第12話 日常変化




    ◇ ◇ ◇



 週明けの月曜日、バルドルは誰よりも早く一人の少女が登校してくる姿を確認した。


 ホームルームが始まる前の教室で、隣に座るユニと話をしていたバルドルは急に立ち上がり、入り口の方に向かった。


「お手洗いですか?」


「いや、久し振りの友達が視えたからね」


 素の口調でユニにだけ聞こえるよう呟くと、教室の扉を開け入室するエルトリーアがいた。


 美しい白っぽい金色の髪を揺らし、綺麗な赤い瞳をした少女、エルトリーアの久々の登校にクラスメートは安堵と喜びの混じった反応を見せた。


 代表して事情を知っているバルドルがエルトリーアに聞く。


「久し振りだな、エル。先週は休みだったが、何をしていたんだ?」


「ちょっと王族の事情でね」


 どんな意味にも受け取れる言葉を選びながら答えた。バルドルにはその王族の事情とやらが分かっていたが、わざと「そうか、確かに魔族のこととかあったしな」と魔族の報告に関することだと誤解し、事情が何かとクラスメートが考える前に、一つの答えを提示することで、考えることが得意ではない生徒はバルドルの発言を真実と受け止める。


 そうすることで、エルトリーアが王族の力を一時期失っていた、というような邪推を防ぐのが狙いだ。


「ええ、お陰様で十分に休むことができたし、体調もバッチリ戻ったわ」


 バルドルとユニには違う意味に伝わる内容を述べる。と、彼は嬉しそうに口元を綻ばせ、ユニがいる席に座った。


 その姿を見ていたミルフィは「本命はやっぱり……」と小さい声で呟いていたが、バルドルには聞こえなかった。


 そしてホームルームが始まり、授業の合間に世間話をして、エルトリーアはあることに気づく。


(あれ? なんかバル、前よりも……友達が増えてる?)


 例えば個人実技の授業は男女更衣室で戦闘装束に着替えるので別れる必要があり、その個人実技が終わった後、教室に戻るとバルドルはクラスの男子達と打ち解けたようで仲良さげに話していたのだ。


 しかも、しかもだ。


 シスカを襲ったという生徒二人、ゼン=リーゼスとエク=トリールはバルドルの舎弟のようにめちゃめちゃバルドルを恐れてへりくだっているではないか!


(な、何が起こったのかしら?)


 エルトリーア記憶では、バルドルは周囲の印象が変わり、それにバルドルがどう対応したらいいのか分からなかったはずだ。


 なのに、いつの間にか仲良くなっている。


(もしかしてバルって……私より友達多い?)


 そのことに気づくと、エルトリーアは途轍もないショックを受けた。


 竜王と対話した時よりも衝撃を受けたかもしれない。それに……


(アイツはまだ私を認めてくれないし……私が手に入れた物を使って、絶対に強くなるって決意表明したのに……まあでも、先に違反項目に触れたのは私の方だし、仕方ないわね)


 竜王は実力至上主義で、対話は戦闘だった。戦闘といっても、竜王と会話している間は、魂の世界とも言われている特殊な場所……彼の者が言うには夢の世界のような場所で行われたので、現実に被害があるわけではない。


 だがエルトリーアは、竜王に再契約を認めさせるだけの力を見せることができなかった。それほどまでに竜王は強かった。


 そしてそれが……現実だった。


 自分の弱さを自覚していたから、エルトリーアは願い星に頼んで、効果が特別強力な契約書を手に入れていた。


 その契約書とエルトリーアの想いをぶつけたら、竜王はニヤッと笑って、少しだけ力を戻してやる、と契約を繋いでくれた。


 契約にはランクがあるらしく、今回の契約で竜王の力を引き出せるのは、第一段階までだ。以降はエルトリーアの強さを見せることで、契約ランクを段階的に上げてくれるらしい。


(第二段階も本当はあんな力じゃないそうだけど……先は長いわね)


 エルトリーアが第二段階とダンとの勝負で見せたものは未完成だそうだ。確かに鱗の生え方が疎らで、ダンにもその隙間はだに攻撃され傷つけられた。


 今は未熟だけどまだ上を目指せる。だからエルトリーアは止まるつもりはなかった。もっと頑張って、もっと強くなって、バルドルに追いつくのだ。


「ダンジョン攻略も気合い入れて行きましょう」


 とエルトリーアが決意すると、その声を聞いていたユニが「あっ」という顔を浮かべ、言いにくそうにパーティーの件を話した。


「その、エル……実は私とバルト君以外にもパーティーメンバーができまして……」


「へ?」


「先程ミルフィさんと話して、お互いのことをよく知るためにお昼は一緒に食べようってことになりましたから……そのー……」


 自分のいない間に色々と変化が起き、自分の居場所に知らない人がいるみたいな損失感を感じて、


「ちょっとバル、どういうことか説明しなさい!」


 バルドルに聞きに行くのであった。


 その姿に「お前また何か怒らせるようなことしたのか!?」「また頭でも撫でたのか!?」と男子連中に言われるバルドルだった。


「誤解だ」


 バルドルはエルトリーアに事情を説明し、納得したが不満に頬を膨らませ、おもむろにミルフィのことを気にしながら、隣りにいるのは私だというようにバルドルに密着するようにエルトリーアは座っていた。


 その姿にミルフィが「やっぱり」と何かを確信し、視線の衝突が起きていたが、バルドルは「仲良いな、これなら上手くやれそうだ」と呑気に内心で呟いていた。



 そして昼休みになり食堂棟の席に座ったバルドルは首を傾げた。何故かエルトリーアとミルフィが無言で視線を交わし、ラァナとユニは若干遠い目をしながら微笑み、フォグは先程から睨んできている。


 どうしたんだ? と口を開こうとした所で途端に寒気に襲われ、バルドルは口を閉じた。


(あれかな? 社交界の場では仲が悪いとか? ミルミゼ家は凄い家だから、王族との関係はむしろ重要視するはず。となるとその線はあり得ないから……どういうことだろう。エルはユニが言ったように怒ってるからだとしても、ミルフィは……分からない)


 バルドルは頭をこんがらせたが、このままだと話が進まないので、一先ずパーティーとして大事な話をしていく。


「みんな、いいか。まずは情報交換してパーティーの役割を決めないか?」


「いいよ」


 ミルフィが微笑みながら頷く。


 情報交換した所、前衛はエルトリーアとフォグ、中衛がバルドルとミルフィ、後衛がラァナとユニと一軒バランスよく見えているが……


「索敵は俺になるな」


 色々と普通とは違った。


「うん、そうだね。エルトリーア様は常時強い前衛だけど、フォグは魔法を使わないとエルトリーア様のような力は発揮できないし、いや発揮できたとしても、攻撃力じゃ敵わない。足並みを揃えるのは難しそう」


「じゃあ、エルトリーアは前衛より少し前にして、数が多い時グリンドにも参加してもらう方向性で……」


「ちゃっと待て! 俺ならやれるぞ!」


「フォグ君、過大評価はやめた方がいいわ。けど、まだ六層、むしろ成長の機会を奪うことにならない?」


「そうだな。初めから完璧を求める必要はない。その場の空気もあるだろうし、詳しい配置は一回試した後でもいいだろう」


「だね。ラァナは秘匿属性の他に、土に適性があるから結構いい攻撃出せるよ。それに秘匿魔法シークレットの防御は凄いから、ユニの心配はしなくていい」


「分かった。じゃあ俺は前に出なくていいから、索敵と援護、指揮に専念しよう」


「あーでも、フォグとラァナの魔法の効果を知ってるのは私だから……」


「ミルフィにはサブリーダーという形で、二人の指示を頼む。でも、同時に指示を出してしまう可能性があるな。そういう時は……」


「合図を決めよう。後は位置、エルトリーア様とユニとバルドルは右側、残りの私達は左側にすることで、お互いの声がより伝わりやすくなるだろうしね」


 そんな風にパーティーに関する話をしていくと、学食が出来上がりそれを取りに行き持ってくると、全員で「いただきます」して食事を楽しみながら、仲を深めていく。


 エルトリーアもおいしいご飯を食べると機嫌を取り戻し、ミルフィと会話を楽しもうとしたが……やけにバルドルの話が多く、前々から予感していたことが真実だったと判明した。


 デートらしきものにも行ったと知ったら、少しだけ胸が痛くなって……。


(私はバルのことが好き、なのかしら?)


 好意を抱いているのは確かだが、恋愛経験のないエルトリーアには恋をしている自覚がなかった。


 母リーティファに言われたように、理想の王子様像はレオンハルトのような人で……あれ? 何故か思い浮かべる相手がバルドルになっていた。


「──っ!?」


 エルトリーアは急に顔を真っ赤に染め、誰にも見られないように俯きながら立ち上がると、「ちょっとお水もらってくるわ」とコップを手に席を離れた。


(え、嘘、本当に? 本当に好きになっちゃった? わ、分からないわ。そう、そうよ! バルのことは格好良いと思ってるし、気にもなってるけど……でも……)


 自分に言い訳しようとしたが、バルドルの隣にミルフィがいる姿を想像してしまい、それは凄く嫌だった。


 嫌に鼓動が早くなる。


 こうしてミルフィを見ると、素敵な女性だった。


 よく手入れされたプラチナブロンドの髪、軽い嫉妬を覚えてしまう緑色のカチューシャ、宝石のような青い目。自分とは違ういかにもな女の子らしい華奢な体つき。


 王族はオールマイティを目指すため近接戦の訓練も受けているので、エルトリーアの体にはかなりの筋肉がついていた。


(むぅ……負けられない)


 女としての魅力の差に気づいた彼女は、自分の恋心を自覚し始め、ミルフィのことを強敵認定するのだった。





 

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