第11話 魔導書と新たな魔法
その日、バルドルはミルフィから状態異常魔法の魔導書を入手したとの報せを受け、クリエル商会に足を運んだ。
応接室に通され、そこにはクロードがいた。
挨拶を交わすと「約束の品だ」とクロードは我が子にプレゼントする父のような優しい顔つきで魔導書を差し出した。
(知らないルーン文字だ……)
魔導書の文字は表紙も含めて全てが
ルーン文字は魔力を帯び、その魔力に触れ
ると体質的に合うと分かるのだ。自分の魔力が適合するような感覚がして。
バルドルは好きな本の新刊が発売した読者のような気分で、鼓動を高鳴らせながら魔導書を受け取った。
彼が知っている魔導書は実家にあった毒魔法と麻痺魔法の物、そして攻撃力を持たない魅了や発情の状態異常魔法だけで、表紙に書かれたルーン文字は知識になく、手に取った分厚い魔導書の魔力からこれは状態異常魔法だと確信し、それが自分の物だと思うと否が応でもはしゃいでしまう。
唇を綻ばせ、「無茶な頼みを聞いて頂きありがとうございます」と礼を言った。
「構わないよ。むしろお礼はこっちの台詞だ。私からするとそれだけじゃ足りないくらいなんだけどね」
「それもそうですね」
「そうとも」
ミルフィの命に比べたら安い物だ。
その後、何回かクロードと言葉のキャッチボールを楽しみ、クロードがバルドルのウズウズした様子に苦笑して、「話はこれくらいにしようか。私もそろそろ仕事に戻らないといけないからね」と告げ、お別れとなった。
「よかったらうちの訓練場を使っていくかい?」
「有り難い申し出ですが、すいません。先約があるので……それに、訓練場で使うには危険な魔法があるかもしれませんから、遠慮させて頂きます」
「分かったよ。じゃあバルドル君、またね」
「はい、また」
今日は休日で、状態異常魔法のことを知っているペニアと会う約束をしていた。
そのためバルドルは魔導書を手に彼女がいる部室に向かうのだった。
部室のみで構成された部活棟に来たバルドルは、昼食や放課後にモニカ達と何かを食べながら話すことが多く、彼女達がある部活動に所属しているのを知っていたので、その部室を探す。
何でも女子寮は男子禁制らしく、会うとなると部室が最適だからだ。それに、部室だと全員がバルドルを見張れるからだろう。
(部活動名は確か……ブレッシングパフェ。深く考えたら駄目なネーミングセンスだ)
一応、ダンジョン探索系の部活動ではあるという話だ。活動内容は主にダンジョンの探索と、探索後に最適な美味しい学食のスイーツを纏めた記事を書いて校内のボードに乗せるというものだった。
これが意外と人気で、特に普通科の女子生徒は学食に大量のスイーツがあるので、しかも名前を見るのも初めての物があるので、ブレッシングパフェには感謝していた。
一年生オンリーの部活動では今一番活動実績があったりする。
(あった)
ブレッシングパフェと洒落た文字で書かれた、お店のように看板がある部室を見つけ、扉を開いた。すると、
「とわーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
赤い髪の少女が吹き飛んできた。
普通に視えていたので優しくお姫様抱っこしてキャッチする。
「て、あれ?」
「大丈夫か?」
衝撃を堪えるように目をキュッと瞑っていた赤毛の少女、モニカはゆっくりと目を開いていき……綺麗なルビー色の瞳を大きく見開いた。
「な、な、な、な、な……!」
「あー! やっぱり貴方は女の敵よ! モニカちゃんにまで手を出して! 最低!」
青髪の少女マリンがバルドルを指差して、睨みつけてきた。
「どこからどう見ても助けただけだろ。なのにその言い草か」
「ふん。ならお姫様抱っこする必要なんてないじゃない! モニカちゃんの初めてを奪って!」
「はぁ……こうするのが一番衝撃を逃がせたからなんだが」
話を聞く気のないマリンに呆れた感情を覚え、バルドルはモニカに「立てるか?」と聞いた。
髪色のように顔を赤く染めていたモニカは「ん」と借りてきた猫のようにしおらしく頷くと、「あ、ありがと」と言い立ち上がり警戒するようにバルドルからサッ、と離れた。
そしてマリンに誤解だとモニカが説明する中、バルドルは改めて部室を見回す。
部室は主に二つのスペースがあった。料理ができるキッチンと、リビングのように落ち着けるスペースだ。
「おーいバルドルーこっちー」
緑髪の少女カリンがリビングスペースのソファに座りながら手を振ってきた。
カリンの隣には緊張して縮こまっているペニアがいた。
「ああ……それで、何でモニカが吹っ飛んできたんだ?」
バルドルはペニアの隣に腰を下ろし尋ねた。
「あーそれはねー、あれ」
カリンが顔を向けた先には無言の微笑みを浮かべるコリンがいた。手には耐熱手袋をつけていることから、キッチンのオーブンでお菓子を焼いていたのだと思われる。が……部室に充満する匂いはやけに焦げ臭かった。
「……モニカが何かやったのか?」
「そ。温度を上げれば早く出来上がる! てやった結果」
「それで怒りの拳を貰ったのか」
そう納得すると、本日の主役……会う約束をしていたペニアに意識を集中する。
「ペニアさん、緊張しているみたいだが、どうかしたのか?」
「そ、それは……うぅー」
「私から説明しよう。ペニペニはバルドルに会うと決まってから服をどうしようかと悩んだ。男の子と会う約束なんて初めてだからと気合を入れた。だがこうしてバルドルを前にすると、この服はあざとくないか? と気づきまともに顔を見れないのである」
モニカが急に話に混ざってきた。
「そうなのか?」
「う、うん」
ペニアの服を見ると確かに可愛らしいデザインの服だった。しかし、あざといか? と考えたら別にそこまでではない。なので、バルドルは安心させるようにペニアの頭に手を当てた。
「そう緊張する必要はない。似合っていて可愛いよ」
「っ!!」
「うわー、やっぱ次からマリリン止めるのやめようかなー」
他の人になんて言われようが、不安がっている人にする対応は変わらない。夜雷で眠れないシスカによくしていたから、バルドルにとって誰かの頭を撫でるのは、そういう精神が乱れた時に安心させる行動だった。
「丁度ペニアさんとは話したいと思っていたところだ」
バルドルがペニアに魔導書を見せると、「そ、それは……!」目を見開いた。この魔力の質は、と魔導書に触れ理解したようだ。
「──状態異常魔法の魔導書!!」
興奮したペニアの叫びに驚いた面々は、初めはペニアの声に衝撃を受けたが、なんていった? 状態異常魔法? それはつまり、バルドルが更に強くなるということで……。
「私も個人的に興味があったから何冊も買ってたんだけど、ここまで綺麗な物は全然なかった! しかもこれ複製された魔導書じゃない! 原本! 実在したんだ! うわー凄い感激だ。魔力の質が滑らかすぎる。あーやっぱり、私には適合しない」
「それで話を聞きたいんだが、いいか?」
「うん! 何でも聞いて!」
ガバッと魔導書から顔を上げバルドルを見ると、思ったより顔の距離が近くて、「あう」と恥ずかしげ手に持っていた紙で顔を隠した。
「はは。ペニアさんは本当に状態異常魔法が好きなんだな」
「も、もう、そんなに笑わないで恥ずかしい。うぅー……。うん、だって他の魔法は本当に一つの属性しか使えない。上級魔法になれば特殊な効果が付与されるタイプもあるけど、中級魔法から分岐するなんて異質だよ」
「確かに毒魔法は、毒霧、毒液、毒の香りとかあるな」
「更に細かくすると溶解、毒の香りも上手く使えれば精神を安定させれるし、気分を上げたりして、緊張してる人に使えばよくなるかも。毒の量は調整しないといけないけど……」
「そのアイデアはなかった。毒耐性がなくても、効果を下げれば他の人にも使える?」
「ただその調整は難しそうだから、やるとしても、
「へぇー」
「あ、そうだ! これ」
ペニアは好きなことについて話すのが楽しそうで、そして手に持っていた紙をバルドルに見せた。
「状態異常魔法の種類か」
「そう! 昔から本を漁って、状態異常魔法は何種類あるのかなって調べて、本当にある! と確信した属性だけを書いてるの」
バルドルは特殊魔法、状態異常魔法の種類をその紙から知っていく。
『毒』『麻痺』『火傷』『氷結』『石化』『呪い』『低下』『魅了』『発情』『睡眠』『催眠』『縮小』『死』。
彼が知らない状態異常魔法が幾つもあった。『火傷』『氷結』『石化』は知っていたが、他のは全部知らなかった。というか、
「こうしてみると……本当に多いな」
「そう! そうなの! 火傷と氷結、石化は属性魔法としても使える可能性があるし、呪いだって闇魔法みたいに使えるかもしれない。私がまだ知らないだけで、もっと状態異常魔法はあるかもしれない! そう考えたら凄くロマンがあるの!」
火傷は炎魔法のように、氷結は氷魔法のように、石化は土魔法のように、ということだろう。
「もしかして、この横にあるカッコ書きは?」
「全部解読したもの」
実は属性の横には、その単語の読みが記されていた。
『毒(ポイズン)』『麻痺(パラライズ)』『火傷(バーン)』『氷結(フリーズ)』『石化(ミネラリゼーション)』『呪い(カース)』『低下(ダウン)』『魅了(チャーム)』『発情(エストラス)』『睡眠(スリープ)』『催眠(ヒプノシス)』『縮小(シュリンク)』『死(デス)』と。
魔導書は基本的に初めて見るルーン文字のため、解読作業から入る。だが、ペニアの手を借りれば解読作業をせずに魔法を使えるかもしれない。
「良かったらこの魔導書にどういう魔法が乗っているのか教えてくれないか?」
「うん! こんな素敵な物を見せてもらえたから全然教えるよ。でも、何の状態異常か教えるだけで、後はアイゼン君自身が調べた方がいいと思う。こういうのは調べるのも楽しいから」
「そうだな」
そして、バルドルはペニアに色々と教えてもらいながら状態異常魔法の魔導書を読み進めていき、コリンがお菓子を作るとそれを食べ小休憩を挟み、また解読作業に入り、お昼の時間になると昼食を食べ、しばらくすると魔導書の大半を読み進めることができた。そのため、
「ダンジョンに行って試してくる。読み終える頃には入場禁止の時間になりそうだ」
「わ、私もついて行っていいかな?」
「勿論だ、ペニアさん」
「あ、じゃあ私も私も! 気になる! それに丁度6人だし、みんなで見に行こう!」
そういうわけで部室にいる全員でダンジョンに行くことになった。モニカ達はダンジョン攻略は本当にゆっくりのペースで進んでいるため、最高到達階層がまだ四階層なのでその階層に転移した。
当然だが、五人娘は戦闘装束に着替えている。各々が得意の魔法の威力を上げる装備だった。モニカは赤を基調とした軽鎧姿で、パーティーでは前衛で剣を持っている。
元々は剣を使ったことがなかったようだが、パーティーという役割をこなすために剣術を頑張っているそうだ。
ペニアはローブ姿で、魔法威力を上昇するマジックブックを腕に抱えている。
コリンは自分の体を覆い隠すくらいに大きな盾を軽々と持ち上げ、鎧に身を包んだ姿だった。
マリンはユニが着ていた聖装のように、神聖な雰囲気を漂わせる衣装を着ていた。
カリンは軽装で背中に矢筒と弓を携えた弓士のスタイルだった。
バルドルだけは靴装備が速力強化ブーツなだけで、五人に比べると見劣りしたが、自分で手に入れた装備ではないためか、特にモニカなどは露骨にいいなぁ、と見ていた。
第四層草原フィールドは大型動物タイプの魔物が多く、耐久力が高いので試すには持って来いの相手だ。が……
「ん?」
「どうかした?」
祠から草原に足を踏み入れたバルドルが領域を広げ、足を止め、疑問に思ったモニカが問いかける。
すると、集中し切った顔をしているバルドルがポツリと呟いた。
「
リハビリに来ていたのだろうか、運が悪い。
バルドルはそちらに全速力で駆け抜けていき、モニカ達が追っていった。
バルドルは第四層
巌の名の通り、ゴツゴツとした岩で形作られた騎士甲冑の見た目をし、手には巌の剣を持っている魔物だ。
体が岩でできているので動きはのろまだが、他の魔物と同様に特殊な力を持ち、巌の剣で地面を打ち付けた時、地面から岩が天高く突きだすのだ。
そのため逃走しようと背を向けた瞬間、その攻撃を食らう羽目になるので、巌の騎士と出会った場合は逃げては駄目だ。
フォグとラァナの
フォグの動きが悪かった。彼は前衛で拳にガントレットを装備していた。巌の騎士の剣を躱し、拳を打ち付けるが、圧倒的に威力が足りない。しかし、更に一つの
失敗した経験があるからこそ冷静に戦えている。だがそれでも、巌の騎士の剣が地面に打ち付けられた瞬間、地面を食い破り岩が伸び、フォグを吹き飛ばした。
ラァナは攻撃手段がないのか守りに徹してフォグが起き上がるのを待っている。だが決定打がないのは事実なので冷や汗を流していた。
「──助けはいるか?」
その空間に響き渡る声があった。
生徒会のバルドルである。
堂々とした立ち振る舞いと声。他の人を安心させるような圧倒的強者の風格、とでもいうのだろうか。彼が身に纏う空気が違った。
「いらん!」
立ち上がったフォグが叫んだ。
彼の体は全く傷ついていないし、気力は十分だが……
「フォグ君? 今日はリハビリに来ただけだからね。確かに頑張れば勝てるかもしれないけど、それで無理したら余計ミルに迷惑かけちゃうわよ?」
「うぐ……」
会話している間、ラァナの秘匿属性が混ざった障壁が巌の騎士の
「今回だけだからな。俺の体に鈍りがなかったら一人で討伐できたからな!」
「分かった。じゃあ後は任せてもらおう」
(新しい魔法のお披露目には丁度いい相手だ)
そして、モニカ達が追いついてくる中で、ラァナが魔法を解除し、ラァナとフォグは安全圏にまで下がっているので、巌の騎士は兜の目の部分を黄色く光らせながらバルドル目掛け地面を蹴った。
「──《
足元に透き通るような青色の魔法陣が展開される。
魔法陣が光り輝き、特殊な冷気を発生させ、地面に広げていく。冷気が通った跡は凍りつき、巌の騎士の足すらも凍らせてしまった。
「実際だとこうなるのか」
ギギギギギギギギ、と氷が軋む音が鳴り、巌の騎士が氷結を砕き足を持ち上げ、凍らせた草原の上を踏み砕き、迫ってきた。
人なら滑らせることはできたが、重量のある巌の騎士には効果が薄いらしい。
じゃあ次は、とバルドルは唇を緩ませながら右手を向けた。
「《
白い冷気が一気に押し寄せていった。
巌の騎士は腕をクロスにして顔を守る。
その腕が音を立て凍っていく。
だがこれも体が岩なので効果が薄い。
(相性最悪か。でもだからこそ……応用のしがいがある)
バルドルが新しく手に入れた魔法は、特殊魔法「氷結魔法」だ。触れたものを凍らせる性質を持つ冷気を発生させることができ、他の状態異常魔法同様、人間が相手なら最大限の効果を発揮するが、無機物にはいまいち効果を発揮できないものだ。
「来るか」
巌の騎士は距離を詰め難いと判断し、特殊攻撃を繰り出すべく、跳躍した。
巌の剣を振り上げ、地面に振り下ろす!
「《
地面を凍らせ氷塊を作り出す。
巌の剣は地面に当たる前に氷塊にぶつかり、粉砕するが……それで剣が止まった。
「これじゃあ氷結じゃなくて氷だな」
絵面的には氷結か? 首を傾げたくなる光景だが間違いない。
応用して防御に転用したのだ。
これは使えるとバルドルは新たな発想を活用する。
「《
吹雪いた冷気が巌の騎士を包み込み、地面と空気を凍らせ面積が増えていき、巌の騎士を巻き込み巨大な氷塊を作り上げた。
本体だけを凍らせるのではなく周りを凍らせかさ増しすることで、拘束の性能を引き上げる。
そして巌の騎士が氷結の中で手足を動かし砕かんとする。
その間に、バルドルは魔力を昇華させた。
パキンッ! と氷塊が砕かれ散り散りに吹き飛ばされる頃には、詠唱の音が冷気満ちる空間を震わせた。
「《
大規模魔法陣の展開。
かつて世界を襲った寒冷化のように、生物が生きられないほど気温が低くなり、永遠に氷の中に閉じ込める白い冷気が吹き荒れ、通った後は全生命が凍りついていた。
草原に生え茂る草が凍り、地面に氷の化粧を施し、巌の騎士は分厚い氷の中に閉ざされた。そして、動き出すことはなかった。
その後、バルドルは無機物系の魔物に直接的な攻撃力はないが、効果的かつ、強力な魔法を手に入れたことを喜び、巌の騎士の魔石がある場所を、魔法を解除して衝撃の魔弾で撃ち、破壊したのだった。
バルドルの新しい魔法を目にした人達は、ペニアを除き自分にその攻撃が向けられた時の想像をして、ゾッと肌を震わせていた。
ペニアだけは「凄い凄いっ!」と目をキラキラと輝かせ飛び跳ねていた。
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