第二話 escape -逃走-

 翌日。


 清々しい朝日がカーテンから差し込むより先に目を覚まし、始業に間に合うように準備を始める。

 寮からバスで三十分間揺られ午前5時に工場に着き、そこから30分の始業前点検と各項目のチェックシートを終わらせ5時45分にラジオ体操を踊る。

 その後に工場長の挨拶が入り昨日海斗に言われた午後からの設備点検を聞かされ、処分用の機械の操縦室に入り、今日も憂鬱な殺処分の準備を始めた。

 すると上司である木戸さんが肩をポンッと叩いてきた。


「やあ、昨日は大丈夫だったかい?」


「あ、おはようございます……えっと、大丈夫だったとは?」


「昨日早めに帰したでしょ、あれ上からの指示だったんだけど君何かやらかしたんじゃないかって昨日噂になっててね」


 何となく誰が仕組んだのかわかってしまった。

 恐らく昨日早くに帰すように言ったのは海斗であり、昨日の出会いも最初から仕組まれていたのだろう。


「いえ、特になにもなかったですよ?」


「あ、そうなの……じゃ、業務頑張ってね」


 あからさまに興味をなくした態度で部屋を後にする。

 閉鎖的な職場なのでなにか面白い話題でもあると思ったのだろうが、残念ながら昨日本当にあった事は話せない。

 ため息をつきながら処理部屋のドアを開けると縛られ連れてこられた価値無し達が部屋に入ってくる。

 刃物の回転装置をオンにするとけたたましくブザーが鳴り、ブザー音と共鳴するようにモーターの回転音と価値無し達の悲鳴が最悪のトリオを響かせる。

 処理中はいつも部屋のカーテンを閉め、耳を塞ぐがそれでも微かに聞こえる音からすべてを想像できてしまう。

 守りたいと言っていたこの状況を止める術は結城にはなく、ただ心の中で謝り続ける他ない。

 やがて音は収まりカーテンを上げると見下ろす位置にある操作室の窓にも臓物と血のりが張り付き、この光景がいつも背筋を凍らせる。

 作業服と防護服を着て大量の清掃用具を処理室直通の貨物エレベーターにのせ下の処理室に降り、清掃を開始した。

 高圧洗浄機やモップを使い部屋を掃除すること2時間、いつもの光景に戻り彼らの居た形跡は無くなる。

 名前を付けられることもなく愛を貰うことなく散っていき、最後には痕跡も消され記憶からも忘れられていく悲しき存在達。

 そんな者達を増やさないためにと、モップを強く握りしめて午後の作戦を成功させなくてはと強く願う。

 それから間もなく時計は十二時を回り寮に帰宅し、七時ごろまでゆっくりと休憩した後昨日海斗とアンダーの居た場所に向かった。

 扉を開けると貨物運搬員の作業着を着て変装した海斗とアンダーが準備をしていた。


「おう、来たか」


 どうやら大方の準備は終わってしまっているようだ。


「君もこれに着替えろ」


 海斗が机の上から同じく貨物運搬員の作業服を手渡してくる。


「了解です!!」


 すぐに作業服を身にまとい、貴重品をポケットに入れ準備を終える。


「車を表に停めてる、それに乗ってくれ」


 言われたとおりに団地の前に留めてある古くて小さな車に乗り込み、海斗がアクセルを踏む。


「おい、車で向かったら足つくんじゃねえのか?」


「安心してくれ、これは元々廃棄予定の車さ……廃車場から持ってきて修理したんだ」


「相変わらず器用だな」


「まぁギリギリ動いてるようなものだがな」


 車はガタガタと今にも壊れそうな音を立てながら工場に到着する。

 正門から少し離れた場所に車を停め、中の様子を伺うと車が何台か停まっており、恐らく点検に来た作業員が乗っていたものだと推察される。


「さて、俺とアンダーは正面から入って裏口を開けるから君は裏口から入って真っ直ぐ処理待ちの価値無し達を解放しに行ってくれ」


「了解しました」


「それとあそこは機密エリアだ、だから一応これを渡しておく」


 拳銃と丸い球状の機械を手渡される。


「これは?」


「そいつはホロドローンだ、いざとなったらそいつで目くらまししてくれ」


「りょ、了解です」


「さあ、作戦スタートだ!!各自無事を祈る!!」


 ドアを開け海斗とアンダーは正門から堂々と入っていきその後に結城が裏口まで回り込み鍵が開くのを待つ。

 暫く待つと無事に鍵が空き、事務室のすぐ横に入る。

 階段を下りて実験室を抜け、処理室のすぐ横にある処理待機室を目指し慎重に歩みを進めていると、他の足音が耳に入ってくる。


「やっぱり機密エリアだなぁ……巡回してるよ……」


 普段は見かけない武装した人影が遠くに見える。

 恐らく普段と違い人が殆ど居ないので、見回りを強化しているのだろう。

 発見され次第即座に射殺されるとは限らないが、見つかると結城の身だけでなく他の二人の身も危険に晒してしまうかもしれない。

 だがこのような見回りをしている中、どれぐらい居るか分からない価値無し達を騒がず見つからず逸れずに目的地に着くのは至難の業であり、もう一人人員が欲しいと密かに思うが、そうも言ってられないのだろう。


「うーん……そうだ、処理室から操作室行のエレベーター使えば行けるかなぁ……貨物用だから結構な重量でも乗せれると思うし……」


 どのルートを通るかよく決め、巡回する警備員をよく確認しながら何とか処理待機室にたどり着く。

 扉についているパスワード入力装置に、仕事で打ちなれたパスワードを打ち込み、部屋の中に入る。

 部屋の中には全身を縛られ柱に首輪で繋がれた上で、さらに目隠しに猿轡までされた価値無し達がざっと十人近く厳重に監禁されていた。


「これ全部外すのは大変だぞ……」


 とりあえず全員の目隠しを外し、全員と目を合わせ小さな声で会話を始める。


「やあ初めまして、自分は結城涼真っていいます……今から君たちを解放してある場所に連れていきます、その際に絶対に騒がないでください! 騒げばみんな死んでしまいます! 自分は君たちを救いに来ました……だからお願いです、どうかみんなで生き延びて自由になりましょう!!」


 十人の価値無しは虚ろな表情で結城を見る。

 今日処理できなかったこの十人は明日には順番が回り処理されてしまう命であり、この機会を逃せば二度と日の目を見ることは無いだろう。

 しかし彼らは呪いのような愛国心を植え付けられた者であり、何か迷いのある表情を浮かべては価値無し同士で目を合わせ眉をひそめ合っている。

 だが結城の力強い視線に押されたのか、一人が頷き始める……するとその一人に追従するかのように他の価値無し達も頷き、結城は頭を下げ礼を言う。


「ありがとう……今拘束具を解くから待ってて」


 奥にある機械を使い柱と首輪をつないでいたロックを解除し、部屋にあるナイフを使い拘束具と猿轡を外し解放する。


「みんな静かについてきてくれ、そして警備員を見つけたら教えてくれ」


「あ、ああ」


 了承とも戸惑いとも取れるかすれた声で一人の価値無しが返事する。

 処理待機室のドアを開け、周りを見ると点検の人が遠くに多くの荷物を抱え去っていくのが見え、その後ろを警備隊がついていくのを確認し今がチャンスだと、全員で一斉に処理室に向かう。

 処理室は朝綺麗にしたままになっているが、価値無しと一緒に居るとこの場所はいつもより酷く汚く感じてしまう。

 元々こんな施設を構えて大掛かりに処理せずとも処理する手段はあったはずなのだが、見せしめの意味を込めたのか、壁に寄せられた刃や処理待機室の横で処理をするなど趣味の悪い作りをしている。

 奥の貨物エレベーターは上階にある為、下の階に下ろすレバーを下げるとゴーっと大きな音が立ってしまった。


「まずい……バレないでくれよ……」


 祈りながら三十秒ほど待つとエレベーターの扉が開き、価値無し達を乗せるがその途中で後ろから人の声がした。


「そこで何をやってる!!」


 怒気を孕んだ若い声。

 後ろを見やると銃を構えた警備員がこちらを見つめており、手には銃を握られていた。

 結城は咄嗟にボタンを押しエレベーターのドアを閉め、ゆっくりと閉まっていくドアに向かって結城は叫ぶ。


「自分と同じ格好の人が何処かにいるはずだ、その人たちを探して助けを求めてくれ!!」


「っ⁉ 貴様‼」


 銃声が響き結城の左肩を貫かれる。


「ぐあっ……」


 左肩を押さえ結城はその場に倒れ込む。

 肩から日ごろ見慣れた赤い体液が流れ出すのがわかる。

 結城はこの場所で血を流す光景は何度も見てきた……だからこそ分かる、この場所で死ぬのは世界中のどこで死ぬよりも惨めなのである。


「くそっ……こんな所で……目的すら果たせず……死ねるかぁ‼」


 咄嗟に拳銃を取り出し引き金を絞るも掠ることもしない。

 それもそのはず、結城に銃の経験などない。

 そしてその結城の態度に警備員は逆上し、撃鉄を降ろし二発目の準備を始める。


「お前を連行する、暴れるようなら殺す‼」


 結城は銃を構えたままじりじりと近寄ってくる警備員を睨みつけながら、何かないかと頭を働かせる。

 すると手に丸い物が当たり、触って確認してみるとホロドローンであった。


(使い方全然分からないけど・・・少しでも役に立つなら・・・)


 電源のようなものを入れ、ポケットから取り出すと一瞬にして辺りは深い霧に包まれた。


「な、なんだこれは……ぐはっ⁉」


 とても深い霧の向こうから警備員の呻き声と倒れた音がする。


「この霧……ホログラムだ……」


 通常なら手を伸ばしたら手先は見えなくなりそうな程に濃い霧なのだが、ホロドローンの霧はホログラムを手で遮ってしまうので手を伸ばしてもしっかり手先は見えている。


「今のうちに、何とか逃げなければ……」


 負傷した左肩を抑えながら立ち上がろうとすると、体がひょいっと持ち上げられる感覚に襲われた。


「CEOの秘書の前は料理人、その前は軍人……その前は虫取り少年……昔取った杵柄って結構役に立つな」


「その声は……」


 霧で全く顔が見えないがアンダーの声である。


「用意が終わったから迎えに来たぜ、価値無し達も上で海斗が発見して貨物機の中に誘導してるはずだ」


「よ、よかった……」


「さて、騒ぎを聞きつけた奴らが来る前におさらばするぞ」


 作業服の袖をナイフで切り裂き止血を始め、止血が終わるとすぐに部屋を後にした。

 大の大人を抱えたままアンダーは軽々と滑走路に行き貨物機に乗り込む。

 プロペラの回っている貨物機は今にも離陸可能という感じだ。


「海斗‼ 結城も乗ったぞ‼」


 壁についている通信用マイクでアンダーが操縦室に居ると思われる海斗に伝える。


「了解、離陸するぞ‼」


 ノイズ交じりのアナウンスが鳴り、入り口が閉まり離陸を開始する。


「海斗、救急箱どこにあるかわかるか?」


「救急箱? 誰かけが人が居るのか?」


「ああ、結城が撃たれた」


「だったら後ろの壁についてるはずだ」


「ああ、わかった……結城、少し待ってろ。」


 椅子にそっと結城を置き、アンダーは奥に向かっていく。

 すると一人の価値無しがこちらを覗いていた。


「あ、ありがとうございます……」


 かすれた声で呟く価値無しはぎこちない笑顔を浮かべていた。

 死んでゆく筈だった彼らを守れたのだ……その実感が結城の緊張の糸を切ってしまったようで、結城は抗えない眠気を覚え意識が遠のいた……。

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