第10話 クエストクリア




 魔法戦終了後、休憩時間インターバルを挟み、対戦者同士は勝因や敗因について話し合うことがある。


 ユニの手によって気絶から目覚めたコアは、しばらくぼーっと青空を見つめていたが、バルドルに負けたのを思い出し大きなため息をつくと、上半身を起こしバルドルに言った。


「あの炎は何だったか教えてくれないか?」


「あれは普通の炎だ」


「普通? そんなわけあるか!」


 食い気味に噛みつく。


 言葉の意味をちゃんと理解できていない。


「いいか? あれは魔法の炎ではなく、普通の炎だ」


「っ……そういうことかよ」


 魔法によって顕現した事象は魔力を宿している。炎であれば魔力を宿した魔法の炎なのだ。だからこそ、〈消滅魔手デリート・ハンド〉は魔力を消滅させる性質を持つが故に、消すことができた。


 だが、もう片方のカードが燃え続けていたのは、魔法の炎によって燃えた、普通の炎だからだ。魔法の炎は魔法によって生まれたから魔力を宿しているのであって、燃え広がった炎にまで魔力が行き渡ることはない。もしも燃え広がった炎にすら魔力が宿っていたならば、永久機関というものが完成していただろう。


 つまり、ニ枚のカードに魔力を流し、バルドルはニ枚のカードを重ねることで、着火させ、コアに手を使えば消せると思い込ませ、しかし片方は普通の炎なので消すことはできず、といった感じだ。


「完全に忘れてた。確かに照明の魔法とかも、照明によって照らされた場所に魔力があるわけじゃないか」


 実際に目にするのが初めてだからバルドルの策にハマったようだ。思い返せば、〈消滅魔手デリート・ハンド〉の欠点については両親から聞かれていた。


「あー負けた、負けたか……」


 よっぽど悔しかったのだろう。


 盛大にため息を吐くコアに近づいてくる二人の姿があった。その二人の男子生徒はコアと仲が良い友達で、特異体質を持つ者だ。


「コア、惜しかったぞ」


「うん、僕もそう思う」


 一人目の男子は人間以外の言語を聞き取ることができる特異体質、〈幻想げんそうの耳〉を持つアトラ=グリードだ。


 二人目の男子は魔力を供給する魔の心臓マナハートではなく、生命力を供給する〈命の心臓ライフハート〉という特異体質を持ち、勇者の末裔と言い伝えがあるライラ=セインテスだ。


「だが初見の切り札を使って負けた。俺の完敗だ。マジで強い」


「本当にアイゼン君は凄いんだね」


 ライラはバルドルに物怖じせずにサラリと褒める。


 バルドルは仲良くなれるチャンスか、と話しかけに行く。


「ああ。だが、ボロス君も……」


「君はつけなくていい。お前は俺より強いからな」


「そうさせてもらおう。ボロスも本当に強かったが、あの魔法はまだ使いこなせてないんじゃないか?」


「痛い所をつくな。……はぁ、その通りだ。昇華の技術を身に着けたのも最近で、まだあの上級魔法は使いこなせてない」


 コアの《暗黒物質拡張ブラックホール・エクステンション》は黒い粒子を自由自在に操ることができるが、まだ慣れていない彼はそれこそ広げるようにしか操作することができないのだ。使いこなせればバルドルに勝つこともできた。


「でもまあ、魔法戦だから使ったわけだからな。決闘とかだと銃を持ち出されて、最悪身体強化する前に撃たれて終わる」


「普通は反応できないものだぞ?」


 アトラが最もなツッコミを入れる。


 そう、普通は銃の弾丸を避けることは難しい。どこかの王女、というか王族以外は身体能力的に、身体強化しなければ銃弾を躱すこともできない。


 といっても、遠距離攻撃に対する魔法具を身に着けていれば防げるわけだが。


「そこら辺はダンジョンで装備を手に入れればいいんじゃないか? 確か三人は……風紀委員会に所属していたか?」


「ああ。攻略の時は俺達と他三人、セツトとグランとロキで潜ってる」


 コアが名前を上げた三人は、秘匿魔法シークレット所有者だ。


 風紀委員会は基本的に放課後は見回りだが、週に三日程度で、風紀委員だけは特別に、申請してくれれば放課後の後に攻略しても構わないと許可されている。


「大樹の奇術師を倒した時に自分の足りない要素を補うための装備を願えばいい」


「そうだな。だが、まあ……大樹の奇術師は相性が悪い。魔力で種が成長するから、大樹は魔法じゃねぇし、消すことができない。あ、そうだ。なあアイゼン、今日の昼休み、大樹の奇術師が実際にどんな感じだったか教えてくれないか?」


「構わない。だが……」


「勿論、ただとは言わない」


「昼食を奢ってくれ」


「それくらいでいいのか?」


「それくらいか。痛い目を見ないといいな」


「? 分かった。約束だ」


 そうして、お昼はコア、アトラ、ライラ、他に彼らのパーティーメンバーである、セツト、グラン、ロキに大樹の奇術師戦のことを話してあげるのだった。


 ちなみに、バルドルは容赦なく最高級の料理とデザートを頼み、コアは他5名に「お金貸してくれないか?」と聞くという事態になったとかならなかったとか。


 

    ■ ■ ■



 昼食を食べ終わった後、コア達パーティーと解散したバルドルは、同じく昼食を終えたミルフィに声をかけ、本校までの帰り道、左右に木々が立ち並び、陽の光が差す温かい場所を歩きながら、ミルフィに礼を言った。


「色々と助かった。お陰様でクラスの全員と話せるようになれた」


「ううん、バルドル君が頑張ったからだよ。まさかあそこから仲良くなるとは私も思ってなかったから……。でもこれじゃあ、約束を守ってもらうのはちょっと悪い気がしてくるなぁ」


「そう思う必要はない。約束は守る。きっかけをくれたのは本当に助かったからな」


「ふふ、そっか。じゃあ二ヶ月後、楽しみに待ってるよ」


「ああ」


 バルドルはクラスの全員と話せるようになれた。まだ友達と言える関係性かは分からないが、それでも一歩前進だ。 


 他人との接し方が分からなかった頃と比べれば随分と成長した。


 だからバルドルはミルフィに感謝してるし、彼女との約束は守るつもりだ。



    ■ ■ ■



 生徒会室に来たミルフィは会計としての作業を終わらせ、ラァナとフォグの様子を見に行こうとした所で、レオンハルトに呼び止められた。


「何ですか?」


「ミルミゼ君、少し頼みたいことがあるんだけど、構わないか?」


「内容によります」


「ああ、実はバルドルのことなんだが……」


「彼がどうかしたんですか?」


「バルドルが生徒会長を目指しているのは知ってるかい?」


「まあ、はい」


「ならその手伝いをする気はあるかな?」


「手伝い、ですか?」


 それは要約すると普通科、魔法科の生徒に親しみやすさを持たせるために、ライブの時、バルドルに裏方を担当させるのではなく、ベースとボーカルを任せようという案だった。


 確かに現状のままで行けば、バルドルは特殊科の生徒と仲良くなることはできるが……彼は特別すぎる。


 王族に勝てるという実力、魔族を鎮圧したという実績、生徒会所属の優等生……かは分からないが、客観的に見ると近寄り難い印象満載だ。


 生徒会長になるには投票数が物を言う。生徒の数は普通科が一番多い。つまり重要なのは、普通科の生徒をどれだけ味方につけれるか、になってくる。


 バルドルは確かに凄いが……人気という点ならば、未だにエルトリーアの方に軍配が上がるだろう。実力だって王家の本気を出せば、という思いがある。……レオンハルトの全力を知っている者は必ずそう思うはずだ。


 ずっと2位だった者が勝利し1位になる。逆転劇としては非常に良いストーリーだ。1位をキープし続けなければならないバルドルとは難易度が違う。


 王族というのはそれだけで知名度と人気度が凄まじい。


 そしてレオンハルトには別の狙いがあった。


(バルドルの計画は修正不可能だし、もしもリカバリーして成功したら……エルトリーアじゃどうしようもない)


 非常に黒い考えだ。


 レオンハルトはエルトリーアに成長する機会を与えようと思ったのだ。バルドルのストーリーが上手く行ったら、エルトリーアと差がつき、彼女はバルドルが生徒会長になる空気になったら、譲るかもしれない。


 恋愛感情があるかはレオンハルトには分からないが、妹がバルドルに好意を寄せているのは知っている。だから、そこまで差はつけさせない。


 そうすることでエルトリーアが生徒会長になれるかもという状況を作り出す。つまり、


(変に計画を修正して失敗するよりかは余程いい。まさに一石二鳥だね)


 バルドルとエルトリーアを戦わせ、二人の生徒会長候補を成長させようという、現生徒会長からの有り難い計らいだった。


 その腹黒生徒会長レオンハルトは迷った素振りを見せるミルフィを甘い誘惑で罠に掛ける。


「一つだけ面白い話をしてあげよう。実は今のバルドルが演技をしていると言ったら君は──どうする?」


 そしてミルフィはバルドルのことが知りたくて、レオンハルトの提案に乗るのは彼のためにもなるので、頷いてしまった。

 


 


 

 

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