第7話 魔法知識



 翌朝、寝室で目を覚ましたバルドルは、領域を広げ隣の部屋にエルトリーアがいるのを確認した。


 『Eldorado』は首席用の部屋であり、寝室は一つしかないが、客間が存在するため、エルトリーアはそこに泊まっている。


 バルドルは不思議な気分だった。


 一昨日までは誰とも関わらずに生きてきたのに、こんなにも近くに会える友達がいる。


 友達ユニと再開し、シスカとは少し話すことができた。


 目まぐるしい変化に心が置いていかれている気分だ。


 特にエルトリーアのことを思い出し苦笑した。


 彼女は凄く、ワガママプリンセスだった。


 一人で服を着ることができない。


 男子寮の人に見られるわけには行かないからと、寮内の食堂ではなく、歓迎会に使われた食堂で一緒に食事を摂ることになった。理由を聞くと、「一人で食べるの、寂しいし……」と言われた日には逆らう気力は起きなくなった。


 荷物の整理もできないため、バルドルが整理する羽目になり、ハプニングがありつつも全て終わらせ一息つくと、エルトリーアがベッドで寝ていた。


 色々と付き合わせた挙げ句、部屋主を置いて先に寝やがったのだ。


 変な笑い声が出たが、気持ち良さそうに眠るエルトリーアを視ると、仕方ないと諦めることにした。


 そして、失礼だと分かっているが、「ペットがいたらこんな感じなのかな?」と思った。


 自分勝手に好きに生きて、面倒なことは主に任せ、なのに可愛いから許してしまう。


「朝弱かったら起こして、ご飯を作って、着替えさせて……」


 エルトリーアお世話リストを作りながら、バルドルは動きやすい服に着替える。


 アイゼン家を出た後、体を鍛えようと思っていたからだ。昨日の神聖なる決闘タイマンを経て、その必要性をより感じた。


 まずは体力作りのためランニングをしようと着替えを終え、水分補給し首席特典の冷蔵庫に入っていたメロンを食べ、扉を開いた。


「──やあ」


 レオンハルトが待ち構えていた。


 服装は運動用。にも関わらず王子としての風格を醸し出している。爽やかな笑みを添えたその立ち姿は、美術館に飾られる絵画の一枚のようで。


 ……バルドルは昨日のレオンハルトを見ているだけに、非常に胡散臭く感じられた。


 やや警戒を込めて、「どうしてここにいるのでしょうか?」と尋ねた。レオンハルトは人気が高く、ファンも大勢いるため、寮に住むと寮生に迷惑をかけたり、ファンの面々が問題を起こすらしく王城いえから通っているとエルトリーアから聞かされた。


 どう考えても寮にいていい人じゃない。


 その非常識を理解しているはずなのに、レオンハルトは更に非常識なことを言った。


「実は俺も今日から特殊科の寮に、もっと言えば君の向かい側『Edenエデン』に入寮することにしたんだ」


「はっ……? っ、失礼、少し取り乱しました。会長はファンの方が沢山おられ、中には過激派なるものが存在するから入寮はしなかったのでは?」


「ああそれ嘘」


「はい……?」


「そう言うとエルトリーアが焼き餅を焼いてくれて可愛いんだよ。ファンの子達には俺の方から言ってきかせれば大丈夫だし」


「……」


 生まれて初めて絶句した。


 初対面時の女性の理想を形作ったような王子様像は消え去り、目の前にいるのは、ただの超絶シスコンお兄様だというのが分かった瞬間だった。


「だから、さ……分かっているよね?」


 威圧(弱)を放ちながら、肩を握り潰すように掴み、そっと耳元で脅しの言葉を囁いた。


 バルドルは思った。


 エルはこの人に憧れて大丈夫なのだろうか? と。


「はい」


「それじゃあ、一緒に走ろうか。そのついでに、昨日伝え忘れていたことを伝えよう。さあ、行こうか」


 一瞬前の空気はどこへ行ったのやら、人の良い先輩に早変わりして、一緒にランニングすることになった。


 酷い二面性を目の当たりにしたバルドルは、王族ってこんなに怖いのか? と思ったが、エルトリーアをお世話する光景を思い出し考えを改めた。


 そして、予想外の人物と一緒にランニングをスタートする。


 寮は特殊科、魔法科、普通科に分けられている。人数の少ない特殊科は全学年が共通で使用し、魔法科と普通科は学年毎に一つの寮が存在する。そのため男子寮は連なるように建てられ、囲うように長い道ができている。


 円を描くように存在しているため、コースには最適だった。


 綺麗に整備されたなだらかな道を駆けていく。レオンハルトはバルドルのフォームに指摘を飛ばし、修整させていく。


 バルドルの走行フォームが見られる程度になってくると、話を始める。


「まずは試練突破、おめでとう。合格だ」


「ありがとうございます。でも、相手がエルだから必要に駆られてって感じはしますね」


 実際、使わないと負けたから使わされた、という方が正しい。自分の至らない点にまだまだだと感じ……空気が静まり返るのを肌で感じた。


「ちょっと待て」


 低い声が響き渡り、道付近の木々に留まる鳥達が危機を察知し飛び去った。


「何でしょう?」


「君は今、エルトリーアのことを何て呼んだんだい?」


「エルです」


「っ!? なん、だと……!?」


 雷に貫かれたような衝撃を受け、レオンハルトのペースが落ちる。「俺は呼ばせてもらえないのに」とか、「暗殺」とか、「俺だって呼びたい……!」とか、「その前に暗殺」とか、「エルトリーアに聞いてみよう」とか、「やっぱり暗殺」とか、「良いことを思いついた! バルドルに頼めば!」そうブツブツ独り言を呟きスピードアップして隣に戻ってきた。


「バルドル、君からエルトリーアに俺がエルと呼ばせてもらえるように……」


「断ります」


「っ!? な、何故だ? 場合によっては暗──」


「会長、情けなさ過ぎます。エルは貴方に憧れているんですよ? なのに、今の貴方を見たらどう思うか……もっと堂々としてください」


 バルドルにも妹がいるから分からなくはない。兄は妹の前で格好つけたいものだ。だが、それは妹の前だからだけであってはいけない。常日頃から格好良い兄を心がけ実践するものだ、とバルドルは思っている。


 レオンハルトの行動は同じ兄として見過ごすわけには行かない。気が抜きたい時はあるだろう。妹の可愛さを自慢したくなる時はあるだろう。だが、兄として誇りたいなら、常に格好良い姿であるべきだと、アドバイスを送った。


「……ああ、全く持ってその通りだ。目が覚めたよ。俺が自分に自信を持てるようになったら、頼んでみることにする」


「ええ。それに、僕も同じ妹を持つ身として、気が抜きたい時はいつでも話を聞きます」


「ハハッ、後輩に諭されるとはな。ではちょっとした同好会でも作らないか? 名前は「妹の可愛さを伝える会」だ」


 他の人が聞いていたなら、何をトチ狂ったのですか会長! と言われる内容だが、彼の前にいるのは長年妹に会えなくて、その反動から冷たくあしらわれたことも今考えるとアリでは? と思い始めた男である。


「いいですね! 作りましょう!」


「ああ」


 意気投合した阿呆二人によって、妹の可愛さを伝える会という同好会ができるのは、まだ先のお話だ。


「さて、話が脱線したけど、試練突破おめでとう。君は生徒会執行部に相応しい人間だ。今日の放課後、生徒会室に来てくれ。君の席を用意してある」


「はい」


「生徒会のメンバーと顔合わせしたり、業務の説明とかあるから、放課後、忘れないように来てくれ」


「では、放課後にお伺いします」


「はは、さっきにみたいに無遠慮に話してもいいんだが?」


「いえ、アレは会長が情けなさ過ぎたのが原因でしょう」


 そうして、バルドルとレオンハルトは何気ない会話を交わしながら、ランニングを続けるのだった。



 エルトリーアのお世話を済ませ、時間をズラし登校する。途中でユニと出会い合流し、魔法学園アドミス特殊科の教室に入る。


 ユニと談笑していると、エルトリーアが教室に着き、バルドルの方をチラチラと見るが、気恥ずかしいようで前の席に座った。


 そして少し経つと、一限目の授業が始まる。


 記念すべき初授業のため基本のおさらいから入る。


 壇上に立つテクノが質問する。


 魔法を使うに当たり必要とされるのは、魔力である。では、魔力とはどこにあるのか? この問いかけに手を上げたのは、バルドルだった。


「どうぞ」


 席を立ち、ハキハキとした声で答える。


「心臓と血液です。より正確には心臓は魔の心臓マナハートと言う魔力を生成する機関だからで、血液はその魔力と混ざるので、体中にあります」


「正解です。では、魔力が体中を通る意味は?」


「魔力操作を可能とする点です。通常、魔力は動かせません。人が意図的に心臓を動かすことができないように、魔力の源である魔の心臓マナハートの魔力を操作できない。しかし、血に混じった魔力は元から血と同化していたわけではなく、水に空気が含まれているような物で、簡単に外に出すことができ、様々な応用が行なえます。例えば、体外に放出することで領域を展開できますし、体内で圧縮と解放を繰り返すことで昇華が可能です」


「結構、それ以上は話が脱線してしまいます」


「失礼しました」


「ですが、良い回答でしたよ」


「ありがとうございます」


 席に座ると、緊張していた心が落ち着く。人前で何かを言うのは初めてだからだ。


 決闘の時は人の視線に晒される中で戦うので、街を歩くのと大差ないが、意見を伝えるのは「正解」か「不正解」か答えを受け取るまで分からない独特な不安感があったのだ。


 ……テクノの授業が続く。


 魔力は人に備わる機能の一つで、魔力の質というものがある。この質は才能と言い換えられ、質により魔法適性が決まる。


 ──魔法対価の理論というものがある。


 簡単に説明すると、他国と自国で使う貨幣が異なり、食材に海の国だと海産物が多くなるように、その魔力の質が対価になる属性魔法とならない属性魔法がある。


 この時、魔力質=どこかの国の貨幣、魔法適性=購入資格、魔法発動(ルーン言語の詠唱、魔法陣の念写など)=魔法の注文となる。このため大抵、似た属性魔法が多く使える。


 バルドルが良い例だ。


 彼は普通の属性魔法を使うことができない代わりに、状態異常系の魔法に適性がある。


 魔法対価の理論に当て嵌めると、バルドルの魔力質貨幣では普通の魔法の国の魔法の対価にならず、魔法適性状態異常系魔法の国の魔法にのみ対価となるのだ。


 最も、何事にも例外はある。


 貨幣の材質、要するに銀や金であることに変わりはないから自由に買えますよー、という無属性魔法の国。そして日用品、最近では魔道具と呼ばれ始めた物の触媒魔法デバイス・マジックくらいだ。


 また、魔力技術に昇華があるように、一定を超えたレベルの魔法に普通の魔力の質が対価にならない。その理由は、高級な品物を低価値の貨幣のみで支払おうとする行いだからだ。数え終わる前に閉店します、というように魔力供給が終わる前に魔法陣が消える。


 そのようなウィットに富んだ授業が展開される。次に生徒達に質問が出されたのは、魔力量が成長と共に増えるのは? というものだった。


 スッ、と静かに手を上げたのはシスカだ。


 兄に対抗心を燃やしているようで、熱心にテクノを見つめ、その眼力に屈し「どうぞ」と当てた。


「体が大きくなると、それに伴い体内で生成される血液が増えるからです」


「では、その例外は?」


「私や兄さんのような特異体質者です」


「よろしい」


 兄とは違い脱線せず、簡潔に答えのみを口にする。と、腰を下ろした。


「アイゼンさんの言うように、永続的に発動する特異体質は、ソレ自体が魔の心臓マナハートだからと言われています。その場合、魔力の源が二つあるため、魔力量は常人の二倍以上となります」


 昨日の決闘の時、バルドルが上級魔法を使ったのに観客が驚いたのは、成人前の学生は魔力量的に上級魔法を使えないからだ。昇華を用いたら使えるが、毒竜ヒュドラの威力を考えたら、一年生が使っていいレベルじゃない。


 余談だが、魔法使用者にも貧富の差があるという都市伝説がある。魔力の質と属性魔法の相性が良いと、対価の魔力量が割引されるそうだ。そのことを「〇〇魔法の国に気に知れらし者」という。〇〇の部分には魔法適性が入る。


 他にも魔法は使えば使うほど、顔なじみ的な関係になるようで、発動がスムーズになったりするとか。


 学者の中には、神様は魔法を永遠と使うことができたという神話から、「神様だからタダだったんだなぁ」と言ったとかなんとか。


 そんな風に面白い話を挟みながら魔法知識の授業が進行し、基本属性と特殊属性のおさらい、種族固有の魔法などの内容を経て、授業が終わる。


「バルト君、さっきの話って本当なんですか?」


「魔眼が魔の心臓マナハートって所?」


「はい。だとしたら、特殊科って改めて凄いんだなぁと思ったんです。特異体質者の方が多いですから」


「本当だよ。さっきの話だと二倍って出ていたけど、僕の魔力量は上級魔法を十回は発動できるくらいだね」


「いやそれ、普通の人の十倍以上なんじゃ……」


 桁が一つ違う魔力量に頬を引きつらせた。


「そうかな? 同年代の人の魔力量は今の所、エルしか知らないし……」


「………………………………エル?」


 絶対零度の如き冷ややかな声が隣から聞こえた。


 しかし、バルドルは嬉しそうに「エルトリーアのことだよ」と友達を愛称で呼ぶことを伝えた。


 ユニは誰のことかと予想していたが、確定情報の爆撃を浴びせられ、感情が抜け落ちた顔と瞳になる。後ろに座っていた女子生徒はあまりの恐ろしさに小さな悲鳴を上げ、そそくさと退散した。


 だが、表情の変化しか領域で読み取れないため、ユニが無表情になってもバルドルには「普通」としか感じない。


 不思議と空間が凍てつくような感覚に襲われた生徒達は、一斉にユニの方を向き、一斉に目を逸らした。


「バルト君、何で愛称呼びなんですか?」


 こてり、と首を傾げ覗き込むように尋ねる。


「ん? 友達になったからだよ」


 聞き耳を立てていたエルトリーアは「同じ寮」の単語が出てこなくて、ホッと息を吐いた。瞬間、スンスンとバルドルに顔を寄せたことで、フローラルな香りがした。


「……この匂いは?」


 女の子が好きそうなシャンプーの香り。エルトリーアが持ち運んだ物だ。悲鳴を上げかけ、口元に手を当てることで防ぐ。


「初めからあった物だね。首席の特典じゃない? メロンあったし」


 机の下でナイスと親指を立てるエルトリーア。バルドル視点では初めからあった物なので、彼に嘘はない。


「へぇ……そう言えば、その制服はどうしたんですか?」


「エルがお返しにってくれた」


「どこでですか?」


「? 部屋だけど……」


 エルトリーアは「あっ」と呟き振り向くが、時既に遅し。


「アウトです。知ってますか? 女子寮が男子禁制であるように、男子寮は女子禁制なんです。直接渡すのは不可能なんです。普通は寮の誰かを経由して渡す物を……何で、直接?」


「え? んー、ユニにならいっか」


 友達だしと軽くオッケーと判断したバルドルに「言うなー!」とジェスチャーを送るが視てくれない。


「他に人にはナイショだよ? エルとは同じ寮室で暮らすことになったんだ」


 ユニの耳元に囁くように告げた。


「────────────────────────────────────はっ?」


 凍りついたように動きが止まり、大丈夫? と心配する。天然なバルドルに彼は悪くないと判断したユニは、幽鬼のようにフラ、フラ、と立ち上がりエルトリーアの方を見た。


「ひぇっ!」


 瞳孔が開いていた。


 咄嗟に後退るが、壁に当たり止まった。


 しまった! と後ろを見て行き止まりと理解し前を向くと、いつの間にかユニが目の前にいた。


 不意をついた出現に震えると、エルトリーアの肩に手を置いた。


 ユニが優しい表情になった。その顔が耳元に近づいて、


「ちょっとお話があります」


 感情のない声が鼓膜を震わせ、強制連行されるのだった。お話により、宿泊の件は王妃命令なので覆らないが、着替えをできるようにする、一緒にご飯を食べてあげるから、お風呂は貸してあげる、などなどユニはお世話を焼いてあげるようになるのだった。


 これが幸せかは、当人にしか分からないだろう。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 二限目は第二訓練棟で魔法実技の授業で、早速着替え躾タイムが始まったそうだ。


 バルドルは状況について行けず、ポカンとしながら立ち上がる。何となく察した周りの生徒、男子からは裏切られたといった顔をされ、女子からは女の敵を見るような顔を向けられ、「どうして?」と悩むのだった。

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