に展開する。


 当然、毒の霧自体には何の効果も期待していない。だが、毒の霧は──魔法は魔力を帯びている。魔法対価の理論に国と出てくるように、その魔法の国の産物であるように、自然の毒霧とは異なり、訓練場を埋め尽くす毒の霧は魔力を宿していた。


 そして、魔力を宿しながら毒霧は物理的な事象だ。魔力感知の妨害に含まれない。要するに、毒霧は形がないが魔力を宿しているが故に、領域で感知でき、例えば人の体に当たればその空間は通ることができない。逆説的に、人がいる場所が分かる。


(魔法陣の規模から、流石に実態と魔力の感知を妨害する魔法ではないはずだ)


 そのため、リーベナが取れる行動は二つ。


 そのまま突き進むか──。


魔法かぜが吹いた!)


 魔法で妨害するか。


 右斜め前7メートル先に魔法陣が出現し、風が吹き荒れ毒の霧を散らした。


 瞬間、そちらへ手を向け《麻痺爆弾パラライズ・ボム》を放つ。黄色い球体が撃ち出され、地面に当たると弾けた。魔法陣一帯を麻痺状態にさせるという法則の雷が荒れ狂う。


 ──同時刻、耳に吐息がかかった。


「30」


「え?」


 反射的に動く足。


「ふぅー」


「ふぁ!?」


 耳をくすぐる吹きかけに足の筋肉が硬直し、変な体勢のまま後ろ向きで転けた。


 思考が止まり、始まり行動に移す前に、背は華奢な腕に抱き留められていた。


「ふぁって、まるで女の子みたいな声を出すのね」


「っ……!? あ、ありがとうございます!」


 からかうような表情をするリーベナに、バルドルは顔を真っ赤に染めながら、お礼を言って立ち上がる。


「それにしても甘いわね。いい? 勝利と確信した瞬間が一番危険なのよ。今のバルドル君みたいに、ね」


「は、はい。身を持って体験しました」


 先生の顔に戻ったリーベナの教えに頷き、落ち着いてくると理解する。


(負けたのか……)


 別に勝つつもりはなかった。


 そもそも、これは勝負ではない。


 教育だ。


 でも、彼には悔しかった。


 ──


 バルドルは戦闘経験というのは二回だけだ。一度目は実技試験の時、二度目はエルトリーアとの神聖なる決闘タイマンだ。


 本格的な戦闘訓練が始まる前に、魔眼の件で部屋に閉じ込められたからだ。


 敗北知らず勝利のみ知る。


 そんな彼にとって敗北とは初めて感じた壁だった。だから極自然と……


(越えたい)


 この人に勝ちたいという、誰もが抱くことのある、燃え上がるような感情ねつを胸に宿した。


 レオンハルト相手に感じたものと同じだ。


 新しい目標ができたと、清々しい笑みを浮かべた。


「完敗です。どうやったんですか?」


「遠隔発動よ」


「ああ……」


 最高位魔道士レベルになると相手を直接魔法で攻撃できる。リーベナがバルドルに言った言葉だ。つまり、バルドルから見て右斜め前で魔法を発動させることで、そこにリーベナがいると錯覚させた。


 移動される前に倒したいという気持ちが先行し、バルドルは罠を疑わずに……いや、疑う暇すらなく衝動に任せて魔法を放った。


 その結果、正面まで近づかれてしまった。


 知っている情報の中で予想できたことだと理解すると、とてつもない悔しさが湧き上がる。


「バルドル君、ではクエスチョンタイム。君は今、どうやったら私の接近を防げたでしょうか。10秒以内に答えよ」


「え?」


 カウントダウンを始めるリーベナの前で、頭を回転させる。


「毒液を地面に撒くこと、ですかね。リーベナ先生の足音が驚くほど聞こえなかったのは多分、そういう歩行だと思うんですけど、なら流石に液体の上を歩いたら音が鳴るはずなので、接近を防げたかなと思います」


 冷静になればなるほど、解決案がワラワラ湧いてくる。


「あと強引ですが、全方位を埋め尽くす魔法を使えばいけたかなと」


「ピンポンピンポン。良い答えね。けど、最善はまず五感を強化することよ」


「五感……?」


「足音を小さくしても聞き取れるし、何より匂いだってそう」


「匂い……っ!」


 抱き締められた際に香ってきたリーベナの匂いを思い出してしまう。


「あれ? あれあれ〜? 何を考えているのかなー?」(ニヤニヤ)


「何でもありませんっ」


 言い切るように声を上擦らせるバルドルの姿に、リーベナはくすくす笑うと授業を続ける。


「身体強化の応用よ。範囲を五感のみに絞ることで、強化することができるわ」


「本当ですか?」


 バルドルが違和感を抱いたのにはわけがある。五感のルーン言語がまだ見つかっていないからだ。


「ええ、身体能力を上げる時、五感のいずれかにお願いすると、身体強化の代わりに五感強化をしてくれるのよ。バルドル君も神聖なる決闘タイマンの時、毒液を球状にしていたでしょ?」


 魔法は大別して二種類ある。身体能力などの時間制による魔法的な強化を付与される、「強化屋さん方式」、自分で魔法を購入し使い切るタイプの「八百屋さん方式」だ。前者は身体強化を施してくれる人に頼む感じだ。それ故に融通が利くという。後者は野菜に様々な形があるような感じだ。


「確かに、そういう感じなら納得いきます」


「バルドル君の発想力は素晴らしいわ。けど、自分が使う魔法ばかりに頭を使って、実はバルドル君が使えないと思っている魔法も本当は使えたりするわ。だからちゃんと、今ある魔法を使いこなせるようにしていきましょう」


 バルドルの肉体が貧弱だからと言って、完全に使えないわけではない。それは新たな発見だった。


 自分一人では得られない答えに、教師という存在を見た気がした。


「はい……!」


 バルドルは魔眼を封印される前、教師という存在はいなかった。アイゼン家は名家だが、秘匿事項が多く両親や分家の人、あるいは契約を結んだ使用人メイドが教えてくれた。


 そのため、先生というものを知らなかった。


 魔法学園アドミスに入学する時に知ったくらいだ。リーベナのことを初め「女史」という敬称で呼んだのも、そういう理由だ。


(僕を見てくれている先生、か)


 色んなことを教わる時、バルドルを見ていた人はバルドル=アイゼンという一人の人間ではなく、アイゼン家の長男として見ていた人が殆どだった。


 だからこの授業は素直に楽しかった。


「リーベナ先生、僕は貴方みたいに強くなれますか?」


 気づけば、聞いてしまっていた。


 この言葉は甘えだと分かっている。勝ちたい相手に聞くなど言語道断だ。と心の声が講義する。


 それでも、リーベナは教師として迷いなくハッキリと笑って答えてあげた。


「ええ。何せ、私が選んだのよ? バルドル君、君は強くなれるわ」


「っ……ありがとうございます」


「ありがとうっておかしなことを言うわね。それじゃあ、まだまだ始まったばかりだし、この授業を楽しみましょう。次に行くわよ」


「はい!」


 そうして二人の授業は続いていく。


 もしもその授業風景を見た者がいたのなら、異常ふつうだと感じただろう。実戦形式で様々な教えをバルドルに施す。それは他の人が既に持っている対人経験を積ませるためなのだから。これは普通の授業だったのだ。誰もが通る道であり──彼が通ることのなかった道程で。だからバルドルにとっては失った普通かこを取り戻す貴重な授業だった。

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