第5話 女子会



 男共が阿呆なバトルを繰り広げている頃、一方の女子達は食堂棟の食堂にてデザートを食べていた。


 エルトリーアとユニが男同士が親睦を深めるならと、シアを誘ったのだ。


「シアちゃん、体調はあの後どうですか?」


「はい、大丈夫です。でも……シアちゃんは、やめてください」


 気恥ずかしいからと頬を染めながら、プリンを頬張った。


 シアは精神が大人に近づき始め、ちゃん呼びが無性に恥ずかしくなっている。


「分かりました、次からはシアと呼びますね」


「私もいいかしら?」


「は、はい」


 王女様相手に緊張するが、昔からお姫様というのは憧れの存在なので、心の中は浮足立っていた。


 ふわふわとした高揚感が頭の中をいっぱいに満たしていた。そのため、話題好きの少女らしい話題うわさを向ける。


「エルトリーア様はバルドルさんとお付き合いされているのでしょうか?」


「ごふっ!?」


 レアチーズケーキと紅茶のセットを頼み、口直しに紅茶を飲んでいた所に質問の爆撃を浴びせられ、蒸せてしまった。


 淑女として吹き出すわけにはいかない! と何とか堪えたが、何度か咳を繰り返し、目に涙を浮かべながら、アワアワし始めたシアを見る。


 ……客観的にバルドルとエルトリーアの距離が近いのは事実だ。特に決闘の時にエルトリーアが膝枕したことが、その噂に信憑性を与え、「脈アリなのでは?」という邪推から噂が広まっていった。


 バルドルは普通の人には避けられ、エルトリーアもエルトリーアで人と接するのが得意ではなく、二人は知らなかったのだ。知っている一人の乙女は、抹茶ケーキで頬を膨らませ、面白くなさそうにしていた。


 話題的にも聖女ユニより王女エルトリーアの方が知名度が高いので仕方ないといえば仕方ない。大勢の前で膝枕したのだから、そちらに注目の目が集まるのは仕方ない。仕方ない、仕方ない……だが、面白くないものは面白くなかった。


 なので、何て答えれば良いのか迷っている友人に代わりユニが答えた。


「付き合ってません」


「へぇー」


 しかし、瞳から好奇の色が消えることはなかった。次の標的を見つけたと言わんばかりに、小さな唇は猫のように釣り上がり、「じゃあ、ユニはどうなんですか?」と質問する。


「っ……というと?」


「分かってる癖に。バルドルさんと付き合ってるのかって話」


 ユニは同じ平民なので気さくに話しかけている。その様子にエルトリーアはちょっぴりモヤッとした感情を覚えた。


「付き合ってはいませんよ。……それよりバルト君から話は聞きましたが、シアはシン君と同じ部屋で暮らしているそうですね?」


「な、何故それを……!?」


 これから仲良くなる予感を感じたバルドルは、シアの事情を聞いたこともあって、そのことを話していた。


 女の子は繊細だから、同じ女子にしか話せない悩みはあると話したのだ。シンはデリカシーがない感じだから、と。


 その善意の情報を用い、ユニはこの話題を打ち切らないとシアが「超ブラコン」であるという噂を流すかも、と暗に伝えたのだ。


 もしもバラされたら、シアは明日から学校生活をまともに送れる気がしなかった。


「むぅ〜〜〜〜〜」


「ふふ、まだまだシアちゃんですね」


「シアちゃん言うな!」


 二人の会話にどう混ざればいいのかエルトリーアには分からなかった。ただ、そういう会話は友達みたいで自分もしてみたくなった。


「そういえば、シアって将来の夢はあるのかしら? 答え難かったら答えなくてもいいわよ」


「将来の夢、ですか?」


「ええ。折角こうして話せる関係になれたわけだし、胸襟を開いて無礼講で話し合いましょう」


 それは仲良くなるための提案だった。


 お互いを知ることでより深く繋がりたいという欲求でもある。エルトリーアにとっての友達感は若干重めだ。友達のことは知りたいし、自分のことも知って欲しいようになる。


「そうですね。将来の夢はやっぱり、お姫様になって王子様と結ばれることでした。でも、実際になれるわけありませんし……」


「そう。なら、一緒に見つけていきましょうか。ここでなら沢山の思い出が作れるし、本当にお姫様にだってなれるわよ? まあ、お姫様なんてなって良いもんじゃなけど、可能性はゼロではないわ」


 実際問題、レオンハルトと婚約すれば叶う夢だろう。だがシアは別に興味を示さなかった。


「はい、有り難いお言葉、大変恐縮でふ」


「嚙んだわね」


「っ! うぅ……」


「難しい言葉使うからよ。それに無礼講で良いって私は言ったわよ? だから、もっと素の自分で私達に話してきなさい」


「はぃ」


 まだ舌が痛むようで吐息を吐くように呟いた。


「……私はもう王子様に夢見るほど幼くはありません。自分の王子様は自分で見つけます」


 ここら辺はエルトリーアの王に対するあり方に似ている。立場の王子様を求めるのではなく、自分が求める王子様像を体現した殿方を見つけ出すと語ったのだ。


 それは、自分をピンチから救ってくれる雄々しい人で。


 それは、長い眠りについたお姫様をキスで目覚めたように、長きに渡る封印から自分を解放してくれるような優しい人で。


 ……この時点で「ん?」「あれ?」と何か嫌な予感を察知した。


 それは、どんな窮地に立たされようとも絶対に諦めず前に突き進む強い不屈の心を持っている人で。


 それは、ただそこにいるだけで心の底から大丈夫だと安心できるくらいに凄い、ヒーローのような人で。


 それは──。


 それは──。


 それは──。


 女の子が一度は夢見たことのある王子様像が沢山上げられ、中にはエルトリーアとユニの乙女心にクリーンヒットを決めるものがあって、シアが語り終える頃には、恥ずか死にを迎えて机に突っ伏す二人がいた。


「どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないわ! すっごく! すっごく──!?」


「ま、まあ落ち着いてください」


 エルトリーアが素直に言葉にしようとした所でストップをかける。「すっごく恥ずかしい台詞だったわ!」とか急に言われても、シアが落ち込むだけだ。


 だから、自分達も経験した黒歴史の体現者であるシアに、ユニはとっても優しい聖女スマイルを向けた。


「とても良いですね、その理想の殿方は。少しだけ、求め過ぎな気もしますけど……」


「いえ、私はこの条件に当てはまる人を知っています」


「「え」」


「そう、バルドルさんです!」


「「…………」」


「誰かを助けるためすぐ動ける勇気、見た者を安心させる堂々とした立ち振る舞い、一年生で一番強い実力者。そして、私を二度も助けてくれたの! 特に二度目の時は一瞬、本当に好きになってしまって……」


「それはまやかしよ!」「騙されているだけです!」


「そう、ですか?」


「魔眼のせいよ魔眼のせい」「ちょっと回復魔法かけますね」


「ほへ?」


 状況がイマイチ飲み込めてないシア。だが、ユニの精神回復魔法の影響で冷静さを取り戻したシアは、顔が火照ってくると共に「そーいうことか」とニヤリと笑った。


「へぇー、ふぅーん、そーなんですかー」


「な、何よ」


「な、何ですか」


「今日お泊りしませんか? ユニの部屋で。そこにはバルドルさんの妹がいる。本当に騙されているかどうか聞きに行きたいんですけど?」


「……シスカに聞いてみます」


 その後シスカに聞きに行き、意外にも「構いません」と承諾し、シアとエルトリーアは特殊科女子寮に泊まるため準備する。そういうわけで、急遽エルトリーア達はお泊まり会をすることになった。



 ……エルトリーアは以前にもその部屋に来たことがあった。


 バルドルと同棲していることをユニに知られ、着替えの仕方を教えられたり、シスカから警告を受けたり。


(それにシスカからは辺な魔力を感じるし、バルの妹だから仲良くしたいのだけど……合わないのかしら?)


 エルトリーアはシスカを本能的に受け入れることができなかった。それが何を意味するかは分からないが、敵というわけでもないし気楽な関係性を築けたらいいと思っている。


 ユニとシスカの寮室にお邪魔したエルトリーアは、部屋のソファに座り、魔導書を読んでいるシスカを見つけた。……その魔導書表紙に書かれた文字はエルトリーアの知識をしても知らないルーン言語で、噂に聞く「アイゼン家の秘匿魔法シークレットを記した魔導書」を頭に思い浮かべたが、こんな所で読むはずもないと思い直し、にこやかに挨拶する。


「久し振り、シスカ。昨日は助かったわ。貴方が来てくれたお陰で、バルは間に合ったみたいだし、精神的にも良かったしね」


「はい、それと……眼帯をつけた方がいいですか?」


 王族相手エルトリーアに失礼だが、彼女がこの魔眼を本能的に恐れているのをシスカは理解していたので、魔導書に視線を落としたまま尋ねた。


「構わないわよ。プライベートルームにこちらがお邪魔させてもらっているわけだしね。ずっと眼帯をつけていたら目が疲れちゃうもの。そんな安息の時間を邪魔するほど、野暮な真似はしないわ」


「そうですか。それより、兄は最近どうですか?」


「どう、とは?」


 ここで初めてシスカはエルトリーアに魔眼を向けた。すると、肌がゾワゾワと危機感を伝えるように鳥肌立った。


 何か大切な物を視られているような気分。

 

 無機質な純白と漆黒の瞳。


 一ミリもエルトリーアに興味はないといった眼差しだ。


「……色欲竜が」


「? 何か言ったかしら?」


「何も、ただ……兄さんと何かありましたか?」


「っ!?」


(も、もしかして……!?)


 シスカのその質問に心臓の鼓動を高鳴らせた。今朝のことだ。性欲が溜まりすぎたエルトリーアは淫夢を見てしまい、絶対に人には言えない性癖を自覚してしまった。


 夢の中であんなことをされて……。


「な、何もないわ!」


「嘘はいけません。兄さんが手を出すわけありません。つまり、エルトリーア王女は兄さんと同衾したと?」


「っ!?」


「……変態竜。視れば何があったか分かりますけど、兄さんの優しさに漬け込む真似はやめてください。もしも万が一があれば、国が滅びますよ?」


「そ、そんなこと……!」


「断じて、冗談ではありません。兄さんはずっと家に引き込もっていました。精神が今はまだ未熟なんです。素直で実直、心は穢れなく、白く染まりやすい。……兄さんは人との関わりに飢えています。何もさせてもらえなった、してこなかった私が言うのもなんですが、軽率な行動は今後お控えください。……まだ納得いきませんか。それなら一つ、よくない話をしてあげます。昨日、兄さんの魅了を私は切りましたが、子供の時に比べ抵抗感がありました」


「っ……」


「魔眼は成長します。最終的には兄さんの魅了を切るのは難しくなるでしょう。場合によっては不可能になるやもしれません。兄さんに万が一があった時、斬るのは私の役目です」


「それは……!」


「……すいません。少し感情的になりました。ただ知っておいて欲しいんです。兄さんの危険性と、もしもが起きた時の想像を……」


 バルドルの魔眼は頂点の魔眼だ。最後には魔眼封じの神器の力を超える可能性がある。魅了の魔眼とは木に干渉したように、最終的には無機物にも干渉できる。


 魔眼の成長は止められないし止まらない。


 だからこそ、バルドルにはしっかりとした倫理観を学ばせないといけない。


 絶対に性欲などを刺激してはならない。


 シスカは干渉することができない。


 してはいけない。


 魔法学園アドミスは、素のバルドルの行動と言動を確かめ、善悪を決定づける審判の場でもあるのだから……。


 そうして、会話が途切れ二人が沈黙していると、特殊科寮の場所を知らないシアを迎えに行っていたユニが戻ってきた。


 ユニは「ただいま」と部屋に帰り、よくない空気が蔓延しているのに気づき、話を変えるように「シスカ、子供の頃のバルト君はどんな感じだったか教えてください」と告げた。


 後ろで「初めまして」とお辞儀していたシアはド直球すぎる今回のお泊まり会の本題に目を見開く。


「ええ、構いませんよ」


 すると、シスカはあからさまに口を綻ばせ、昔の出来事を話し始めた。それはとあるサークルの部室でとある話をしている男と非常に似ている優しい顔だった。


 6歳になるまでの話だ。


 アイゼン家は秘匿事項が他の家々よりも圧倒的に多く、貴族家ではないにも関わらず貴族家と同等以上の扱いを受けている特殊な家だ。


 政治に関わる時もある。騎士になる時もある。魔道士になる時もある。冒険者になる時もある。


 アイゼン家の者は自由で、その自由が許されるのは強さがあるからだ。勿論、個人的な事業を幾つか抱えているが……とはいえ、秘密性が高く、国でさえもアイゼン家と争えば多くの血が流れるのを感じていた。


 過去、頂点の魔眼バーテックス・アイが一つ、〈地獄の魔眼〉を所持していた者によって、エルフの森が全焼する事件が起こった。


 ……無理やり従えることはできるがもしもの場合危険性が高く、このような背景からアイゼン家は敵が多い。最近では平和な世の中が続き、敵視している者は少ない。


 だが、その危険性から子供の内から暗殺者に狙われることが多く、子供の頃は外に出ることができなかったそうだ。


 欲しい物は使用人が買ってきてくれる。


 愛情は父と母から与えられる。


 遊び相手はバルドルにはシスカが、シスカにはバルドルがいたから不満はなかった。


 というより、二人でいることが当たり前だった。世界のことなんて何も知らなくて、友達とかいう存在もよく分からなくて、小さな時はただ二人で遊んで思い出を共有して笑っていた。


 魔法を鍛えるのは早いから、二人がしていた遊びばボードゲームが殆どだった。元々、高い知能と空間認識能力に秀でていたバルドルは強く、いつもシスカの負け続きだった。


 家の花壇に生えている花は何かと兄に尋ねたら、いつも「これはね」と屈んで教えてくれた。兄は物知りだった。


 父のような存在になるために書物を読み漁り知識を身に着けていた彼は、当時は馬鹿だったシスカより凄い頭が良かった。


 家庭教師と勉強する時間には、分からない所を家庭教師以上に分かりやすく噛み砕いて教えてくれた。


 そして何よりも、笑った顔が素敵だった。


 天使とはまさに子供の頃のバルドルのような存在を言うのだろうとさえ今でもシスカは思っている。


 その時のバルドルの髪は夜のように黒く、夜空のように目の色も綺麗だった……。


 ……とにかく、バルドルは凄くて賢くてカッコ良かった。優しくて笑顔が素敵で、一緒にいる間は嬉しくて楽しくて舞い上がってしまって。


 と、そこまで語った所でハッと我に返り、生暖かい空気が広がっているのに気づき、「い、以上です」と澄ました顔で話を終える。


「いいなぁ」


「別によくはありません。今の兄さんは……その頃のままですし」


 バルドルは何も変わっていなかった。辛い出来事があり、相当ショックを受けただろうに、腐ることはなく我武者羅に努力して、別邸に幽閉されていた彼の心情を慮ることはできても、それは想像でしかない。きっと、絶望は深かったはずだ。


 シスカだってあの頃はまだ未熟で、親の言いつけを破りバルドルに会いに行って、密かに魔導書とかを渡していたが結局見つかってしまって……。


(……約速は絶対に果たします)


 シスカはバルドルを鳥籠の外に出した。


 本来ならば魔王に世界が滅ぼされかけた時くらいにしか外に出すことを許されないバルドルを出せたのだ。


 ……そのために幾つか父と契約することになったが、この話はまたいつかなので、閑話休題。


「兄さんの最近あった出来事を教えてくれませんか?」


「ええ、いいわよ」


 その話にはユニとシアも加わり、様々な視点から見た時のバルドルの評価を知った。


 大半は悪い評価だが、徐々に良い評価が増えて言っているらしい。噂よりも実際に彼がなした行動と結果で悪い評価は打ち消されているようだ。


 そうして、四人の乙女による女子会は空が暗くなるまで続けられ、食事と入浴を済ませると各々にあったことを話し合い、親睦を深めてから眠りにつくのだった。


 ……一方その頃、「第三十八回誰の妹が一番可愛か選手権」を繰り広げていた阿呆な兄達も、満足気な顔をしてソファに寝転び眠っていたそうだった……。




 

 





────────────────

というわけで、この幕章は終わり、次から新たな章が始まります。

何か重要な情報をポンポン出してしまった気はしますが、書きたかったのでしかたないんです(その話はだいぶ後になるので、今は忘れてくれると幸いです)。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る