第28話 最終決戦の開幕



 奇襲を活かした攻撃でエルトリーアを助けたバルドルは、弱々しい顔をする彼女に以外だなと感じてしまった。


 いつも元気で元王城暮らしのため普通に傲慢ナチュラルボーン・ワガママな彼女は心の拠り所を失ったように、自分バルドルが〈魅了の魔眼〉を開眼してから部屋に閉じ込められた時のような表情をしていた。


 こんな状況で思うことではないが、非常に庇護欲が刺激されていた。


 そんな馬鹿な思考を苦笑して切り上げると、どうしたものかと真面目な懸念に移る。


 エルトリーアを助けたのはいいが、正直バルドルはエルトリーアが負けるとは思ってもいなかった。だから本当は、靴に押し潰された草の跡を視た彼は、エルトリーアの元には行かないつもりだった。


 だけど、魔力が爆発した時に嫌な胸騒ぎがして、ユニの居場所を聞くためにと建前を心の内側で述べてやって来た。


 バルドルの予想通り、エルトリーアはユニと一緒にいなかった。


 しかし、エルトリーアが敗北したとなると、ユニの方が心配だった。ユニの力を詳しく知らないので不安の方が大きい。でも目の前で窮地に陥っている友人を見捨てることはできない。


 そんな彼の悩みが顔に出ていたのか、少しだけ体力が回復してきたエルトリーアはバルドルの肩に手を置いた。


「バル、少しだけ時間稼ぎしてもらってもいいかしら?」


「良いけど……」


「大丈夫。良い作戦を思いついたんですもの。少しだけ時間を稼いでくれれば後はユニを追いなさい。あっちに進んだから」


 フラフラと頼りないエルトリーアの姿にバルドルはハッキリと頷くことができない。


 この間にも毒竜の液体から「ぷはー」とダンは抜け出してきている。最後の毒竜を向かわせるが呆気なく吹き飛ばされた。


 その怪力を見ると身体強化魔法を施し、更に量を絞り1分間に限定した《劇毒強化ドーピング》で人間を超え魔族に並び立つ身体能力を手に入れる。


「状況次第だけど、分かった」


「へぇ、そんな生意気なこと言うのね」


「僕も生徒会として生徒きみを危険に晒すわけには行かないからね」


 自覚を持つことは大事だ。人は自覚することで自分のするべきことを明確化し、それはやる気に繋がり精神性を丈夫にする。


 その生徒を守る気持ちは、元は物語に影響されてだったが、生徒会執行部に所属することで、生徒会としてという確固たるおのが信念を持つことで強くなっていった。


 それ故に、体力が限界寸前だろうとも彼は見た目上は余裕に振る舞い、限界が来て倒れるその時までと力を振り絞る。


 レオンハルトのように堂々とした佇まいに思わずといった様子で見惚れると、ダンの能力詳細を告げてから「少しの間任せたわ」と背を押した。


「任された」


 そして、バルドルは地面を蹴り走り始めた。


 ホルスターに収めた魔法銃を引き抜く。


 もう片方の銃は残弾が1発なので置いておく。補充が効かない今はしっかりと考えて使わないと使い切ることになる。


 頭を回転させ、状況を分析し、時間稼ぎという一点の結果を求めるために作戦を練る。


 ダンの能力、性格から行動パターンを読む。


 敵の最優先事項は食べることだ。相手の魔力を食べる。だが、流石に毒竜を形作る劇毒の液体は食べなかったようだ。


 まあ諸に食らったダンの服は所々が溶けているからだろう。見て聞いた所、魔法を受けても早々に傷ついていないことから魔法耐性がある装備だ。


 隠し持っている武器はなく、バルドルは自分は相性が良いと、これなら余裕で時間を稼げそうだと笑った。


「俺の魔力はお気に召さなかったかな?」


 生徒会モードでダンを煽っていく。


 実際、毒液を浴びた彼は機嫌が悪かったが、その一言で額に筋が浮きピクリと目元を震わせた。


「テメェはバラしてから喰らってやんよ!」


「解毒薬でも用意しとけ」


 実際の動きを観察するべく、魔法銃に魔力を流し込む。魔法陣機関マギア・エンジンを通ることで弾丸の形に集い、圧縮された魔力は引き金を引く行動アクションと同時に撃ち出された。


 人が視認するのが困難な速度で飛ぶ弾丸は、人外種族の目では確実に捉えられていた。


「遅せぇ!」


 腕を振るい手の甲で吹き飛ばす。


 その際に風圧が発生し木々を揺らす。


 ……化け物。


 純粋な身体強化魔法を使わず、特異体質の強化のみの身体能力は当然の如くバルドルを上回っている。


 《劇毒強化ドーピング》は身体能力を強化してくれるが、耐久力まで上昇してくれるわけではない。一撃でも喰らったら致命傷は避けられない。


 だが、


 ──視えた。


 彼の領域はダンの動作を認識していた。


 ドーピング効果だ。感覚を鋭くする力は領域時にも適用され、まるで目で見ているかのように領域に人が触れた時から帰る時間タイム・ラグが一瞬になっている。


「っ……!」


 その一瞬の内でダンが接近してきた。


「オラァ!」


 バルドルの顔面目掛け拳を撃ち出す。


 それを拳に力を入れた瞬間に先読みしていたバルドルはギリギリ回避する。余裕を持って躱すと軌道を修整されるためだ。


 と、ダンは無詠唱で腕に水を纏っていた。


 渦巻く水の流れる音が、途端に荒ぶり出す。


 不自然に波打った水を視た直後、一つの予測が脳裏を駆け抜けバックステップを踏ませた。


 シュン、と鋭く空気を貫く水の槍。情報データにない行動だが、水を操れるという情報を知っていたので何とか回避に移れた。


(ああ、エルだと意味ないからか)


 内心で呟き得心しつつ、脳内でダンの情報を更新する。作戦内容の微修正。動作の滑らかさは目に見張るものがあるが、行動の全てが大雑把。


「これを経験したことはあるか? ──《強化弾・麻痺パラライズ・ブリット》」


 リーベナとの特訓を経て開発したオリジナル魔法。魔力弾あるいは実弾に魔力属性を付与するシンプルにして強力な魔法。使用魔力によって強化の度合いが変わり、瞬時に発動する場合は中級魔法クラスとなる。


「贄が粋がってんじゃねぇ!」


 バルドルが射出した弾丸を反射的に弾き飛ばした。直後、手の甲から掌まで雷が駆け抜けた。


「ぐっ……!?」


 ダンは呆然と目を見開く。


(やっぱりか)


 確信した。


 魔族は新技術に対する経験値が不足している。平均寿命が高く、一つの作戦も数十年規模は当たり前という価値観を有している魔族らにとっては、魔道具や銃器というのは真に最近出たばかりの物であり、魔道具や銃器を使った戦闘に慣れていないのだ。


 そもそも、通常の魔道士はこの手の道具に力を借りるのを嫌う傾向にある。例外はダンジョン産のアイテムや竜の鱗といった触媒だ。


 故に、バルドルが開発したオリジナル魔法をミックスしながらも、弾丸は体で受ければいいという先入観が本来鳴らすはずの警鐘を擦り抜け、弾丸を弾かせるという感頼りの行動を産んでしまった。


 結果、接触と共に対象を麻痺状態にさせるだけの雷がダンの手を撃ち抜いた。


 魔法の応用だ。


 ゼロ距離発動をすることで、魔法の威力を引き上げる小細工。本来の雷とは違い相手を状態異常にするだけの魔法とは相性が良く、大抵は今目の前で起きているように内部まで伝う。


 ダンはエルトリーアのように魔法耐性は高くない。そのため、今回は薄い手のため雷が通り抜け、ダンの片手を機能停止に追い込んだ。


「──ッ! やってくれるぜ!」


 痺れた腕を動かそうとするができない。


 怒りが脳内を煮え滾らせたが、マルクの精神干渉により瞬時に冷却されると、まさに魔物のように猛々しく笑った。


 威圧感満載の笑みを向けられたバルドルは、涼しい顔で受け流し爽やかに微笑んだ。


「毒竜への対応を見た時から推測はしていたけど、やっぱり状態異常魔法持ちとの戦いはしたことがないみたいだね」


 特殊魔法、状態異常系の魔法持ちは希少だ。普通の家系では産まれることはなく、状態異常魔法が書き記された魔導書を手に入れることも只人には不可能だ。


 だが、アイゼン家にはその手の魔法が乗っている魔導書が沢山あった。中には世に出ていない秘匿魔法シークレットと呼ぶべきアイゼンの魔導書もあったが今は置いておこう。兎にも角にも、状態異常魔法に適性がある者ですら稀で、そこから更に魔導書を手に入れることは難しく、なまじどちらも揃ったとして、凶悪な魔法を人に向けるという恐怖、倫理観が邪魔をする。それ故に、状態異常魔法に適性を持ちながらも覚えなかった者も多い。何せ状態異常魔法持ちは昔から物語に悪役として登場する。


 クロスベルトの冒険に出てくる魔族然り、ナイトアハト王国を滅ぼしかけた災厄の魔女然り、不吉の代名詞の一種ともされている特殊魔法。


 そんな人を選ぶ魔法持ちとの戦いは長く生きるダンの中でもない。というか大抵は不確定要素を含む相手の場合、マルクが上手く調整してくれていた。


 ダンから見たバルドルの戦闘方法は、初見殺しのオンパレードだ。見たことのない武器、見たことのない魔法、見たことのない戦術。


 相手は自分より圧倒的に弱い存在であるはずなのに、猛毒を秘めていた。それは人から見た時の毒蛇のような存在感だ。


 真正の馬鹿でないダンはバルドルを観察して解体バラすと決めた。


「ハハッ、テメェの毒を取り除いてから喰らってやる!」


「生憎とお前の好物は既に毒入りだ」


 そしてまた二人の死闘が幕を開ける。バルドルの作戦は初見の攻撃を見せ、相手を引き気味に戦わせることだった。


 奇しくもその死合の進み方は、エルトリーアが時間を稼がれた状況に似ていた。


「凄い……わね」


 休みたくなる体に活を入れ前を向くエルトリーアは笑ってしまった。


 身体能力は完全に劣っている。裸眼と領域、視界確保の点に置いても本来は不利だったが、バルドルの場合は逆だった。


 極限の環境で育った彼だからこそ、領域を目として用いる発想に辿り着き、誰よりもソレで視続けた領域は微細な筋肉の動きすら察知し、先読みを可能とする。


 恐ろしいまでの精密作業を毎日繰り返した領域技術をエルトリーアは過去「高位魔道士に匹敵する」と評したが、とんでもない。


 もしかしたら、最高位魔道士と同等かそれ以上に希少な技術スキルだ。


 その技術を駆使して対等に見えるように戦っている。紙一重の回避を見せ、初見の技を持って、ダンの「初見殺しを知り、初見の技には意識を集中してしまう」という思惑を利用した巧みな戦術で戦況を支配している。


 ゾクッ、と肌が震えるほどにバルドルは短期間で急成長を遂げていた。


 ……だが、エルトリーアには分かっていた。


 今のバルドルにできるのは時間を稼ぐだけだ。バルドルがダンを倒す勝利条件は、魔法抵抗力を下げた上での状態異常魔法か、体内に毒魔法を叩き込むだ。


 彼ができるのはあくまでも時間稼ぎ。ああは言っていたが、完全に時間稼ぎを目的とした戦闘は、その背中は「エルを信じている」と語っているようなものだった。


 バルドルが初めからエルトリーアの勝利を信じていたように。


 だから、


「私はその期待に答えなきゃいけないのよ!」


 消耗した体に鞭打って、無理やり動かした。


 手を胸に向ける。


 心臓を優しく握るように、黄金の竜鱗を握り締めた。まさしく今のエルトリーアを形作る原点だ。その竜の鱗を彼女は握り──


 其は竜の王の欠片。


 内包した魔力もまた──竜王のものである。


 契約していた竜王の力が得られぬと言うならば、直接得ようとする狂気の沙汰。


 握り潰した竜鱗の破片を開いた口の中に落とし込みながら、彼女は紡ぐ。


「《再誕の儀リバースドラゴン》」


 無詠唱発動の手段を失って、久しく口にした詠唱。


 そのリバースとは逆を意味する。これは契約を遡り対象と繋げる。対象は竜王ドラゲキン。契約の繋がりはなく、しかし体に取り込んだ竜王の鱗と強引に接続する。


 破邪の炎は竜の吐息、味方を守り敵のみを燃やし尽くす。


 儀式の炎が地から天へと噴き上がり、その中心に立つ巫女は光り輝く金の粉をその身に受け入れる。


 全てが入り、口を閉ざす。


 本能的に吐き出しそうになる嘔吐感を堪え、柔らかな唇を結び、唾液を混ぜ飲み込んだ。


「ん、く……はぁ」


 ゾワゾワとした不快感が肌を震わせる。


 竜王の魔力を取り込んだことで鳩尾を殴られたような鈍痛が走る。


 ドクン、ドクン、ドクン!?


 拒否、拒絶、嘔吐感。体が体内に混ざり込んだ異物に嫌悪を示す。


 だが! とエルトリーアは前を向いた。


 大切な友達が戦っていた。


 私を信じて待っていた。


 私は王族の力も禄に扱えない未熟者だ。


 最初からこれを使えば彼に迷惑を掛けずに済んだかもしれなのに、不安があったから使わずに戦って……。


 次は間違えないと誓ったはずなのにと、唇を噛み手を強く握り締めた。エルトリーアの想いが腹を狂わす感覚を塗り潰していく。


「だからもう──私は負けない!」


 取り込んだ竜の鱗に力を貸せと魔力を流す。自分の一部にするかのように命令を送り、魔法を発動する。


「──第二段階・限定発動! 《竜化ドラゴン・フォース》ッッ!!」


 その時、世界の全てが彼女を祝福するように、黄金の魔法陣が浮かび上がり、金の魔力いろを帯びた魔素が集束する。


 契約の繋がりはなくとも、竜と成る条件は整った。


 竜の力を受け入れられる特異体質、〈竜の巫女〉。竜の力を秘めた触媒竜鱗。ソレを消化する時、我が物にする感覚で魔法を起動した。


 エルトリーアの姿が変化していく。


 爪は竜爪と化し、各種魔法耐性と身体能力は劇的に向上。無詠唱発動を可能とするようになり、感覚器官まで造り変わる。


 そして、第二段階目の影響でエルトリーアの体に竜鱗が生まれた。光り輝く金、しかしそれは竜王の黄金の如き金色ではなく、彼女の髪と同じ白金色と呼ぶべき美しい色合いだった。


 全能力を第一段階の時に比べ倍にした竜の巫女は、全能感に体を満たされ高揚しながらも、芯の部分は冷静に、目の前にいる人間と魔族へ口を開いた。


「──我が相手をしてやる」


 「私」ではなく「我」という一人称を用いて、二人に言い放った。前者には「ここは任せろ」、後者には「私が相手をしてあげるわ」という意味を持って。


 敗者であった存在の傲慢な宣言に誰も怒りを見せなかった。


 それほどまでに今の彼女の存在感は圧倒的だった。


 バルドルは劇毒が体を抜ける感覚を味わい、即座にユニがいる場所に向かった。体調が悪く汗が額を濡らすが腕で拭い、制服を少しだけ緩め僅かでも回復するように務める。


 残った二人は10メートルの距離を置いて相対していた。その片方、ダンは自分でも思いも寄らぬ高ぶりを覚えていた。


 初めてだろう。


 魔物としての本能がエルトリーアを格上だと伝えてくる。だが彼は魔族だ。どこまで行っても食欲に忠実だ。


 仮にだが、目の前に最高級の食事獲物がいたとする。それを食べないなんて選択肢はあるか? いや、あるはずがない!!


「最高だ! 俺はそこまで拘る方じゃねーが、雑食でも分かるほどに魔力の質が極上だ! ハハッ、贄ではなく獲物か……!」


 サメの側面が覗く。相手を狩るという欲求が体を満たす。彼の半身たるサメの魔物、そのモデルは海の王ととある国では言い伝えられている。海に生きる全てを喰らう悪食であり、狙った獲物は確実に逃さない能力を持っていた。


 それは海中で相手を捕える水流操作ハイドロ・キネシス


 それは海中にいる時に自分を速くする水性強化アクア・ブースト


 それは海中にいる他の生物に邪魔をされないため、自分色にのみ染まった水を生み出す水生成クリエート・ウォーターだ。


 海中生物は自分のテリトリーを持ち、テリトリー内の魔力を自分色に染め上げ、他生物には決して邪魔されない領域を作り上げていたからだ。


 マルクの精神干渉で精神は安定する、かつてない高鳴りがダンのパフォーマンスを最大に引き出していた。


 そして、遂に身体強化魔法を解禁する。


「──《身体強化・邪イビル・ブースト》!」


 それは頭のネジを外し、人でない魔物としての面を持つが故に最大限の強化を発揮した。


 身体強化は肉体に負荷がかかる。そのため強化率は人間という種族は他の種族より低い傾向にある。


 どういうことかというと、元より身体能力が高い魔族の身体強化魔法は、人間の身体強化を超越する上昇率を誇るということだ。


 王家が使う《身体強化・王ロイヤル・ブースト》のように。


 ダンを中心として黒と紫が混じった不気味な魔法陣が展開された。その魔法陣から放出される邪悪なオーラがダンに宿り、身体的な全ての能力を格段に上昇させた。


 ペロリと唇を舐めると、ダンは満面の笑みを浮かべた。


「狩りの時間と行こうか」


「狩られるのはアンタよ」


 そして、最終決戦クライマックスの時を迎えた海王の半身を持つ魔族と、竜王の力を宿した人間の死闘が今、始まった。

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