第22話 破綻思考
◇ ◇ ◇
(体が元に……戻った!)
エルトリーアは草原の上を靴で擦らせながら着地し、力が緩んだ原因を考察しながら、儀式場を作り上げる。
──《
魔法に必要な魔力を竜鱗に流し込み、地面に魔法陣を念写する。魔法陣がランク毎に大きくなるのは必要魔力量が上がるからだ。
外部からの攻撃を遮断する炎の結界を敷き、飛んできたユニとシン、シアを見る。
だが、それは想定済みだ。
この炎は不浄を拒む力を持ち、燃やす力はない。そういう法則の儀式的な
右手でユニを、左手でシアをキャッチし、右足でシンを止めてあげたエルトリーアは両腕を下ろし二人を着地させる。
(こっちの二人は不味いわね)
シンとシアは
「ユニ、二人の回復を任せたわ」
エルトリーアはユニを下がらせ、第一段階までの《
「私はちょっと、こいつらの相手をしないといけないから」
視線の先、祠の中からマルクとダンが姿を表す。通路は草原のどこかに配置されている祠に繋がっているのだ。故に、あの祠を通ることで通路に帰ることができるが、襲撃者が安々と通してくれるはずがない。
「マルクさん、やっと本気を出していいんだよな?」
「ああ、ここなら誰にも見られる心配はない。全力を出せ」
「よーやくだ」
歓喜の混じった声を上げ、ダンはフードを捲くった。
「っ!?」
口元には拘束具のようなマスクが嵌められていた。肉食獣を思わせる爛々とした目をエルトリーアに向け、手でマスクをカチャリ、と外した。
大きく裂けた口が顕になる。山を登った後に新鮮な空気を吸うように、すぅーはぁーと息を吐き笑みを作る。
その時に覗いた歯は全てが牙のようにギザギザで、海に住むサメのような
襲撃者の存在という情報だけなら冷静になれていた。だが、目の前にいる襲撃者の種族を知り、最悪の可能性が脳裏を過ぎった。
「あー、やっぱ自由はいいなー。ローブも脱いどくか」
無邪気な子供のようにローブを脱ぎ捨て、背中に見えたのは尾ビレだった。またもやサメを連想させるフォルム。そして顔にもエラのような切れ目が入っていた。
ポキポキと首を鳴らし指を動かす。全身が
エルトリーアは静かに《
冷や汗を流しながら、後ろには守るべき民がいると、そう決意を固めて問いかける。
「何故、魔族がここにいる!」
「あん? だからどうした?」
この世界には多くの種族がいる。だがその中でも、人族として扱われるのは三つの種族だけだ。人間、獣人、エルフ。それ以外の種族は八つの最強種も含み人外の種族とされている。良い意味でも悪い意味でもだ。
その悪い意味での人外種族の一角、魔族は人類の敵だ。人の魔力を食べることで己の魔力量を上昇し、魔力の質を高めることができる。その魔力を食べる方法は、血を飲む血肉を喰らう、だ。特に魔力の源、
魔物が人の形を取ったように、生まれながら人を殺す性質で、それ故に魔物のように固有の技能を持っている。
全員が特異体質者のようなものだ。
更に、魔王の配下とされる魔族は
魔族と戦う際は、自分と相手の実力差がない場合、未知の力を調べる所から始まる。迂闊に攻めれば、死に繋がる。
情報がない敵に焦りを抱くエルトリーアは、数日前に王都で起きた事件を思い出した。
「数日前の殺人事件は、アンタ達の仕業みたいね」
返事はニヤリと笑うだけだった。
(情報的に誰も殺人に気づかなかったのは多分、マルクと呼ばれていた魔族による精神干渉。ただ、こっちの男の能力は全く予測できないのが痛い所ね)
分かる情報を整理整頓していく。ダンは見た目から同じ素手だ。だが、異様な口元が目を引いた。口が特異体質のようなものだと予測はできるが、マスクがブラフだった場合不味い。
エルトリーアは平行して攻める方法を思考すると、相手の動きに対応する戦法を取ることに決める。自分からは攻めない。時間稼ぎに徹し、
「まずは小手調べだ!」
草原の上を駆け抜け、エルトリーアへ迫ったダンは拳を撃ち込んだ。
(遅い?)
いや、普通の人間と比べたら異常なくらい早い。が、〈竜の巫女〉たるエルトリーアに比べたら遅すぎた。
何かの罠かと警戒する。
最小限の動作で拳を躱し、観察に徹する。
「ハハッ、はえーな。じゃあ最近手に入れた……《
ぐん、と加速する。
「っ!?」
剣士の演技をしていた役者が急に本物の剣客に化けたように、スピードが数段階も一気に上がった。
何より、その
速度はエルトリーアの方が早いが、力はダンの方が上だった。
エルトリーアは拳撃の衝撃に合わせるようにバックステップを踏む。掌がジンジンと痺れ、数秒間は使い物にならなくなる。
「その
睨むようにダンを見つめる。
不意に纏う空気が鋭く変化した。
エルトリーアの内心を表すように、声には怒気が混じっていた。
未知の属性魔法。あるいは既存の属性魔法の発展系。その
それに、バルドルから事情聴取した生徒の
「殺してはいないわね。それでも、訓練で怪我をしたのか幾つか切り傷があったらしいわ。もしかして、アンタの力は……」
「何だ? もうバレたのか。そうだな。お前達風に言うなら、俺の
理論的には全ての属性魔法を使える可能性を秘めている、ということだ。
学内に侵入できた理由もこれだろう。殺された貴族は魔法学園アドミスの卒業生だ。その卒業生の魔力を体に纏い、ローブやマスクを装着し魔力漏れを防ぎ、学園へ侵入することができた。
しかも、西区で殺人事件を起こしたことで国の目はそちらに集まり、魔法学園が狙われるわけがないと思わせる策略。
(いや、ダンジョンで襲ってきたということはつまり、リーベナ校長なら何とかできる可能性があるわね。バルが呼んでくれても……ダンジョンは広い。むしろダンジョンに入られたら、入れ違いになる可能性がある)
リーベナが助けに来たとしても、マルクとダンは祠から通路に帰還し、逃げることができる。その場合、地上に最高戦力がいない方が不味い。精神系魔法の使い手は大勢の人に対して容易に混乱を招くことができる。リーベナに報せると他の生徒も知り、野次馬ができる。
エルトリーアはどう動くべきかを考え──あれ? と首を傾げた。
(私は戦闘中にそこまで考える方じゃないわ。確かに色々とこうした方がいいとは考えるけど、だって、私は負けるなんて微塵も考えていないもの)
エルトリーアは自分の力を信じている。
なのに、頭は不思議と落ち着いていて、意識はダンとの戦いに夢中で……。
まるで、意識を誘導されているような。
「っ!? 違う」
私は王として、まず守るべき民を第一に考えるべきだ。ならば、
ましてや、頭はどう戦い勝利するかを考えている!
そう、エルトリーアは気づいた。
瞬間、
無意識に目は探す。
いない、いない、いない、いない、いないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいないいない。
──もう一人の魔族がいない。
エルトリーアはユニが向かった方へ視線を向け……ダンに隙を晒してしまった。
「やっと気づいたのか?」
馬鹿にしたような声と共に、拳が顔面に振り抜かれた。
「ぐっ……!?」
咄嗟に体を捻ったが、動きに合わせられた拳は額を打ち、激しい衝撃を受け吹き飛ばされた。
切れた額から流れる血が視界を真っ赤に濡らした。
──エル。
魔族相手に一番守らなければいけない友達の名前を呼びながら、エルトリーアは背中を木に打ち付け、意識が一瞬途切れてしまった。
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