第9話 男子と仲良くなる方法/魔法戦





    ◇ ◇ ◇



 バルドルは男子生徒と仲良くなりたかったが、世間一般的な男子が好む話題を知らなかった。


 仲良くなるにはファーストコンタクトが大事だ。


 失敗は許されない。


 そのため、同性で同世代、かつ自分の素を見せても問題ない相手に聞きに行った。


「というわけでシン君、普通の男が好きなものって何だと思う?」


「……馬鹿じゃねぇの」


 一人で悩むにも限度があるということで、バルドルはアドバイスを得ようと、モニカ達と仲良くなった後、シンの寮室に訪れていた。


 前に視た時とは違い、シアの痕跡は消えている。


 多分、精神年齢が上がり兄と同じ寮室に泊まるのが恥ずかしくなったから、女子寮に移ったのだろう。


「大真面目だ。僕はずっと部屋で暮らしていたから、普通が分からないんだよ」


「普通って……平民とお貴族様の普通は違うだろ?」


 シンは呆れた目を浮かべ、俺には分からんと言うように首を横に振る。


「クロスベルトの冒険、とかなら知ってるかな?」


「あ、ああ……そっか、そういうのなら全男子が子供の頃に一度は憧れるもんだしな。……てか、知ってたんだ」


「うん、あの絵本を見て剣を使いたくなったくらいには好きだよ」


 クロスベルトの冒険。ナイトアハト王国の男子なら誰もが子供の頃に読んでもらったことがある絵本だ。


 絵本は表現をマイルドにしていて、その表現がリアルになっている小説版クロスベルトの冒険が存在し、バルドルはそちらも読破している。


 小説版には子供の頃にはなかった面白さがあり、クロスベルトの冒険という作品は、子供から大人にまで愛されている。


「俺も好きだった。でも、それだけじゃ弱い気がするな。むしろそれを知ってるのは当たり前だから……やっぱり、決闘とかじゃないか?」


「決闘か」


 ここら辺は女子と男子の違いだろうかと考える。


 モニカ達は長い間一緒にいると、自然と仲良くなれると言ってくれた。だが、男子はやはり刹那的な刺激を求める傾向がある。


 決闘とか、勝負とか、バトルとか、大好きなのだ。


「一回ぶつかり合った方が分かりあえんだろ」


 シンの意見を参考に頭を回転させる。


(悪くはないか。全員が全員、決闘が好きなわけではないと思うけど、血気盛んな奴は何人か覚えがある)


 特にシスカを襲撃した奴とか、奴とか……。


 それに、特殊科に在籍している生徒はプライドが高い人が多い。特殊科というのは殆どが将来高位魔道士になるエリートだ。


 女の場合は結婚して家を守る者、あるいは自分の趣味のために生きる者が半々で、上昇志向はそこまでない。最悪、誰かが貰ってくれるからだ。


 だが男子は違う。結婚しても稼ぐ必要があり、子供の頃から婚約している場合を除き、男の実力は=稼げる力で結ばれ、要するに正当なる序列ランキング上位者の人ほどモテる。


 上昇志向がとにかく強く、プライドが高い。バルドルの実力を知っているとはいえ、彼は手の内の殆どを見せている。


(……そろそろ僕への対策を完璧にした挑戦者が現れる頃か)


 バルドルの実力は一年生レベルではないと誰もが知っている。ニ年生三年生の正当なる序列ランキング上位者合計三人を破ったことが拍車をかけている。 


 そして、魔族を倒したという実績が加算された結果、彼の序列は全学年ランキングトップ10に名を連ねた。


 学年別ランキング、第1位バルドル=アイゼン。


 全学年ランキング、第8位バルドル=アイゼン。


 全学年ランキングの1位から10位までは、第1位レオンハルト、第2位デステラ、第3位と第4位は風紀委員所属の生徒で、第5位がイリス、第6位がザック、第7位も風紀委員所属の生徒で、第8位がバルドル、第9位と10位はそれぞれ二年と三年のダンジョン部活動に所属している先輩だ。


 その中に名を連ねたバルドルの実力は相当だ。二年生三年生は学力と実技はともかく、実績は引き継がれる形なのに、だ。


 実績……要するにダンジョン攻略階層の深度とかだ。それを追い抜くのは並大抵のことではないが、魔族に洗脳された生徒3名を助け、なおかつ魔族の中でも先代魔王がいた時代から生きているマルクを倒したのがデカかった。


 実績としては学園に侵入した魔族の鎮圧といった形だ。


「参考になったよ、ありがとう」


「別に構わねぇよ。ただ、話題といえばやっぱ学園祭のことじゃねぇか? 俺のクラスはシアがリーダーだけど、お前のクラスはお前がリーダーだろ? どんな出し物にしたいか意見を聞けばいいんじゃないか?」


「まあ、それができればいいけど……」


「何か事情でもあんのか?」


「少しだけね。それじゃあ、本当に今日はありがとう」


「おう。けど忘れんなよ。また俺達の勝負は終わってないからな。先輩達の調子が戻ってきたら追いつくからな」


「楽しみに待ってるよ」


 そして、バルドルは寮室に帰り、明日はクラス実技があるのを思い出した。男子と仲良くなれるとしたらそこだろう。


 明日中に全員と仲良くなれたらいいな、と呟きながら、やることを済ませると眠りについた。



    ◇ ◇ ◇



 翌日、クラス実技の時間になると、特殊科の生徒は太陽が燦々と輝く空の下、第二訓練場コロシアムに集まっていた。


 コロシアムのステージは一対一タイマンの他に大乱闘バトルロイヤルを可能としているため、数十人いても問題ない広さだ。


 クラス実技は同じクラスの生徒と魔法戦をする授業で、対戦相手は担任のテクノが決めることになっている。前回は初めてということで、まだ教師も誰と誰の仲がいいか把握し切っていないのでランダムマッチになり、今回は自クラスのグループを把握しているので、交流を深めるため、知らない人と当たるようにした。勿論、マリンとバルドルのように相性が悪い生徒を対戦相手には選ばない。


 ……そして今日もエルトリーアは登校していなかった。そのためクラスは19人で、一人余りが出る計算だ。


 だが幸運なことにバルドルは仲良くなりたいと思っていた男子生徒と当たった。


「初めまして、ボロス君」


「俺の相手はお前か」


 バルドルの対戦相手はコア=ボロスという特異体質者の男子生徒だった。


 一年生ランキング第4位、シスカに次ぐ実力者で、触れた魔力を消失させる謎の粒子を手から発生させる〈消滅魔手デリート・ハンド〉を持っている。


 一節にはとある悪魔の能力とも言われ、〈悪魔の手デーモン・ハンド〉と言われることが多く、実際に一般人はそっちの名前で記憶していることが多い。


 コアは白っぽい紫色が特徴の短い髪を持ち、黒い紫色の目をしている。両手は制服のポケットにしまい、陰鬱そうな声音だった。


「不服か?」


「いや……お前とはやり合いたいと思っていた所だ。俺の力がどこまで試せるのか、確かめたかった」


 ポケッからその魔手を取り出し、静かに魔力を漲らせていた。彼の実力は前回の授業の時に知っていた。


 右手で相手の魔法を全て消滅させ、左手で闇魔法を使い戦うスタイルだ。だが、どうも動きが良く、近接戦もいける節がある。


 そして全員の対戦相手が決まり、コロシアムの空いているスペースに移動して向かい合う。と、全体を見渡せる位置についたテクノが、音拡散魔道具メガホンを使い合図をした。


「それでは魔法戦第一戦目、始め!」


 開幕の声が鳴り響き、生徒達が一斉に魔法を発動した。



 バルドルはコアと向かい合い、魔法戦が始まり、すぐに魔法を使った。


「《麻痺爆弾パラライズ・ボム》」


 バルドルは牽制に魔弾を放ち、麻痺爆弾を相手の手前に落ちるよう調整し撃ち出した。


「《薄闇弾丸ディム・バレット》」


 コアは魔弾に掌を翳し、発生させた黒い粒子を以て消滅させると、物が沈む性質を持つ薄い闇の弾丸を射出する。


 麻痺爆弾の一部を通ることで穴を開け、自身に届く前に起爆させる。


 穴を開けた闇の弾丸がバルドルに迫り、彼は微笑みを浮かべながら引き金を引き、魔弾で闇の弾丸を内部から弾き飛ばす。


 お互いに軽い魔法を飛ばしウォーミングアップを済ませると、魔力を高めていた二人は上級魔法を披露する。


「《神話生物魔法再現リプロダクション毒竜ヒュドラ》」


「《暗黒物質拡張ブラックホール・エクステンション》」


 昇華した魔力を対価に大規模な魔法陣が展開される。


 バルドルは馴染みの毒魔法によって3頭の毒竜を呼び出し、コアに向かわせた。


 竜を模した毒液の塊が放つ威圧感は凄まじく、しかしコアの魔法はそれよりも威圧感を漂わせていた。


 手に纏わりつく黒い粒子が濃闇のうあんの重力によって、反発と引き寄せが可能になり、その反発能力を使い、手を振るった。


 瞬間、黒い粒子が津波のように毒竜に押し寄せていく。


 バルドルは毒竜を操作し躱すと同時に冷や汗を流した。


(視えない……!?)


 〈消滅魔手デリート・ハンド〉に触れた魔力は消滅する。これは魔法の魔力だけに留まらず、領域すらも塗り潰す。非常に強力で、手だけの範囲であるのならば、辛うじて視ることはできる。が、一気に領域の魔力をごっそり削られると、彼にとっては視えないフィールドが生まれる。


 それに領域は魔力を空中に放出・制御することで、実質魔力消費なく行える技術なのだ。その領域の魔力を消滅されるという言うことは、領域をよく使う相手には、領域=魔力消費となるわけで、その領域を使うことで視界を確保しているバルドルにとっては死活問題である。


 領域を使えば使うだけ、魔力を持っていかれる……!


 しかも既にコアは魔力領域のない前へ走り出している。


(焦るな。冷静になれ)


 これまで〈消滅魔手デリート・ハンド〉の拡張を公で見せていないので、更にいえばいきなり視界の3割を失ったのでパニクったが、こんな事態に陥った時の対処法は伝授されている。


「《身体強化・聴覚フィジカル・ブースト》」


 身体強化魔法を耳だけに絞り発動する。


 それに合わせるようにコアは《身体強化フィジカル・ブースト》を施し、バルドルを越える身体能力を手に入れた。


 二人が魔法を使う間、コアは毒竜に向け腕を振り抜き、消滅させていた。黒い粒子に飲み込まれた毒竜は光の粒子に帰ることすらできず、食われた。


「厄介だな」


 バルドルには黒い粒子が全く視えない。


 領域を広げ、領域が消えることでしか把握することができない。それすら視えているのではなく、魔力が消えた範囲から間接的に視ているに過ぎない。


 そう、バルドルは黒い粒子の位置を知るために、絶対に領域を広げる必要がある。そしてその魔力をコアは奪い取っていき、翻弄するように接近してくる。


 だが、大抵は闇魔法を織り交ぜたフェイクだ。近接戦だと事故率が高くなるので、安全策を取っているのだろう。


 実際、バルドルにはどうすることもできない。


 拳銃があれば対抗できるが、危険度が高いので使用は禁止されている。……だから、コアは勝つために何でもありの決闘ではなく、この魔法戦で初めての上級魔法を使ったのだろう。


 その光景に他の生徒は目を見開き、息を呑んで見つめていた。状況は圧倒的にコアが有利、もしかしたら、という思いがあった。


 しかし、自分達の魔法戦もあるので、二人の戦いをちゃんと見届けていたのは、一回目の魔法戦がなく、自由に魔法戦を見ることができるユニだけだった。


「バルト君は勝ちます、絶対に……!」


 ユニだけはバルドルの強さを間近で見ていたので、彼が負けるはずないと信じていた。


 そしてバルドルは、黒い粒子を対処する方法を模索していた。


(魔法攻撃は無理。宿っている魔力がなくなって、魔法維持が不可能になる)


 コアから飛んでくる闇魔法の砲撃を、空気を震わせる音から軌道を読み、余裕を持ったステップで回避する。


(……領域も食い荒らされている。腕を振るう音から〈消滅魔手デリート・ハンド〉の範囲は読めてきた。広がる速度が早すぎて、素の身体能力じゃ避けきれない)


 冷静に弱点を見抜いていく。黒い粒子が広がるのは、手を振るった方向である。魔力領域がなくなる場所と、腕を振る音から答えを導き出した。


 だが、避けきる前にこちらに届く。


 至極当然だが、魔法の速度に人間が勝てるはずがない。それに黒い粒子の範囲が思ったより広い。扇状に広がっている感じだ。


(エクステンション、拡張。だからか?)


 ルーン言語を記憶していたので意味を解読し、あくまでも拡張……広がっているのだと気づく。それがコアが近づいてこない理由の一つでもある。


 広がりきらない距離に行くと、領域を消滅させることはできない。それにバルドルの領域は魔力を極限にまで薄めているので、相手は感じ取ることができない。


 そのため、コアは常に全方位に領域を広げているという想定で、5秒に一回、体を回転させるように手を振るって全方位に黒い粒子を向かわせている。


 狙うならそのタイミングだ。


 バルドルは自身の持ち物を思い出し、ポケットに残る三枚の生活魔法カードを視る。点火、発光、闇盾である。着火に使う物と、暗闇を照らす物と、カードを弾力で多い、盾に使える物だ。


(ブラフにもならない、か? いや……)


 一つの閃きが脳裏を駆け抜け、これならいける、と笑みを口元に浮かべ、バルドルは勝負を決めるために、コアが全方位に〈消滅魔手デリート・ハンド〉を繰り出した瞬間、地面を蹴った。


「っ!?」


 視えていないのに完全にタイミングを合わせられた。そのことに驚き、コアは反応が遅れたが咄嗟に魔法を発動する。だが闇魔法の全ては躱される。


 その殆どはベラーゼが過去バルドルに使ったものばかりで、一度視れば記憶している彼にとって、避けることは難しくなかった。


「クソ」


 視えていないはずなのにまるでこちらの動きを読み切っているように前に進んでくる敵を前に、肌が粟立つ。


「視えてないだろ」


「聞こえてるからな」


「っ!?」


 二人は会話できる距離ではないのに、バルドルは聞き取り、凛とした響く声で、種を明かす。それにより動揺を誘い、全力で地面を蹴り、空間を覆うように領域を展開する。


 間合いは5メートル、全方位に腕を振るう時間はない。


 危機感から前方に掌を走らせ、領域を飲み込み視界を奪った。なのに、バルドルは臆さずに前へ進んできた。


「ならこれでやってやるよ」


 洗練された動きで拳を構え、バルドルを迎え撃とうとした。しかしバルドルはポケットからニ枚のカードを取り出し投擲してきた。


「はっ?」


 事前に魔力を流された二枚のカードは燃える。


 呆気に取られ、〈消滅魔手デリート・ハンド〉で魔力を消滅させるが。……片方のカードは燃えたままだった。


「無視しろ」


 制服に当たっても燃えはしない。


 耐性がある。


 だからと意識を前に集中する。


 ……しかし一瞬だけ、燃えるカードに意識を向けたのは事実で。


 そしてそれは、謎の粒子が拡散し切らない足元から広げた領域で視えている男にとっては絶好の機会だった。


 腕を閃かせ、魔法銃を投擲する。スナップをかけた魔法銃がクルクルと空を行き、コアの左手を打ち据えた。


 左手が下を向き、左手魔法を封じた。


「この……!」


 右手を使わないといけない状況に追い込まれ、コアは片手でバルドルを迎え撃つ。


 そしてバルドルは予定調和とでも言うかのように、片手にカードを収め掌底を放ちながら詠唱した。


「《麻痺爆弾パラライズ・ボム》」


 コアは左手を魔法銃に封じられ、右手のストレートは闇の弾力に威力を軽減され、手の中に捕まえられた。


 そしてバルドルの右手はコアの手が届かない胸に添えられて──麻痺が弾けた。


「ガァッ……!?」


 全身に痺れが巡り、意識が飛ぶ。


 痙攣したように体を震わせ、気絶したコアが地面に崩れ落ちた。


 空気が静まり返る中、バルドルは地面にある魔法銃を拾うとホルスターに納めた。


 一拍、ユニはやったとはにかみながら手を握り締め、他の生徒達は、というより男子全員が落胆してしまい、その隙をつかれ女子達に敗北していたのだった。









────────────────

次話本編で説明するけどここでもちょい説明


魔法で発動した事象は魔力を帯びるのが基本で、当然炎にも魔力が宿り、魔法で生み出した炎は正しく魔法の炎です。それ故に魔力がなくなるとただの炎になり消えます。ですが、魔法の炎によって燃え移り、発生した炎には魔力が宿りません。

炎は燃え広がりますけど、魔力が移ることはありません。

バルドルはこの可能性に気づき、視線誘導を行い、息つく間もなく決着をつけたといった感じです。

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