第十五話 depravity -堕落-

 一方そのころ刑務所内では、セイのホログラムにより順調に所長室に到着していた。


「記憶媒体っつうのはこれでいいのかな?」


「恐らくそれだ」


 PC内部の記憶媒体を抜き取り映像を海斗に送り、合っているかどうかを確認する。

 するとすぐにOKサインが出たので、それをポケットにしまい部屋から出る準備を始める。


「さて、次は囚われの神様を救いに行きますか……な? カトル」


 ホログラムを映し出すトラップを仕舞いながらカトルの方を見る。


「……ああ……」


「あれ? 意外に素直」


「さあ、行こうか」


 カトルは剣を引き抜き、扉を開ける。

 廊下に人影は無いが、監視カメラの幾つかが廊下を見張っているのが見えたため扉を閉めセイにトラップのバッテリーを充電するまでの時間を尋ねた。


「トラップはどれぐらいでチャージできる?」


「うーん……五分は欲しいな」


「よし、突破しよう」


 カトルは薄い円盤状の投擲物を取り出し、監視カメラに投げつける。

 投げられた円盤の外周は、投げられた後にビーム刃を形成し監視カメラを切断し、廊下に落ちた監視カメラはバチバチと火花を散らして活動を停止した。


「そんなのいつの間に?」


「ビーム武器の燃費問題があったからな……実弾武器と一緒に作ってもらった」


「なるほど、あったま良いな」


「ほら、行くぞ」


 カトルが先導し、廊下を駆け抜けていく。

 先程と同じ様に途中にある監視カメラを次々に破壊しながら独房エリアに向かい、到着した二人は入り口から中の様子を伺い、人気がない事を確認して侵入する。

 何層にもなった独房エリアの真ん中には吹き抜けがあり、下の階を確認しながら一気に飛び降り、降りながら確認したところ独房エリアには看守などは居らず、また独房エリア自体ほぼ無音の様だ。

 房の中には人はいるのに、そのほとんどはぐったりとしたまま動いていない。

 若干の違和感を覚えつつ二人は目標の独房を目指す。

 そしてついに、彼とカトルは対面する。

 独房に轢いてある薄っぺらい藁の寝床に仰向けになりながら寝ている、痩せこけた赤髪の男。

 彼は間違いなく、イバン・ラークである。


「イバンさん!」


 カトルは今にも死にそうなイバンを心配し、声をかける。

 その声に反応して、イバンはゆっくりとこちらを向いた後かすれた声でつぶやいた。


「……ぁぁ……逃げろ……」


「え?」


 微かに聞こえる逃げろという声。

 その言葉の真意を確かめようと、再び呼びかけようとするとカトルは急に後ろに引っ張られた。


「あぶねぇ!」


 セイの声がすると思ったらカトルは独房エリアの吹き抜けの真ん中を舞っていた。

 何が起きたのか分からないが、視界の端では先ほどカトルが居た所が崩れ落ちており、その瓦礫と共にセイは落ちていく。


「がっ⁉」


 背中を床に強打する。

 何が起こったのかまだ頭の中で整理できていないが、とにかく攻撃を受けたのが分かったカトルは周囲を確認する。


「う……セイ……大丈夫か?」


 起き上がり、辺りを見渡すとスーツの外装の幾つかが砕けた状態でぐったりと座り込むセイが居た。


「大丈夫か!」


 安否を確認しようとセイに近づく。

 すると大きな大剣がカトルの目の前に落ちてきた。

 深々と地面に刺さった大剣、その剣の峰にはバズーカ砲が付いており先ほどの衝撃の正体がこれであると、すぐに理解できた。

 問題は、これの持ち主がここに居ると言う事だ。

 カトルはレーザーブレードを抜き、天井を見やる。

 そこには白金の分厚い装甲を持つ筋骨隆々なアーマーを着た男が立っていた。


「来たかっ! 地獄の底の底へ!」


 一番上の階から、カトルの目の前に飛び降りる男。

 大き目のアーマーなだけあり、着地の衝撃でコンクリートの地面にひびが入った。


「俺はナンバーL120……お前らを木っ端微塵にする処刑人さ!」


 地面に刺さった大剣を抜き、肩に担ぐ。

 カトルの身長が165センチ程であるが、この処刑人と名乗る男はアーマー込みでもカトルの1.6倍はある巨体である。


「それにしてもやっぱり居たんだな、レジスタンス! イバン・ラークが反政府組織と共謀してるという嘘を信じてのこのこやって来たな!」


 青色のカメラアイをギラリと光らせながらカトルをのぞき込む。


「反政府組織……共謀……なるほど、僕たちを炙り出すための餌って事か……」


 イバン・ラークが投獄された理由、それはおそらく冤罪だろう。

 そしてその事実に誰よりも怒りを覚えたのは、カトルだった。

 彼はこの国はおかしいと口走った。

 前のカトルなら、その考えを持つことがおかしい事だと思っていただろう。

 だが今は違う。

 彼は存在するか曖昧なレジスタンスを誘い込むためのエサとして、投獄されたのだ。

 ただでさえやつれていた彼はさらにやつれてしまっていて、前のような煩さは無い。

 問答無用で房に入れられ、ろくな食事にも在りつけていないのだろう。

 そして国は平気でそれをやってのけるという事を理解したカトルは奥歯を噛み締め、心に強い怒りと不快感が渦巻く。


(狂っている……悪性の塊だ)


「さぁ、後は貴様らの身柄を拘束するだけだ! その際、暴れるようなら手足も問答無用で切り飛ばす、壊れてくれるなよ? あはははははははははは!」


 男は高笑いを浮かべながら大剣を薙ぐ。

 だがカトルは動かない、迫りくる刃ではなく男を見つめ続けたまま動かない。

 やがて刃はカトルの首を切り落とす直前まで迫った時、カトルは剣を床に落とし拳で大剣を殴り、打ち上げた。

 鈍い音を立てて打ちあがる大剣。

 両手で剣を握っていた男は完全に隙を晒してしまう。


「な……⁉」


 カトルはそんな隙を見逃すはずなく、剣を拾い上げ間合いを詰める。

 だが男もそうなることは予想していたのか持ちあがった剣を背面側の地面に刺し込み、バク転の要領で体を持ち上げる。

 アーマーの厳つい足で急にサマーソルトキックを繰り出されたカトルは、それを剣で防ぐ。

 あれだけの得物を使っているのに、判断力の高さなのかスピードの差を埋められてしまい、カトルは舌打ちをする。


「はは……剣で防がなかったのは利口だな、その程度の出力のビーム刃じゃ俺の大剣は受け止められねぇってのを良く分かってやがる」


「ベラベラと良く喋るな、死ぬ前に自身の半生でも語りたくなったか?」


「あはははは! 威勢だけはいっちょ前だな! ザコ共レジスタンスッ!」


 またもや先制を仕掛ける男。

 しかし大きな得物であるが故、剣筋は分かりやすい。

 カトルはひらりひらりと剣を交わすが、攻め込みはしない。

 それはカトルがあることに気づいたからである。


「ちょこまかと……貴様ぁ! 逃げるな卑怯者が!」


「知るか、お前の下らんショーに付き合う気はない」


「チッ! お前もそこの仲間と同じところに連れてってやるってんだよ! 喜んでくたばれ!」


 荒々しくも隙の少ない連撃を叩きこんでくる男だが徐々に剣筋が荒くなっていく。

 どうやらあれだけの得物を振り回し続けるにはかなりアーマーのエネルギーを使うようだ。

 電池が切れてきたおもちゃの様に鈍くなる様に、カトルは笑ってしまった。


「こんな奴が国の用意した刺客とは……無様だな」


「逃げてばかりの子猿が……国に楯突く悪ガキが……俺を馬鹿にするんじゃねぇ!」


 カトルの煽りを真に受けた男は、力任せに剣を振りカトルのいた場所をその大剣でえぐり飛ばす。

 だが攻撃は一切当たらない、それどころか消耗だけが激しくなっていく。

 壁を背にしたカトルに剣を振るがまたしても外れ、背後の壁の一部が抉れ飛ぶ。

 そして大剣を地面に突き刺し、本格的に立っているのがやっとな状態になってしまったようだ。


「お前を殺せば……殺せれば……ぶち殺してやれば……俺は再評価されるんだ……殺しさえできれば!」


 どうやら彼は再評価組であり、軍に戻るためにカトル達を始末するように命じられていたようだ。

 レジスタンスを倒すという目的だけを与えられて、その作戦用に作られたと思われる武器を使い余裕の表情で奇襲を仕掛けた……はずだった。

 しかしカトルの判断力の高さとすばしっこさに圧倒され、最初の余裕な態度の処刑人では居られず、殺意を原動力とした殺人マシーンになってしまった。

 何とも滑稽な姿だろうか。

 そしてカトルは思った、彼のような人間がなぜ再評価の対象になったのか?

 それはプライドが高く、扱いやすいからであろう。

 彼のような人間は自分がどん底に落ちたとき必ず誰よりも悔し涙を流すだろう。

 そして底から救い上げられた時彼は誰よりも嬉し涙を流し、従順になる。

 再評価とは人間性や実力を評価するのではなく、国の言いなりになる奴隷を選評し使い潰すための再評価である。

 かつてカトルも再評価を欲した瞬間もある。

 だからこそ、余計に彼が虚しく見えてしまう。

 もしカトルが再評価をされていたら今目の前で身動きさえ取れぬほど消耗するのは自分で、それを見て目の前で憐れんでいたのは彼だったのかもしれない。

 そう思うと何ともいたたまれない。


「……まぁ、お前のその状況には同情するよ」


 彼はもう動けないだろう。

 大型のアーマーがエネルギー切れを起こせば、自立は出来ても中の人間は動かすことが出来ない。

 普通のアーマーが約80㎏に対して、彼のアーマーは200㎏を越しているだろうから当然下手に動けばアーマーは倒れて中の人は這いつくばったままの状態で身動きが取れなくなる。

 カトルはそんな彼にとどめを刺さず、セイの元に向かう。

 彼はここで死ぬか、工場内で死ぬかの二択しかない。

 ならばせめて、少しでも長く生きてもらおう。

 彼を放置し、座ったまま動かないセイに手を伸ばす。

 その時カトルはセイの状態に気づき、思わずため息が出た。


「なるほどな……」


 触ろうとすれば透けるセイの体。

 チャージの終わったホログラムトラップで死んだふりを貫いていたのだろう。

 恐らく本体(セイ)は上でイバン・ラークの救出をし終えている。

 ため息を吐きながら回線を開き、セイに文句を伝える。


「おい、生きてるんだろ」


「あれ? ばれちった? でそっちは終わったんだろ?」


「お前の所からよく見えるだろ、終わったよ」


「さっすが! じゃあ帰ろうか! 神様もぐったりしてるしな」


 突如ビデオがオンになる。

 床に寝込んだイバン・ラークは苦しそうにうめいている。

 早く連れ帰らなければ危険な状態かもしれない。


「ああ、今上がる……それと待ち伏せが居るかもしれない、気を付けてくれ」


 階段に向かってゆっくり歩きだすカトル。

 彼の様に国からの刺客が他に居てもおかしくはない。

 いつでも戦えるように準備をしながら階段の一段目に足を掛けたとき、後ろから彼の声がした。


「逃がすと……思うか……この俺が……お前らを……」


「なに?」


 彼はエネルギー切れ間近でほとんど動けないアーマーを動かし、大剣を壁に刺す。

 瞬間、彼の体を無数の火花と光が覆った。

 壁の中の電線に剣を突き刺したことにより、感電したのである。

 そして施設の電気が一斉に消える。

 どうやらショートを感知してブレーカーが落ちたようだ。

 カトルはバイザーのナイトモードをオンにし、暗闇の中を見られるように設定する。

 すると彼の姿はそこにはなかった。


「うかかかかかか! 貴様に恐怖と死を与えてやる! 出来損ないどもが夢の跡だ!」


 おおよそ人のものとは思えない狂った笑い声、それが背後から聞こえてくる。

 今までに感じたことのない緊張感、本物の殺意。

 嫌な予感ではなく嫌な現実を肌で感じながら後ろを振り返ると、そこには煤で黒くなった体に赤く光るカメラアイのアーマーが大剣を振りかぶっていた。

 カメラアイが青色から赤色になっているあたり、恐らく正常稼働ではないのだろう。

 カトルは咄嗟にエネルギーを最高出力にした剣でガードし、大剣の一撃をもろに受ける。

 高圧のエネルギー刃はその衝撃を受けても大剣の刃を通さなかったが、その分衝撃をそのままに受け、カトルは壁まで真っ直ぐに飛び壁に激突した。

 まるで高層ビルから落ちたような衝撃を受けたカトルは、スーツを着ているとはいえ無事ではなかった。

 視界が定まらず、妙な浮遊感で立ち上がることもできない。

 完全に三半規管が衝撃でやられてしまっている。

 それに激痛が全身を駆け回り、次の一手を考えることを邪魔してくる。


「あががががが! まだ寝ちまうには早いぜ! お楽しみはこれからなんだからな!」


 カトルの胸ぐらを掴み地面に何回もたたきつける。

 バイザー一杯に危険な損傷と表示される。

 だが今のカトルに逃れる術はない。

 されるがまま殴られ、蹴られ、最後はまた壁に投げつけられる。

 地面にうつ伏せになりながら顔を上げると、大剣を引きずりながら男はゆっくり近づいてくる。


 〈このま…ま……だと…カト……様……〉


 途切れ途切れな機械音声が聞こえてくる。

 全身の力を振り絞り立ち上がろうとするも、スーツが鉛の様に重たく感じる。

 どうやら致命的な損傷を受けてしまったようだ。


「頑丈そうで何よりだが、それもここでしまいだ! その生意気な体からまずは腕を切り離し、足を削ぎ落した後舌を引っこ抜いてやる! そのあとは目玉を抉り出して鼻っ柱を薄くスライスして、耳を引きちぎって……それからそれから……ああ、考えるだけでも楽しくてしょうがねぇなぁ!」


 動けないカトルの首に大剣を添える。


「あはははは! まぁ、二匹居るなら一匹位は殺しちまっても構わねぇか」


 大剣を振りかぶる。

 動けないカトルはそのまま首が切断されてしまうだろう。

 だが分かっていても体が動かない、動けないのだ。

 カトルは静かに目を閉じた。

 もうこれ以上どうすることもできないのだと頭の中で理解したのだ。

 だから目を閉じて……祈った。

 人の力ではどうしようもない時などいくらでもある、だから祈るしかない。

 死ぬか生きるか、その運命を神に託す。


「さぁ、ショーの最後はお前の首からあふれ出る血で華々しく彩ってやろうか!」


 大剣が振り下ろされる。

 だがカトルはその大剣が首には届かないと言うことに気づいた。

 何故ならば一つ上の階で赤髪の男、イバン・ラークがにやりと笑っているからだ。

 そして実際にその通りになった。

 大剣はカトルの首目掛けて一直線に進んでいたが、首を切断する前に止まってしまった。


「なに⁉ ワイヤーだと!」


 大剣にはワイヤーが絡まっており、そのワイヤーは一つ上の階の柵と繋がっている。


「おたくが呑気に剣を振りかぶってたからさ、ちょっと細工させて貰ったよ」


 げっそりしたイバン・ラークは壁に寄りかかりながらしたり顔で男に余裕の笑みを見せる。


「ただのエサが……邪魔するんじゃねぇ!」


 男は力を込めると、ワイヤーが繋がっている柵は床から外れ大剣を地面に振り下ろしきる。

 だが振り下ろした先にあったのは、カトルの死体ではなくセイの地雷トラップだった。

 切断された地雷は閃光を放ち大爆発を起こす。


「全く……物音がすると思ったら……カトル、遅れてすまなかったな」


 間一髪で助け出したカトルを二階の通路に置き、セイは下に降りる。

 煙の中、赤いカメラアイが発光しているのが見える。

 どうやら地雷の一つや二つでは降参してくれないようだ。


「お前は……殺したと思ってたんだがな……まあいい、どちらにせよやる事はかわらねぇか……いくぜぇ! あはははあははは!」


「全く……かてぇ装甲だな……うちのカトル君の頭とどっちが固いかな?」


 装甲には多少の傷は見られるが、決定打にはなっていないようだ。


「お前はそうだな……肉団子にして犬のエサにしてやる!」


 大きな図体でセイに襲い掛かる。

 だがセイも大きな図体相手に臆することなく突っ込む。

 しかしセイが攻撃用として持っている武器はナイフとバーストハンドガン。

 一方相手は実弾など全くもって通さない装甲に大きな剣を素早く振ることが出来る速度の持ち主。

 相手にするにはセイがどうしようもないほど不利である。


「馬鹿みたいに突っ切って来やがって! 死ね!」


 突っ込んでくるセイを大剣の振り上げで切断する。

 だが切断したはずのセイは血を流すことなくその場から消え、代わりに残ったのは切断されたホログラムのトラップである。


「ちっ……ホログラムか……」


 足を止め、前を見るとそこにセイの姿は無い。

 恐らくホログラムトラップを投げた後、どこかに隠れたのだろう。


「死んだふりからホログラムまで……卑怯この上ないな!」


「そう怒んなって、俺は逃げも隠れもしないからよ」


 男の後ろからセイの声がする。


「せっかく逃げるチャンスだったんだがな……わざわざ残ってくれるとは思わなかったぜ」


 剣を後方にいるセイに向けて振り下ろす。

 しかし振り返ってみるとセイの目の前に一本のトラップが立っていた。

 セイは振り下ろされた剣をギリギリまで引き付けてから躱し、剣はトラップに触れると突如電流が剣を伝い本体に流れる。


「がばばばばばば! 電流……かぁああああああ!」


「どんなに装甲が分厚く、硬かろうと絶縁さえされてなければ電気は流れるからな……さぁ、ちょいと早いがお代わり行くぜ!」


 背中から二本同じアークトラップを引き抜き、男の足元に投擲する。

 刺さったアークトラップは電流を放出し、三つのトラップに囲まれた男は身動きを取ることが出来ずに電流を浴び続ける。


「ぐがががががあがががぎぎぎぎぎぎああああああああ!!」


 悶えながら男は剣を地面に刺す。


「さぁ、黒焦げになってくたばりな!」


「くたばる……のは……お前だ!」


 直後、地面に刺さった剣の先端から閃光があふれ出る。

 それは間違いなく剣の峰に取り付けられたバズーカ砲の光だった。


「な⁉」


 地面は大きくえぐれ、刺さっていたアークトラップもセイも吹き飛ぶ。

 そして煙の中からゆっくり大剣を引きずりながら男が出てくる。

 装甲は先ほどの衝撃であちこちヒビや欠けが見えるが、それでもまだ動くようだ。


「消費が大きいから……あまり使わせないで欲しかったんだがな……」


 どうやらあのバズーカ砲を最初以外使っていなかったのはそういう理由らしい。

 だが一度使われればこの破壊力。

 一転攻勢の状態からあっさり逆転されてしまう。

 床にしりもちをついているセイの前で男は剣を振り下ろす。

 次は悠長に振り上げることもなく、即座に決着をつけるつもりだ。

 だが、またもその剣先は振り下ろされる前に止まってしまう。

 次はワイヤーなどの小細工ではなく、ビーム刃で受け止められたのだ。


「……カトル、お前大丈夫か!」


 先ほどまで立ち上がれない状態であり、スーツもボロボロで動いているのが奇跡的な状態であるにも関わらず、カトルは余裕たっぷりの表情で笑っていた。


「お前やイバンさんが戦ってるのに、僕だけ寝てるわけにはいかないしな」


 カトルは大剣を弾き、男の顔面に拳を入れる。

 高い身長であるが故、頭を殴られた男は後ろに姿勢を崩し後退する。


「それに、こいつには負けたくない……負けたら僕は過去の自分と決別できないからな」


 幾度となく願った再評価の慣れの果てが目の前の彼だとするなら、それを倒すことで国を正義と信じていた過去と決別し、未来に進みだす。

 カトルはその信念で今ここに立ち上がったのである。


「何言ってんだ! こいつだけじゃなく……誰にも負けねえだろ、お前は」


 カトルの手を借りてセイは立ち上がる。


「さて、あの乱暴なショーの主催者をどうしてやろうかね?」


「決まってるだろ、あいつの首が吹っ飛んでようやく幕引きさ」


 セイは右から攻めカトルは左から攻め挟撃を掛ける。

 セイは残り少ないトラップを総動員し、カトルはビーム刃を持つ円盤を投擲して装甲を削る。

 挟撃を受けている男は二人のコンビネーションに圧倒され、追いかけるのがやっとであり、カトルを狙えば後ろのセイから攻撃され、セイを狙えばその逆の事が起き男はその場から身動きが取れない。

 また先ほどの爆発で装甲がはげた部分にセイとカトルは銃弾をお見舞いし、中の本体にダメージを与える。

 やがて男は膝をつき、立ち上がれなくなる。


「殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……絶対に殺す……なのに……体が動かん……」


 恨みごとの様に呟くも体やアーマーがそれについていかなくなってしまったようだ。

 先ほどまで点灯していたカメラアイも今では光っていない。


「お前はよくやったよ……だがその大剣を振る相手を間違っている……お前がその大剣を振り落とすべき相手は国だ」


 カトルが諭すようにつぶやく。

 だが男は、はいそうですかと認めてはくれなかった。


「俺は間違っていない! 俺は! ……あの国でしか生きられないんだ……あの国が正義なんだ……なのにお前らはなぜ俺より強い! 俺は正義を背負っているのに! 貴様らなんぞに!」


 消灯していたカメラアイが再び点灯する。

 男は最後の力を振り絞って大剣を持ち上げ、先端をカトルとセイに向ける。


「まだ動くのか!」


「負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 バズーカ砲の銃口が光る。

 閃光、後に爆発。

 壁は崩れ、バズーカ砲を放った男も後ろに吹き飛ぶ。

 今までとは数段上の破壊力を放った大剣は砕け散り、柄だけが男の手に握られている。


「勝…………った……!」


 仰向けになりながら天を仰ぐ。

 今の爆発から逃れることは不可能だと察知し、勝利の雄叫びを上げようとした。

 だが、天井に何か光るものがあった。

 ブレーカーが落ちて電灯は光っていないはずなのに、細く光るそれは徐々に近づいてくる。


「ま……まさか……」


 目を凝らし、よく見るとそれは剣を持ったカトルであった。


「セイが上に投げてくれなければ二人して死んでいた……くそ! 僕は助けられてばかりじゃないか!」


 セイの助けと爆風で天井まで上がったカトルは、剣を抜き男目掛けて一直線に落ちる。


「き、貴様! やめろ! やめてくれ!」


「今更遅い!」


 ビーム刃を心臓のある位置に突き立てる。

 装甲を溶かしながら徐々に剣は刺さっていく。

 だがもう少しで心臓に届くというところでカトルの腕を男が握る。


「お前は……俺と同じなんだろ……同じだったんだろ……?」


「……ああ」


 男はカトルの腕を握るが、その手は剣を引き抜こうと動くわけでもなくただ握っているだけだった。


「お前は……なんで俺より……強い…………正義も無い……お前たちが…………」


 先ほどまでの乱暴な口調ではなく、泣きそうな子供の声でつぶやく。


「……僕が戦いたくて戦っているからだ、それに同じ目標の仲間も居るからな………だから、負けられないんだ」


「そう……か……俺…………も……」


 男の手は離れ、床に落ちる。

 どうやら剣は心臓に達し、絶命したらしい。

 何度も国を信じ、正義を信じ立ち上がった彼は安らかに眠って逝ったようだ。


「お前は、薄々気づいていたんだな……国の嘘に」


 剣を抜き、立ち上がる。


「お前の首を飛ばすのは、やめておいてやる」


 彼は加害者ではなく被害者である。

 そんな彼に追い打ちをかけるような真似はカトルには出来なかった。

 そしてまだ空気中に土煙が漂う中、カトルはセイの安否を確認しに行った。

 先ほどカトルが居た場所の奥の壁際にセイはぐったりと座り込んでおり、カトルと同じくスーツはボロボロになっていた。

 無理もない、それにあれほどの威力を真正面で受けたのだから死んでしまっているかもしれない。

 そう思うと、カトルの眼には涙が流れた。


「骨は拾わないって言っただろ……それなのに……僕なんか庇いやがって……いつもみたいに調子の良い事言って見せろよ……」


 涙声になりながらセイの顔をのぞき込む。

 するとあろうことか目が合ってしまった。

 セイは死んでおらず、ただ痛みで動けなかったようだ。


「……お前俺の事大好きかよ」


「……」


「……」


 お互いに気まずい空気が流れてしまい、セイが慌てていつもの調子を見せる。


「まぁ心配してくれたのはありがとよ、カトル……だからそんなに震えんなって、俺は元気だぜ! ちょっと全身痛いけど……」


 カトルの要求通り調子の良い事を言うセイ。

 だがカトルは照れ隠しの様に握りこぶしをセイにぶつける。


「……くたばれ」


「いってぇ! ねぇ! 俺お前庇って瀕死なんだけど! 何で殴った!」


「元気って言っただろ、ほら行くぞ」


「はいはい……ったく、素直じゃないねぇ」


 上の階に上り、通路の端で壁に手を付きながらなんとか立っているイバン・ラークを見つける。

 先ほどの小細工の為に急に動き回ったせいか、先ほどより元気が無さそうだ。


「よぉ……無事だったか……暗闇で全然見えないけど」


「ええ、何とか無事に終わりました……さあ、脱出しましょう」


「エスコート頼むぜ」


 カトルはイバンの手を取り、独房エリアを脱出する。

 独房エリアとほかの施設の電源装置は別々なのか停電は起こっていないようで、肩を貸しながら、ボロボロの三人は警戒しつつゆっくり出口に向かう。

 先ほどの戦闘でホロトラップは全部破壊されてしまったため、三人を隠すものは無いのである。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「何でしょう?」


「お前って、あの時の天才君だろ?そっちのにーちゃんは知らないけど」


「そうです、今はカトルという名前をもらっています」


「良い名前じゃないか……そっちのにーちゃんは?」


「俺はセイ、こいつと同じく元価値無しさ」


「そうか……レジスタンスってのは価値無しで運営されていたのか……」


 少し嬉しそうな表情を浮かべながら、イバンは呟く。


「……今一度聞いておく、お前はこの国をどう思う?」


「あなたと同じ考えです、悪性の塊……身勝手で救いようの無い国です……僕が神なら滅ぼしたい」


「……満点だ、お前は良くわかってる」


「貴方の補修のお陰です」


 何とかボイラー室にたどり着き、階段を降りる。

 再び得も言われぬ臭いが鼻を刺激するが、これで何とか脱出できる……はずだった。

 階段を降り出口に向かおうと歩き出した時、銃声が鳴り響き、肩につかまっていたイバンは力なく倒れる。

 そして背中から赤色の体液が滲み出ており、二人は一瞬で深い絶望感に叩き込まれる。

 銃声のなった方を見ると、二十人近くのクローン兵士が銃を向けていた。


「逃げられると思ったか? レジスタンス!」


 クローン兵士の怒号に合わせて、ボイラー室の階段上や出口方面から増援が現れる。

 どうやら最初から最後まで待ち伏せをされていたようだ。


「ああくそ……俺のせいで……」


 床に倒れているイバンは悔しそうに地面をひっかく。


「アンタのせいじゃねぇ!」


「セイ君……カトル君……どうか俺を置いて逃げて……生き延びてくれ!」


「黙れ!」


 瀕死のイバンのふくらはぎに一発鉛玉を撃ち込む。

 それを見たカトルの怒りのボルテージは最高潮になっていた。

 クローン兵士の首目掛けてビーム刃の円盤を投擲し切り飛ばすと、それを見たクローン兵士達は銃口を一斉にカトルに向ける。


「貴方は今ここで死ぬべきじゃない……生き延びてこの国の全てに裁きを下す神に成ってください!」


「カトル……」


 歯茎をむき出しにしながら大声を上げるカトル。

 そのあまりの怒気からカトルの視線の先に居たクローン兵士は思わず目をそらしてしまう。

 そしてイバンは今にも消えそうなか細い声で答える。


「残念だが……俺は神の器じゃなかったみたい……だな……だがカトルなら出来る……だろう……な……」


「ダメです! 諦めないでください! 僕は貴方を信じて! 祈って! ここまで来たんです!」


「はは……ならよ…………この国に……俺の代わりに……とっておきの裁きを下してやれっ! カトルううううう!」


 イバンの最後の力を振り絞った一言が言い終わるのと同時に、目の前に居た兵士は真っ二つに両断された。

 誰もが唖然とした一瞬の出来事。

 最初にカトルを見たクローン兵士は連戦に次ぐ連戦で消耗しきったように見えていた。

 だがそんな印象は目の前の出来事を見てしまった今、思い上がりだったと理解した。

 カトルは神速のごとき剣筋で最初に目の前に現れた二十人近くは血濡れの人形になり果てた。


「セイ、お前はイバンさんを連れて先に戻ってろ」


「……いや、俺もここでお前と戦うよ」


 ハンドガンとナイフを引き抜き構える。

 だがそんなセイの行動にカトルは怒鳴り声をあげる。


「イバンさんを今すぐ連れ帰れ! 彼を助けるんだ!」


「わかんねぇかな……カトル?イバンさんはもう……死んでんだよ」


「っ⁉ 嘘を……嘘をつくなよ……それは……冗談なんだろ……?」


「俺も、冗談で言いたかったぜ……」


 床に倒れるイバンは、もうピクリとも動いていない。

 ただ、安らかな顔でカトルを見たまま瞳孔が開ききっている。


「ああ……あああ……ああああああああああああ!」


 声にならない声を上げながら怒りのあまりクローン兵士の死体に向かって剣を振り回し、バラバラに切断する。

 ズタズタに引き裂かれた仲間の死体を見ながら何人かのクローン兵士は銃をその場に落とし、完全に戦意を喪失していた。

 やがて静かになったカトルは、血に塗れて真っ赤に染まりながらクローン兵士を睨む。


「……ジャッジ、出力を最大にしろ」


 〈本……体の残り……エ……ネルギー…………は……残り………10%……〉


「問題ない、こいつらを塵一つ残さず裁くには十分だ」


 カトルのスーツであるジャッジは、黒と白のカラーリングを持ち切断に特化したビーム刃を用いてアーマー等の重装甲な武装を装備した相手を両断するコンセプトのスーツである。

 だが今は白いカラーリングは血に濡れてどす黒い赤に染まり、半壊した状態で怒りのままに全てを切り裂かんとする悪魔のような姿になっていた。

 そんな悪魔を目の当たりにしながらクローン兵士は武器も持たず突っ込んでくる。

 威勢のいい言葉とは逆の言葉を叫びながら。


「いやだ! 死にたくない! 止まれ! 止まってくれ!」


「体が! 体が勝手に! 助けて! 誰か!」


 戦意喪失を感知し、神経プラグからの入力で強制的にカトルに向かっていくクローン兵士達。

 カトルはそんな悲痛な叫びを上げながら向かってくるクローン兵士達を必要以上に切断し、攻撃を与え続ける。

 それはまさに地獄に落ちた罪人をいたぶる悪魔の様だ。


「ああくそ……カトルをあんな化け物に変えちまうなんて……イバン・ラーク……罪な男だよ、まったく」


 そんな光景を見ながら悪態をつくセイ。

 いつものクールなカトルは此処にはもう居ない。

 セイは武器を手に持ってはいるものの、攻撃には参加しなかった。

 もし自分もあの中に飛び込めば同じく切り伏せられてしまうのではないかと思ったからだ。


「サン達にはこれは見せられないな……」


 回線を開き、迎えの結城に連絡を取る。


「こちらセイ、任務は半分成功半分失敗……イバン・ラークが死んだ」


「……了解、海斗さんに言っておくよ……」


「ああ、死体は要るかい?」


「そうだね……カトル君の為にもお墓を立てておこう……所でカトル君は無事かい?」


「ああそうだな……」


 未だ無抵抗な相手に向けて剣を振るカトルを見ながら静かに呟く。


「お楽しみ中かな……」


「ん? ……無事って事かな? それとサン君達は?」


「いや、まだ見てねぇ……」


「そうなんだ……通信も入ってきてないから少し心配なんだ」


「……そうか……心配だな……」


 今回は前回と違い少しの情報から的確に待ち伏せを国は配置していた。

 なので、もしかしたらサンのチームも今待ち伏せに合っているかもしれないという考えがセイの頭をよぎった。


「結城さん、俺ちょっと様子見て来るわ」


「え? 大丈夫?」


「ああ、俺はタフなんでな」


 通信を切り後ろを振り返る。

 エネルギー切れを起こした剣を持ちながら静かに死体を見つめているカトル。

 セイはカトルの肩を叩き、事の経緯を話し様子を見に行くと伝える。


「僕も行く」


「お前はダメだ、完全にエネルギー切れを起こしてるだろ? 俺はまだ少し余裕はあるから」


「普通の銃でもあれば、僕だって戦える!」


「無茶すんな、お前が死んだら誰がイバンさんの遺志を継ぐんだ?」


 その一言にカトルは黙ってしまう。

 セイはカトルの頭をわしゃわしゃと撫でまわし、笑顔を見せる。


「心配すんな、俺は死なねぇ……必ず仲間と一緒に帰ってくるからよ……お前は安心して俺に任せてくれ」


 それだけ言うと階段を駆け上がりサン達の元に向かっていく。

 だがカトルはそんなセイを見て小さな声でつぶやいた。


「お前だってギリギリだろうに……」


 完全にエネルギー切れを起こす前にセイのエネルギー残量を見ていた。

 バイザー端に映し出されていたセイのエネルギーは残り12%。

 カトルと何ら変わらないのである。


「必ず生きて帰って来いよ……骨は……拾いに行けないからな」


 イバン・ラークの死体を背負いながらカトルはゆっくりと出口に歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る