第10話 最強の結託
『Eldorado』に帰宅したバルドルは、リビングにエルトリーアがいるのに「お帰り」の声がなかったことに若干落ち込みながら、洗面台で手を洗い
「ただいま」
「? そうね」
ソファにだらしなく寝そべるエルトリーアは、バルドルの意図が読めなかったようだ。本を読むのに集中している。
物語の何気ない「ただいま」「お帰り」のやり取り、そんな温かさを望んでいたが、エルトリーアは王女なので知らなかったのだろう。
「そんなことより」
(そんなことよりか……)
心にさらなるダメージを負いながら耳を傾ける。
「どうして私と同室ってバラしちゃったのよ」
膨れっ面で申し立てる。
「えーと、そういうものなの?」
「そういうものなのよ。普通は秘密にしておくことを……はぁ、本当に寄りにもよって何でユニにバラしちゃうのよ。……私の優位性が」
可愛らしく尖らせた唇を本で隠しながら、小さく「バカ」と呟く。
「でも、仲良くなれたんだからいいんじゃない?」
「それはまあ、あの後色々あったけど……いやあったから、お互い気兼ねなく話せる関係性になれたけど……う〜〜」
友達と呼べる相手が増えたのに、ちょっぴり不満を抱えていた。もう少し、せめて一日くらい、秘密の同居生活を楽しませてくれても良かったのに、誰かにバラされたら余計に……
(意識しちゃって、胸がドキドキする。いや、落ち着いて。これはきっとアレよアレ。この恋愛小説みたいな……)
危機感を味わうことで二人の仲が深まる展開だ。だから別にバルドルのことは好きじゃないし、意識してしまうのは当たり前だと言い聞かせる。が、恋愛小説の行き着く先と言えば? 恋の生祝だった。
(ち、がーーーーーーう! 違う違う違う違うっ!? 私は別にバルのことは好きじゃない! そう、気になってるだけ! き、気になって……)
視線が無意識にバルドルに誘導され、目隠ししているのに目が合ったような気がして、頬を火照らせながら顔に小説を押し付けることで隠す。
(な、何で目にあんなのつけてんのに不審者にならないのよ! めちゃくちゃ格好良いんだけど!?)
実際バルドルの見た目は異様だが、不思議と不審者にはならず奇抜なファッションをして容姿の美しさを多少損なった、程度の感じだ。
雰囲気が格好良いことは十分エルトリーアに伝わり、反則だ! 反則だ! と心の中で抗議を上げることで胸の高鳴りを落ち着かせる。
流石にマスクをつけたらユニの言う通り、完全に不審者スタイルになるものの、立ち姿は凛としているし、よく見ると動作一つ一つが兄レオンハルトのように美しい。
領域で全てを把握できるバルドルだからこそ、他人の動きを正確無比に理解し、その動きをコピーすることで殆どのことはこなせる。
色眼鏡無しでバルドルを見ていると、エルトリーアはバルドルのスペックの高さに目眩がしそうだった。
曰く部屋暮らしのため運動は筋トレしかしていなかったのに、決闘の時の身体能力は普通に平均より上だった。
魔法の腕は言わずもがな。領域と昇華技術を15歳で物にする努力家な一面もあり、元々アイゼン家の当主になるべく育てられた彼は精神年齢6歳なことを除けば紳士だった。
朝起きるのは早いし(起こされた)、朝食は庶民的だが普通に美味しかったし、何より身を持って彼の方が強いと教え込まれてしまった。
(こうして冷静に考えると、バルって物凄い優良物件?)
そのことを知っているのは自分と……ユニもかもしれないが、バルドルの魅力を殆どの人は知らないけど自分だけは知っている。ということにエルトリーアはちょっとした優越感を覚えた。だが同時にあることに気づいてしまった。
(あれ? よくよく考えると私、家柄以外でバルに勝ててるものってない? ……いいえ落ち着きなさい、落ち着くのですエルトリーア。両親から散々言われた言葉を思い出すのです! そう、私は可愛い)
幼少の頃から自分磨きに余念がない彼女の肌は透き通るような綺麗な白色をしている。白金色の長髪は部屋の明かりを受け天使の輪を浮かべている。
顔立ちは可愛い系というより綺麗系だが、少女らしいあどけなさの残った顔つきは、綺麗と可愛いを両立させ独特の魅力を持っていた。
エルトリーアは自信を取り戻しバルドルに顔を向け、またあることに気づいてしまった。
(……………………バルって、私の顔視えてるのかしら?)
早くも自信喪失しそうになるエルトリーアであった。
一方、バルドルは大切な話をするために口を開いた。
「エル、聞きたいことがあるけどいい?」
「別に……」
良さそうな顔ではないが、話が進まないので続けることにする。
「実はさっき、一年普通科のシン君から挑戦を受けたんだ」
「──っ! 恒例の奴ね」
パッと跳ね起きるように上半身を起こし、真剣な面持ちを浮かべながらバルドルを見つめる。
「恒例なの?」
「ええ、私の
「どうしたのおかしそうな顔をして?」
「いえ、そのまんまよ」
首席は入れ替わる可能性がある。勿論、『Eldorado』のような首席特典が消える(貰える)わけではない。首席の入れ替えは今後の学業を過ごすに当たり、各科の代表、
そのことをエルトリーアは説明する。
「バルのことを認めないクラスメートからの挑戦ならあり得ないこともない、て思ったんだけど、よりにもよって普通科の生徒ねぇ」
「でも、本気だったよ」
「バルに勝てる算段はあるのかしら? 序列は何位?」
「第10位」
「…………本気? 別に貶しているわけではないわ。確かに
特典の中にはダンジョン産の現代技術では作ることができない装備品がある。その装備品には稀少度があり、例えるならその最低ランクが10位で、最高ランクを与えられるのが1位といった所だ。
差は歴然。至極当然、壁の高さも段違いだ。
「でも、挑んできたならには策があるはずよね。挑戦された内容は?」
「ダンジョンアタック。次回の
「……そう」
目を瞑りエルトリーアは膨大な情報を思い出し思考を巡らせる。
(バルに勝つためには正攻法は無理、弱点を突く必要があるわ。じゃあ、バルの弱点は? ……ああ、そういうこと。人でないなら効かないって算段? でも、それはパーティメンバーがいれば意味がないわ。それに、シンって名前はどこかで……普通科の生徒が序列トップテンに名を連ねるのも珍しいし……ああ、冒険者の間で有名な「シンシア」兄妹ね)
エルトリーアはシンのことを知っていた。王都で有名なルーキーの名前だからだ。
冒険者という職業がある。
そして一口に冒険者と言っても、幾つかのタイプがある。
危険な魔物を狩る冒険者、
薬草などの素材集めを得意とする冒険者、
豊富な知識を持ち、ダンジョンや未開拓地を行く冒険者、
日常的な手助けをアルバイト感覚でこなす冒険者、
複数のタイプを併せ持つ冒険者、
他にも護衛専門の冒険者、
その中で、シンシア兄妹は
元々、裕福な家庭の育ちのため二人は魔法を使い、特に兄のシンは特殊魔法「
「普通科の総代はシアちゃんだったわね?」
誰かに意識を持っていかれ、入学式の記憶が曖昧なエルトリーアはその誰かさんに尋ねた。
「うん。めちゃくちゃ緊張していたから覚えているよ」
バルドルのせいではないのに、罪悪感を感じるくらいに震えていた女の子、その子は普通科の総代にしてシンの妹のシアだ。
「それに、シン君の妹は
「……隠し玉、というわけね」
兄シンの実力は人目に触れる機会が多く、聞いたことはあるが、妹シアの情報は全くと言っていいほどなかった。
入学式の様子から察するに、人見知りするタイプだから、というのもあるはずだ。
ただ、今回の場合はその見えない手札が厄介だ。特殊魔法を持つ兄より成績は上となると、それがバルドル勝利への鍵になるのだろう。
「それで、聞きたいことって何?」
エルトリーアはバルドルにシンシア兄妹のことを話すと、話の本題を思い出した。
そして、バルドルは
「僕とダンジョン攻略のためパーティーを組んで欲しい」
「へぇ……私もまだ、その座を諦めたわけではないわ。それを分かっていて、足並みを揃えましょうって言うのね?」
不敵に微笑む。
自分を納得させる説明をしてみせろと、大仰に腕を組みバルドルを見据える。
「うん。手を組むのは一ヶ月だけでもいいけど……それに、
「っ……」
「沈黙は肯定だと受け取っておくよ。だから、そういう挑戦は一人に付き一ヶ月、あるいは数ヶ月に何回かと回数制限があるような気がするんだ。つまり、エルは今月中に僕に挑戦を挑む、いや挑めるはずがない。ならむしろ、僕と足並みを揃えて、次の
クラスの様子を見るとエルトリーアは誰とも仲良くない。バルドルは最悪、ユニと二人だけのパーティーで攻略するつもりだが、エルトリーアはどうだろうか。
彼女は基本的に命令を好まない。誰かにパーティーを組もうと提案することも憚られるはずだ。王族という立場がそれを命令にする。
レオンハルトと同じようにファンクラブがいるので、そっちの手助けを受けると言うならバルドルにも諦める覚悟はある。
だが、エルトリーアが本気で1位を目指すと言うなら……この提案は乗るだろうと、半ば確信していた。
首席特典の一つに、ダンジョン入場の優先権という権限がある。学内に存在するダンジョンは、人が溢れている。当然のように列になり、その分ダンジョンアタックに遅れが生まれる。そこら変をスムーズに解決してくれるのが、ダンジョン入場の優先権だ。これはその列をスキップできる他、とある機能を無料で受けられる恩恵がある。
「……喋り過ぎた、わね。はぁ、降参よ、降参しまーす。バルは精神年齢低い癖に自頭は良いわよね」
「酷くない?」
「愚痴りたくもなるわよ。まあ元々、私だって悪くない提案だから乗り気ではあったけど……本来、1位と2位は手を組まないものなのよ?」
知ってるのか、というジト目でバルドルを見つめる。
「そうなの?」
「ええ。1位と2位、3位までは毎年、首席争いをしているから、手を組むなんてことは滅多にないわ。それこそ、お兄様のような圧倒的な力を持つ1位か……」
(2位が1位に絆されちゃっと時くらい、よね)
バタリと俯いたままソファに寝転がり、クッションに顔を埋め、顔の熱が引いていくと、バルドルに向けて言った。
「その提案を受け入れます。私エルトリーア=ナイトアハトは、バルドル=アイゼンのパーティメンバーになりましょう」
そしてその後、軽い打ち合わせを行ってから、明日のとある授業のため二人は早目に眠りにつくのだった。
────────────────
後書き失礼します!
ちょい説明
バルドルが料理の技能を身に着けているのは、領域の技術を学んでいる時、人の細かい動作を視れるようにする際、料理を作る姿を視ていたからです。料理は朝昼晩と決まって同じ時間にしている、というのも視ていた理由です。
あと、もしも作者に至らない点があり、疑問や不思議と思ったことがあればコメントをしてくださると嬉しいです!
物語に関わる重要じゃない情報なら話せますので!
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